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萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

soliloquy 建申月act.6 Porte―another,side story「陽はまた昇る」

2012-12-13 09:11:45 | soliloquy 陽はまた昇る
扉、明日への約束を 
第58話「双璧9」幕間です



soliloquy 建申月act.6 Porte―another,side story「陽はまた昇る」

ページをめくるのは、扉を開く瞬間と似ている。

紙1枚、それを捲るだけで世界は広がらす。
文字で、絵で、写真で、世界は語られて自分の心に何かが映る。
そんな瞬間を繰りかえしていく時、心はページの描く場所へと旅をしだす。

「わ…この木すごく大きい、苔も立派だね、暖かい島かな?」

巨樹が織りなす深い森、その世界に周太は微笑んだ。
いまワンルームマンションの一室で都心の夜に居る、けれど心は森の島を見る。その視界へ友達が笑った。

「当たり、屋久島の千年杉の森だよ。雨が降ると川が出来るんだ、で、行けなくなる場所もあるんだよな」

缶酎ハイを傍らにページを繰る隣、笑って明朗な声がガイドしてくれる。
その説明に愉しくて嬉しい、嬉しくて周太は笑いかけた。

「樹齢が1,000年過ぎていないと小杉、って言うんだよね?奥多摩の1,000歳の木は神代杉って言われて、長老なんだよ、」
「だよな?普通は長生きで500歳だろ、俺んちの山の長老だって700歳位だよ。でも屋久島だと2,000歳もザラで1,000歳はガキ扱いなんだよな、」

まるで人間のように樹木の事を手塚は話してくれる。
そんな友達が嬉しいままに、周太は訊いてみた。

「島の地質が花崗岩で栄養が少ないから、屋久杉は成長が遅くなって樹齢が長くなるよね?雨も多くて湿度も高いせいで樹脂も多くなって。
この樹脂で枝とか腐り難くなるから長生きって言うけど、手塚の家の700歳の杉って、やっぱり湿度が高くてやせた土地の辺りに生えてる?」

この推論は当たるかな?
そう見た先で眼鏡の奥、明眸が愉快に笑ってくれた。

「当たり。俺んちの山ってさ、自然林のとこに水源の池があるんだよ。そこから水蒸気が立つんだけど、湧水って温度が一定だろ?
だから冬はすごいよ、朝とか寒い時間は水と空気の温度差デカいだろ?煙幕かってくらい霧が立ってる時があってさ、そこに長老はいるよ」

霧の森、その光景が友達の声で語られる。
水墨画やパステル画を想わす光景に、周太は微笑んだ。

「霧の森、すてきだね?道迷いは怖いけど、でも霧が立っている時の山や森って好きだな、」

水の紗に籠る森は、謎を隠すよう。

幼い日に父と見た、空気から白く優しい森。
緑なす樹林の陰翳は水の粒子に安らいで、深い息吹が馥郁と香る。
お伽話の挿絵のよう美しかった遠い森の記憶、懐かしく微笑んだ隣で愛嬌の笑顔が応えてくれた。

「だったらさ、遊びに来いよ?」

さらっと誘って、明朗な声が笑っている。
その提案に周太は瞳ひとつ瞬いた。

「え、?」

今、なんて言ってくれたの?
そう見つめた先で友達は、軽やかな笑顔で言ってくれた。

「俺んちに泊まれば朝、霧の森を見に行けるよ。雪山とか湯原、歩ける?」
「あ、…ん、奥多摩の山なら、少し歩いたことあるけど、」

驚いたまま答える先、眼鏡の奥から瞳が楽しそうに笑う。
軽く頷いて、鞄を引寄せ手帳を出しながら手塚は提案してくれた。

「だったら大丈夫だな、途中まで車で登るしさ。俺が帰省するとき一緒に来たらいいよ、冬休みと春休み、どっちでもイイよ?」

本当に提案してくれている?
まだ今日で話すのも2回目なのに、実家にまで迎えてくれるの?

「ありがとう、…でも、ご迷惑じゃないの?」
「ははっ、迷惑なら誘わないって、」

からっと笑いながら手帳を広げ、カレンダーを見せてくれる。
少し癖のある字が予定を綴るページを、ペンで示しながら手塚は言ってくれた。

「俺、院に進むから就職活動とかも無いし、予定の調整は出来るよ?ま、家庭教のバイトが冬休みは混むから、2月や3月はどう?」

本気で誘ってくれてるんだ?

どうやら手塚は大らかで積極的な性質らしい。
元々が内向的な自分は途惑ってしまう、けれど嬉しい。

…でも秋が来たら俺、予定とか解からなくなってる、ね

2月、3月、そのころ自分はどこにいるのだろう?
もうじき開かれる現実への不安と覚悟が目を披く、けれど希望を見つめたい。
本当は約束なんて出来ないと解かっている、それでも夢を共に見る朋友へ周太は笑いかけた。

「ん、3月かな、美代さんの受験が終わってからが良いな。仕事の予定とかちょっと解からないけど、約束の予約させてくれる?」





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soliloquy 建申月act.5 Livre―another,side story「陽はまた昇る」

2012-12-12 07:09:25 | soliloquy 陽はまた昇る
活字と写真、伝える事象
第58話「双璧9」幕間です



soliloquy 建申月act.5 Livre―another,side story「陽はまた昇る」

借りたタオルで頭を拭きながら扉を開けると、低いテーブルにビールの缶が増えている。
シャワーを借りる間にも手塚は呑んでいたらしい、けれど眼鏡の瞳は素面のよう生真面目にスケッチブックを見つめる。
白い紙を奔らす鉛筆の音が聴こえそう、そんな真摯な描く姿勢に周太は静かにクッションへ座りこんだ。
何を描いているのかな?そっと覗きこもうとした時、眼鏡の横顔は振向き笑ってくれた。

「あ、湯原?いつのまに座ってた?」
「今だよ?シャワーありがとう、さっぱりした、」

やっぱり夏場だけあってシャワーを借りられたのは、ありがたい。
感謝のまま素直に微笑んだ周太に、愛嬌の笑顔ほころばせ手塚はスケッチブックを閉じた。

「なら、よかったよ。俺もざっと汗流してきちゃうな、」

言いながら立ち上がり冷蔵庫を開けると、缶酎ハイを出して渡してくれる。
そしてタオルと着替えを片手に手塚はユニットバスの扉を開いた。

「テレビつけても良いよ、本も気になるのあったら読んでくれな、」
「ん、ありがとう、」

笑って答えた先、愛嬌は明るく笑って扉を閉じた。
そっと静かになった部屋、パソコンからのBGMを聴きながらプルリングをひいて口付ける。
グレープフルーツの香が涼やかに喉おりて、ほっと息つくと周太は書架を見て微笑んだ。

