萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第71話 渡翳act.5-side story「陽はまた昇る」

2013-11-12 04:00:04 | 陽はまた昇るside story
With those two dear ones 君とふたりで



第71話 渡翳act.5-side story「陽はまた昇る」

あまずっぱい香の湯気の向こう、黒目がちの瞳が見える。
掌のマグカップにアップルサイダーは温かい、この一匙また掬う。
今のひと口に続けてまた自分が匙を運んであげたい、この幸せに英二は笑いかけた。

「周太、うまい?」
「ん…おいしいです、」

穏やかな声すこし羞みながら応えてくれる、その面映ゆそうな微笑が愛しい。
この逢いたかった瞳のぞきこんで英二は質問と一匙を差し出した。

「周太、昨日よりうまい?」

祖母は昨日も温かい林檎を周太に食べさせたろう。
この甘い薬湯は家族の体調が芳しくないとき祖母はいつも作ってくれる。
だから自分には懐かしい、この懐かしさも共有できる喜びに黒目がちの瞳が微笑んだ。

「はい、きのうよりおいしいです…今のがいちばん、」

昨日より今、いちばん今この一匙がおいしい。
そう応えてくれる想いが嬉しくなる、だって自分はさっき言ったばかりだ。

『大好きな人に食べさせて貰う方が元気になるんだってさ、』

そんなふうに自分は言った、そして今が一番だと言ってくれる。
それなら結論は自分にとって幸福なはず、この幸せごとスプーン運びながら笑いかけた。

「いちばん美味いって周太、いちばん俺のことを大好きだって想ってくれてるってこと?」

お願い、どうか「Yes」って答えを自分に贈って?

今ここで目を見て笑って告げてほしい、そうしたら信じられる。
さっき自分を天使だと言ってくれた、あの言葉は真実だと確信させてほしい。
逢いたいと告げてくれた瞳で聲に言ってほしくて、けれど穏やかな声は静かに問いかけた。

「ね、英二?英二のおばあさまと俺のお祖母さんが従姉妹だってこと、いつから知っていたの?」

ことん、

鼓動ひとつ響いてマグカップごと手がトレイに墜ちる。
もう食べ終えているから零すことは無い、だけど聴かれた言葉に息が止まる。

―やっぱり俺にも訊くんだな、周太?

こんなに早く訊かれたくなかった、まだ隠しておきたかった。
この血縁関係は知られない方が安全を護る、だから知られたくなかった。
けれど自分が隠しても周太なら真実に辿り着く、そんな予感の向こうで黒目がちの瞳は微笑んだ。

「英二はお父さんと似てるって俺、前から言ってるけど…おばあさまの方がお父さんと似てるところ多いんだ、目の雰囲気とか色々。
それで親戚かもって想えて戸籍を調べたの…祖母の父親の改製原戸籍には顕子さんって人がいて、宮田總司さんと結婚しているんだ。
だから英二のおばあさまだって思って一昨日、訊いてみたの…おばあさまは正直に答えてくれたよ?おかあさんも気付いて訊いたんだって、」

この休暇の初日に周太は戸籍を調べて、その結論を祖母に確認した。
それは盗聴器から聞えた区役所の会話と祖母との会話で知っている、だから訊かれる覚悟はしていた。
そんな4日間で見つめて考えてきた想いと推測が本人の声に聴かされる、その覚悟を大好きな瞳が微笑んだ。

「俺、すごく嬉しかったの、英二と血が繋がってるんだって解かったとき嬉しくて…だから不安になったんだ、お父さんと英二が似てるから、」

血が繋がっていると喜んでくれるの?

この自分と血縁にも繋がれる、それを喜んで不安がってくれる。
その喜びも不安も自分への想いが通う、そんな温もり見つめるまま周太は続けてくれた。

「お父さんは沢山の秘密を抱えこんでいたって英二も知ってるでしょう?それと同じことを英二もしちゃうんじゃないかって、俺、
本当に不安で…ね、英二?お互い好きなら心は繋がってるよね、そして血でも繋がってるなら本当に家族だよね、家族なら俺、遠慮しないから、」

心は繋がっている、そして血でも繋がって本当に家族。
そう告げてくれる瞳へ窓辺の木洩陽きらめいて自分を映し、逸らさない。
本当に家族なら遠慮しないと言ってくれる聲は眼差しから響いて、また声が鼓動ノックする。

「もう遠慮しないで英二と話したいんだ、だから…英二、独りで全部を抱えこまないで?俺を好きなら信じて、好きな分だけ一緒に背負わせて、」

信じて好きでいてくれるなら、その想いの分だけ背負わせてほしい。
その願いは自分こそ君に抱いている、それを同じに想ってくれると今告げられる?
本当に自分を共に背負う相手に選んでくれるなら幸せだ、けれど不安がもう疼きだす。

―でも周太、きっと俺が背負うものは君を傷つけるんだ、

共に負うなら傷みすら幸せだろう、けれど真実が君を傷つけると不安で仕方ない。
けれど独り、黙って遠くへ去られてしまうよりも不安ごと近く抱きしめる方が幸せだろう。
そう想う、それでも抱える秘密と真実と廻っていく罠の事実を告げることなど、危険すぎて出来ない。

「お父さんの殉職を優しい嘘だって英二は言ってくれたよね?そういうお父さんを好きだって言ってくれてね、本当に嬉しかったよ?
でも、お父さんと同じには成って欲しくないの…英二だけ独りに全部を背負わせてしまうなんて嫌、お父さんと同じ後悔を俺にさせないで?」

あの後悔を二度と与えないで、あなたを喪いたくない。

そう告げてくれる瞳が自分を映して真直ぐ心を見つめてくれる。
そんな眼差しは愛しくて切なくて求めてしまいたい、けれど自分こそ君を喪いたくない。
誰よりも大切だと想うから護りたくて壊したくなくて嘘を吐いてしまう、この秘密に唯ひとり想う人は微笑んだ。

「お願い英二、優しい嘘なんて吐かないで?もう独りで泣かないで、家族なら俺を信じて一緒に背負わせて?俺は英二を愛してるから、」

愛しているから信じてほしい、信じるなら嘘を吐かないで?
全てを共に背負って生きたい、そう願ってくれる瞳あふれる涙が鼓動を引っ叩く。

―違うんだ周太、俺の嘘は優しいからじゃない、自己満足なんだ、

自分の嘘は優しさじゃない、ただ自分が必要だと信じたい自己満足なだけ。
独り秘密ごと全てを背負って護ることが出来るなら、そんな自分なら君に必要な存在だと想える。
本当は自分の存在を正当化するための自分勝手な秘密で嘘、こんな本音の疼く鼓動に綺麗な瞳は微笑んだ。

「英二、喘息のこと黙っていてごめんなさい、心配させたくなくて言えなかったんだ…喘息に悪いところに異動したから心配かけたくなくて。
お願い英二、一年は喘息のこと内緒にして?お父さんのこと一年だけ追いかけたいんだ、心配させるけど、秘密も押しつけちゃうけど許して、」

許してだなんて謝らないで?だって自分は全てを知っていた。

君の状況を知りたくて盗聴器まで利用している、君の先生まで欺き泣かせて証言を語らせた。
こんな自分に許してなんて言わないでほしい、お願いされるより邪魔するなと否定される方が楽なのに?
こうして君に謝られる分だけ自分の嘘が鼓動を刺してくる、君の優しい無垢が自分を壊してしまう、それを解かってる?

―それとも周太、俺のやってること無意識にも気づいて解かるから言うのか?俺が逆らえなくなるように、

ごめんなさい、お願い、許して。

そんな言葉たちが自分を繋いで君に従わせてしまう。
そんなふう言うのは無意識で、ただ無垢の心のままが声になる。
そんな君だから尚更に逆らえなくなって、逆らえない分だけ切ない願いは自分を掴む。

「お願い英二、一年だけ許して?お父さんを知りたいんだ、今さら知ってもお父さんは生き返らないの解かってる、でも知りたい。
あんなに大切にしていた文学の世界よりも警察官を選んでね、何を見つめて生きていたのか知りたいの…何を大切にしていたか知りたいんだ、
誰にも何も言えないで独り抱えこんで、それでもお父さんが綺麗に笑ってたのは何故なのか知りたい、お父さんが大好きだから知りたい…お願い、」

お願いだから父を知りたい、大好きだから知りたい。

大好きなのに独りきり秘密の中で死なせてしまった、この悔恨の因を知りたい。
この願いを周太は14年間ずっと抱きしめてその為に生きてきた、それが解かる自分だから逆らえない。
そして自分にも向けらてしまう願いは真直ぐ見つめてくれる、そんな黒目がちの瞳が自分を映したまま綺麗に微笑んだ。

「お願い英二?心配しながら一年だけ待っていてね、退職したら大学院に行かせて?愛してるから我儘を言わせて、家族なら甘えさせて?」

愛してるなら、家族なら、その信頼に我儘を願いたい。
そんなふうに告げられたら何も言えない、だって自分は家族が何か解らない。
愛してることも、信頼も、我儘も、全ては自分から遠く届かないと本当は諦めている。

それでも本当に願っても良いと告げてくれるのだろうか?そんな問いかけに優しい旋律が映りこむ。

……

I'll be your dream I'll be your wish 
I'll be your fantasy I'll be your hope I'll be your love
Be everything that you need.  I'll love you more with every breath Truly, madly, deeply, do

僕は君の見つめる夢になる 君の抱く祈りになる 
君が諦めた願いにも僕はなれるよ 君の希望になる 君の愛になっていく 
君が必要とするもの全てに僕はなる 息するごと君への愛は深まる 心から、狂おしいほど、深く愛してる

……

去年の秋、この曲を周太にダビングして贈ったのは自分だった。
そして周太は今も毎夜この曲を聴いてくれることを知っている。
もう習慣のような選曲に真実が見えてしまう、そして今解かる。

―諦めた願いを叶えてくれるのは君なんだね、周太?

I'll be your wish 
I'll be your fantasy
I'll be your hope I'll be your love

この想いは自分が周太に贈ったんじゃない、きっと自分が周太に贈られた。
それを今告げてくれる言葉に眼差しに見つけて鼓動から息ひとつ深く吐く。
そして信じたい願いごとは諦めから希望になって、涙と聲は言葉になった。

「周太…我儘、俺にも言わせてくれる?」

今から本音の我儘を言いたい、信じられるのなら。
唯ひとつ求めたい願いも愛情にすらなってくれるなら言わせて欲しい。
そんな想いに泣かないと決めたはずの涙もう零れて、揺れる視界に優しい瞳は微笑んだ。

「ん、言って?…家族なら我儘も必要なんだ、お互い大好きでいるためにも言いたい事ちゃんと話すの、」
「大好きでいるために…」

贈られる想いそっと呟いて、温かい。

大好きでいるために言いたいことを話す、そんなこと知らなかった。
愛されるためには相手の求める姿を演じて言葉も演じること、それが愛情の条件だと想っていた。
それでも本音を言える相手が今は何人かいてくれる、その最初を与えてくれた人が今も話そうと笑ってくれる。

こんな君だから恋してしまった、愛して求めて傷つけて、それでも護りたい笑顔を見つめて英二は聲を口にした。

「周太、お願いだから俺から離れないで…電話しないなんて言わないでくれ、どこにいても」

離れないでと縋りついても願うのは唯ひとり、何度でも願いたい。
もう何度も願って追いかけて縋りついてきた、その繰り返した分だけ今も願う。
この願いは我儘だと知っている、それでも離したくない真実と信頼に涙ごと笑いかけた。

「毎日メールしてよ、電話して声を聴かせてよ、休みは俺とデートして…ちゃんと俺を構ってくれるなら一年、待ってる、」

どうか毎日を君で充たして欲しい、そうじゃなかったら待てない。
もう君無しの時間なんて耐えられなくて、気配だけでも欲しくて盗聴までしている。
君を危険から救うために盗聴器をしかけて、けれど本当は自分の孤独を救ってほしくて君の吐息を聴いている。
こんな自分の恋慕は卑屈だろう、身勝手で重すぎる愛だと解かっている、だから諦めていた願いに綺麗な瞳は笑ってくれた。

「ん、メールも電話もするね?でも毎日は無理かもしれないんだ…休みもね、今日をいれて4日間が終わったら次はしばらく解らないの。
だからでーとの約束したいけど難しくて…メールや電話も毎日は無理かもしれないけど、でも出来るだけしようね?俺も英二の声や言葉を聴きたい、」

毎日、いつも声を交わせたら幸せだと君も想ってくれる?

毎日の声を求めあうことは恋人同士なら普通で当たり前、けれど18ヶ月前の自分は求めなかった。
自分を求める人間はいた、それに応えて毎日の電話もしていた、けれど本当は要らないと思っていた。
幾度と声を重ねても言葉を交わしても鼓動は動かない、そんな電話は嘘吐きの義務で重たい鎖で嫌いだった。
それなのに今は求めたい、今、唯ひとり求めたい相手が目の前で笑ってくれる、この幸せに英二は我儘と微笑んだ。

「出来るだけ構って?でないと俺、周太のこと探しだして攫いに行くよ?どこにいても誰が止めても我儘するから、家族なら責任とって?」

出来るだけ構って、家族なら責任とって?

そんな台詞で自分が笑うだなんて信じられない。
そして信じられない分だけ温かくて、諦めていた願いに黒目がちの瞳が笑ってくれる。
この笑顔と求めあい責任を抱きあえるなら、こんな自分でも幸福を生きられる?そんな望みに優しい約束が微笑んだ。

「ん、責任とらせて?電話もメールも出来るだけするね、でーとも…出来るだけ一緒にいようね?」

ほら、また優しい声と瞳で優しい約束を結んでくれる。
こんなふうに自分はまた赦されてしまう、そして想いまた深くなる。
また呼吸するごと鼓動に恋も愛も募って、諦めかけた願いは希望になって今、君とふたり温かい。







(to be gcontinued)

【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Books XI[Spots of Time] 」/Savage Garden「Truly, madly, deeply」】

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