Dの嵐 

だいさくな日々

いつからだろう・・・

2016-11-13 07:35:31 | ささやき
ふっと昔を思い出すことがある。今とは違う自分たちが居た場所だ。
「昔はそんなに良かったか?」と言う人もいるだろうけれど。

確実のその現実の中生きて居た自分が居たのだ。

と或るライブハウスでの、僕たちだけじゃ無く演者が受けて居た環境を例に。

箱のオーナーは先ず自分のお店の集客力をも確めながら?お店のお客の入りを見て居たのだろうか?
名だたる演者が出演する時、演者の知名度でも集客ができる。
勿論、お店の知名度の様な集客力もそれに加味される。
二つと、お客さんの意向?嗜好?興味?がそれに加味される。
お客さんの入りによって演者へのギャラも上下する時もあれば、ひとライブ?円と受ける場合と。
出来高?の時もあれば、演奏する前からジャーマネや事務所との取り決めで?円と決まってのギャラも有る。
しかし?と言えばいいのかどうかわからないが、お店はタレント?演者を育てる?と言うか、自分の店の看板?とでも言うか、飼う?と言うか(笑)。
そうすることによって、お店と演者との間に相乗効果的な集客力や知名度も上がってきてた様に思う。
箱のオーナーは、演者を飼い殺しするのでは無く、或る意味「育てる」事に固執を自然にして居たと思うのだが。
自分の箱から巣立つ、旅立つ演者を目を細めて見て居たのだろうか?

僕達が演奏して居た箱にも色々あった。
出演前からジャーマネや事務所との取り決めで、?(幾ら)円と決まって居たギャラも有ったし。3ステージ飲み食い付き7,000円と言う箱や、約1時間ステージしてツェーマンゲーセン(15,000円)と言うのも。
時には一バンド40分のジョイントコンサート(2、3バンド出演)で10万貰う時も。
僕等のギャラが目の前を通ってジャーマネの方へ手渡される時もあれば、事務所から渡される時も、又、領収書に個人で名前を書く事もあったので金額は分かる。

そうした箱に僕等にすれば助けられ?育てられ、又同様にお客さんにも同じ様に。
そうして一ヶ月に身に入ってくるギャラが(一人)当時で多い時は20万円有る時も経験、又コンスタントに15万前後は手にして居た様に記憶している。
事務所にお金も入るシステムは、完全に理解はして居ないが流通の筋は、雰囲気大体理解しているつもりで有る。
そうした対価やお客様に貰う刺激にあらゆる意味で自己研鑽や修練に精を出したと自分んでは思っている。

箱もお客様にも演者は育てて、教えて貰って居たのがその時代であった様に思うのだ。
それが今はどうだ?箱は演者に対価を求め?又、演者の知名度?と言うか演者を品定めした様にして箱から払うのか箱に頂くのか金額を品定めする。
箱のオーナーは、演者以上の経験値や目利きができるのであろうか?
箱は損をする?不利益を被る?そう言うリスクは負わない場合が多い時は
名だたる箱は演者に対価を払う。そして出演を決定し箱の名前の元に集客し演者の名の元にお客様が集まる。
じゃあ、演者の名前が通って居ないから対価は演者が差し出すべきなのか?

いやいや、対価を差し出す前に、箱さん?あんた達演者を育てる?何とかして羽ばたかせよう?なんて考えは無いのか?
無いなら箱をライブハウスにするな!青空歌声喫茶とか名前を変えろ。
仲良しこよしの同窓会会場貸し業者にでもなればいいのだ。

と思うのは偏屈な僕だけなのだろう。
ふっといつからだろう?と思ってしまった。
開店当初はここお店から羽ばたいていく演者を育てようと志を立てられた箱のオーナーは今、お客様に飲食代金や演者に演奏をさせて「やる」場を与えて「やる」対価を取る業者にでもなってしまったのだろうか?
昔はそんなに良くなかったけれど、演者も箱のオーナーも、今とは違いもっと温かな?ほっこりとした?「情」を持ち合わせて居た様に感じるのは僕だけだろうか。
何にしても良い?時代になったのか、もののあり方がいま問われている様な気がしてならない。

又長々とカキコしてしまった。僕の身勝手(笑)