「…ほんと沢山だね、本、」

ほろ酔い加減で見る部屋の壁、低めの本棚が一面を支配する。
ハードカバーも文庫も揃うけれど、全部で何冊あるのだろう?どんなジャンルがあるのかな?
そんな想いに周太はクッションから立って、端正な書架の前に座りこんだ。

「あ…俺も持ってるのだね、」

コンパクトなハンディタイプの植物図鑑を見つけて、嬉しくなる。
仲良くなったばかりの友達に「同じ」を気がつくことは、親近感が温まって嬉しい。
こうした普通のことが自分には13年間無かった、だからこそ今、与えられている幸せは温かい。
かすかな水音ひびく部屋、並んだ背表紙を見ていくのは何か楽しくて、初めて見る書名に世界の数を知る。
この本はどんなことを描いてある?そう題名から見当つけながら目次を開き、また戻して次を見ていく。

「…ん、これ面白そう。買ってみようかな、」

ひとりごと微笑みながら書名を記憶して、数冊を買う予定を決める。
そんなふう端から見ていく書棚の、背の高い段にくると大判の図録や写真集が並ぶ。
引き出してみると美しい森の写真がページひろがって、天然色織り成す光景に溜息がでた。

「…きれい、」

森閑、その熟語が現実の世界から生まれたのだと写真に教えられる。

翠ふる木洩陽は天使の梯子を架け渡し、霧たちこめる深い森に生命の息吹を感じさす。
ゆるやかに流れる樹木の鼓動が空気に伝わる、それは奥多摩の山桜の森とも似ていた。

…行ってみたいな、ここどこかな?…こっちは白神山地?

ゆっくり捲っていく木々の美しい姿に、心は初めての森で深呼吸する。
この場所は何処だろう、どうやって行けるだろう、そう見ていく想いにふと時計が目に映る。
デジタル表示はAM0:00を数秒まわる、その表示からマイナス8時間して微笑んだ。

…いま16時だね、英二と光一は…笑ってくれてると良いな

素直な祈りが心こぼれて、遠い遥かな空を祈る。
いま独りだったら、こんな想いは切なかったかもしれない?
けれど今、自分は独りじゃない。一晩中を飲み明かそうと誘ってくれる友達が傍にいる。

「ありがとう、手塚」

そっと微笑んで友達への感謝を想う、そして少し不思議になる。
本質的に自分は内向的で心開くことが難しい、けれど手塚は話すこと自体が今日で2回目なのに楽だ。
この「楽」の理由はきっと、いま手元に開いている写真集にあるだろう。

…きっとね、同じことが大切で大好きだからだね?

自分が樹木を愛するように、手塚も山や木を愛している。
それがスケッチブックに描かれた森や木の、美しい姿たちから水が湧くようあふれていた。
あの透明な美しさは手塚の樹木へ寄せる深い敬愛が生みだす、そう解ることが嬉しい。
そんな想いを抱きながら、また写真集の世界へ心は飛んで、ブナの純林に想いは歩く。
フィールドワークで行った丹沢の堂平、あの空気が意識へ映りこんで知識をめぐらす。
いつか、もっと時間を懸けて観察したいな?そんな想いにふと上げた視線が一冊の背表紙に留められた。

『CHLORIS―Chronicle of Princesse Nadeshiko』

「あ、」

よく知っているシックな表装と、題字に声が出た。
その背後で扉開く音がして、明朗な声が楽しげに笑いかけてくれた。

「お、その写真集、やっぱり気になるよな?良い森がいっぱいだろ、」

話しながら冷蔵庫を開き、缶ビール片手に隣へ座ってくれる。
横から愉しそうに写真集を覗きこみ、ページの森を手塚は指さした。

「ここ、前に行ったことあるんだ。ほんと綺麗な森だったよ、」
「ん、本当にきれいだね?」

答えながらも気になってしまう、モノクロ美しい背表紙に意識が行く。
あの写真集を手塚はどうして持っているのだろう?見て何を想うのかな?
そう思うだけで何か気恥ずかしくて、困ってしまう。

…そういえば美代さんも買ってたね、ブックカフェで

あのとき平積みにされていた。
しかも洋書と写真集で売上ランキング一位だと、添書きが置かれていた。
あの言葉通りの人気だろうと中身を知る以上、納得する。けれど手塚が持っているなんて?
そんな意外に首筋熱くなりだした隣、タオルを頭から被ったままで愛嬌の笑顔が言った。

「俺、写真集とか好きでさ。山とか森のが多いんだけど、コレはちょっと異色かな、」

笑いながら手を伸ばし、日焼けした指がモノクロの背表紙を引き出す。
その上品で豪華な装丁に頬まで熱くなりそう?困って周太はタオルを頭から被りこんだ。
けれど気にすることなく手塚はページを繰り、瑞々しい青葉の木洩陽ふる写真を指さしてくれる。
あわい霞のなか、白と青あざやかな縞の振袖姿が佇んで、白皙の横顔は梢を見上げる睫の陰翳に謎が微笑む。
きらめく緑の光に黒髪は艶めいて、ゆれる振袖に光の明滅がまばゆい。そんな写真へ愛嬌の笑顔は幸せに言った。

「この写真集、花や木がほんと綺麗なんだよ。それに彼女、マジで美少女だろ?大和撫子って感じで好きなんだ、今は絶世の美女だろな?」

ごめんなさい、それは本当は「美少年」なんです。

彼女ではなく「彼」は大和撫子じゃなくって日本男児です。
大人になった今は警察官です、絶世の美形だけど立派に男性です。
身長も183cmで山岳救助隊で、100kgの成人男性を背負って下山するほど「男」です。

…しかもおれのこんやくしゃでみらいの夫なの…ごめんね?

