ほばーりんぐ・とと

ただの着物好きとんぼ、ウンチク・ズッコケ・着付けにコーデ、
あちこち飛んで勝手な思いを綴っています。

見学会の手紙

2022-06-11 15:14:28 | つれづれ

 

「ご葬儀・終活相談会」だそうです。きれいなパンフが入っていました。

後ろのものは「遺影撮影」のご案内。ケータリングのパンフは、提携しているレストランの内容で、

通夜とか告別式、法事の時だけでなく謝恩会とかあれこれ集会にもご利用ください…のご案内。

 

昔は葬儀の話をしただけで「縁起でもない」とか、嫁ぎ先だと「死ぬの待ってるの?!」なんて言われたり。

だから喪服も「結婚を機会に作って持たせる」だったわけです。

昨今は、ずいぶんあれこれオープンになりましたし、高齢者が自ら終活するようになりました。

墓じまい、家じまい、葬儀の予定…等々。偶然ですが、先日手にした雑誌の裏表紙にもこんなものが…。

 

         

 

コロナのせいで「葬儀」そのものが、まぁ一時期はできるのできないの、顔も姿もみられなかったのと、

あれこれ騒がれました。今でもコロナ以外で入院しても、面会はきつい制限があるし、

まだまだもとには戻っていませんね。身内の一人が今入院中ですが、着替えを届けるだけで会えないそうです。

 

父は、コロナの始まりのころにあの志村けん氏がなくなったニュースでショックだったようで、

とたんに「俺の葬儀は直葬でいい」とか、あれこれ言い出しました。

少し落ち着いてからは、コロナであってもなくても家族葬にするからと言い聞かせました。

実際、コロナに限らず、私の場合はもうすべて一人でやらなければなりませんから、

家族葬にしてくれるとありがたいです。

お寺もお墓も決まっているので、戒名はいただかなければなりませんしね。

 

パンフレットの「メモリアル写真撮影会」のお案内。

ちょっとしたメイクつき、写真はワンカット1000円だそうです。

毎年遺影写真をお誕生日に撮り直す方もいます。

実は主人の遺影、急なことだったのと、それ以前に日本にいませんでしたから、最近の写真がナイ!

思い出したのが、亡くなる少し前にパスポートのために撮った証明写真。

結局それを使うことになりましたが、ほんとはにっこり笑った写真でも使ってあげたかったです。

自分はと言ったら…さらに撮ってませんわ。ヒトによっては少し若いころのものなど使うこともありますが、

あんまり若すぎるのもねぇ…あ、成人式のときの使うかな(ジョーダンですってば!)

両親は割と「花と一緒に」「どこかに行ったらそこで」と撮っていましたので、母の写真は笑顔で花の横にいるもの。

それに、何かそうやって撮ったもので気に入ったものがあると「これ、遺影にしてな」と、

よく言っていて「いったい遺影何枚飾んねん、1枚でええんよ」などと笑っていたものでした。

そう思うと、とりあえず年に1枚くらいはちゃんと顔を写したもの、いるなぁ…と思いました。

 

いろんなことが、あまり嫌がらずに進められるようになった昨今、終活というのも必要だと思います。

そして「遺言」もまた。

私もずっと考えています。財産があるとかないとかそういうことだけではないのですよね。

父の「俺の葬儀はお前ひとりでやれ」というのも一つの遺言です。

我が家は私が一人っ子ですから、相続ではもめることもないし、先祖代々受け継いだ宝物なんてものもありません。

そういう意味ではすっきりさっぱりですが、実は夫の方、義父の相続の時トラブルがありました。

きっちりした遺言状がなかったので、そのスキをついて…みたいなことがあって、たいへん嫌な思いをしました。

それと「遺品整理」、これはもう3回やりましたので大変さは身に染みています。

いわゆる骨董的価値だの、資産的価値だのがなくても他人にはない「思い入れ」がありますから。

 

もう30年ほど前のことですが、義母が亡くなったとき、

告別式の翌日に義母の妹、つまり義理の叔母と二人で遺品整理をしました。

古い箪笥には義母の洋服と着物。洋服は、タグが付いたままのものもあり、

全体にジミなものばかりでしたので、義母と年の近い叔母がもらうと言ってくれたので、

叔母にすべてお譲りすることになりました。私は義母には気に入られていませんでしたし、

何ももらわない、というより「もらいたくない」という気持ちでしたが、

事情を全部知っている叔母がそっと「喪服だけでももらいなさい、紋入りだから作らなくてすむよ」と

言ったので、ではそれだけはいただきます、ということになりました。

義父がすぐに整理しなければさっさと捨てる…というので、ふたりで慌てて調べたわけです。

叔母はその日、ひとりで電車できていたので、ブラウスとかカーディガンの数枚だけ紙袋に入れ、

あとは四十九日にきたときに、着物も残りの服ももらって帰るから、と義父に言いました。

 

