萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

椿、柔肌の花

2019-01-16 21:08:10 | 写真:花木点景
睦月つばき、艶の葉こめる柔肌の春。
花木点景:藪椿ヤブツバキ


ヤブツバキの花弁やわらかなカンジ×厚い葉の艶の対比はモノクロに映えるかなと、笑
撮影地:神奈川県2016.1


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睦月十五日、菫ーmodesty

2019-01-16 00:12:00 | 創作短篇:日花物語
護られる手に、
1月15日誕生花スミレ


睦月十五日、菫ーmodesty

スミレの砂糖菓子を食べてみたい、それが私の言訳。

「…咲いてる、」

白い吐息そっと指のばして、紫ふれる。
爪先そっと摘みとる音、ふわり香が甘い。
やわらかに深い甘い芳香、ほら?遠い声が香たつ。

『冬のほうが香るんだ、』

穏やかで深い声、遠い遠い幸せの声。
あの声たどらせる香一輪、また一輪に指ふれる。

『待っていてくれなんて言えません、でも』

ほら遠い声が香たつ、遠い遠い哀切の声。
あの声どうしても追いかけたかった、けれど留めた声が呼んだ。

「姉さん?何してるんですか、」

ほら昔と同じ、あの子の声が呼びとめる。
でも今はもう留められなくていい、ただ自由と微笑んだ。

「スミレを摘んでるの、かわいいでしょう?」

紫たばねて香る、春が匂う。
まだ冬の庭ひそやかな白い息、そんな朝に弟が笑った。

「姉さんは女の子みたいだね、いくつになっても?」

低いくせ快活な声が笑う、昔は高かった声。
けれど変わらない明朗に微笑んで、また摘んだ一輪に弟が言った。

「その花、例のシェフにプレゼント?」

あまい、菫が香る。

“例のシェフ”

紫また一輪あまく香る、あまい香に弟の声そよぐ。
問いかけひとつ時間めぐらせて、慎ましい花束と立ちあがった。

「おじゃましますの前に、質問?」
「オジャマシマスよりもタダイマだね、僕にも実家なんだから、」

ことん、飛石が鳴ってチャコールグレーひるがえる。
木洩陽のコート姿しなやかに佇んで、その髪きらめく銀色に微笑んだ。

「若白髪また増えたわね、学者は頭を使うから?」
「年齢もあると思うよ、僕もじき四十だし、」

明朗ほころぶ笑顔の生えぎわ、黒髪に銀色きらきら陽が透ける。
齢いくつも下の弟、その白髪に自分の手を見た。

「…私も齢、とったわね、」

白くなった自分の指、その皮膚あわくそばかす浮く。
それでも菫の花あふれる手そっと香って、弟を見あげた。

「今日、叔父様に会ったの?」

今、この花に質問してきた原因は叔父だろう?
推論と見あげた先、闊達な瞳が笑った。

「うん、学会が終わった後にコレ誘われたんだ、」

これ、
そう笑った手にジェスチャー、猪口つまむ。
まだ明るい午後の庭、あいかわらずな身内に笑った。

「お昼から二人で呑んだのね?学者ってズイブンイイ御身分ね、」
「たまにはいいもんだよ、大学の講義も今日は無かったしさ?」

からり笑って屈託ない。
こういう弟だから叔父も可愛いのだろう?

「仲良しね、あなたと叔父様は、」
「まあね、」

笑って革靴こつん、飛石ひらり脚が跳ぶ。
チャコールグレーひるがすコート姿ふりむいて、弟が言った。

「姉さん、結婚しなよ?」

弟の声が笑う、その言葉に。
あの日と違う、声と言葉で。

「…まあ、なにいってるの?」

息そっと呑んで笑って、遠い時間に花が甘い。
もう諦めた遠い若い時、あの日の少年が大人に笑った。

「もう誰も姉さんの結婚を反対しないよ、父さんも十三回忌が過ぎたんだから時効だろ?」

ほら、銀色まじりの髪かきあげて笑う。
その手も大きくなった、もう黒いだけじゃない髪かきあげて。

「このあいだ叔父さんと行った店に彼がいたんだろ、向こうも独身みたいだしさ?」

あの日の少年が言葉つむぐ、あの日に諦めた幸福を。
その声も瞳も明朗なままで、けれど深くなった時間に微笑んだ。

「そうかしら?もう五十を過ぎたのに、」

あの日から今、三十年の春。
こんなに遠く遠く過ぎてしまった、あのひとも変わって当り前。
そんなこと解っている、それでも菫を摘む春あさい庭、さらり長身が屈んだ。

「もう五十近いけど、姉さんも女の子のままだろ?」

チャコールグレーひるがえる、その指先ふつり紫が燈る。
摘んだ香やわらかに甘くゆれて、菫一輪に弟が笑った。

「まだ彼は独身だよ?ほら、」

菫一輪、雑誌ひとつ添えて渡される。
受けとった一冊うすく重たくて、開けないまま弟が言った。

「その雑誌で叔父さん、あの店を選んだんだよ。住所もインタビューも載ってるから姉さんにあげるってさ?」

手渡された表紙に木洩陽ゆれる、かすめる香あまい。
あの日あどけなかった恋、その香ひそやかに澄んで。
菫:スミレ、花言葉「ひそかな愛、ささやかな幸福、謙虚、誠実」紫「愛、貞節」白「純潔、あどけない恋」


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