今日で夏休みも終わりを向かえますが宿題は終わりましたか?
さて、筆不精で全然ブログを更新出来ていない父に代わり、太郎が夏休み中に行った一人旅を記事にしてもらったので、今日は太郎の旅行記をお楽しみください。
それではどうぞ!
「リアル鉄っ子旅行記」
※鉄っ子旅行記と言うのは太郎が小学校5年生から書き綴っている「自分が大人になったうん年後の世界」を舞台にした鉄道旅行小説です
どうも。確実と思われた志望中の受験になぜか落ち、今や普通の中学校に通学中。
志望校は私立だと何個かあり、受かる人は多い。実力というのもありましょう。
うちの中学校の知り合いも陸上、剣道、野球で結果を残しています。周りはすごいですねェ。
片や、勉強なんて気が向いても稀にしかせず。運動もしないろくでなし。
隣の芝生は青いなんて言いますが、これは明確に実力、努力不足。それでもやる気は起きず地図や仮面ライダーにめくるめく入り浸る私今月で13歳。
世間は今コロナコロナコロナ。イラつきやもどかしさ、ストレスが酷く溜まる時期でしょう。
学校のイベントがなくなり、悔しいって人も多いでしょう。
しかし正直私は学校のイベントは面倒臭い上、 臨時休校はありがたいなどと考えている、いわゆる「不謹慎なバカ」という最悪な奴です。
実際、周りにもそういう人はいるんだけどね。
だがひとつ不満な点が。(一つかよ) 今年は旅行に行けません。家族でも無類の旅行好きを勝手に自任している私。今年は直江津にも行けない、、てか、元々今年は村上に行く予定だったのにぃ、、。
夏休みに入ってから散々推して推して、尾ひれすらつけて何とか行こう!と、家族をその気にさせたのに無情の雨。人間ってのは天候には勝てない生物なんやで(悔)
(「今年も弾丸海水浴!」参照)
あの時直江津は晴れだったっけ。村上と直江津じゃぁ車で三時間、距離にして224キロの違い。
しかも船橋から考えても直江津の方が二時間位短い所要時間。
父ちゃんの仕事で疲れてるアピールは結構押してくるし、子供なんでね。一丁前に労をねぎらうことなどできないので、そこはさりげなく協力してる感出さねば、、。
弾丸ドライブの就寝時間の予定も少し長くとったら「そんな長く寝やしないよ」と温かい言葉。じゃあお言葉に甘えて三日目はほぼ徹夜で運転してもらって、、、
(今度は全然気遣ってなどいない)
弟も直江津でいいって、、。私の独断と偏見のせいで陽次たちもつまらないんじゃしょうがない。駄々こねていられないね。
それを分かっててまだ心の中では粘っている。まだ子供なんだ、我儘言ってもいいじゃないか。兄ではあるが。
だがこの際割り切るしか選択肢などないでしょう。あぁ、無理もないか(悔涙)
ちょっと流された雰囲気出てる私ですが、実際最後の最後まで文句ブーブーでしたね。
基本遠出の時はこんな感じです(笑)
しかも木のむらキャンプさえ今年は超少人数、たったの三家族。この企画が始まった当初の規模やないかぁ!
この人が品物を選ぶからうまい!という主軸メンバーも不参加。
なのに、一丁前に部活は暑い中ずぅっと続きました。緊急事態宣言で他は中止になっているのに、、大会前でうんたらかんたらで、、。
いやだぁ!こんな不完全燃焼の夏なんて!
そんな私がふと思いついたこと。一人で特急旅。
東京近郊に長距離特急が昨年復活、乗りたい乗りたいと歯痒い気落ちで時刻表や乗り鉄のブログをやたら見まくっていたこんな時、誕生日プレゼントにこんな企画どうだ、と思い付いた。
だがやはり経済力などない。そこにグッドタイミングかな、祖母の入学祝が。これはいける!
こんな適当な思い付きから始まり、軽い気持ちでみどりの窓口へ。
この一週間内で計画した突然のイベント。私は結構行き当たりばったりを楽しむタチなので。
(超絶無理のある美化表現)
そこからいろいろと計画を立てる。私としちゃ珍しい、定休日、臨時列車を完全に把握します。
そこで立てた計画の肝、それは「週末パス」!
8500円程でJR東日本のくりこま高原、酒田、湯沢以北を除いて乗り放題のパス!
ななんと!特急料金やグリーン料金、指定席料金などを払えば指定席有料快速、新幹線、特急にも乗れる、区間の運賃はこの切符一つでクリア!という魔法のアイテム!
1日当たりの鉄道移動濃度(?)の高い今回の私のような人には超お得!という訳。
これは結構ポピュラーな話です。
おじいちゃん達にも「行くよぉ~」なんて予定を話したら、後から心配や確認の電話が何通も。心配性だなぁ、、。
この祖父母あってこの母あり。こちらも新型コロナ感染対策云々かんぬん。いやはや、納得の血筋感。
因みに、この母親ありての私。だらしない所、忘れっぽい所は似たんでしょうな。
ところで父ちゃん、私が全く体動かさないだの、大人の話は右から左だの 言うてますけどそんなんじゃありませんよぉ !
水泳もマラソンもやって、結輝連れて公園にも行ってますし!
適度に自分は持ち、親含め周りの人生の先輩から授かった考え方ですくすく育ってますし!
家族というのは本当にそれぞれ個々なのによく束ねられると思いますね。
私には弟が二人いましょう。その二人から私何て呼ばれてると思います?
普通だったら兄ちゃん、お兄ちゃん、悪くても名前、ですが私は常日頃、日常的に「お前」、「デブ」などと呼ばれております。
おいおい、友達の家に行ってもそんな呼び方たされてる兄ちゃんいないぞ!
だがここは兄ちゃん、この年齢差、この年齢でも適度に肯定し、寛容に受け止めなければ!なんてね。正直難しい。
「人の特徴をうまく捉えた正確な呼び名だ」って?そんぐらいしか思いつきはせず、もちろん使えない発想です(涙)
因みに切符を買った後気付く。なんとひたちの仙台旅行を実行しても全然まだ有り余るお金。
なら二日目も行くっきゃぁない!週末パスは二日分、無駄にしてどうする!という訳で、一人旅の始まりはじまりぃ~
8月21日、6時33分
新船橋駅を出発しました。ここから今日の夜、日付が変わるころまで、という長い長い鉄道の旅の幕が開きました。
こんな企画二度とあるでしょうか。おそらくもう不可能でしょう。
これは祖母からの入学祝の三万円とお小遣いがあっての話。もしこれからお小遣いが溜まって一人旅に出るとしても、出費可能範囲から計算できる行動範囲や乗車金額からして、普通車のグリーン車で少し都内、外界に出たとしてほんの少しを回れるぐらい。
二日間連続、特急で仙台や松本を、しかも特急のグリーン車なんて。まずこの先なかろうと、そうゆう訳です。
※今回は父ちゃんのブログを利用し、息子のわたくし、太郎(13)がブログを編集します。若干執筆力は低かったり、抑揚のない文章だったりとしますが、とんぼ返りしないでください、、。お目汚しにでも。
因みに、(汗)(笑)なんてのをよく使用するのは、父ちゃんの受け売りです。わたしは 、、。←をよく使います。どうかくどいと思わず、温かい目で読んで下さい。
総武線、上野東京ラインと乗り継ぎ、ついに上野駅へ。5番線の車両でした。
上野東京ラインというのは、東海道線と、宇都宮線、及び高崎線常磐線を接続するためにできた連絡船の総称。
実際には路線、という区分ではございません。
なんとこの上野駅、その上野東京ライン含め宇都宮(東北)、高崎、常磐線用のホームが5番線から17番線まであるのです。
内、1~12番線はずらりと並んでいます。5~9番線は上野東京ライン、10~12番線は常磐線ホーム、この3つのホームは行き止まり式です。
何故なら東京まで直通する列車、「上野東京ライン」が通らないためです。ここまでのホームは愛称として「高いホーム」と名付けられています。
なぜこんな名前かというと、この先に理由があります。ここまでは1~12番線の紹介をしました。
エスカレーターを2階分位降り、更に広い階段を半階分下に降りると見えてくるのが13~17番線。
ここのホームは先ほど紹介した「高いホーム」よりも4メートルほど下に位置し、13~15番線は宇都宮・高崎線のホーム13~15番線は11,12番線と並行して真下にあります。
ここは12番線に停車する常磐線快速と、宇都宮高崎線の普通列車をツーショットでで写真に収められるフォトスポットとして有名です。
「2階建てホーム」なんて呼ばれています。
13番線はかつて多くの上野始発の寝台列車が停車し、待合所なんかも多くありました。
片方は壁のホームですが、未だにそのホームの幅は広く、何処となく当時の風味を残しています。
今では、臨時運行される超高級リゾート列車、採算が取れないだの期待外れだの世論に流されていた「トランスイート四季島」や、元寿列車、「和」等も臨時で停車し、ブルートレイン現役時代のイベント列車ホームの役割はまだ残しています。
更に並行して並んでいる16,17番線は常磐線特急のホーム。私はこの17番線からひたち3号に乗車し、仙台へと向かいます。
殆どのひたち号は品川始発ですが、今回乗車するひたちは上野始発なのです。
これらの13~17番線も行き止まり式ホーム「地平ホーム」と呼ばれるもので、こちらのホームは愛称で「低いホーム」と呼ばれています。そのままですね(笑)
なんともホームに愛称が多い駅。それ程この駅のホームには魅力があり、愛着もあり。鉄ファンから愛されてるって事なのではないのでしょうか。
因みに余談ですが(結構長々としています。了承ください。)この低いホーム、上野東京ライン開業に伴い、ほとんどの列車が東京方面まで直通するダイヤとなってしまい、こぞって本数を持っていかれてしまいました。
こちらの低いホームは需要が下がり、停車する列車は滅法少なくなってしまいました、、。
さらに追い打ちをかけるように、ここ半年前、3月のダイヤ改正による影響で、宇都宮、高崎、常磐線の多くが上野東京ラインに移行、東京方面接続はさらに進み、もはや日中地平ホームは用無し状態。そして来る回送列車。それすら少ないのですがね。
30分以上、長らく停車する特急列車。このホームの過ぎた暇具合に少し哀愁をも感じます(寂)
13番線も、「昔はここに寝台列車やイベント列車が沢山来たんだぞ!撮り鉄で溢れ返ったんだぞ!」と悔しそうに訴えかける声まで聞こえそうな雰囲気。
そんな私が乗るのは17番線に。こちらもズーっと停車しています「ひたち3号」。
朝8時に上野駅を始発として出発、仙台までを運転区間とする東日本屈指の長距離特急。その所要時間何と4時間30分以上!(驚)
この17番線と、お隣さんの16番線は、かつてそのホームの番線表、16,17という数字の隣に、「常磐線特急」という表記があり、切符を拝見する用途の専用の改札が設けられていました。
だが今は、16番線には普通列車も入線します。実は、ひたちも上野始発でした。
今や入り放題になったこのホーム、昔は「特急専用」という肩書と共に、大きく胸を張って存在したのでしょう。今や列車は殆ど来ず、電子観覧版には何も表示されない時間だってあります。
その時間は、日本という国の都心、そこに在る数ある駅の中でも最大級の規模を誇る駅。そうとは信じ難い程の静けさも見せています。
無駄に長いホームには無音、その迫力が広がります。
とまあ、私の感想をべらべらと記し散らかした自分勝手な余談は終了、ここから私の旅行が始まります。
地平ホームを写真だの動画だのとって暇をつぶし、迎えに来る約束の父ちゃんに連絡を入れる。
聞けば、今秋葉原。特急ひたちの発車時刻は8時きっかし、この時時刻は7時40分頃、余裕をもって間に合います。
そうこうしている内に合流。電話をして、今どこ?なんて話しながら気付かずすれ違うところでした(汗)
17番線で合流する。何か軽く食えるものを買ってくれるそうなので、私はウィンナーパンとさけるチーズ、パウンドケーキとミルクティー砂肝。なんせ長いこと乗るんですから。
この時購入した砂肝が悲劇を生むことをまだ私は知りません。本当は東京あたりで駅弁を買ってひたちの車内で朝ご飯でも、なんて思っていましたが、朝母ちゃんが「できるだけ家で食べなさい!」とでも言う風に、バナナとおにぎり、R1を食わせてきたので、お腹は多少満たされていました。
また暇潰しにそこら辺を回って見た後、乗車。行きは6号車の窓側。
グリーン車に隣接する客車には利点があります。
グリーン車は車両の半分ちょい位しか客車スペースが設けられておらず、あとの半分は乗務員室ほか、多機能トイレ、洗面所、兎に角、車いす対応の設備が色々備わっており、普通の人にも便利で優しい車両になっています。
席を確認して座る。特急に乗ったのなんておそらく4年?5年振り?大阪や滋賀に弾丸ドライブで旅行に行ったとき乗車した、関空特急「ラピート」が最後だったような気もしなくも。
これまで写真に撮ってばっかだったので、今回の企画はほんにレアです。
わちゃわちゃしていたらもう時間。アナウンスが入る。
そして遂に8時。発車メロディは井沢八郎さんの「あゝ上野駅」。

エモいですねぇ~父ちゃんとお互いにスマホを向けながら列車は少しずつ17番線を発車する。ここから本格的にこの旅の幕が開ける。
午前8時過ぎ
地平ホームから発車した電車は、上のホームからの列車の線路と合流。
鶯谷、いつもなら停車するはずの駅を次々と通過していく。なんとも爽快感がありますねぇ~。
続いての停車駅は柏。千葉県の中核市にしてベッドタウン。
我らが新船橋からも東部アーバンパークライン一本、30分でのアクセスが可能な場所にある都市。
常磐線に加え、先ほど言った東部アーバンパークライン、所謂東武野田線とが出入りする駅。
私はウィンナーパンを頬張りながら柏駅を待つ。ラインも適度な間隔で送る。
今回は父ちゃんからスマホを預けられています。主に連絡用、撮影用です。
そして8時27分、最初の停車駅、柏に。
線路は増え、建物が覆って暗めのホームに入線。そして発車。
ここを出ると次の停車駅は23分後、土浦。霞ヶ浦に面する、こちらも東京のベッドタウン。
大体のひたち号は柏、土浦の停車はなく、上野を出たら水戸まで一直線、なんていうのが殆どですが、なぜかこの列車はその二ついずれも停車します。
その他の停車駅は、土浦を出ると、水戸、勝田、常陸多賀、日立、磯原、泉、湯本、いわき、広野、富岡、大野、双葉、浪江、原ノ町、相馬、仙台。
ひたちというのは、沿線の日立からとられた名前。ひたち号は、列車によって停車駅が大きく変わる特急列車の一つ。
他には、東半分の中央線を走るあずさ号や、東九州を走るソニック、北陸を駆けるサンダーバードなどが代表的と言えます。
まぁ停車駅談義はこの位にして。列車は茨城県を疾走します。

午前8時半頃
この時砂肝を食べていて、少し思っていた砂肝の燻製の味とは違く、少しがっかりしていました。
大体半分食べ終わってから、食塩相当量、その他諸々が気になり、裏面を見ました。
すると一番に目に入った文字は大きく表示されていた「加熱食品」の文字。そう、私はこれを加熱して食べるものだと勘違いしたのです。
この時、元は過熱するべきだったものを、自分は過熱しないで食べたのか!などと思い込みました。
馬鹿だったら仕方ありません。吐き出すため、お茶を一本丸ごと飲み干すと、すぐトイレへ。一気に食べたものを吐き出しました。
パウンドケーキやチーズなんかも全部!勘違いで!しかも挙句の果てにはそのあと気分すら悪くなる。ただの思い込みなのに。
体は嘔吐しただけでこうも動き出すか、本当に驚愕、驚愕、驚愕でした。後から思い込みだと知った時にゃぁ、、。
「病は気から」その言葉の恐ろしさを今、身を、いや、この場合、心をも持って体験した、という方が適した表現でしょうか?
