古い「編み物」の本を見つけました。
この本はごらんのとおり「婦人倶楽部」の付録です。昭和9年のもの。
そして最初のページにはこんなことが…。
これに書いてありますが、「事情により綴じて差し上げることができません」とあり、
こうやって自分で綴じてください…の説明図つき。
昭和9年は、まぁ戦争に向かう途中ですが、こういうところにも影響がでていたのでしょうか。
本はちゃんと綴じてありましたが、使いやすい用にでしょうか、作品の写真ページはそのままはさんでありました。
以前入手した着物本にも、この「綴じた形跡のない本」があって、
私は、今で言う「自由にファイルできるカード式」の付録なのかなと思っていました。
使うには便利ですが、バラけますし、よく全部残ってくれたものです。
今は綴じてない本はありませんし、このページだけほしい、と思えばスキャンもできるし、便利になりましたね。
着物本以外は参考程度で、編み物の本はすでに一冊ありますので、もういいかなと思っていたのですが、
中のこの写真にココロ惹かれまして…。
「衿カバー」となっていますが…あったかいんですかねぇ、これ。
どちらかというと「冬用衿汚れ防止カバー」みたいな気がするなぁと思ったら、
作り方のページにも「あたたかくて、汚れ防止にもなります」とありました。やっぱりね。
とても体裁がいいですが、これを見て、昔々の近所のおばさんおばぁちゃんたちが、
普段着物では、衿の後ろに手ぬぐいを切ったものをかけていたのを思い出しました。
着物の後ろ衿というのは、女性は衿を抜いて着ますから、ほんとは肌にすれて汚れることはないはず…
なのに、古い着物には衿汚れがついています。
衿の後ろは塀のようにツンと立ち上がっていますから、飛び出している分、自然と手がすれたり、
ホコリがのったりするのでしょう。なので「衿」というのは、以外に汚れるものです。
元々が着物の掛け衿は、汚れたらそこだけはずして洗えるように、そうなっているわけですが、
あまり汚れると、モノによっては裏返したり、それもダメになったらあきらめて、
もともとの土台衿の胸辺りに、いかにも掛け衿がついているようにつまみ縫いをして見せかけたりします。
更に昔は時代劇にあるように、汚れの目立たない黒い生地を衿全体にかけてしまう…。
毎日着物で暮らし、1枚の着物を何度も、そして長く着るためには、そういう工夫も必要だったわけです。
毛糸の衿カバーは、実際にはまったく防寒にはなりそうなきがしませんが、どうなんでしょう。
オシャレにはステキかも…。
作り方を見ると、長さは45センチくらいで、特別紐もついていないし「ピンで留める」などの記載をありません。
写真も後姿だけで、前がありません。前はどーなってるんだ??右側は懐に入れているのかな?
布と毛糸のまさつで、おさえるだけで止まっているとは思いますが、
動いたら前がパラリとあいてしまいませんかねぇ。
実は、こんなものがあります。
これは母が私に編んでくれたものですが、これ、一時期ハヤったんですよ。
母は何でも試す人でして、その実験台はいつも私で「編んでやった。使ってみよ」…。
上の写真の「着物用衿カバー」はちゃんとカーブするように編み出してあるのですが、これは直線です。
これは洋装用ですので、衿そのものの部分の丈は短いですが、
その先のスペードみたいな形の片側が二重になっていて、そこにもう片方を入れると…
こうなります。
はるか昔の記憶なのですが、今回実際首にまわしてみて、なんとなく思い出しました。
これを「試用」して、私は「おかーちゃん、この輪っかのところが狭くて通しにくい。
全体にもうちょっと長くないと、衿の横にひだがよって、柄がキレイに広がらない、
幅がひろいみたいでアゴが埋まる」というようなことを言った記憶があります。
他のことについては、母がなんと言ったか覚えてないのですが、
最後の「アゴが埋まる」だけは、母があっさり「あ、そりゃアンタの首がみじかいねん」といったことを
今でもしーっかり覚えています!「ふんっ!!」と思って、シャクにさわるからそれっきり使いませんでしたが、
今やってみたら「あったかいわー」です。アゴ、埋まりますけど。
じーっと見ていて、これにカーブをつけて、前の合わせをもっと下にして、模様編みのところをもっと広げたら、
前で止まるストールができるなぁ…と、ここまで考えて、母がそんなものを作ったようなことを思い出しました。
前は輪に通すのではなく、長い紐のようにしてひと結びしていたような気がします…こんな感じ。
あれはどうしたろ…どっかにあるかな?母は気にいらなければ、どんなに手間かけて作っても使わず、
人にも見せませんでしたから、なにかしら使いづらさがあったのかも…探せ!実家探検隊っ! ?
