陶芸みち

陶芸のド素人が、その世界に足を踏み入れ、成長していく過程を描いた私小説です。

その171・復活

2010-07-07 09:00:37 | 日記
 しかしこちらに気のゆるみがあったことも厳然とした事実だ。特に代々木くんは「めんどくせーから」といって、丸ノコの刃から指先を守る安全カバーを取り外して可動域をひろげ、木材を刻んでいた。勇敢と無謀とは別物だ。太陽センセーは道具をあれほどムチャに扱いながらも、「決してケガはせんように、身のさばきは考えとる」と言いきる。逃げ道をつくっておくのだと。危険な道具を使う以上は、そんな作法から学ばなければならない。今回はその謙虚な態度が欠けていたのだった。
ー訓練校で重大事故発生!ー
ー代々木、今季絶望!ー
ー利き指にメス、再起不能か!?ー
ー不死身のオオアリクイ、ついにノックダウン・・・ー
 新聞の見出しのような文言が頭をよぎる。いったい完治するのにどれほどの時間がかかることか・・・それが気がかりだった。
 ・・・ところが翌朝になると、代々木くんはひょっこりと作業場に姿をあらわした。すっとぼけた笑顔とまぬけな冗談で、いつものように周囲をほがらかな雰囲気にしてくれる。彼の利き腕は包帯でぐるぐる巻きにされ、首から吊られていたが、思えばそれもまたいつものことだった。
「だ・・・大丈夫なのか?」
「おー、平気平気。なんともない」
「指は?」
「もどったよ」
「心配させんなよー・・・」
 痛々しさを見せないのが代々木くんのやさしいところだ。昨日来、凍りついていた作業場の空気がほどけていく。
 脱臼した指関節を力づくで入れられた話を、オレたちは顔をしかめて聞いた。彼はそんな反応を見て満足げだ。骨にビスが入ったものの、指は元通りの形にもどったようだ。以後の社会生活にもさしさわりなく、問題があるとすれば空港の金属チェックのときくらいだという。クラス中がほっと胸をなでおろした。
 それにしても大変なのはこれからだ。包帯がとれて抜糸したとして、本当に以前のようにろくろが挽けるのか?握力は元通りに回復するのか?神経はつながっているのか?感覚はちゃんともどるのか?・・・痛みと不安とで、いかにのんきなオオアリクイといえど、眠れない夜がつづくことだろう。
 ・・・と思っていたら、彼は二週間後にはもうろくろに向かっていた。包帯が巻かれている指先は、ビニールで防水してある。そこは使えないので、両手の指を折り畳んでグーの形にし、ゲンコツの関節を使って大きな水指を挽いていた。ぶきっちょな姿だが、おかまいなしだ。
「前よりうまくなったかもしれん」
 心配するだけソンだ。図太いというか、脳があたたかいというか・・・とにかくこの男の精神構造はシンプルにできているのだった。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

最新の画像もっと見る