萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第86話 建巳 act.1 another,side story「陽はまた昇る」

2018-10-08 23:55:20 | 陽はまた昇るanother,side story
Once again 
kenshi―周太24歳3月末


第86話 建巳 act.1 another,side story「陽はまた昇る」

Le mimosa du souvenir
Sui ton chapeau se reposa,
Petit oiseau, petite rose,

想い出のミモザが
君の帽子の上に安らぐ、
ちいさな鳥、ちいさな薔薇、

「…、」

ぱたん、

記憶の本とじて花を見る。
頭上の黄色に詞なぞらす、この「今」みたいで。
その続き踏みだしたテラス、深いアルトが呼んだ。

「周太くん、出かけるの?」

潮騒あまやかな陽だまりの庭、黄色い花枝ゆれていく。
おだやかな春の陽ざし振りむいて、大叔母に周太は向きあった。

「おばあさま、僕、家に帰ります…沢山ご面倒をおかけして、本当にすみませんでした、」

鞄ひとつ携えて頭さげる。
こんな申し出は正しいのか解らない、それでも本音から微笑んだ。

「ちゃんとしたいんです、退職のことも、家のことも…自分のことは自分でしたくて、」

誰かに守られる、

そんな生き方も悪いことではない、そんな生き方を周りに望まれる人もいる。
それでも自分は自分の足で立っていたい、ただ願う春の海に切長い瞳しずかに笑った。

「時間が戻ったみたいだわ…、」

潮騒やわらかな響き、アルトの吐息がやさしい。
黄金の花枝ゆらめくテラス、ダークブラウンの髪そっと傾げた。

「斗貴子さんにも同じこと言われたのよ、自分のことは自分でしたいって…体が弱くても、」

ため息やさしいアルトが過去を紡ぐ。
なぞられる面影に祖母の従妹へ微笑んだ。

「僕も祖母と同じかもしれないですね、でも僕は男だから、」

祖母と同じ病気が自分にもある、けれど祖母と自分はまた違う。
その想い真直ぐ切長い瞳が瞬いた。

「そうね…男のひとだわ、立派な、」

長い睫ゆっくり瞬かす、その瞳きらきら陽が透ける。
黒い瞳しずかに自分を映して、皺やさしい口もと微笑んだ。

「周太くん、お願いしてもいいかしら?」
「…はい、」

何を願われるのだろう?
わからなくて、それでも肯った肩に白い手ふれた。

「ただいま、ってここには来てほしいの、お家へ帰ってからもずっと、」

肩やわらかに温もりふれる。
潮騒あまく香る風、金色の花ゆれて切長い瞳が笑った。

「ここも周太くんの家だってこと忘れないで、私も家族だと忘れないで?お願いよ、」

家、家族、そう願ってくれる。
こんなふう祖母も笑ってくれたのだろうか、皺ひとつ美しい眼に自分が映る。

「おばあさま、僕…」

問いかけて言葉そっと消す。
こんなこと訊くだけ消えるようで、ただ微笑んだ。

「はい…忘れません、」

ここにも想いあえるひとがいる。
その幸せ笑いかけて、温もりひとつ抱きしめる。


古い錠前、鉄の匂い。
鍵が開く。

ぎしっ…

古材が軋む、門がひらく。
古い懐かしい扉を押して一歩、緑が香った。

「…、」

言葉なく仰いだ頭上、若葉やわらかな庭ひろがる。
まだ山桜は咲かない、染井吉野いくつか薄紅ほころばす。
飛石ひとつ、ひとつ、靴底ひたす静謐と歩きだして黄金の枝ゆれた。

「咲いてた…」

見あげた花枝やわらかに黄金ゆれる。
この花に今朝は懐かしかった、そうして決めた帰宅に微笑んだ。

「ただいま…おとうさん、おじいさん?」

“Le mimosa du souvenir”

そんなふう異国の詩は綴る、この詞きっと祖父は知っていた。
きっと父も知っていただろう、だから植えられた庭の花木に扉ひらく。

※校正中

(to be continued)
【引用詩文:Jean Cocteau「Cannes」William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 18」】

第85話 春鎮act.65← →第86話

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へ
にほんブログ村 blogramランキング参加中! 純文学ランキング
著作権法より無断利用転載ほか禁じます

PVアクセスランキング にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

白曇、秋明菊

2018-10-08 09:22:04 | 写真:花木点景
白い曇空の庭、やわらかに燈る花。
花木点景:秋明菊シュウメイギク


白花うかぶ薄暮、あえてモノクロで。笑
撮影地:神奈川県2013.10

小説UPしたいけど繁忙なかなか×写真詞書。
にほんブログ村 写真ブログ 山・森林写真へにほんブログ村 blogramランキング参加中! 純文学ランキング
著作権法より無断利用転載ほか禁じます

PVアクセスランキング にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする