扉、明日への約束を

soliloquy 建申月act.6 Porte―another,side story「陽はまた昇る」
ページをめくるのは、扉を開く瞬間と似ている。
紙1枚、それを捲るだけで世界は広がらす。
文字で、絵で、写真で、世界は語られて自分の心に何かが映る。
そんな瞬間を繰りかえしていく時、心はページの描く場所へと旅をしだす。
「わ…この木すごく大きい、苔も立派だね、暖かい島かな?」
巨樹が織りなす深い森、その世界に周太は微笑んだ。
いまワンルームマンションの一室で都心の夜に居る、けれど心は森の島を見る。その視界へ友達が笑った。
「当たり、屋久島の千年杉の森だよ。雨が降ると川が出来るんだ、で、行けなくなる場所もあるんだよな」
缶酎ハイを傍らにページを繰る隣、笑って明朗な声がガイドしてくれる。
その説明に愉しくて嬉しい、嬉しくて周太は笑いかけた。
「樹齢が1,000年過ぎていないと小杉、って言うんだよね?奥多摩の1,000歳の木は神代杉って言われて、長老なんだよ、」
「だよな?普通は長生きで500歳だろ、俺んちの山の長老だって700歳位だよ。でも屋久島だと2,000歳もザラで1,000歳はガキ扱いなんだよな、」
まるで人間のように樹木の事を手塚は話してくれる。
そんな友達が嬉しいままに、周太は訊いてみた。
「島の地質が花崗岩で栄養が少ないから、屋久杉は成長が遅くなって樹齢が長くなるよね?雨も多くて湿度も高いせいで樹脂も多くなって。
この樹脂で枝とか腐り難くなるから長生きって言うけど、手塚の家の700歳の杉って、やっぱり湿度が高くてやせた土地の辺りに生えてる?」
この推論は当たるかな?
そう見た先で眼鏡の奥、明眸が愉快に笑ってくれた。
「当たり。俺んちの山ってさ、自然林のとこに水源の池があるんだよ。そこから水蒸気が立つんだけど、湧水って温度が一定だろ?
だから冬はすごいよ、朝とか寒い時間は水と空気の温度差デカいだろ?煙幕かってくらい霧が立ってる時があってさ、そこに長老はいるよ」
霧の森、その光景が友達の声で語られる。
水墨画やパステル画を想わす光景に、周太は微笑んだ。
「霧の森、すてきだね?道迷いは怖いけど、でも霧が立っている時の山や森って好きだな、」
水の紗に籠る森は、謎を隠すよう。
幼い日に父と見た、空気から白く優しい森。
緑なす樹林の陰翳は水の粒子に安らいで、深い息吹が馥郁と香る。
お伽話の挿絵のよう美しかった遠い森の記憶、懐かしく微笑んだ隣で愛嬌の笑顔が応えてくれた。
「だったらさ、遊びに来いよ?」
さらっと誘って、明朗な声が笑っている。
その提案に周太は瞳ひとつ瞬いた。
「え、?」
今、なんて言ってくれたの?
そう見つめた先で友達は、軽やかな笑顔で言ってくれた。
「俺んちに泊まれば朝、霧の森を見に行けるよ。雪山とか湯原、歩ける?」
「あ、…ん、奥多摩の山なら、少し歩いたことあるけど、」
驚いたまま答える先、眼鏡の奥から瞳が楽しそうに笑う。
軽く頷いて、鞄を引寄せ手帳を出しながら手塚は提案してくれた。
「だったら大丈夫だな、途中まで車で登るしさ。俺が帰省するとき一緒に来たらいいよ、冬休みと春休み、どっちでもイイよ?」
本当に提案してくれている?
まだ今日で話すのも2回目なのに、実家にまで迎えてくれるの?
「ありがとう、…でも、ご迷惑じゃないの?」
「ははっ、迷惑なら誘わないって、」
からっと笑いながら手帳を広げ、カレンダーを見せてくれる。
少し癖のある字が予定を綴るページを、ペンで示しながら手塚は言ってくれた。
「俺、院に進むから就職活動とかも無いし、予定の調整は出来るよ?ま、家庭教のバイトが冬休みは混むから、2月や3月はどう?」
本気で誘ってくれてるんだ?
どうやら手塚は大らかで積極的な性質らしい。
元々が内向的な自分は途惑ってしまう、けれど嬉しい。
…でも秋が来たら俺、予定とか解からなくなってる、ね
2月、3月、そのころ自分はどこにいるのだろう?