そっと心で謝りながらタオルの蔭、周太は額まで赤くなった。





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soliloquy 建申月act.4 Venus―another,side story「陽はまた昇る」

2012-12-11 04:17:57 | soliloquy 陽はまた昇る
夕星、道しるべに輝いて
第58話「双璧」7と8の幕間です



soliloquy 建申月act.4 Venus―another,side story「陽はまた昇る」

From :宮田英二
subject:北壁2
添付ファイル:アイガー山頂とメンヒの銀嶺
本 文 :アイガー北壁、3時間かからず登れました。無事にクライネシャデックのBCまで戻ったよ。
     今11時前、ふたりとも元気です。これからBCを回収してグリンデルワルトに戻ります。
     そしたら風呂入って昼飯だよ。スイスの食事も旨いけど、周太の飯が恋しい。


開いたメールの文面は、アルプスの光映す青と白がまばゆい。
薄暮に沈む街路樹の木蔭、輝かしい写真と文章に周太は微笑んだ。

「…よかった、」

そっとこぼれた想いに、瞳の底から熱あふれ零れる。
ひとすじ頬伝う涙に笑顔ひろがって、指先は「返信」を押した。
携帯電話のボタンを操作しながら考え、まとめた想いを言葉に変えていく。


T o  :宮田英二
subject :ありがとう
本 文 :アイガー北壁おめでとう、そしてお疲れさまでした。ご飯ちゃんと食べてね。
     俺もこれから飲みに行ってきます、手塚が誘ってくれたんだ。美代さんと先生も一緒です。
    

書いて読み直し、すこし考えてしまう。
英二の「周太の飯が恋しい」が嬉しい、けれど作ってあげるタイミングがあるのか解らない。
それでも、求めてくれるのなら応えたくて考えて、まとめた答えを付け加えた。

T o  :宮田英二
subject :ありがとう
本 文 :アイガー北壁おめでとう、そしてお疲れさまでした。ご飯ちゃんと食べてね。
     俺もこれから飲みに行ってきます、手塚が誘ってくれたんだ。美代さんと先生も一緒です。
     明日は家に帰るね、御惣菜の作り置きもしておきます。

出来上がった短い便りに微笑んで、そっと送信ボタンを押す。
送信されていく画面を見つめながら遠い名峰を想い、8時間の時差を心は超えていく。
いま真昼の光にある婚約者の横顔は、どんなふうに笑ってくれているだろう?

…どうか幸せでいてね、昼も夜も、朝も

スイスの日没は今21時、あと10時間で夜は英二の許に訪れる。
そして恋人達に初めての瞬間が微笑むだろう、その幸せを自分はここから祈りたい。
この心は泣けない涙に濡れても良い、だからどうか今宵ふたり、幸せであってほしい。
そんな祈りに微笑んで携帯を閉じ、ポケットにしまうと街路樹の下から通りへ歩き出す。
梢の香から排気ガスの匂いへ変る空気を歩く、その道にふと上げた視線へと一点の輝きが映りこんだ。

「あ、…宵の明星?」

きらめく一番星が、残照の空に光る。
あの星は10時間後にアルプスへ輝くだろう、それを恋人は見るだろうか?
もし見るのなら幸せな笑顔で見つめてほしい、そんな祈りに夕星へと周太は微笑んだ。


夕星“Venus” 金星または“Lucifer”
光輝と高潔の星は唯一神に仕える至高の天使、かつ堕天使の総帥たる魔王。
そして、光もたらす者。





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soliloquy 建申月act.3 Attente―another,side story「陽はまた昇る」

2012-12-09 17:47:16 | soliloquy 陽はまた昇る
待合わせ、この想いは遺して
第58話「双璧9」その後のワンシーンです



soliloquy 建申月act.3 Attente―another,side story「陽はまた昇る」

この風は、樹幹から香をまとい吹きぬける。
ふる光は梢の木洩陽、遥かな季の輝きに心を明るます。
ちょうど一年前の朝、このベンチに並んで腰かけた隣は綺麗な笑顔ほころんだ。

「きれいだな、どの木も。森みたいな庭だな、」

まぶしそうに細める切長い目の、濃やかな睫に陰翳は蒼い。
穏やかに深い翳りから微笑んだ眼差し、それが綺麗で優しくて見惚れそうだった。
綺麗な横顔が自分の隣、父のベンチに寛ぎ遺愛の庭を褒めてくれる、それが嬉しいのに伝え方も解からない。
ただ素直に笑いかけられない頑な、そんな凍えた心がもどかしくて、それでも精一杯に言葉を口にした。

「ありがとう…」

ただ一言だけ、それでも隣は笑ってくれた。
幸せに笑って常緑樹の梢を仰ぎ、庭を吹く森の風へと瞳細めて和やいだ。

「俺の方こそ、ありがとな。この庭、湯原とお母さんが大切にしてるんだろ?そこに座らせてくれて嬉しいよ、すごく居心地いい、」

居心地いい、そう言われて嬉しかった。
自分が大切にする場所を好んでくれる、それが幸せに想えた。
嬉しくて、けれど何て答えて良いのか解からなくて、少しでもと言ってみた。

「また来たらいい、」

そう言った本音は、本当は「また来てほしい」だった。
そんな言い方も解からなかった一年前の夏、それでも想いは通じ合えたと思う。
だってベンチに並んだ隣の笑顔は、幸せに喜びほころんでくれたから。

「うん、また来させてほしいよ?この家ってなんか寛げるよ、どこよりもね、」

どこよりも寛げる。
そう言ってくれた想いを、まだ自分は全てに気付いていなかった。
もう今は解かる、英二が何を求めていたのか、この自分に求めてくれるのか?
けれどまだ解からなくて、それでも嬉しいままに少ない言葉から自分は応えた。

「ん、良かった…また来たら良い、」
「ありがとう、」

短いけれど大切な言葉で、綺麗な低い声は笑ってくれた。
穏やかな切長い目で真直ぐ見つめてくれながら、眼差しに自分だけを映して微笑んで。
ただ微笑んだ言葉少ない静かな朝、けれど満ちたりた瞬間に自分の孤独はそっと抱きとめられていた。
けれど今、自分は独りベンチに座り、常緑樹の空を見上げている。
見上げる空は青く澄んで、その遠い夜への祈りを想う。

…お願い、今は夢でもお互いだけ見つめて?…どうか俺のこと、忘れていて?

今、アルプスの山麓は深い夜の時間。
アイガーを見上げる部屋に大切な人は、初めての瞬間に見つめ合う。
その瞬間への傷みを自分の心に知りながら、それでも幸福を祈る温もりを贈りたい。
もう泣かないと決めた自分の涙、この涙の分も幸せに泣いて、ふたり深い絆に微笑み合って?

