陶芸みち

陶芸のド素人が、その世界に足を踏み入れ、成長していく過程を描いた私小説です。

その89・完全燃焼

2010-03-20 08:44:46 | 日記
 焼成初日が暮れ、二日目が明け、暮れ、折れ線グラフは順調な右肩上がりを刻んだ。ところが三日目、ある時点を境にぴたりと温度が上がらなくなった。まるで重石でふさがれたかのように、深刻な便秘におちいったのだ。どの班も工夫をし、マキの量を増やしたり、入れるタイミングに変化をつけたり、ダンパーを開けたり閉めたり、ドラフトをいじったり、熾きを効率的にさからせるためにかきまぜたり、ふいご代わりにロストルから空気を送ったり・・・試行錯誤してみるものの、一向に数字をゲインしてくれない。目標温度は寸前なのに、オレたちも作品も生殺し状態だ。
 そこで話し合い、いったんマキくべをストップしてみようということになった。中にたまった炭を燃やしつくし、燃焼室をクリアにするのだ。いちかばちかのギャンブルだ。しかし今や、これしか打つ手はない。ムチャを承知で作戦は決行された。
 いったんゴージャスな炎をつくって、閉じこめ、そのままピタリとマキの供給を止めた。温度はしばらく横ばいした後、急激に落ちはじめた。メンバーの間に緊張が走る。皮膚にはっきりと感覚できるほど、窯自体が冷めていく。作品に影響はないのだろうか?手を出したい気持ちをぐっと抑え、熾きが焼けるパチパチという音にじっと聞き入った。下がりつづける数字を見つめつつ、祈る。伸び上がるために縮こまっているのだ、と自分に言い聞かせた。
 長すぎる時間をうずうずしながら過ごした。ついに音がやみ、「ここぞ」というタイミングで動く。いったん空腹にさせた燃焼室に脂ののった栄養分を送りこむと、健康な炎は窯内のすみずみにまで血液を送りはじめた。生気のもどった無量窯が、みるみるうちに膨張していくように見える。灼熱を吐く焚き口から薄目に中をのぞきこむと、山吹色に透き通る炎の向こうに、作品の隊伍が表面をツヤツヤに輝かせていた。肌につもった自然釉が融けつつあるのだ。さらに大量のマキをくべ、攻め焚きで炉内を還元状態に追いこむ。閉じた空間の中で炎を極限まで巨大化させると、火先が、あのノッポすぎると思えたエントツの先から顔を出し、あぜんと見上げる人間たちを睥睨した。S字にうねる無量窯のどこまで炎を行き届かせられるか?という当初の心配は、杞憂に終わった。オレたちが苦心してつくった長い炎は、ふたつのヘアピンカーブが分かつ三層の棚と長大なエントツを踏破し、ついに焚き口と空とを結んだ。
 エントツの火先はそれから、ひとつの夜空とひとつの青空を焼いてから落ち着いた。ねらし(温度キープ)を終えて焚き口と煙道を閉じる。高温の窯内は密封され、完全な還元状態でいぶされる。あとは窯出しの日まで、神に祈るだけだ。やり遂げた。やんちゃ者に思えた無量窯を無事に御しきった。責任を全うした安堵感と、この窯によって悩まされ、成長させてもらった感謝の気持ちが去来した。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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