兎に角、このことわざは本当、事実を表していたのか、と考えて止まない、それには十分な出来事でしょう。
話だけ聞いてりゃタダの大バカです。いや、実際大バカでした(泣)
幸先はあまりよろしくないスタート、この先どうなるやら、、、そんなことを考えていました。
いや、、バカだったらない、、。しかし、「これでブログのネタができた!」などと考えている自分も少しいました。
午前10時過ぎ
段々具合がよくなってきた、そんな時に「加熱食品」の意味合いをようやく理解した私。
そりゃぁもう悔しいやら、空しいやら、一気に脱力しましたとも。
そりゃぁ、そう。そうこうしている内にもう列車は福島県。早いもんです。
久しぶりの特急、その座席破壊的すぎるほど。
リクライニングが利くだけで滅茶苦茶に感動している中学一年生の姿がそこにはあったとさ。
そんなはした話はさておき、まもなくいわき、福島県屈指の都市。福島、郡山と並んで中核市、人口だけで見れば福島ではトップの規模。
2020年3月、ダイヤ改正で日立は全線開通した。そう、それまでは2011年3月11日、いわゆる3・11、東日本大震災の影響で長らく普通になっていました。
復旧には十数年かかるといわれていたそんな常磐線、ですが去年、JRさんの熱意でか、周りからの声でか、都合よく工事が進んだんだか、見事たったの9年で、全線復旧を成し遂げました。
多くの鉄ファンが歓喜したことでしょう。
もはやその日はお祝いムード。17番線には多くの人が詰めかけ、押すな押すなの状態にまで至りました。
全線開業し始めて仙台へ向かうひたち号を写真に収めようと、多くの人が詰めかけた訳です。
その全線開業を果たすまでは、いわきはひたちの終点でした。今でも、多くの日立はいわき止まり、が、上下各三本、往復合わせ六本、宮城と東京を結ぶひたちが運行しています。
こんな固いし、長いし、つまらんかもしれない長い話が所どころ挟まれます。
12時23分
いわき駅に到着。三面五線?だったか、広めのホームにひたちは入線。
2分停車の後、発車。やはり中核市。ビルや住宅が立ち並び、活気の溢れる景色。いわきを出て間もなく、まただんだんと景色の密度は薄くなっていきます。
ここからは東日本大震災でも結構重い被害を受けたゾーンに入ります。
間もなく、仮設住宅など、いまだに復旧の終わらない生々しい車窓が目に飛び込んできました。
まだ終わってない、そう改めて案じる景色です。
そんなところを抜けると、これも常磐線の中では幹の駅、原ノ町駅に到着。ここまでは都心の常磐線で使用されている近郊型列車も使用されている区間。

勿論都心で走っている物よりかは号車、つまり客者数は減少していますが。
この原ノ町は南相馬市の代表駅。野馬追で有名。
古風な駅と和風の発車メロディ。調べればこの発車メロディは県民謡、「相馬流れ山」。2011年、南相馬市発足5周年を記念し製作された「南相馬市民の歌」を、原ノ町駅の発車メロディーにするよう、JRさんに交渉していたそうですが、その直後、東日本大震災が起こり、立ち消えとなった、という。そんなエピソードがあったんですねぇ、、。
そういえば、南相馬市には前の仙台旅行でもお世話になったっけ。
あの独特なパーキングエリア、、、あぁ、あの馬のモニュメントはこの「相馬野馬追」をイメージしての物だったのか、、。。
で、原ノ町を出て、相馬を出て。ついに宮城県へ。
さらに進むと岩沼駅を通過。岩沼駅はその名の通り東北の大動脈、東北本線との合流点。
ここからは東北本線と並走して走行。そこから15分も経たずに、アナウンスは入る。
「まもなく仙台です」
特急で仙台まで、東京から行けるとは!今更ながらちょっとした感動!
長距離列車なんてのは、進化を続ける新幹線。そのうらでどんどん消えていった、新幹線開業、それは歴史ある特急や急行、寝台特急の廃止につながる、新幹線の開発、躍進は良い事ばかりではないようですねェ、、(寂)
12時39分
上野から4時間半以上乗り続けてきたひたち号、過ぎた快適さ、楽しさ。
とても4時間以上とは思えない!部活の2時間より短く感じた!
仙台に到着、ゆっくりと線路の数は増え、列車が大きな駅の端に入線。都心からはるばるやってきたひたちは東北の地に着いた。
降りて一歩、そのファーストインプレッションは喜び、感動!、、などと言っておきたい所ですが、やはり嘘はつけないタチなので(この時点で大嘘)。
実際最初に感じたのは、「蒸し暑いいぃぃぃぃィ!」でしたね。(苦笑)
そりゃ長い間車内にいたんです。弱冷房とは言えども、家のリビングより遥かに冷気の効きがいいひたちの車内。暑くも感じましょう。まぁ兎にも角にも、仙台に到着。10か月振りだなぁ、、。
じゃあずっと楽しみにしていた駅弁を、、。と思うが、ちょっと待て、脳みそがいきなり動き出す。
なんだよ、さっきまで黙っていたくせにぃ、、、と思うよねぇ、、。無駄なもん思い出させてくれる。
でも思い出した方が助かる、それが殆どでしょう。そう、今日の目的地、女川にはレビューの高い、有名な海鮮問屋がある。
しっかりとした飯をしっかりとしたとこで食べよう!決めた!!、、、と簡単に離れない。
なんでも私の性格困ったことに、不便なことに、非常に優柔不断!
足は短い時間でも続けて歩いてると痛むような運動音痴のくせに。ずっと駅弁屋の前を右往左往。
イオンのゲームセンターでもあるなぁ。もう一回やるべきか、やるまいか、でも大体損します(涙)
だが私は決めた!女川でおいしい海鮮丼を食べるんだ!そう決めて改札へ!
となんと私の頭はそれくらいじゃ切り捨てない。今度は週末パスを改札機に入れて出していったり来たり。
話してると長くなるので省略、、、。
とかなんとかあって、駅弁は買わない!と決意。全てを嘔吐してしまいひどく空腹なこの時の私にとっては極めて苦痛でした。これは苦行です(涙)
13時13分
今から乗るのは「仙石東北ライン」。快速列車で、途中まで東北本線を経由し、石巻方面へ向かうアクセス列車。
勿論そこらの普通列車と同じ扱いですし、あんまり目立つ列車ではありませんが、利便性は結構高いです。
因みに駅弁は食べないと決めていた私ですが、やはり食欲に完全には抗えず、ますのすし式おにぎりを一つ、購入してしまいました、、。列車の中で、、。
この世の中、周りから疎ましがられないだろうか、、子供なので温かい目で見てくれると信じて、それが通るのはいつまでか、、これは余談ですが、仙台とはいえ、東京よりはずっと田舎、しかもこんな田舎、余裕で座れるだろ、と思いましたが、舐めてました。やっとのことで座れました。
隣には知らないおじさんですが、んなこと気にしてる場合ではないし、この短時間で座るか判断しなければ座れるか座れないか。差は歴然。すぐに知らない人の隣へ。
この私の勇気を褒めてほしい!何てったって中学一年生の身、心細いでしょう。そりゃぁ。実際は案外居心地はよかったですが。
因みにこれも余談。元々、気仙沼方面に行ってもよかったんですが、パスの利用できる県内ではなかったので渋々断念、、。
前仙台行った時は気仙沼を全力で推したのに、、。遠いから無理だってサ。疲れるんだってさ。子供のために一肌脱いでくれてもいいのに、、。面倒臭いって。
でも、東日本大震災伝承館なんてほか四人、行っても仕方ないだろうしなぁ、、止むを得ずってとこかあ、、(悔)
14時16分
石巻に到着。ここで乗り換え。14時21分発。5分後。
ここからは石巻線を走ります。東北にはよくある方の車両、二両ワンマン、イメージカラーは薄い黄緑ってとこか、キハ110系気動車。
降車の際には、運転士のいるドアまで行き、そこで切符を提示してから降りる。ここから更に女川まで25分ほど。
ここら辺体調が思わしくなかったのですが、、、ここからさらに悪化。
15時46分
女川に到着。ところがなぜか気持ち悪い。多少ふらつきながら写真を撮る。

女川駅は東北の中でも3・11で最も大きな被害を受けた駅の一つで、駅舎、周辺施設ほぼ跡形もなく決壊、流出しました。
未だ当時使用していた交番がボロボロです。壁からはひん曲がったパイプが突出、生々しい爪痕ですねぇ。
ですが、流された町は一気にアップデート。木造風モダンな街へと進化。
新しい雰囲気漂う駅周辺。駅舎の真ん前には個性的な像が、、。
子供泣かないかなぁ、、。と思っちゃうような感じ。芸術が爆発していますね(?)。
そして海鮮丼の飲食店へ。その前に母ちゃんに電話。今ここにいるよぉ~ってね。
夜にはそっちに帰るんだからなぁ、、。なんか不思議。夢でも見てる気分。
中へ入ると、タッチパネルでの受付。新しい店なのかな。
「女川海の膳 ニューこのり」さん。
「このり」というのは近くにある海岸の名前、「小乗浜」から来ているらしい。
昼飯も我慢してきた。美味しいものを食べるぞぉっと思ったが、、酷い目眩が!!体験したことない程の目眩!ジェットコースターに乗ってるかのよう!体が上がったり、、下がったり、、そんな感じ。
少しでも紛らわすために、机に突っ伏す。こんなところで体調悪いなど言えない、、。こんなご時世、増々言えない、、。
本当は3650円のうに丼を食べたかったところですが、世の中にそんな無いであろう有数のこってり飯など、こんな状態で食えるはずがない!普段の体調でも残しそうになったもの!