…どうか幸せでいて、ふたりの初めての夜は

祈る想いにそっと、百日紅の紅と白が風に降る。
謎の華やぐ深紅、高潔まばゆい純白、ふたつ色彩のコントラストが俤を映す。
いつも深紅と黒の登山ウェアで山を駆ける英二、そして白と青のウェアに輝く光一の背中。
赤と白、ふたつの色の記憶を映して今、佇んだベンチに花は舞い降り「今」抱きあう二人を想わす。

誰より大切で、誰より綺麗な人。その人たちに幸せの瞬間をと祈り、けれど心は泣く。
いま見つめる花への想いと共に、遠く遥か8時間を隔てた夜への祈りを、そっと抱きしめる。
泣けない涙に生まれる泉の深く、祈りの真実は密やかに瞬きがら、勁い優しい想いに変っていく。

「英二?ちゃんと待ってるから…掃除して、布団干して待ってるよ?この庭で、」

想い声にこぼれて、ひとりごと木洩陽にきらめき融ける。
この想い、声を消して届けてほしい。ただ幸せを祈る想いだけを大切な人へ、名も知られず贈りたい。
あの夏に孤独を抱きとめてくれた瞬間たち、その喜びを今あの人の幸福へと変えて、密かに叶えて?
この心だけで生まれる涙に祈り温めて、紅と白の花ふる庭に独り周太は遥かな夜へ微笑んだ。

…どうか今、ふたりのいる時間は幸せでいて?

もう過ぎ去ってしまった夏、移ろった秋に冬、そして春の雪から変転した夏は今。





(to be continued)

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soliloquy 建申月act.2 Preuve―another,side story「陽はまた昇る」

2012-12-07 03:30:03 | soliloquy 陽はまた昇る
第58話「双璧act.4」「双壁K2act.4」の幕間です

自立、その証を託し



soliloquy 建申月act.2 Preuve―another,side story「陽はまた昇る」

助手席の扉を開いて、駐車場に降り立つ。
その視線の先、大きなドラッグストアを見て呼吸ひとつで気合いを入れた。

…平気、出来る、大人の男なんだからね?

自分に言い聞かせる隣、白いジャケット姿が立った。
きっと自分よりもっと不安だろうな?そう幼馴染を見上げて周太は笑いかけた。

「あのね、光一?俺、店で買うのって初めてだからね?いつも英二が買ってくるから…でも品物はわかるからあんしんしてね、」

言うごと首筋から熱が昇りだす、だってやっぱり、恥ずかしい。
まず「いつも」なんて言ったことが恥ずかしい。

…いつもえっちしてるってばればれだよね、へんなこといっちゃった、ね

余計な言い方をしてしまったかも?
反省と一緒に紅潮が頬も熱くして、羞んでいると光一は笑って店の入口へと踵を返した。

「ソンナに恥ずかしがんなくってイイよ、周太?どれなのか教えてくれたら、俺ひとりでもレジには行けるからね、」
「いいえ、だめです、」

きっぱり言って、並んで歩き出す。
どう見ても恥ずかしそうだよ?そう笑う幼馴染を見上げ、呼吸ひとつで周太は微笑んだ。

「俺が、英二の妻なんだからね?妻が夫のために支度したいの、だから俺が光一に買ってあげます。これくらいの意地は張らせて?」

この自分が「妻」だから、夫のことには向きあいたい。
そんな願いに笑いかけても気恥ずかしさは頬熱くする、けれど誇りが心に明るくまばゆい。
きちんと自分の肚に覚悟が据わっている?嬉しい気持ちで見つめた先、けれど幼馴染は悪戯っ子で笑った。

「ありがとね、周太。君はドリアードだけどさ、でも結構えっちなんだね?恋人の浮気えっちまで管理しちゃうなんてさ、」

ほんとにもうこんな時までなんてこというの?

言葉つまらせられて、額まで熱くなる。
だって言われたことは的を得ていると思う、その通り「管理」しているみたい?
そんな自分は本当にえっちなんだ?けれど自分らしく「妻」の意地を通してみたい。
この想いに幼馴染の視界へ振り向き、真直ぐ瞳を見つめて呼吸ひとつ、周太は毅然と言った。

「えっちじょうとうです、おとなで妻なんだからね、えっちであたりまえでしょ?あと浮気じゃなくって本気えっちしてね、」

本気でね?

そう大切なことを主張して、くるり陳列棚に向きあい周太はボトルと箱を1つずつ手にとった。
いつも夜のベッドで英二が使う、2つの消耗品。そのラベルに種類とサイズを確認して踵を返す。
そのままレジへと歩き出した視界の端、秀麗な顔は驚いたよう周太を見つめていた。

「ん、なんか良い気分?」

ひとりごと微笑んでレジの前に立ち、俯き気味のまま品物を置いて財布を出す。
そして会計を済ませ出口へ向かい、その自動ドアに映った貌は真赤だった。
いつものよう赤面して恥ずかしい、けれど自力で「大人の買物」が出来た?
それがなんだか嬉しくて、赤い貌のまま周太は微笑んだ。

「…でも、やっぱりはずかしいね?」

いつも英二はよく平気だな?そんなふう未来の夫に感心して、ほっと息吐いた。
その隣へと白いブルゾン姿が追いついて、雪白の貌が周太を覗きこんだ。

「周太、ずいぶんと強くなったよね?なんかカッコよかったよ、今」
「そう?…はい、これ、」

礼を言いながら茶色い紙袋を、潔く幼馴染に手渡した。
受けとってくれる手がためらいがちに見えて、すこし意外な一面に周太は微笑んだ。

「ちゃんとこれ使って、幸せな夜を過ごしてね?…約束だよ、光一?」
「うん、ありがとう、」

そっと受けとってくれながら、透明な瞳が微笑んだ。
ずっと遠い日の記憶と変わらない無垢の眼差しは、周太を見つめて言ってくれた。

「写真いっぱい撮ってくるね。あいつが山の天辺で笑ってる、最高の貌の写真。そんなことでしか俺、ありがとって周太に言えないけど、」

最高点で輝く英二の笑顔、それを自分は何より見たい。
本当は一緒に登って隣で見たい、けれど叶わない願いには縋りつけないと知っている。
けれど、この幼馴染は輝く夢の瞬間を「写真」で永遠に変えて自分に贈ってくれるだろう。

…だから光一に英二を託したい、どうか

どうか、愛する笑顔を夢に輝かせて、永遠に変えて?

