自分が という主語を、他のみんな という主語にすり替えてふりかざす話法は
ハラスメント加害者の常套手段である。(参考:卑怯なコミュニケーション型 )
自分が気に入らないだけなのを、他の人たちがと言って、その行為をさせなくしてくる、卑怯な話法。
太宰治も、「世間が許さない」という時の「世間とはあなただ」「許さないのはあなただ」と書いていました。
「世間」 「みんな」 「他の人たちが」
「言ってくる人がおるけんいややろう?やけん言われる前にやめり」
他の社員の服装の細かいこと(ボタンがどうとか)にこだわって、いちいちいんねんをつけている人って、あなた(熊谷秀和さん)以外にいないのだけど…
自分がメンツを潰されたと捉えて感情的になっているのを、他の人を傷つけている という言い方で、
上から諭して、その行為をしないように操作するのは幾重にも姑息なものです。
個人的な感情的な処理を、諭しという上からの形で、みんなという傲慢な幻想をふりかざして
しかもかれらのためにという名目でなそうとしている。
個人的な感情の処理を、理性の皮を被って行う行為はモラハラ、パワハラの常套行為です。
またこういう話法は、誰か他人の生き方が個人的に気に入らない人が、その人を攻撃して潰そうとする際にもよく用いられています。その人の自由な生き方を見ていると、自主規制や世間体や「常識」でがんじがらめの自分の生き方が 自らにまざまざと迫ってきて、嫉妬心で胸がざわついているおばさんが その自由な人に 上から説教という形で、その生き方を邪魔してきます。
その時に、主語のすりかえがなされます。自分ではなくて 他の人達 世間 という形に一般化してふりかざす。
そういう工作、粉飾改ざんは幼稚だと思います。またこれは日本人にありがちです。美しくない
「私を傷つけないで」「私に恥をかかせないで」「メンツを潰さないで」「私は哀しんでいる」
「私にとって目障りなの」「あなたを見ていると胸がざわついて堪らないの」「すごくむかついてくるのよ」
と言う方が、随分大人だと思います。事実を粉飾改ざんせずに、堂々と言う方が、毅然としているし
建設的な可愛いコミュニケーションだと思います。私はそういう人となら、意見が違っても友達になれます*^^*
コートニー・ラブ 嫉妬で泣き叫ぶ、彼氏に話しかけた知り合いの女性に激怒 すがすがしくて、可愛いです
理性の皮を被って陰湿狡猾な嫌がらせをちりばめて個人的感情の処理をしようとする人よりも、ずっと誠実なのではないでしょうか。