私はご飯を残すのは親譲りか嫌いです。なので、「特選海鮮丼」に。

値段は千円以上低く、二千五百五十円。
お得に済んだんだから、、何ならうに丼より更に百円も高額な「極上海鮮丼」も食べれる予算でしたが、やはり具材とその種類は桁外れに多い!明らかに食べられない!
こんなん、家族でフードコートやらに食べ行った時注文なんかしたら大目玉食らうもんです(苦笑)例えそれが自分のお金でも。
だがここでは自由!権利がある!だがそれは義務を伴うもの。それも分かってはいるが分かっていない。
留守番中なんかはずーっとソファで溶けているようなわたくし体重現在はは約六十キロ、、。
若干悔しさは残りますが、それでも海鮮丼は美味いもの。絶品!

気分が絶不調の中での「特上海鮮丼」。嚙み締めて食べました、、(悔)
16時過ぎ
もう後は列車を待つばかり。ひどく体調が悪い、、。どこでもいいから座りたい、、これが朦朧とする意識、、。
初体験!この旅は出会いが多いですねぇ、、。こんなこともブログネタになると喜んでるもう一人の私はまだ健在です(苦笑)
この駅、駅舎には温泉や駅前にはモダンなデザインな足湯まであるこの駅ですが、張り紙によると、「東北で発生した地震のため、しばらく営業休止です。」らしい。
そういえば、半年くらい前だかなぁ、震度五強位、あったような、、兎に角残念。
本っ当に体が不調で、ふらつく歩き方の私は、兎に角どこかで休みたい、、と、天の助けか、この一面一線の小さなホームには待合室があった!
おぼつかない足取りではあるができる限りの駆け足で待合室へ。
そしてラインを送り、ニュースやカイジでも見ながら待つ。待つ。
この時の超不調な私は待つことすら苦痛。木製の固いベンチじゃ、、。苦痛!苦痛っ!、、圧倒的苦痛っ!!!
(漫画の影響)
16時25分
これ以上列車を待ちわびたことなどないです。
この時の私にとっちゃ(くどい)マシュマロの如くふかふかの椅子の乗っかった列車!なんていう気持ち!
アナウンスとともに列車の光が遠目に確認できた!あぁ、休める!そんな気持ちでした。
すぐさま列車に。街灯に進む蛾のように列車に吸い寄せられる、、そして体重を乗っける椅子、、あぁ、ラクゥゥ!
しかも東京までは特急で、、ここからは楽だ、、乗り遅れ等、先ず無いでしょう。
17時49分
行きと同じく、石巻で乗り換え、仙石東北ラインの上りで仙台へ向かい、無事到着。
ひたちのホームへ行くと、すでに入線済み。撮り鉄かしら、写真を撮っている方も。
そりゃ、仙台に発着するひたちは少ないですもの。レアです。
なんと、、帰りは私、、グリーン車に乗っちゃいます!
4170円の追加料金、、、高い!だが試してみたい!比較してみたい!好奇心のみで今回乗車します。
来てみれば、外見、車両の内窓の並んでいるところは半分。もう半分は多目的で使われる。
優越感に思いっきり浸りながらグリーン車へ。接続ドアは特別で、外からは見えない。
そのドアを開けて、乗車!いやはや、気分も贅沢。これだけでも払った甲斐があるというものでしょう。
勝ち誇ったような気持ちになるのはなぜでしょう。
出発するまで座って待つか、、と、足置きがある!リクライニングできる角度も桁違い!う~ん、至福。快適!!
元々寝るのは早い私。東京到着は仙台を18時2分に発車し、22時43分。
4時間40分以上の乗車!それに見合う快適な席。さぁ、帰ろう。
18時2分定刻に列車は発車。仙台では私以外、人が乗車しませんでした、、。
イヤホンを使わずラインビデオ電話や動画を見れる!
そして途中岩沼にも停車。行きは停車しなかった駅ですが、前に説明しました通り、ひたちというのは、停車駅の変動が列車によって大きいです。
因みにこの際、岩沼は東北本線との合流点ではなく、分岐点です。そしてまた日暮里周辺で合流するのです。
それから2時間ほど、思った四倍五倍、快適すぎて短い時間でした。
いわき、やっとここで一人グリーン車に。あんまり特急のグリーンは需要無いのかなぁ、、。
私も正直普通車でも十分、というか、快適すぎる位だったので、金額には賛否両論ってとこでしょう。
そこから私は眠りにつきました。私の瞼は1時間ほど前から限界だったのですが、変な意地で起きていました。
大丈夫、眠りが浅いときは時間が経つほど浅くなり、その時はアナウンスが入ればいちいち起きます。私は。いつもそうですから。
案の定水戸でもう一回起きました。勿論目は 瞑っときます。
それでも十分疲れは取れるというもんです。気分もよくなってきました。
そこから土浦、上野、と少しだけ意識は維持し、こまめに起き。東京前にはしっかり準備し、降車しました。
仙台で水分を買い忘れ、アテンダントさんの車内販売で購入しようかななんて思ってたら、全然来ない、、。
ところがいわき駅を過ぎた途端、怒涛のアテンダントラッシュ。東京までに六回、七回は来たかな。バランス悪すぎ、、、。
でも、そのおかげで意識を維持できたってのもあったかもです。なんでもポジティブに!私の一つのポリシー。
ですがポジティブは過ぎればただのバカ、これも私の一つのポリシーです。
長々とした同じ言葉、連呼するとだらっとしますね、、。
己の表現力のなさに改めて気づかされる今日この頃、、。
さて、東京に着いたら後は慣れれたもの。切符は保存しときます。
総武快速、東京始発に乗車、調子に乗ってグリーンで帰ろうとしましたが、そんなお金元々持ち合わせてないうえ、ホームに設置されている券売機はsuica専用。
磁気券は購入不能だった事を忘れてた。あぁ、最後まで快適に帰りたかったなぁ、、、。
せめて体に不足していた水分は摂ろうと自販機へ。
紅茶花伝でも買うか~と買おうとしたら、間違えて隣のノンシュガーティーに手が滑って、ついに購入。
神様見てんのかなぁ、、ノンシュガーって、、。
船橋まで半寝で移動し、新船橋まで東武野田線で。
着いたよぉぉー!!無事に!