この願いが叶うなら、自分の小さな哀しみなんてどうでもいい。
唯ひとつの想い見つめる自分の「夫」その人の笑顔を、どうか自分に贈ってほしい。
そして、あなたの笑顔も自分に見せて?この願いのプライドに祈りごと微笑んで、周太は綺麗に笑った。

「ん、英二の笑顔をいっぱい見せてね?それとね、光一の最高峰での笑顔も俺に見せて、約束だよ?」

どうぞ夢、諦めた夢であったとしても叶えられると信じさせて?





(to be continued)

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soliloquy 文披月act.5 祈樹、約束―another,side story「陽はまた昇る」

2012-11-02 09:35:34 | soliloquy 陽はまた昇る
約束、親愛なる祈りへ



soliloquy 文披月act.5 祈樹、約束―another,side story「陽はまた昇る」

ふるい幼い日の記憶に佇む、一本の巨樹。

あの姿を映した写真の記事は今も、きっと祖父のトランクに護られ眠る。
あのトランクを開いたら、きっと巨樹の居場所を探すことが出来るだろう。
そうして写真の姿を現実に見つめたら、きっと記憶はまた目を覚ませる?

―…お父さん、僕、樹医になりたい。僕が元気をもらうお返しをしたい。誰かが木に元気をもらうお手伝いしたい…約束するね?

どうして忘れていたのだろう?
こんなに大切な約束を忘れていた、そんな自分が悔しい。
けれどきっと、幼い日に父と母が祈ってくれた想いは今も、あの写真に温かい。
そしてきっと、あの写真を自分のトランクに抱いて祖父も、優しい祈りを護り笑ってくれている?

学者だった祖父の夢の場所は学び舎。
その学び舎に出逢った仲間と自分は今、こうして夢の森に佇み記憶の写真を想っている。
そして写真に映る一本の巨樹が佇むのは、祖父が愛して夢見て家の庭に映した森の場所。

あの巨樹に籠めた約束に会いに行こう。
いつか必ず会いたい、もし出来るのなら扉の向こうへ行ってしまう前に会いに行きたい。
父と母と、そして祖父も一緒に見つめて祈ってくれる自分の夢。
その夢を示してくれた約束の木に会いに行こう。

“きっと立派な樹医になれるよ?本当に自分が好きなこと、大切なことを忘れたらダメだよ?諦めないで夢を叶えるんだ”

あの約束の木は、奥多摩の森に佇んでいる。


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soliloquy 七夕月act.2 Encens de biere et l'orange―another,side story「陽はまた昇る」

2012-10-31 21:27:52 | soliloquy 陽はまた昇る
ほろ苦く、あまく



soliloquy 七夕月act.2 Encens de biere et l'orange―another,side story「陽はまた昇る」

純白の光が弾けて、なめらかに浮きあがる。

グラスに充ちる泡は黄金の酒に変わって、かすかな音を弾く。
充たされる黄金色にガラスは霜をまとう、ゆっくり注ぎ終えて周太は向かいへと差し出した。

「はい、英二…」
「ありがとう、周太、」

2杯目のビールを受けとって、綺麗な笑顔を見せてくれる。
笑顔が嬉しくて、すこし熱い頬に掌あてながら見つめてしまう。

…英二、今夜もきれいな笑顔…だいすき

心で告白しながら頬が熱くなる。
ほら、こんな食事の席でも羞んでしまうなんて、自分は子供っぽい?
すこし自分で困りながらも幸せで、食事に箸つけながら見てしまう視界で端正な唇がグラスに口付けた。

…あ、のどが動く

傾けるグラスに白皙の喉が動いていく。
ゆっくり黄金の酒を呑みこむ白い喉、その艶麗な雰囲気に溜息こぼれた。

…ビール飲むだけでも英二っていろっぽいね

こんなに綺麗だと、なんだかもう羞んでいる暇もない。
それでも気恥ずかしくてグラスを持つと、そっと唇つけて傾けた。
冷たさが喉を透って、すこし紅潮の熱は醒まされていく。けれど口に広がる苦みに顰めてしまう。

…やっぱりビールって苦いな、英二は美味しそうに飲んでるのに…光一とか瀬尾とか、みんな平気なのに

グラスから口を離して、ほっと息吐いてしまう。
もう味覚から自分は大人になりきれていない、それが幾分か悔しい。
少しだけ俯き加減になってしまう、その前から綺麗な低い声が笑いかけてくれた。

「周太、カクテル作ってあげようか?」

提案してくれながら、白い浴衣姿が立ってくれる。
意外な申し出に驚いてしまう、こちらに来てくれる婚約者に周太は訊いてみた。

「英二、そんなこと出来るの?」
「この程度ならね、ちょっとグラス借りるよ?」

切長い目が微笑んで、長い指に周太のグラスをとってくれる。
まだビールが半分以上残っている、そのグラスを片手に英二は台所へと入って行った。

「周太、冷蔵庫のオレンジジュースもらうよ?あとオレンジも、」
「あ…どうぞ?」

答えながら立ち上がって、ダイニングから台所を覗いてみる。
調理台に向かって浴衣の長身は佇んで、ひろやかな背中をこちらに向けている。
その手元は器用に果物ナイフを使っていく、もう慣れた雰囲気でいる容子に周太は瞳ひとつ瞬いた。

…英二がひとりで台所してくれてる、ね?

去年の秋、この家で過ごした夜に英二は、クラブハウスサンドを作ってくれたことがある。
あのとき周太はベッドから起きられなくて、台所に立つ英二を見てはいない。
あのサンドイッチは冷蔵庫の惣菜を挟んだだけ、けれど美味しかった。

…あれが初めて食べた、英二の手料理だったな

自分のために英二が作ってくれた、それだけで幸せだった。
おにぎりとサンドイッチしか作れない、そう言って笑った英二の笑顔が温かかった。
あの夜に見つめた幸せが今、目の前で再生されていく?そんな想い見つめる真中で、長身の浴衣姿が振向いた。

「周太、お待たせ。ほら、座って?」

綺麗な笑顔が楽しげに笑いかけてくれる。
言われたよう席に戻ると、白皙の手がグラスを前に置いてくれた。
そのグラスを眺めて嬉しくて、周太は綺麗に笑った。

「きれい、」

黄金ゆれるオレンジの光が、ガラスを透かせ弾けていく。
グラスの縁にはオレンジの飾切りも添えてくれた、その器用なカッティングに周太は微笑んだ。

「オレンジもきれいに切ってあるね…英二、こんなふうに出来るようになったんだね?」
「見様見真似ってやつだけどな、でもナイフには馴れたと思うよ?雪山で結構、遣ってたから、」

