少年トッパ

そして僕らは卓治のギターで歌った。<その8>

 いよいよライブが始まる。1曲目は『NO GOOD!』だ。83年に出たファーストアルバム『NG!』に入っていた曲であり、ベストアルバム『stories』の一曲目に選ばれた代表作である。初期のライブでは必ずクライマックスで歌われ、ブレイクする箇所では卓治とスマイリーがチュウをするのがお約束だった。ものすごく盛り上がったものである。今回は生ギターのみなのでアレンジはかなり変えられており、「みんなでワーッと盛り上がる曲」ではなく「じっくり聴かせる曲」になっている。さっき卓治のことを「声量が豊かなわけではない」と書いたけど、それは撤回。ものすごく声がよく出ているじゃん。
 続いて『Night After Night』。これは3枚目のアルバム『Passing』収録曲。卓治お得意のストーリー性が高い楽曲だ。そして『青空とダイヤモンド』。2000年に発売されたシングル『手首』収録曲であるが、僕としてはタイトル曲よりもこちらの方が好き。失ってしまった純粋さを慈しみながら、今なお清廉に真っ直ぐ生きようとする中年男の心情が見事に凝縮されているからね。
 4曲目は新曲『ひだまりの歌』。養護学校に通う子どもたちのために作られた曲だ。いきさつに関しては、こちらを(直リンクで失礼!)。

 優しくも厳かな印象を残す『ひだまりの歌』が終わり、会場が静謐さに包まれる。事前に知らされていたが、この曲の次が僕らの出番だ。でも、それってアカデミー賞を受賞した感動作の次にC級パロディ映画を上映するみたいなもんじゃない? 余韻をぶち壊しちゃうことにならない?
 卓治が喋り始める。ファンによるトリビュートアルバムについてだ。みんな下手くそでさ。でも、うれしかったよ。そう陽気に話したあと、実は今日、そのトリビュートアルバムに参加してくれた連中がここで歌ってくれるんだ、と続ける(ちょっと言い回しは違うかも)。

 観客がざわめく中、僕らは卓治の前に集まる。さすがに緊張する。観客の顔を見ることなどできない。もう、一刻も早く終わることを願うのみだ。
 振り向くと卓治が笑みを浮かべてこっちを見ている。そうだ、最初に歌うのは僕なのだ。突如としてプレッシャーが襲いかかる。それと同時に、歌詞カードを見ながら歌うのは観客に失礼かも、なんてことを咄嗟に考えてしまう。よし、見ずに歌おう。そう決意した時、卓治がギターを奏で始めた。ジャンジャンジャジャンジャン、ジャンジャンジャジャンジャン、ジャンジャンジャジャンジャン、ジャンジャンジャジャンジャン、それ、♪彼女のブラウスの一番上の♪
 アカン、明らかに声が上擦っている。無論、自分に歌唱力があるなどと思っていたわけじゃないが、さっきのリハーサルの時と比べると格段に下手くそだ。しかし、修正はできない。このまま自分のパートを歌い続けるのみだ。♪今までずっと探していた 嵐からの隠れ場所を♪
 ……ふう、とりあえず自分のソロ部分は終わった。リハーサルが100点だとしたら、せいぜい60点ぐらいの出来だ。いや、50点以下かも。ガックリ。しかし、落ち込んでばかりもいられない。男性陣で声を合わせて歌う箇所も、しっかりとやり遂げねば。♪約束しよう♪ ……あれれ?
 しまった、間違えた。「約束しよう」ではなく「約束交わそう」じゃん。1989年に発表されて以来何度も何度も聴き、トリビュートアルバム制作のために何度も何度も歌った曲である。歌詞は完璧に覚えている。なのに何故、この大一番で間違える? オレのバカバカバカ! 猛烈に落ち込む。
 とはいえ、僕は声量が乏しいので、間違えたことはおそらく誰も気付かないだろう。いや、気付かないでいてくれっ。心は千々に乱れる。なので、申し訳ないけど他の方々が歌うのを全然聴いてなかった。すんません。でも、♪私は卓治と恋に落ちた♪という替え歌部分がウケているのは分かったけどね。
 そんなこんなで心は乱れまくっていたわけだが、ずっと落ち込んでいても仕方ない。最後の最後は大声でシャウトするぞ。♪あらしか~ら~の かーっくれっばっしょへぇぇぇ♪ オーイエイ! 終了!
 出来がどうだったのかはともかく、観客の皆様から温かい拍手を送られ安堵する。あ~、良かった。苦い後悔と解放感、そして幸福感を噛みしめながら僕は席へ戻った。

                              <つづく>
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