やがて四十九日になって私が実家に着くと、前日からきていた叔母が私を呼び、2階の一室につれていきました。

日頃穏やかな叔母が、その時は憤慨した顔で「見て!これ!」と指さす先には、なにやら風呂敷包みがひとつ。

かなりはみ出た状態で着物が何枚か見えていました。

開けてみると、正直着られないわと思うような古いウールの着物が数枚と、まぁ裾除けとか、

シミだらけの伊達締めとか、洋服もシミやほつれなどある処分相当のような古いスカートとか…。

「なんですかこれ」と聞くと「いつのまにか義兄さん、いいものはみんな近所の人にやっちゃったのよ」と。

長年同じところに暮らしていましたから、何かとご近所さんやヘルパーさんにお世話になっていました。

それで、誰かが来ると「何かいいのあったら持って行ってくれ」とやっていたらしいです。

叔母は姉の形見として、訪問着と小紋の着物ががほしかったのにもう誰に渡ったかわからない…と。

私個人としては「喪服」もすでに持っていましたので、もらわなくてもすみ、逆にホッとしたのですが、

見事に何もなくなっていて、残っていたのはほんとにゴミ処分のものばかり。

結局叔母が手にした「着られるもの」は、前回に紙袋に入れていったものだけ、ということになりました。

納骨の日に持って帰るからと、ちゃんと言ってあったのに、いくら何でもひどすぎる、と

叔母は義父のことを怒っていました。義母は、長く患っていましたから、

自分亡き後のことまでは気が回らなかったのだと思いますが、せめて口約束でも

「私の着物は全部Y子(叔母のこと)に」と、言っておいてくれたらと思いました。

そんなこんなで、あれもなくなってる、こんなのもあったのに…と、まぁアレコレブツブツでした。

 

男の人ですから、服だの着物だのには無頓着なのだとは思いましたけれど、

私はともかく、叔母は義母の実の妹です。他に兄弟も姉妹もいません。

「あのとき宅配で送っておけばよかった」と、ため息ついてましたっけ。

私の母の遺品整理もまだ完全にはおわっていない我が家ですが、我が家はもらうのは私だけですから、

父が嫌だと言わない限り、すべて私のものになります。

それでも着物などは、ヤマほどありますのでなんとなく「行く先」の予定を決めてあります。

そして「さて自分のもの、いざというときには」というと、こりゃえらいことです。

なので時々箪笥を覗いては「あ、これは〇子さん、これは友人の△子ちゃん」と、メモしています。

実際、友人知人が我が家にいろいろ届けてくださる着物は、遺品整理とご本人の断捨離で出てきたもの。

どうせ古着屋に持って行っても二束三文どころか、モノによってはゴミとしての処分料をとられる、

ということなので、私のところに来るわけです。

整理したモノの行く先に悩む…というのはよくわかります。

遺産相続というと、どうしても家土地、現金や株、ということになりますが、

物品は金額ではなく「思い入れ」というものがあるわけで、誰かにとっては「たからもの」だったりします。

ブルドーザーでざーーっとゴミ処分というわけにはいきません。

 

身内の一人は、事情があって急いで引っ越しせねばならなくなり、せかされて「もういいわ」と、

身の回りのモノだけ持ってすべてそのまま引っ越ししていきました。

「持ってきたいものもあったんだけど、もう時間も置いておく場所もなくて」と。

結局は、業者が残りすべてをゴミとして処分したと聞いています。着物もあったのに…と言ってました。わぁおぉ!

断捨離は、今をすっきりと暮らすだけでなく、後々処分する人のことも考えて…というのが、

高齢になってからの心構えのひとつかとも思います。

 

お墓のことも、かつての「守る」ということが、実質たいへんだと、結局は放置されたままになったり。

我が家のように跡取りが途絶えることがわかっている場合は、最後はこうしてくださいと、

お寺に頼んでおくこともできますが、知り合いはやはり「あまりに遠くて、息子たちがたいへんなので、

こちらにお墓を買いなおそうと思うけれど、価格的なことと、昔のお墓のような十分な広さがない」と

いまだに決めきれずに悩んでいます。お墓の引っ越しも大変ですよね。

 

財産もないとかではなく、もし自分が認知症になったらとか、言葉がしゃべれない病気になったらとか、

考えたくはなくても人間明日のことはわかりません。

主人のとき、息子に後見人を付けないと相続ができなくて、1年以上かかって申告しました。

その後見人の方に、私の後見人も頼もうと思っています。

成年後見人は、家族がなると騒動の元、と聞きます。

信頼、という点ではほんとに家族でも他人でも賭けみたいなことになってしまいますが、

それでもこれからの残りの人生をゆったり生きるために…と思います。

ちなみにまだ自分は大丈夫、なら「任意後見人」にしておけば、元気なうちは後見人ではありません。

いよいよになったとき「任意」が外れるわけです。

こんなあれこれ、実は60くらいまでは考えたくはないこととして、つい先送りの気分でした。

母が亡くなってふと気づき、更に5年後に主人がなくなって、

あぁ早いめがいいんだわと気づいた次第です。

 

初めてきた「セレモニーホール」からのDM、ちょっといろいろ考え、しばらく取っておくことにしました。

写真用に…シミカバーのファンデーション…買うか?

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