答えてくれながら切長い目は微笑んで、周太の隣から覗きこんでくれる。
席に戻らない婚約者にすこし首傾げると、綺麗に笑って勧めてくれた。

「ほら、周太?飲んで感想を聴かせて?」

それを待ってくれていたの?
そう見上げた周太に切長い目は期待するよう笑ってくれる。
そんな婚約者の貌が嬉しくて、周太は素直に口を付けた。

…あ、おいし

豊かな柑橘の香と爽やかな甘みに、ほろ苦いアルコールが郁る。
すっきりとした飲み口に好みの香と味が嬉しくて、すこし苦いのが美味しい?
どこか大人の味のオレンジジュース、そんな味に微笑んで周太は恋人を見上げた。

「おいしいね、英二?…生のオレンジも絞ってくれたの?」
「うん、香が良くなるし生ジュースって旨いから。気に入ってくれた?」

切長い目が少しだけ心配そうに微笑んで、周太の顔を覗きこむ。
こんな貌も英二は綺麗で、また微熱に羞みながら周太は素直に頷いた。

「ん、これ好きだよ?作ってくれて、ありがとう…これならビール飲めるよ?」
「良かった、」

嬉しそうに笑って、端正な貌を近寄せてくれる。
間近くなる綺麗な貌に気後れして、すこし俯いた周太に綺麗な低い声がねだってくれた。

「ね、周太?気に入ったんなら、ご褒美のキスしてよ。また作ってあげるから、」

言葉に睫あげると、すぐ近くで切長い目が見つめてくれる。
もう至近距離で待っている、そんな率直な愛情表現が嬉しくて、素直に周太はキスをした。

…あ、キスも、あまくてにがい…ね、

ふれる唇の吐息にアルコール香って、甘く苦い。
温もりに秘めやかな香は華やぐ、ふれるだけのキスなのに艶が深い。
いつもとなにか違うキスに魅かれ途惑う、そっと離れて見つめる眼差しも熱い。

…なんか緊張しちゃう…このあとのことのせい、かな

この食事が終ったら、どんな時間が訪れる?
その問いに先週末の夜がふれて、鼓動が心をそっと揺らす。
あの時間がまた訪れる?あまやかな微熱の記憶がふっと首筋へ昇らせ、吐息交じりに唇が披かれた。

「あの、えいじ?このお酒、なんて名前なの?」

なにか言わないと?
そんな想いに問いかけて、途惑いと幸せが羞んでしまう。
どこか浮ついたような羞恥に困って、けれど幸せで微笑んだ周太に、恋人の幸せな笑顔が教えてくれた。

「ビター・オレンジ、」

さらり答えた唇が、きれいに微笑んで周太の唇ふれる。
あまやかな熱ふれて、すぐ離れると英二は笑って席に戻って行った。

…ほろ苦いオレンジ、

そっと心つぶやく名前が、どこか自分の想い重なるよう慕わしい。





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soliloquy 七夕月act.1 Encens d'eau chaude ―another,side story「陽はまた昇る」

2012-10-28 23:27:13 | soliloquy 陽はまた昇る
※念のためR18(露骨な表現はありません)

湯の香、勘違いに微笑んで



soliloquy 七夕月act.1 Encens d'eau chaude ―another,side story「陽はまた昇る」

湯に充ちる温もりが服を浸して、肌から濡らされる。
濡れて纏わりつく一枚を透かして素肌がふれる、その白皙の懐で瞳ひとつ瞬いて周太は声をあげた。

「ばかっ、えいじのばかばかなにしてるのっ…だ、だめでしょっふくきたままはいっちゃ!ふくいたんじゃうでしょばかっ、」

一息に叱った湯気の向こう、きれいな貌は幸せな笑顔にほころんでくれる。
大好きなひとの笑顔が嬉しくてつい、怒って困っているはずなのに微笑んでしまう。
それでも拗ねたまま見あげた周太に、綺麗な低い声は楽しそうに笑いかけた。

「大丈夫だよ、周太?そのカットソーもパンツも綿だから湯で洗えるよ、」
「でもだめっえいじのばか、おゆだってよごれちゃうでしょばかばかっ、」

それくらい考えてやったのにな?そんなふう切長い目は笑ってくれる、でもそういう問題じゃないのに?
こんなの本当に困ってしまう、それなのに英二は何ともない顔で嬉しそうに笑った。

「周太だったら平気だよ?周太は全部綺麗だから、」
「なにいってるのばかっ、そういうもんだいじゃないでしょ?」

ほんとうにこまってしまう、問題の論点がずらされて。
わざと解からないフリしているの?からかっているの?そんな拗ねる気持ちになる周太に、幸せな眼差しが笑いかけた。

「そういう問題だろ?周太の汗だって何だって、俺は全部舐めてるし、」

ほんとにもうなんてこというの?

「…っ、ばかっ!」

ほんとうに馬鹿、なんてこと言うのだろう?
こんなの本当に困ってしまう、服を着たまま湯に濡らして口説いているの?
もう恥ずかしくて堪らない、額まで熱を感じながら周太は婚約者を叱りつけた。

「えいじのばかばかなんでそんなこというのっ、へんたいちかんっ」

叱りながら浴槽から立ち上がる、その肌に濡れた服は絡みつく。
からんだ布に歩き難くて足を取られそう、それでもタイル張りの縁を掴んだのに、後ろから抱きしめられた。

「周太、言うこと聴いて?」

綺麗な低い声がお願いする、その声に鼓動がつまる。
綺麗な笑顔に瞳は覗きこまれて唇を重ねられる、キスが言葉を奪ってしまう。
抗おうとする掌が白皙の肩を押す、けれど動かされない懐に深く抱きしめられる。
抱きしめられるまま湯に浸されて、ウェストのボタンが外された。

…あ、

心に息を呑んで、脱がされていく服に湯が素肌を包みだす。
すこし離れた唇の解放に息吐いて、その隙にカットソーも脱がされた体をなめらかな肌に抱きしめられた。
湯に濡れた肌ふれあう狭間、深い森の香と石鹸が燻らされ吐息に忍びこむ。その香に呼ばれる記憶に首筋がもう熱い。

