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人生の階段ー日々の詩に託してー

ある老婆の日々ーー

孫文とフィリピン

2017年06月22日 | 読書

井沢元彦「友情無限」のなかで

梅屋庄吉が孫文の無二の友となり

独立運動を経済面で援助し続ける

この秘話を今の中国人が知ったら・・・

テレビドラマで年中

日本兵を生きたまま八つ裂きにしたり

なとどいうものを見せられている

中国の人がこの本を読んだら・・・

そして梅屋はフィリピン独立にも力を貸そうとした。

孫文にあたるフィリビンの闘士はアギナルド。

ところが彼には「海の守り」が必要という

考えはなかった。

ーーアメリカが守ってくれるーー

信じ込んでいたのだ。

まさかアメリカが裏でスペインと協議していたなんて

知らずにアメリカを信じていた。

梅屋は説得する。

「自前の軍を持つべきだ。

世界は隙あらば他国を植民地にしようとする

野蛮な国に満ちている。

まず、独立軍を再編制し、有利に展開

できるようにすべきだ」

するとアギナルドは

「心配性だな」と笑い飛ばす。

その後のフィリピンがアメリカの植民地に

なってしまって

日本の敗戦後にやっと独立できた

という歴史を

日本の人たちが噛み締めなくてはならない

と思うのです。

多くの日本人が今

「アギナルド」になっています・・・

「犬と清国人は入るべからず」と

自国の公園の看板に書かれた

屈辱の歴史は

なぜかイギリスに向かわず

日本にのみ憎しみを注いで

すかっとしているのですね。

孫文が今の自分たちの国を見たら

どんな感想を口にすることでしょう。

 


読書

2017年06月15日 | 読書

知人の93歳の女性がいて

その人の読書力といったら

すごいのです!!

文章は美しく青春の香りを

色濃く残しているのです

反対に私は

今のところ

「夢中になれる」ものがなくて

虚しい感じがしています。

司馬遼太郎、藤沢周平、宮城谷昌光

宮本常一、永井路子、その他その他

おや、日本の作家が多いですね。

若い時はほとんど外国のものばかり

読んでいたのにこれは

不思議です。

しかし今

「夢中」になって読みふける

ことのできる作家にまだ出会っていないのです、

村上なんたらとかはまったく

読む気がいたしませぬ。

梨木香歩も「家守綺譚」のほかはいまいち・・・

というわけでこういうのを

禁断症状というのでしょうか

虚しいものです・・・


赤い月

2017年02月13日 | 読書

なかにし礼「赤い月」を読んだ

1日じゅう泣いた日

前作の自伝に肉付けされたもの

と言ってしまうのは簡単だけれど

なんという小説

というより

なんというドキュメントだ!

母をモデルにしていながら

「女」を描いたと

言ってしまうのは簡単だけれど

「満州」「国家」そして「日本人」

慟哭の記録。

巻末の膨大な「参考文献」もさることながら

「氷室」という実在らしい人物の凄さは

あの時代にのみ出現した魂の英雄・・・

すべてが終わりに近づいて

北鎌倉の東慶寺で会う

運命の人々のシーン、

白髪の老紳士となった氷室の姿に

またまた慟哭と感動・・・

満州の軍隊はみな

棄民して逃亡したのだと思っていたけれど

命を捨てて守ってくれた部隊もあった・・・

のですね・・・

シャンソンの訳者から

こんなものを書く作家になった

なかにし礼氏に

今更ながらため息・・・

 

 

 


家守綺譚

2017年01月13日 | 読書

梨木香歩「家守綺譚」は

ファンも多いようですね。

私は巻頭の1行に魅せられました。

明治か大正時代の「学士」

といえば

今の無数のへなへな「学士」とは

違って

気品と知性に満ちていたから。

その学士の気品ある文章が

幻想の中に入っていき

作者はこれをどんなに楽しんで

書いたことかと。

植物の好きな人にもたまらないかも。

「編笠百合」と「貝母」は同じものだと

知らずに読むのと

知って読むのとの落差は

ありますし

舞台となる「地名」になぜか

不思議な魅力があって

ここがどこかと特定しているファンもいる。

はい、山科という地名はまったく

出てこないのに

ここはあきらかに山科です。

疎水、朽木、湖水、比叡・・・

竜田姫、浅井姫、そして湖水で遭難した友の名が

「高堂」・・・なんだか床しい名前。

主人公の名は「綿貫」。

なんとも魅力的な作品です。

 

 

 

 


そこへ

2016年12月21日 | 読書

ひとはある読書をして

その舞台へ行ってみたいと

思うもののようですね。

梨木香歩「家守綺譚」を読んだら

ここは全体どのあたりであろうかと

ーーすでにこの作品に同化した語り口ーー

思ったらすでに地図まで書いて

想定した人をネット上に見つけました。

想像したとおり

舞台は山科でありました。

内田百閒のときは麹町を歩き回って

ついに百閒の転々した住居跡

四箇所ほど突き止めましたぞ。

三四郎池なんぞはのべ何百何千人

跡を慕ってやってきたことでしょう。

というわけでヘッセだとドイツに飛びましたし

マルセル・パニョルのために

プロバンスに行った人も

いると思いますね。

どうしてそこへ行ってみたいのか

溢れる気持ちがあるのですね。

そこに漂うはずのある香気のようなもの

きっと求めて行くのでしょう。

うれしい話と思うのでした。