常套句なのかもですが、今回に至っては本っっっ当に一時どうなるかと思いました。
コロナかもとさえ途中案じた不調加減でしたが、何とか無事到着。
見慣れたマンションの町。でも静か、、見違えるように静か。少しさびしいですね、明日もあるんです。ゆっくり寝なあかん。
さて、相馬辺りでは23時くらいに一旦起きて待つと豪語していたお母さんは、、鍵は開いている。入ると、、部屋は暗い。あぁ、帰ってきた、という感じ。とんでもない安心感。
日付も変わる頃、私の寝場所で寝る父ちゃんにただいま、という。父ちゃんも徐に起きだす。
「あぁ、、お帰りぃ、、」そしてお母さんも暗めの電灯の明るさで起きる。風呂には入り、念入りに洗う。
そしてすぐ布団へ。毛布にくるまり、寝る。安心感、半端ねぇ、、。
ついさっきまで仙台にいたのになぁ、、と不思議な思いに浸りながら就寝。幸せな気持ちでしたねぇ、、。
たいしたオチなんてありません。ハッピーエンドです。
ケッシテカンガエルノガメンドウクサイトカソンナンジャアリマセン。
最後まで御高覧頂きありがとうございました。続きの松本編もお楽しみに。
つづく?
さて、筆不精で全然ブログを更新出来ていない父に代わり、太郎が夏休み中に行った一人旅を記事にしてもらったので、今日は太郎の旅行記をお楽しみください。
それではどうぞ!
「リアル鉄っ子旅行記」
※鉄っ子旅行記と言うのは太郎が小学校5年生から書き綴っている「自分が大人になったうん年後の世界」を舞台にした鉄道旅行小説です
どうも。確実と思われた志望中の受験になぜか落ち、今や普通の中学校に通学中。
志望校は私立だと何個かあり、受かる人は多い。実力というのもありましょう。
うちの中学校の知り合いも陸上、剣道、野球で結果を残しています。周りはすごいですねェ。
片や、勉強なんて気が向いても稀にしかせず。運動もしないろくでなし。
隣の芝生は青いなんて言いますが、これは明確に実力、努力不足。それでもやる気は起きず地図や仮面ライダーにめくるめく入り浸る私今月で13歳。
世間は今コロナコロナコロナ。イラつきやもどかしさ、ストレスが酷く溜まる時期でしょう。
学校のイベントがなくなり、悔しいって人も多いでしょう。
しかし正直私は学校のイベントは面倒臭い上、 臨時休校はありがたいなどと考えている、いわゆる「不謹慎なバカ」という最悪な奴です。
実際、周りにもそういう人はいるんだけどね。
だがひとつ不満な点が。(一つかよ) 今年は旅行に行けません。家族でも無類の旅行好きを勝手に自任している私。今年は直江津にも行けない、、てか、元々今年は村上に行く予定だったのにぃ、、。
夏休みに入ってから散々推して推して、尾ひれすらつけて何とか行こう!と、家族をその気にさせたのに無情の雨。人間ってのは天候には勝てない生物なんやで(悔)
(「今年も弾丸海水浴!」参照)
あの時直江津は晴れだったっけ。村上と直江津じゃぁ車で三時間、距離にして224キロの違い。
しかも船橋から考えても直江津の方が二時間位短い所要時間。
父ちゃんの仕事で疲れてるアピールは結構押してくるし、子供なんでね。一丁前に労をねぎらうことなどできないので、そこはさりげなく協力してる感出さねば、、。
弾丸ドライブの就寝時間の予定も少し長くとったら「そんな長く寝やしないよ」と温かい言葉。じゃあお言葉に甘えて三日目はほぼ徹夜で運転してもらって、、、
(今度は全然気遣ってなどいない)
弟も直江津でいいって、、。私の独断と偏見のせいで陽次たちもつまらないんじゃしょうがない。駄々こねていられないね。
それを分かっててまだ心の中では粘っている。まだ子供なんだ、我儘言ってもいいじゃないか。兄ではあるが。
だがこの際割り切るしか選択肢などないでしょう。あぁ、無理もないか(悔涙)
ちょっと流された雰囲気出てる私ですが、実際最後の最後まで文句ブーブーでしたね。
基本遠出の時はこんな感じです(笑)
しかも木のむらキャンプさえ今年は超少人数、たったの三家族。この企画が始まった当初の規模やないかぁ!
この人が品物を選ぶからうまい!という主軸メンバーも不参加。
なのに、一丁前に部活は暑い中ずぅっと続きました。緊急事態宣言で他は中止になっているのに、、大会前でうんたらかんたらで、、。
いやだぁ!こんな不完全燃焼の夏なんて!
そんな私がふと思いついたこと。一人で特急旅。
東京近郊に長距離特急が昨年復活、乗りたい乗りたいと歯痒い気落ちで時刻表や乗り鉄のブログをやたら見まくっていたこんな時、誕生日プレゼントにこんな企画どうだ、と思い付いた。
だがやはり経済力などない。そこにグッドタイミングかな、祖母の入学祝が。これはいける!
こんな適当な思い付きから始まり、軽い気持ちでみどりの窓口へ。
この一週間内で計画した突然のイベント。私は結構行き当たりばったりを楽しむタチなので。
(超絶無理のある美化表現)
そこからいろいろと計画を立てる。私としちゃ珍しい、定休日、臨時列車を完全に把握します。
そこで立てた計画の肝、それは「週末パス」!
8500円程でJR東日本のくりこま高原、酒田、湯沢以北を除いて乗り放題のパス!
ななんと!特急料金やグリーン料金、指定席料金などを払えば指定席有料快速、新幹線、特急にも乗れる、区間の運賃はこの切符一つでクリア!という魔法のアイテム!
1日当たりの鉄道移動濃度(?)の高い今回の私のような人には超お得!という訳。
これは結構ポピュラーな話です。
おじいちゃん達にも「行くよぉ~」なんて予定を話したら、後から心配や確認の電話が何通も。心配性だなぁ、、。
この祖父母あってこの母あり。こちらも新型コロナ感染対策云々かんぬん。いやはや、納得の血筋感。
因みに、この母親ありての私。
ところで父ちゃん、私が全く体動かさないだの、大人の話は右から左だの 言うてますけどそんなんじゃありませんよぉ !
水泳もマラソンもやって、結輝連れて公園にも行ってますし!
適度に自分は持ち、親含め周りの人生の先輩から授かった考え方ですくすく育ってますし!
家族というのは本当にそれぞれ個々なのによく束ねられると思いますね。
私には弟が二人いましょう。その二人から私何て呼ばれてると思います?
普通だったら兄ちゃん、お兄ちゃん、悪くても名前、ですが私は常日頃、日常的に「お前」、「デブ」などと呼ばれております。
おいおい、友達の家に行ってもそんな呼び方たされてる兄ちゃんいないぞ!