「周太、一緒に風呂入ろ?」

綺麗な低い声に笑いかけられて、白皙の腕のなか困らされる。
こんなにしてまで風呂の時を一緒に過ごしたいの?そう気づかされて面映ゆい。
こんなに求めてくれて嬉しい、けれど悪戯に困らされた依怙地に唇は拗ねた口調で、そっぽを向いた。

「もうはいっちゃってるでしょばか…」

本当は嬉しい、けれど言えない。
こんな依怙地な自分に今度は困ってしまう、だって今夜は決めていたのに?
ただ幸せな笑顔をひとつでも多く見たいと願っていた、それなのに拗ねたりして?
こんな子供っぽい片意地に自分で困らされる、引っ込みつかない、もどかしい、どうしよう?
ひたすらに困惑のまま焦らされる、けれど綺麗な笑顔は幸せいっぱいに言ってくれた。

「周太、こんどは俺が周太を洗ってあげるね?」

ただ幸せに笑って恋人は、素肌ふれあうまま抱きあげてくれる。
湯気のなか慎重にタイルを歩いて、風呂椅子に座らせながら周太の首筋に唇ふれた。

「周太と洗いっこしたいんだ、だから俺にお赦しを出してよ?…ね、周太、」

幸せに囁いた唇に、ふれられた肌が発熱しだす。
そんなふうに言われたら断れない、だって自分の本音は「少しでも多く傍にいたい」のに?
この本音が正直に微笑んで、つぶやくよう唇から小さく声がこぼれた。

「ん…どうぞ?」

答えた端から頬が熱い、だってタオル一枚すら今無くて肌を隠せない。
こんなの恥ずかしい、このまま逃げてしまいたいと怯えそう、けれど一緒にいたい本音に脚は正直でいる。
逃げない膝を揃え、そっと両掌を重ねるよう脚の付根を隠しながら羞恥に竦む背中へと、やわらかな泡とタオルの感触がふれた。

「お許しありがとう、周太?もっと綺麗にしてあげるな、」

鏡越し、嬉しそうに笑ってくれる笑顔が愛しい。
こんなことで英二はこんなに喜んでくれる、ただ周太の体を洗うだけなのに?
こんなふう無防備に肌を任せるのは恥ずかしくて堪らない、それでも自分は逃げたくなくて座っている。

…だって英二、笑ってくれる…この笑顔が好き、

この笑顔が大好き、その想いは初めての夜から変わらない。
あのときのまま今も肌を委ねてふれられる、洗うタオルの狭間ふれる指先に心震えてしまう。
こんなふう洗ってもらう事はもう何度めだろう?そんな想いにまた恥らう心と体の前に、白皙の体が片膝をついた。

「周太、今度は前を洗うよ?ほら、」

綺麗に笑って長い指に掌とられて、脚の付根が視線に晒される。
これが恥ずかしくて本当は逃げたいのに?

「…あの…たおるほしいんだけど」

恥ずかしくて隠したくて、なんとか周太は声を押し出した。
いつも一緒に風呂へ入る時はタオルで隠している、その通りに今もタオルがほしい。
同じ男同士の体であること、それが逆に体を見られることが「恥ずかしい」原因になっている。

…だってえいじのとくらべるとはずかしすぎるんだもの

心つぶやく独り言に額まで熱くなる、きっともう真赤になっている。
骨格から華奢で小柄な自分の体は、全てが子供っぽい。それが尚更に、大人の男性美に充ちる英二への憧憬と羨望になってしまう。
なめらかな白皙の肌に艶めく筋肉の隆線、のびやかな手脚に頼もしい骨格、ひろやかに厚い胸と頼もしく美しい背中。
自分が憧れる体を持つ人に、この未熟な体を晒すことが同じ男なだけに辛い、そんな本音も自分には哀しいけれどある。
だから今も隠させてほしいな?そう想って言った言葉に、切長い目は嬉しそうに笑って周太の腰に腕を回した。

「おねだり嬉しいよ、周太?タオルで洗ってあげるな、」
「え、」

言葉に途惑い見上げた唇に、端正な唇が重ねられる。
ふれるキスの温もりが深くなる、そのときタオルと泡の感触が真芯を包みこんだ。
ふれる泡に長い指が動いて洗い出す、泡と指に愛でられていると感覚が腰から生まれた。

「…っ、あ、」

感触に声がこぼされて、けれど長い指のタオルは止まらない。
言葉の意味を採り間違えられた?そう気がついたのに言葉もキスに奪われて、体格と力の差に抵抗なんて出来ない。
こんなことになるなんて?途惑うまま洗われていく感触に涙こぼれる、こんなつもりは無かった分だけ途惑わされる。

「可愛い周太、感じてくれてるんだね…こんなこと周太から言ってくれるなんて、嬉しいよ、」

キスから囁く声に、恥ずかしくて涙こぼされる。
こんなこと言ったつもりじゃない、恥ずかしくて悔しくて拗ねるまま周太は口を開いた。

「ちがう、の…たおるでかくしたかったの…いつもかくしてるでしょ?でもきゅうにえいじがひっぱりこんだから…たおる無いから…」

こんな想い、英二にはきっと解らない。

これを解かってもらえないのは仕方ない、そう解っている。
けれど同じ男として悔しくて恥ずかしくて涙こぼれてしまう、こんなふうに泣くのも恥ずかしいのに?
もう涙なのか湯なのかも自分で解からない、涙と湯気に透かせ見つめる向う、端正な顔が困ったよう驚いた。

「そっちだったんだ、ごめん周太、」

綺麗な低い声は驚きながら謝って、切長い目が瞳を覗きこんでくれる。
睫あざやかな瞳は困ったよう、けれど幸せに笑った唇が目許にキスしてくれた。

「ごめんな、周太?勘違いしてごめん。でも、恥ずかしがる泣き顔、すごく可愛いよ、周太?」

そう言ってくれた笑顔はひどく幸せそうで、涙ぬぐうキスが優しい。
優しさも笑顔も嬉しくて、けれど拗ねてしまった心から言葉は、素っ気なく出た。

「ばか…えいじのばか、こんな勘違いするなんてばかえっちへんたい…どれいのくせになまいき」
「うん、俺って周太限定の変態で、生意気な奴隷だよ?だからもっと叱って、俺の女王さま?」

素っ気ない言葉にも幸せな笑顔ほころばせて、切長い目で「大好き」と体を見つめて洗ってくれる。
丁寧に肌を磨き上げながら、時おり端正な唇のキスが唇に肌にふれて想い伝わらす。
ふれる唇の熱を映されるまま、発熱の廻りだす肌は火照りだしていく。

「きれいだ、周太。肌が花みたいに赤くなってきれいだよ?朝焼けの雲もこんな感じだな、」

きれいな低い声が幸せに微笑んでくれる、その言葉にまた熱が華やぐ。
ただ恥ずかしくて、けれど婚約者の笑顔の瞬間が嬉しくて、恋愛はまた濃やかになっていく。
それでも自分の体が恥ずかしくて、今見られる視線に崩れかける心へと綺麗な笑顔は言ってくれた。

「本当に周太の体は綺麗だな、大好きだよ?心も体も綺麗な周太が好きだよ、ずっと独り占めしたい、」

…そんなふうに言ってくれるの?