ちょっとだけ昔のこと…なのに、ずいぶん変わっています。
古い本は、いろんなことを教えてくれます。
あんまりまるっこいと、ほんとに太鼓みたいですけど、
やさしい感じはしますよね。
バレンタイン…ははは、チョコレートを買ったんですが、
見せる前に、全部私の胃袋に入ってしまいました。
こんなこともあろうかと買っておいた「極小」サイズのを
渡すことにしまーす。
昔の女性は、こまめでしたね。
母が「春先のショールはほこりよけ」といっていたのは、
今よりずっとホコリっぽかった春先に、
着物を守る知恵だったのだなぁとおもいます。
ニット羽織の編み図の件、メール拝見しましたので、
後ほどお返事させていただきますね。
長さは尺で書いてありましたが、だいたい45センチくらいしかありません。
ほんとにポンと置いたくらいでしょう。
おしまいのところを衿にちょっと挟み込んだのかもですね。
防寒より防汚で、おっしゃるとおりレース編みとかで、
柄をきれいに出したりしたら、とてもオシャレでしょうね。
着物の色に合わせていろいろ編んだら、いいかもです。
ストッキングを入れたら、丈夫になりますよね。
アイデアですねぇ。
母もそうでしたが、何でも作っては人にあげてしまう…。
でも、いまだに「まだ使ってるのよ」なんていわれると、
自分のことのようにうれしいものですね。
ちなみに我が家のバス・マットは、使い古したバスタオルのまわりを、
別布で作ったバイヤスでくるんだもの、でした。
結婚するとき、お祝いに市販のバスマットをもらいましたが、
使ってみたら、てんで水を吸ってくれなくて…。
実家で「作り置き」をもらいましたっけ。
そうそう、薄いけどなんかかたそうな、そんなものを
巻いているおばさんもいましたっけ。
母は、新しい手芸は何でもやってみる人でした。
チラシ広告のアンデルセン工作とか、
まだはやりだしたころのパッチワークとか。
作る過程が楽しかったようで、作品はみんな人手に渡っています。
昔は着物がもう少し身近でしたから、役に立つ情報なども、
付録にはたくさん載っています。
最近の婦人雑誌を買ったことがないのですが、
実用書は実用書で販売されているから、
人気がないんですかしら。
閉じる方法まで書いてあるんですから、すごいです。
誰しもが綴じたわけではないでしょうから、
バラバラで、霧散したものがたくさんあるでしょうね。
もったいないことです。
この襟巻き、はやりましたよね。
ははも、あむそばから誰かにほしがられたようで、
結局これしか残っていないみたいです。
ありがとうございました。
私、自分が、いわゆる○×人間なんですね~
明日はバレンタインデー
折り紙二枚でハートの袋を作り、夫にあげようかしら。
気持ち悪いと言われちゃうかしらん。
今みたいにおしゃれ着用の洗剤も良いものが無かったので
手洗いしてもしばらくするとフエルトのようになってました。
茶羽織編み方は本当に見当たりません。
母に聞いても
「いつの時代のことゆうてんの?はようにほったわ(捨てた)」と…
私もわけていただけるとありがたいです。
のちほど別にメールさせていただきます。
暖かい、というより汚れ防止の方が大きそうですね。
後ろもですが、前も襟は案外汚れるので…。
時代劇で見る黒繻子の襟はいかにも汚れ防止でもう一つですが、冬はこういうニット、他の季節も季節にあった雰囲気のニットで襟カバーを作ったら綺麗だし、いいですね。
これは長さも十分あって、上前は胸紐で留められるくらいあるんではないでしょうか。
まっすぐ編んでも、ニットだから襟に沿って曲がってくれそうですが、肩のところがちゃんとカーブになっているんですね。
毛糸だと厚くなりそうだからこの幅がよさそうですが、レース糸などでするなら、幅を襟幅の倍取って重ね衿のようにクリップで着物の襟に留めてもよさそうです。
クリップで留められるなら、短くてもよいですね。
編み物が大好きで、人の喜ぶ顔を見るのが大好きで、
襟巻や毛糸とストッキングを一緒に編みこんだ室内履きをたくさん編んでは周りの人に配っていたようです。
「破れたストッキングがあったら送ってやらんね。」
とストッキングをほとんど履くことのない義母に頼まれて、
使い古しで恥ずかしかったのですが送ったこともありました。
母は「家の光」や「明日の友」という雑誌を定期購読していて、
アイディア小物の編み物の記事を参考に作っていました。
その義母が亡くなって来年は10年になります。
襟巻や室内履きは、今でも毎年活躍しています。
祖母たちはジョーゼット風の
ナイロンスカーフをしていた覚えがあります。
今なら少し綺麗な色を使うでしょうが
年寄りは地味な色という時代でしたから
皆、灰色がかった水色みたいな色で
見てくれは良いものではありませんでした。
マフラー、今でもある形で
お母様の先駆的なところがしのばれます。
昔の婦人雑誌の付録は内容が豪華でしたね。
母娘2台の物持ちの良さに驚きます。
欠けずに残っているなんてすごい。
この形のニットの襟巻き私も持ってます。
これはおたいこです。
幕末から明治にかけての写真を見ますと、まず帯幅が広く、
おたいこはものすごく大きいのも普通…。
そして上は丸かったり、全体がゆがんでいたり…。
つまり、今はキレイに締めるのがあたりまえで、てっぺんはシワなくまっすぐですが、
かつては名前の太鼓みたいに丸っこいのも普通でした。
過去記事ですがご覧ください。
http://blog.goo.ne.jp/tombo624/e/07392d0aef070edbc46715e3d542a04e
おはしょりをあとから作っていた時代の写真など、腰の下は、
もうちょっとなんとかしたら…とおもうほど、だっぽりグズグズです。
今見るとヘンなことでも、昔は気にしないていど、のことがたくさんあるんですね。
ニット羽織は、今資料がなくて、私のニット羽織のページは、
編み図ください、という方が、いまだにいらっしゃいます。
貴重ですよぉぉぉ。大事になさってくださいね。
それにしても表紙の女性は洋髪、襟カバーの人は日本髪、
この頃、ちょこちょこ、あれこれみている物から
GHQが日本を瞬時に大改造したのがわかります。こわいです~。
自分たちの文化を、せっかくの平和な時代に、整理整頓(私これが苦手ですが…)しておきたいですね~(なんか偉そうで気が引けますが)
着付け教室のコマーシャルを目にする度に、ヒヤヒヤします。
堅苦しく、マルバツ式の着物文化にはなってほしくないのです。
さて、我が家の納戸のどこかに、昭和の中頃の編み物の本が有るはずで、かぎ針編みの茶羽織の編み図が有るはずで‥‥
もうぼろぼかもしれませんが。
この頃毎日着物暮らしですので、そういう物を思い出すのです。