
写真は、母の友人がお盆にと持ってきてくれた、りーっぱなカサブランカ。
母の好きな花を覚えてくれていまして、花瓶がないよーと悩むほどのボリュームです。
一つの花が、私の顔くらいあります。香りがただようどころか、プンプンと匂っています。
これがね、11個も咲くんですよ。ただいま6個まで咲いています。
花瓶がひっくり返りゃしないかと心配しています。
この夏は梅雨明けが早かったり、そのあとのとんでもない水害で、
気がつけば7月も半ば…昨日はお寺さんで「夏祓」でした。
毎年行っている父も、この暑さに「今年はやめておく」と…。
ホッとしました。毎年暑くても意地でも行く人でしたから。
殺人的な暑さですね。京都のイトコからメールがきて「当たり前のように本日も38度ですって」と。
それよりはなんぼか低いものの、とても「京都より涼しい」とは言えません。
こんな中での「水害の後始末」、どれほど大変かと思います。
関西のお盆は旧盆で、8月だと思いますが、哀しい思いで迎える方もたくさんおられるわけで…。
防災についても、いろいろな話が連日報道されています。
ふと思うのは「人は忘れる」ということ。忘れるということは、人間の「防衛本能」の一つ。
慣れるということも「防衛本能」、そして防災の意識を高めるためにちょっと厄介なのが
もうひとつ「正常性バイアス」という本能です。
「正常性バイアス」は、正常なことを正しくとらえない…つまり、悪いことを過小評価したり、
自分にとっていい方に考えようとする意識です。
例えば今回も新聞で「スマホが何回も知らせてきていたけど、まさかこんなに早く水がくるとは」とありました。
「まだ大丈夫だろう」「うちは大丈夫」…そう考えてしまって行動が遅くなる、それが正常性バイアスの弊害です。
つまり、防災意識をたかめるということは、正常性バイアスとのタタカイというわけです。
防災全般に言えることですが、非常食とか水の確保とか、そんなことさえもなかなかお尻があがりません。
私、実は阪神大震災の時、ニュースを見ていた時は「私もやらなきゃ」なんて思っていたのに、
遠くであったことと、たまたま阪神方面の親戚や友人知人が、全員なにごともなく無事だったことで、
いつか意識の中から「防災」は薄れていきました。
私が今のように防災を意識するようになったのは、やはり東北震災です。
横浜は5弱でしたが、それこそ最近よく言われる「今までに経験したことのない揺れ」、でした。
実際の震源よりは離れていたし、津波の被害もない…ところがすぐに計画停電は始まる、
店頭からいろいろ品物が消える、物流が滞ってアマゾンもヤマトもいつになるやら…。
今回も、店頭からいろいろなものがなくなりましたね。水害として被災してなくても、地域的に断水も。
実害がなくてもライフラインがダメになることも、広範囲で物流が止まることも、
防災で考えておかなければいけないことだと、東北震災で知ったわけです。
防災は「これでいい」がありません。またいくら備えても、今回のような水害では、
全く役にたたないかもしれません。それでも備える…正常性バイアスとの闘いです。
「万が一」というのは1万回に1回ということ、1万回を1万日と考えたら、約27年です。
27年にいっぺん?…そんなのいつくるか…いえいえその27年に1度が明日かもしれない、
27年後の今日かもしれない、だから備える、と考えねばなりません。
避難勧告が出て必死で避難して、結局何もなかったら「まったく大騒ぎしてぇ」と怒るのではなく、
何事もなくてよかったと思わねばなりません。防災用品は「使わないで済むこと」が一番です。
毎年賞味期限のチェックをしながら、保存食を取り替え、古い方を食べるとき、
「あぁこれも役にたたなくてよかったぁ」と思います。ムダになることを願いながらそろえるのが防災用品。
あの3.11の時、明るい時間帯でしたから、玄関出たらご近所さんがみんな出ていました。
私、今でも地震があるとすぐ玄関の戸を開けに行きます。我が家は引き戸ですから、歪んだら開きません。
ドアなら蹴っ飛ばしてでも開けられるでしょうけれど…。
最近気になるのは、この前ちょっと大きな地震がありましたけど、いつの場合も開けてみても誰もでていないことです。
出ないどころか、深夜の地震でも、どこの家も明かりもつきません。
「あ、また地震だ…でも大丈夫だろう」なのではないかと思っています。
最近千葉沖の地震が頻発していて、それについてなんたらプレートがどうのこうので、
しばらく千葉付近での地震が多い、小さい地震のあとに大きいのが来る可能性もある…と、
ニュースで言っていました。事実最近、小さいけれど「千葉沖震源」の地震多いです。
また全国で、この30年以内に大きな地震が来る可能性、横浜市は83パーセントです。
その30年以内が今年なのか30年後なのかは、神のみぞ知ることなのですよね。
「だいじょぶだよー」という気持ちが、まさに「正常性バイアス」のなせるわざ。
そんな保証はどこにもない、と思うことがだいじなのですよね。
たいへん怖がりになった私、それでもまだ「正常性バイアス」にとらわれていることもあります。
水、賞味期限きれるよなぁ…と気が付いてからしばらくたってるし…。
真っ白くて大きな百合を見ながら、母の言ったことをあれこれ思い出しています。
「万が一…は必ずあることだと思え、なんもなかったら万がゼロやねんから」
「最悪のこと考えといたら、それほどでもなかったとき幸せやと思える」
炎暑の中、ボランティアの方々も、必死で後片付けをなさっています。
何もできない私は、わずかばかりの募金と、これ以上の被害がないこと、
1日も早く復興できますようにと祈ること、そして「また教えられた防災の大事さ」を忘れないこと、
ニュースを見るたびにそう思っています。
防災を心がけて継続していくというのは本当に難しいものですね。
災害の少ないところに住んでいると尚更意識が低い様に思います。
それにしてもこの暑さ、ちょっと外へ出たらしばらく汗がひきません。速攻命を落としかねない熱中症にはならないように気をつけねばですね。
お仕事お疲れ様です。
言葉は耳慣れても、体はいっこうに慣れない35度なんて気温。
外へ出たとたんに、しかめっ面です。
飲料水は、一人1日3リットル、3日分で9リットルといわれています。
家族分となると、置く場所がたいへんですよね。
それでも備えておかないと…。
外歩きもくれぐれも、おきをつけて。
ほんとに大きくて豪華です。
あまりの大きさに、母と主人の遺影が見えませーん。
人間は「のど元すぎれば」ですよね。
ここは、まず水害の心配はないのですが、
地震はどこにでもきますし、自然には勝てませんね。
今日はこちらも35度だのなんだのと言ってます。
熱中症は、あっというまといいますから、
ほんとに気を付けなければですね。
父がさすがにクーラーつけてると言ってましたが、
夜は止めてしまうのです。
毎日心配で、電話しています。陽花様もお気をつけて。