だがここは兄ちゃん、この年齢差、この年齢でも適度に肯定し、寛容に受け止めなければ!なんてね。正直難しい。
「人の特徴をうまく捉えた正確な呼び名だ」って?そんぐらいしか思いつきはせず、もちろん使えない発想です(涙)
因みに切符を買った後気付く。なんとひたちの仙台旅行を実行しても全然まだ有り余るお金。
なら二日目も行くっきゃぁない!週末パスは二日分、無駄にしてどうする!という訳で、一人旅の始まりはじまりぃ~
8月21日、6時33分
新船橋駅を出発しました。ここから今日の夜、日付が変わるころまで、という長い長い鉄道の旅の幕が開きました。
こんな企画二度とあるでしょうか。おそらくもう不可能でしょう。
これは祖母からの入学祝の三万円とお小遣いがあっての話。もしこれからお小遣いが溜まって一人旅に出るとしても、出費可能範囲から計算できる行動範囲や乗車金額からして、普通車のグリーン車で少し都内、外界に出たとしてほんの少しを回れるぐらい。
二日間連続、特急で仙台や松本を、しかも特急のグリーン車なんて。まずこの先なかろうと、そうゆう訳です。
※今回は父ちゃんのブログを利用し、息子のわたくし、太郎(13)がブログを編集します。若干執筆力は低かったり、抑揚のない文章だったりとしますが、とんぼ返りしないでください、、。お目汚しにでも。
因みに、(汗)(笑)なんてのをよく使用するのは、父ちゃんの受け売りです。わたしは 、、。←をよく使います。どうかくどいと思わず、温かい目で読んで下さい。
総武線、上野東京ラインと乗り継ぎ、ついに上野駅へ。5番線の車両でした。
上野東京ラインというのは、東海道線と、宇都宮線、及び高崎線常磐線を接続するためにできた連絡船の総称。
実際には路線、という区分ではございません。
なんとこの上野駅、その上野東京ライン含め宇都宮(東北)、高崎、常磐線用のホームが5番線から17番線まであるのです。
内、1~12番線はずらりと並んでいます。5~9番線は上野東京ライン、10~12番線は常磐線ホーム、この3つのホームは行き止まり式です。
何故なら東京まで直通する列車、「上野東京ライン」が通らないためです。ここまでのホームは愛称として「高いホーム」と名付けられています。
なぜこんな名前かというと、この先に理由があります。ここまでは1~12番線の紹介をしました。
エスカレーターを2階分位降り、更に広い階段を半階分下に降りると見えてくるのが13~17番線。
ここのホームは先ほど紹介した「高いホーム」よりも4メートルほど下に位置し、13~15番線は宇都宮・高崎線のホーム13~15番線は11,12番線と並行して真下にあります。
ここは12番線に停車する常磐線快速と、宇都宮高崎線の普通列車をツーショットでで写真に収められるフォトスポットとして有名です。
「2階建てホーム」なんて呼ばれています。
13番線はかつて多くの上野始発の寝台列車が停車し、待合所なんかも多くありました。
片方は壁のホームですが、未だにそのホームの幅は広く、何処となく当時の風味を残しています。
今では、臨時運行される超高級リゾート列車、採算が取れないだの期待外れだの世論に流されていた「トランスイート四季島」や、元寿列車、「和」等も臨時で停車し、ブルートレイン現役時代のイベント列車ホームの役割はまだ残しています。
更に並行して並んでいる16,17番線は常磐線特急のホーム。私はこの17番線からひたち3号に乗車し、仙台へと向かいます。
殆どのひたち号は品川始発ですが、今回乗車するひたちは上野始発なのです。
これらの13~17番線も行き止まり式ホーム「地平ホーム」と呼ばれるもので、こちらのホームは愛称で「低いホーム」と呼ばれています。そのままですね(笑)
なんともホームに愛称が多い駅。それ程この駅のホームには魅力があり、愛着もあり。鉄ファンから愛されてるって事なのではないのでしょうか。
因みに余談ですが(結構長々としています。了承ください。)この低いホーム、上野東京ライン開業に伴い、ほとんどの列車が東京方面まで直通するダイヤとなってしまい、こぞって本数を持っていかれてしまいました。
こちらの低いホームは需要が下がり、停車する列車は滅法少なくなってしまいました、、。
さらに追い打ちをかけるように、ここ半年前、3月のダイヤ改正による影響で、宇都宮、高崎、常磐線の多くが上野東京ラインに移行、東京方面接続はさらに進み、もはや日中地平ホームは用無し状態。そして来る回送列車。それすら少ないのですがね。
30分以上、長らく停車する特急列車。このホームの過ぎた暇具合に少し哀愁をも感じます(寂)
13番線も、「昔はここに寝台列車やイベント列車が沢山来たんだぞ!撮り鉄で溢れ返ったんだぞ!」と悔しそうに訴えかける声まで聞こえそうな雰囲気。
そんな私が乗るのは17番線に。こちらもズーっと停車しています「ひたち3号」。
朝8時に上野駅を始発として出発、仙台までを運転区間とする東日本屈指の長距離特急。その所要時間何と4時間30分以上!(驚)
この17番線と、お隣さんの16番線は、かつてそのホームの番線表、16,17という数字の隣に、「常磐線特急」という表記があり、切符を拝見する用途の専用の改札が設けられていました。
だが今は、16番線には普通列車も入線します。実は、ひたちも上野始発でした。
今や入り放題になったこのホーム、昔は「特急専用」という肩書と共に、大きく胸を張って存在したのでしょう。今や列車は殆ど来ず、電子観覧版には何も表示されない時間だってあります。
その時間は、日本という国の都心、そこに在る数ある駅の中でも最大級の規模を誇る駅。そうとは信じ難い程の静けさも見せています。
無駄に長いホームには無音、その迫力が広がります。
とまあ、私の感想をべらべらと記し散らかした自分勝手な余談は終了、ここから私の旅行が始まります。
地平ホームを写真だの動画だのとって暇をつぶし、迎えに来る約束の父ちゃんに連絡を入れる。
聞けば、今秋葉原。特急ひたちの発車時刻は8時きっかし、この時時刻は7時40分頃、余裕をもって間に合います。
そうこうしている内に合流。電話をして、今どこ?なんて話しながら気付かずすれ違うところでした(汗)
17番線で合流する。何か軽く食えるものを買ってくれるそうなので、私はウィンナーパンとさけるチーズ、パウンドケーキとミルクティー砂肝。なんせ長いこと乗るんですから。
この時購入した砂肝が悲劇を生むことをまだ私は知りません。本当は東京あたりで駅弁を買ってひたちの車内で朝ご飯でも、なんて思っていましたが、朝母ちゃんが「できるだけ家で食べなさい!」とでも言う風に、バナナとおにぎり、R1を食わせてきたので、お腹は多少満たされていました。
また暇潰しにそこら辺を回って見た後、乗車。行きは6号車の窓側。
グリーン車に隣接する客車には利点があります。
グリーン車は車両の半分ちょい位しか客車スペースが設けられておらず、あとの半分は乗務員室ほか、多機能トイレ、洗面所、兎に角、車いす対応の設備が色々備わっており、普通の人にも便利で優しい車両になっています。
席を確認して座る。特急に乗ったのなんておそらく4年?5年振り?大阪や滋賀に弾丸ドライブで旅行に行ったとき乗車した、関空特急「ラピート」が最後だったような気もしなくも。
これまで写真に撮ってばっかだったので、今回の企画はほんにレアです。
わちゃわちゃしていたらもう時間。アナウンスが入る。
そして遂に8時。発車メロディは井沢八郎さんの「あゝ上野駅」。

エモいですねぇ~父ちゃんとお互いにスマホを向けながら列車は少しずつ17番線を発車する。ここから本格的にこの旅の幕が開ける。
午前8時過ぎ
地平ホームから発車した電車は、上のホームからの列車の線路と合流。
鶯谷、いつもなら停車するはずの駅を次々と通過していく。なんとも爽快感がありますねぇ~。
続いての停車駅は柏。千葉県の中核市にしてベッドタウン。
我らが新船橋からも東部アーバンパークライン一本、30分でのアクセスが可能な場所にある都市。
常磐線に加え、先ほど言った東部アーバンパークライン、所謂東武野田線とが出入りする駅。
私はウィンナーパンを頬張りながら柏駅を待つ。ラインも適度な間隔で送る。
今回は父ちゃんからスマホを預けられています。主に連絡用、撮影用です。
そして8時27分、最初の停車駅、柏に。
線路は増え、建物が覆って暗めのホームに入線。そして発車。
ここを出ると次の停車駅は23分後、土浦。霞ヶ浦に面する、こちらも東京のベッドタウン。
大体のひたち号は柏、土浦の停車はなく、上野を出たら水戸まで一直線、なんていうのが殆どですが、なぜかこの列車はその二ついずれも停車します。
その他の停車駅は、土浦を出ると、水戸、勝田、常陸多賀、日立、磯原、泉、湯本、いわき、広野、富岡、大野、双葉、浪江、原ノ町、相馬、仙台。
ひたちというのは、沿線の日立からとられた名前。ひたち号は、列車によって停車駅が大きく変わる特急列車の一つ。
他には、東半分の中央線を走るあずさ号や、東九州を走るソニック、北陸を駆けるサンダーバードなどが代表的と言えます。
まぁ停車駅談義はこの位にして。列車は茨城県を疾走します。

午前8時半頃
この時砂肝を食べていて、少し思っていた砂肝の燻製の味とは違く、少しがっかりしていました。
大体半分食べ終わってから、食塩相当量、その他諸々が気になり、裏面を見ました。
すると一番に目に入った文字は大きく表示されていた「加熱食品」の文字。そう、私はこれを加熱して食べるものだと勘違いしたのです。
この時、元は過熱するべきだったものを、自分は過熱しないで食べたのか!などと思い込みました。
馬鹿だったら仕方ありません。吐き出すため、お茶を一本丸ごと飲み干すと、すぐトイレへ。一気に食べたものを吐き出しました。
パウンドケーキやチーズなんかも全部!勘違いで!しかも挙句の果てにはそのあと気分すら悪くなる。ただの思い込みなのに。
体は嘔吐しただけでこうも動き出すか、本当に驚愕、驚愕、驚愕でした。後から思い込みだと知った時にゃぁ、、。
「病は気から」その言葉の恐ろしさを今、身を、いや、この場合、心をも持って体験した、という方が適した表現でしょうか?
