萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

弥生十二日、三色菫―recollection

2024-03-12 23:09:00 | 創作短篇:日花物語
想い、時の点景を
3月12日誕生花パンジー


弥生十二日、三色菫―recollection

陽だまり香る、透ける甘い。

「ん…止んだね、」

つぶやいた息そっと白い。
もう三月の縁側、けれど踏んだ板敷しんと靴下を透る。
冷えてゆく爪先まだ名残らせる冬、それでも庭さき陽だまりに微笑んだ。

「かわいいね、」

微笑んだ真ん中、黄色がゆれる。
新雪やわらかな白い息、それでも花の陽だまり温かい。
こんなふうに雪の三月を過ごせるなんて、一年前は思えなかった。

『生きるんだ、生きろっ!』

ほら、あなたの声まだ新しい。
あの雪崩の底に呼んでくれた、低いくせ透る声。

「…生きてるよ僕…ここで、今、」

そっと声にして、吐息ふわり銀色くゆる。
暦は啓蟄も過ぎた、テレビは早咲きの桜を語る、けれど山里の今は白銀。
見あげる軒先はるか銀嶺が光る、もう、じきに雪雲も晴れてゆくのだろう。
ほら青空すこし山の端、たぶん昼前には晴れる、そうしたら菜摘みの誘い来るだろう、でも。

「しゅーうくんっ!いますかーっ?」

ほら?呼びに来た。
朗らかな声に微笑んで、庭長靴ひきだし履いた。

「はーい、」

応えながら雪さくり、銀色の庭を踏む。
生垣の雪に山茶花が紅い、その向こう明るい笑顔が手を振った。

「雪やんだね、ふきのとう出てるかも?いつものとこ早いもの、」

やっぱり菜摘みのことだ?
この季節いつものお誘い、ほっと嬉しくて笑いかけた。

「そうだね、南斜面なら出てるかも、」
「日当たりいいものね、ちょっと見に行ってみる?」

朗らかなソプラノ応えてくれる、その頬ふんわり紅い。
青空のぞく陽だまりの庭、けれど底冷え深い朝に微笑んだ。

「見に行きたいね、でも、風邪が治ったばかりでしょ?ちゃんと元気になってから一緒に行きたいな、」

まだ紅い頬、きっと熱が下がったばかりだ。
そんな幼馴染は大きな瞳ぱちり、瞬いて首傾げた。

「どうしてわかったの?お母さんが言ったの?」
「ううん、おばさんは何も。でも一昨日から見なかったし、いつもより頬っぺ赤いなって思って、」

答えて笑いかけた真ん中、大きな瞳が自分を映す。
明るい澄んだ瞳まっすぐ見つめて、ほっと息ひとつ笑ってくれた。

「いつもよりってことは、私いつも頬っぺた赤いの?」
「ん、冬は特に赤いよね?」

素直に答えて、雪の生垣に紅色まぶしい。
幼馴染ほころぶ温かな色、生きて弾む笑顔が言った。

「でも私、今すぐ一緒に行きたくて。去年の分も、」

去年の分も。
そう告げてくれる唇かすかに震える、その声やわらかに痛い。
こんなふう悲しませてしまう春の記憶、傷んで、それでも慕わしく笑いかけた。

「去年の分も行こうね。風邪ちゃんと治して、なんども一緒に行こう?」

なんども一緒に。

こんな約束ができるなんて、一年前は考えられなかった。
それでも今ここにいる、この全て、全部、あの雪崩に呼んでくれたから。

『生きるんだ、生きろっ!』

去年の春、あなたが叫んでくれた。
願ってくれた、そして今、春の雪そっと香る。

三色菫:パンジー・さんしきすみれ、花言葉「思慮深い、物思い、慎ましい、幸せ、田園の喜び、記憶、片思い」

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名残りて香る、梅の春

2024-03-12 10:31:00 | 写真:花木点景
紅ほころんで花、唐より来る馥郁の春
花木点景:紅梅2024.3.2


遅咲きの梅は桃かな?と迷わされますけど、枝や樹肌・樹形が梅と桃はワリと違うようです。
3月すこし日が伸びてトハイエ、山はびっくりするほど日暮れ早いのでキャンプや渓流釣り&登山の方はお気をつけて。
【撮影地:神奈川県2024.3.2】

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