もうじき開かれる現実への不安と覚悟が目を披く、けれど希望を見つめたい。
本当は約束なんて出来ないと解かっている、それでも夢を共に見る朋友へ周太は笑いかけた。
「ん、3月かな、美代さんの受験が終わってからが良いな。仕事の予定とかちょっと解からないけど、約束の予約させてくれる?」
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第58話「双璧9」幕間です

soliloquy 建申月act.6 Porte―another,side story「陽はまた昇る」
ページをめくるのは、扉を開く瞬間と似ている。
紙1枚、それを捲るだけで世界は広がらす。
文字で、絵で、写真で、世界は語られて自分の心に何かが映る。
そんな瞬間を繰りかえしていく時、心はページの描く場所へと旅をしだす。
「わ…この木すごく大きい、苔も立派だね、暖かい島かな?」
巨樹が織りなす深い森、その世界に周太は微笑んだ。
いまワンルームマンションの一室で都心の夜に居る、けれど心は森の島を見る。その視界へ友達が笑った。
「当たり、屋久島の千年杉の森だよ。雨が降ると川が出来るんだ、で、行けなくなる場所もあるんだよな」
缶酎ハイを傍らにページを繰る隣、笑って明朗な声がガイドしてくれる。
その説明に愉しくて嬉しい、嬉しくて周太は笑いかけた。
「樹齢が1,000年過ぎていないと小杉、って言うんだよね?奥多摩の1,000歳の木は神代杉って言われて、長老なんだよ、」
「だよな?普通は長生きで500歳だろ、俺んちの山の長老だって700歳位だよ。でも屋久島だと2,000歳もザラで1,000歳はガキ扱いなんだよな、」
まるで人間のように樹木の事を手塚は話してくれる。
そんな友達が嬉しいままに、周太は訊いてみた。
「島の地質が花崗岩で栄養が少ないから、屋久杉は成長が遅くなって樹齢が長くなるよね?雨も多くて湿度も高いせいで樹脂も多くなって。
この樹脂で枝とか腐り難くなるから長生きって言うけど、手塚の家の700歳の杉って、やっぱり湿度が高くてやせた土地の辺りに生えてる?」
この推論は当たるかな?
そう見た先で眼鏡の奥、明眸が愉快に笑ってくれた。
「当たり。俺んちの山ってさ、自然林のとこに水源の池があるんだよ。そこから水蒸気が立つんだけど、湧水って温度が一定だろ?
だから冬はすごいよ、朝とか寒い時間は水と空気の温度差デカいだろ?煙幕かってくらい霧が立ってる時があってさ、そこに長老はいるよ」
霧の森、その光景が友達の声で語られる。
水墨画やパステル画を想わす光景に、周太は微笑んだ。
「霧の森、すてきだね?道迷いは怖いけど、でも霧が立っている時の山や森って好きだな、」
水の紗に籠る森は、謎を隠すよう。
幼い日に父と見た、空気から白く優しい森。
緑なす樹林の陰翳は水の粒子に安らいで、深い息吹が馥郁と香る。
お伽話の挿絵のよう美しかった遠い森の記憶、懐かしく微笑んだ隣で愛嬌の笑顔が応えてくれた。
「だったらさ、遊びに来いよ?」
さらっと誘って、明朗な声が笑っている。
その提案に周太は瞳ひとつ瞬いた。
「え、?」
今、なんて言ってくれたの?
そう見つめた先で友達は、軽やかな笑顔で言ってくれた。
「俺んちに泊まれば朝、霧の森を見に行けるよ。雪山とか湯原、歩ける?」
「あ、…ん、奥多摩の山なら、少し歩いたことあるけど、」
驚いたまま答える先、眼鏡の奥から瞳が楽しそうに笑う。
軽く頷いて、鞄を引寄せ手帳を出しながら手塚は提案してくれた。
「だったら大丈夫だな、途中まで車で登るしさ。俺が帰省するとき一緒に来たらいいよ、冬休みと春休み、どっちでもイイよ?」
本当に提案してくれている?
まだ今日で話すのも2回目なのに、実家にまで迎えてくれるの?
「ありがとう、…でも、ご迷惑じゃないの?」
「ははっ、迷惑なら誘わないって、」
からっと笑いながら手帳を広げ、カレンダーを見せてくれる。
少し癖のある字が予定を綴るページを、ペンで示しながら手塚は言ってくれた。
「俺、院に進むから就職活動とかも無いし、予定の調整は出来るよ?ま、家庭教のバイトが冬休みは混むから、2月や3月はどう?」
本気で誘ってくれてるんだ?
どうやら手塚は大らかで積極的な性質らしい。
元々が内向的な自分は途惑ってしまう、けれど嬉しい。
…でも秋が来たら俺、予定とか解からなくなってる、ね
2月、3月、そのころ自分はどこにいるのだろう?
もうじき開かれる現実への不安と覚悟が目を披く、けれど希望を見つめたい。
本当は約束なんて出来ないと解かっている、それでも夢を共に見る朋友へ周太は笑いかけた。
「ん、3月かな、美代さんの受験が終わってからが良いな。仕事の予定とかちょっと解からないけど、約束の予約させてくれる?」
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