兎に角、このことわざは本当、事実を表していたのか、と考えて止まない、それには十分な出来事でしょう。
話だけ聞いてりゃタダの大バカです。いや、実際大バカでした(泣)
幸先はあまりよろしくないスタート、この先どうなるやら、、、そんなことを考えていました。
いや、、バカだったらない、、。しかし、「これでブログのネタができた!」などと考えている自分も少しいました。
午前10時過ぎ
段々具合がよくなってきた、そんな時に「加熱食品」の意味合いをようやく理解した私。
そりゃぁもう悔しいやら、空しいやら、一気に脱力しましたとも。
そりゃぁ、そう。そうこうしている内にもう列車は福島県。早いもんです。
久しぶりの特急、その座席破壊的すぎるほど。
リクライニングが利くだけで滅茶苦茶に感動している中学一年生の姿がそこにはあったとさ。
そんなはした話はさておき、まもなくいわき、福島県屈指の都市。福島、郡山と並んで中核市、人口だけで見れば福島ではトップの規模。
2020年3月、ダイヤ改正で日立は全線開通した。そう、それまでは2011年3月11日、いわゆる3・11、東日本大震災の影響で長らく普通になっていました。
復旧には十数年かかるといわれていたそんな常磐線、ですが去年、JRさんの熱意でか、周りからの声でか、都合よく工事が進んだんだか、見事たったの9年で、全線復旧を成し遂げました。
多くの鉄ファンが歓喜したことでしょう。
もはやその日はお祝いムード。17番線には多くの人が詰めかけ、押すな押すなの状態にまで至りました。
全線開業し始めて仙台へ向かうひたち号を写真に収めようと、多くの人が詰めかけた訳です。
その全線開業を果たすまでは、いわきはひたちの終点でした。今でも、多くの日立はいわき止まり、が、上下各三本、往復合わせ六本、宮城と東京を結ぶひたちが運行しています。
こんな固いし、長いし、つまらんかもしれない長い話が所どころ挟まれます。
12時23分
いわき駅に到着。三面五線?だったか、広めのホームにひたちは入線。
2分停車の後、発車。やはり中核市。ビルや住宅が立ち並び、活気の溢れる景色。いわきを出て間もなく、まただんだんと景色の密度は薄くなっていきます。
ここからは東日本大震災でも結構重い被害を受けたゾーンに入ります。
間もなく、仮設住宅など、いまだに復旧の終わらない生々しい車窓が目に飛び込んできました。
まだ終わってない、そう改めて案じる景色です。
そんなところを抜けると、これも常磐線の中では幹の駅、原ノ町駅に到着。ここまでは都心の常磐線で使用されている近郊型列車も使用されている区間。

勿論都心で走っている物よりかは号車、つまり客者数は減少していますが。
この原ノ町は南相馬市の代表駅。野馬追で有名。
古風な駅と和風の発車メロディ。調べればこの発車メロディは県民謡、「相馬流れ山」。2011年、南相馬市発足5周年を記念し製作された「南相馬市民の歌」を、原ノ町駅の発車メロディーにするよう、JRさんに交渉していたそうですが、その直後、東日本大震災が起こり、立ち消えとなった、という。そんなエピソードがあったんですねぇ、、。
そういえば、南相馬市には前の仙台旅行でもお世話になったっけ。
あの独特なパーキングエリア、、、あぁ、あの馬のモニュメントはこの「相馬野馬追」をイメージしての物だったのか、、。。
で、原ノ町を出て、相馬を出て。ついに宮城県へ。
さらに進むと岩沼駅を通過。岩沼駅はその名の通り東北の大動脈、東北本線との合流点。
ここからは東北本線と並走して走行。そこから15分も経たずに、アナウンスは入る。
「まもなく仙台です」
特急で仙台まで、東京から行けるとは!今更ながらちょっとした感動!
長距離列車なんてのは、進化を続ける新幹線。そのうらでどんどん消えていった、新幹線開業、それは歴史ある特急や急行、寝台特急の廃止につながる、新幹線の開発、躍進は良い事ばかりではないようですねェ、、(寂)
12時39分
上野から4時間半以上乗り続けてきたひたち号、過ぎた快適さ、楽しさ。
とても4時間以上とは思えない!部活の2時間より短く感じた!
仙台に到着、ゆっくりと線路の数は増え、列車が大きな駅の端に入線。都心からはるばるやってきたひたちは東北の地に着いた。
降りて一歩、そのファーストインプレッションは喜び、感動!、、などと言っておきたい所ですが、やはり嘘はつけないタチなので(この時点で大嘘)。
実際最初に感じたのは、「蒸し暑いいぃぃぃぃィ!」でしたね。(苦笑)
そりゃ長い間車内にいたんです。弱冷房とは言えども、家のリビングより遥かに冷気の効きがいいひたちの車内。暑くも感じましょう。まぁ兎にも角にも、仙台に到着。10か月振りだなぁ、、。
じゃあずっと楽しみにしていた駅弁を、、。と思うが、ちょっと待て、脳みそがいきなり動き出す。
なんだよ、さっきまで黙っていたくせにぃ、、、と思うよねぇ、、。無駄なもん思い出させてくれる。
でも思い出した方が助かる、それが殆どでしょう。そう、今日の目的地、女川にはレビューの高い、有名な海鮮問屋がある。
しっかりとした飯をしっかりとしたとこで食べよう!決めた!!、、、と簡単に離れない。
なんでも私の性格困ったことに、不便なことに、非常に優柔不断!
足は短い時間でも続けて歩いてると痛むような運動音痴のくせに。ずっと駅弁屋の前を右往左往。
イオンのゲームセンターでもあるなぁ。もう一回やるべきか、やるまいか、でも大体損します(涙)
だが私は決めた!女川でおいしい海鮮丼を食べるんだ!そう決めて改札へ!