こんな自分の子供じみた体を綺麗だなんて、本気で言ってくれている?
本気でこの体と心が好きで、こんな自分を独り占めしたいと思うの?
そんな想い見あげた周太の唇に、恋慕のキスが微笑んだ。

「周太の全部が大好きだよ、だから俺のこともっと好きになって?もっとワガママ言って俺に甘えて、お願いだ、周太?」

こんなに綺麗な英二、それなのに、こんなこと自分に願って求めてくれるの?
こんなふうに自分を見つめてくれる、このひと唯ひとりに想いは募りだす。

…大好き、

白皙の肌香らす湯気に、幸せは微笑んだ。




(to be continued)

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Pensee de la memoire 初霜月の花

2012-10-27 07:33:07 | soliloquy 陽はまた昇る
花の記憶に



Pensee de la memoire 初霜月の花

座るベンチの向こう、薄紅の花に木洩陽ゆれる。
もう長袖になったカットソーを吹く風は涼しくて、朝の冷気に季節うつろう。
頭上の梢ざわめき降らす、太陽のかけらが明滅して本のページに影絵を象らす。
ゆれうごく影絵に目を上げて見るたびに、映る薄紅いろに一年前が息をする。

あの花は、去年も咲いていた。
咲く枝も同じかもしれない?そんな同じに去年の瞬間を想う。
そして願ってしまう、あのときと同じようにこの隣へと、あのひとが来てくれたらいい。

「…英二、今日はなにしているのかな、」

ぽつん独り言が風こぼれて、名前だけでほら、微笑みは蘇える。



(to be continued)

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Pensee de la memoire 初霜月

2012-10-22 01:35:17 | soliloquy 陽はまた昇る
Pensee de la memoire 記憶の思案



Pensee de la memoire 初霜月

9月が終わり10月を迎える、秋の時。
夏の暑さも過ぎて寒い冬へと季節は移ろう、けれど、去年の秋は温かかった。

―…お前が、好きだ

ずっと孤独だった13年間に冷え切っていた。
あの冷たい季節に終わりを告げたのは、9月と10月の境界線、あの一夜。

―…湯原の隣で俺は今を大切にしたい、湯原の為に何が出来るかを見つけたい…少しでも多く、湯原の笑顔を隣で見ていたい

初めて素肌の体を抱きしめられて、この体にもう1つの体を受容れた、初めての夜。
あの微熱と灼熱に織りなされた夜は、ひどく甘い温もりに体から心が解けて、もう独りに戻れなくなった。

『周太、』

初めて呼ばれた名前に震えた。
両親以外に名前だけ呼ばれたのは初めてだった、そして初めてのキスを交わした。
綺麗な笑顔は眼差しにも「愛している」と囁いて、視線に想い結わえ微笑んだ。

―…周太は、きれいだ

服を全て脱がされて、素肌も髪も唇も、この体の全てに唇が指が触れて、奥深くを繋がれる。
不安で、解からなくて怖くて、痛くて灼熱のなか意識が幾度も途絶えて、また痛みに目が覚める。
なんども何度も熱が体に穿たれて、奥深くから焼かれる痛みはいつしか甘く変わって、初めての感覚に囚われた。

―…周太、愛してる…傍にいたい、周太

知らなかった感覚に声も奪われ、涙あふれる。
その涙を拭う唇の囁きは綺麗な低い声、あの声が切なくて愛しくて、記憶の底に音を刻んだ。
甘い切ない声への愛、ふれて穿たれる熱への恋、その全てが痛みと温もりに裏打ちされて、深く心身に刻印された。

『愛している』

囁きの言葉は、心の氷壁を熔かしてくれた。
冷たい孤独に凍えた涙は自由にあふれ、圧縮された不安はふくよかな甘えに変わる。
ずっと黙殺していた「自分」が瞳を披いて、素直に泣きながら微笑んだ。

もう、このひとを愛して良いの?
このひとを見つめて、その隣を望んで、傍にいれる?
もし今宵一夜の夢だとしても「愛している」と言われた真実を信じ続けても良い?

そんな想い廻らす瞬間たちは、たとえ夢でも幸せだった。
いつか夢と覚めて現実の冷気に戻されても、心も体も刻まれた熱に醒めないと信じられた。
あの夜に見つめた眼差しも、想いも、ふれあう肌の温もりも融けあいも、すべてが夢でも真実だった。

―…信じて?どこにいても、いつでも、君を愛してる…周太、俺を見てよ?俺を愛して、恋して…

熱い甘い囁き、切なくて幸せな、長く短い夜。
果てない肌の交わりに夢を見た、そして迎えた朝は裂傷のような哀しみに涙こぼれた。
もう朝が来た、もう離れなくてはいけない、そして二度と逢えなくなるかもしれない?
その現実に竦むまま夜の部屋から出たくなかった、それでも扉を開いて英二と一緒に外へ出た。
さよならも言えなくて、再会の約束も出来ないまま別れて公園に向かい、このベンチで母に話した。

それが去年の夏の終わりで、秋の始まりだった。
そしてあの夜が、この自分が生きる世界全ての始まりだった。

…あの夜が俺の誕生日、だね

ふっと記憶に微笑んでしまう、この季節の時に。
いま甘く香るオレンジ色の小花、木洩陽のベンチに記憶と恋慕の時は繰りかえす。
あわい黄葉ふる光、きらめく明滅あわい季節の冷たい空気、この切ない気温に温もりは恋い慕う。

「…逢いたい、」

そっと心つぶやく声、この想いと涙を、静かな微笑に変わらせて。







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