となんと私の頭はそれくらいじゃ切り捨てない。今度は週末パスを改札機に入れて出していったり来たり。
話してると長くなるので省略、、、。
とかなんとかあって、駅弁は買わない!と決意。全てを嘔吐してしまいひどく空腹なこの時の私にとっては極めて苦痛でした。これは苦行です(涙)
13時13分
今から乗るのは「仙石東北ライン」。快速列車で、途中まで東北本線を経由し、石巻方面へ向かうアクセス列車。
勿論そこらの普通列車と同じ扱いですし、あんまり目立つ列車ではありませんが、利便性は結構高いです。
因みに駅弁は食べないと決めていた私ですが、やはり食欲に完全には抗えず、ますのすし式おにぎりを一つ、購入してしまいました、、。列車の中で、、。
この世の中、周りから疎ましがられないだろうか、、子供なので温かい目で見てくれると信じて、それが通るのはいつまでか、、これは余談ですが、仙台とはいえ、東京よりはずっと田舎、しかもこんな田舎、余裕で座れるだろ、と思いましたが、舐めてました。やっとのことで座れました。
隣には知らないおじさんですが、んなこと気にしてる場合ではないし、この短時間で座るか判断しなければ座れるか座れないか。差は歴然。すぐに知らない人の隣へ。
この私の勇気を褒めてほしい!何てったって中学一年生の身、心細いでしょう。そりゃぁ。実際は案外居心地はよかったですが。
因みにこれも余談。元々、気仙沼方面に行ってもよかったんですが、パスの利用できる県内ではなかったので渋々断念、、。
前仙台行った時は気仙沼を全力で推したのに、、。遠いから無理だってサ。疲れるんだってさ。子供のために一肌脱いでくれてもいいのに、、。面倒臭いって。
でも、東日本大震災伝承館なんてほか四人、行っても仕方ないだろうしなぁ、、止むを得ずってとこかあ、、(悔)
14時16分
石巻に到着。ここで乗り換え。14時21分発。5分後。
ここからは石巻線を走ります。東北にはよくある方の車両、二両ワンマン、イメージカラーは薄い黄緑ってとこか、キハ110系気動車。
降車の際には、運転士のいるドアまで行き、そこで切符を提示してから降りる。ここから更に女川まで25分ほど。
ここら辺体調が思わしくなかったのですが、、、ここからさらに悪化。
15時46分
女川に到着。ところがなぜか気持ち悪い。多少ふらつきながら写真を撮る。

女川駅は東北の中でも3・11で最も大きな被害を受けた駅の一つで、駅舎、周辺施設ほぼ跡形もなく決壊、流出しました。
未だ当時使用していた交番がボロボロです。壁からはひん曲がったパイプが突出、生々しい爪痕ですねぇ。
ですが、流された町は一気にアップデート。木造風モダンな街へと進化。
新しい雰囲気漂う駅周辺。駅舎の真ん前には個性的な像が、、。
子供泣かないかなぁ、、。と思っちゃうような感じ。芸術が爆発していますね(?)。
そして海鮮丼の飲食店へ。その前に母ちゃんに電話。今ここにいるよぉ~ってね。
夜にはそっちに帰るんだからなぁ、、。なんか不思議。夢でも見てる気分。
中へ入ると、タッチパネルでの受付。新しい店なのかな。
「女川海の膳 ニューこのり」さん。
「このり」というのは近くにある海岸の名前、「小乗浜」から来ているらしい。
昼飯も我慢してきた。美味しいものを食べるぞぉっと思ったが、、酷い目眩が!!体験したことない程の目眩!ジェットコースターに乗ってるかのよう!体が上がったり、、下がったり、、そんな感じ。
少しでも紛らわすために、机に突っ伏す。こんなところで体調悪いなど言えない、、。こんなご時世、増々言えない、、。
本当は3650円のうに丼を食べたかったところですが、世の中にそんな無いであろう有数のこってり飯など、こんな状態で食えるはずがない!普段の体調でも残しそうになったもの!
私はご飯を残すのは親譲りか嫌いです。なので、「特選海鮮丼」に。

値段は千円以上低く、二千五百五十円。
お得に済んだんだから、、何ならうに丼より更に百円も高額な「極上海鮮丼」も食べれる予算でしたが、やはり具材とその種類は桁外れに多い!明らかに食べられない!
こんなん、家族でフードコートやらに食べ行った時注文なんかしたら大目玉食らうもんです(苦笑)例えそれが自分のお金でも。
だがここでは自由!権利がある!だがそれは義務を伴うもの。それも分かってはいるが分かっていない。
留守番中なんかはずーっとソファで溶けているようなわたくし体重現在はは約六十キロ、、。
若干悔しさは残りますが、それでも海鮮丼は美味いもの。絶品!

気分が絶不調の中での「特上海鮮丼」。嚙み締めて食べました、、(悔)
16時過ぎ
もう後は列車を待つばかり。ひどく体調が悪い、、。どこでもいいから座りたい、、これが朦朧とする意識、、。
初体験!この旅は出会いが多いですねぇ、、。こんなこともブログネタになると喜んでるもう一人の私はまだ健在です(苦笑)
この駅、駅舎には温泉や駅前にはモダンなデザインな足湯まであるこの駅ですが、張り紙によると、「東北で発生した地震のため、しばらく営業休止です。」らしい。
そういえば、半年くらい前だかなぁ、震度五強位、あったような、、兎に角残念。
本っ当に体が不調で、ふらつく歩き方の私は、兎に角どこかで休みたい、、と、天の助けか、この一面一線の小さなホームには待合室があった!
おぼつかない足取りではあるができる限りの駆け足で待合室へ。
そしてラインを送り、ニュースやカイジでも見ながら待つ。待つ。
この時の超不調な私は待つことすら苦痛。木製の固いベンチじゃ、、。苦痛!苦痛っ!、、圧倒的苦痛っ!!!
(漫画の影響)
16時25分
これ以上列車を待ちわびたことなどないです。
この時の私にとっちゃ(くどい)マシュマロの如くふかふかの椅子の乗っかった列車!なんていう気持ち!
アナウンスとともに列車の光が遠目に確認できた!あぁ、休める!そんな気持ちでした。
すぐさま列車に。街灯に進む蛾のように列車に吸い寄せられる、、そして体重を乗っける椅子、、あぁ、ラクゥゥ!
しかも東京までは特急で、、ここからは楽だ、、乗り遅れ等、先ず無いでしょう。
17時49分
行きと同じく、石巻で乗り換え、仙石東北ラインの上りで仙台へ向かい、無事到着。
ひたちのホームへ行くと、すでに入線済み。撮り鉄かしら、写真を撮っている方も。
そりゃ、仙台に発着するひたちは少ないですもの。レアです。
なんと、、帰りは私、、グリーン車に乗っちゃいます!
4170円の追加料金、、、高い!だが試してみたい!比較してみたい!好奇心のみで今回乗車します。
来てみれば、外見、車両の内窓の並んでいるところは半分。もう半分は多目的で使われる。
優越感に思いっきり浸りながらグリーン車へ。接続ドアは特別で、外からは見えない。
そのドアを開けて、乗車!いやはや、気分も贅沢。これだけでも払った甲斐があるというものでしょう。
勝ち誇ったような気持ちになるのはなぜでしょう。
出発するまで座って待つか、、と、足置きがある!リクライニングできる角度も桁違い!う~ん、至福。快適!!
元々寝るのは早い私。東京到着は仙台を18時2分に発車し、22時43分。
4時間40分以上の乗車!それに見合う快適な席。さぁ、帰ろう。
18時2分定刻に列車は発車。仙台では私以外、人が乗車しませんでした、、。
イヤホンを使わずラインビデオ電話や動画を見れる!
そして途中岩沼にも停車。行きは停車しなかった駅ですが、前に説明しました通り、ひたちというのは、停車駅の変動が列車によって大きいです。
因みにこの際、岩沼は東北本線との合流点ではなく、分岐点です。そしてまた日暮里周辺で合流するのです。
それから2時間ほど、思った四倍五倍、快適すぎて短い時間でした。
いわき、やっとここで一人グリーン車に。あんまり特急のグリーンは需要無いのかなぁ、、。
私も正直普通車でも十分、というか、快適すぎる位だったので、金額には賛否両論ってとこでしょう。
そこから私は眠りにつきました。私の瞼は1時間ほど前から限界だったのですが、変な意地で起きていました。
大丈夫、眠りが浅いときは時間が経つほど浅くなり、その時はアナウンスが入ればいちいち起きます。私は。いつもそうですから。
案の定水戸でもう一回起きました。勿論目は 瞑っときます。
それでも十分疲れは取れるというもんです。気分もよくなってきました。
そこから土浦、上野、と少しだけ意識は維持し、こまめに起き。東京前にはしっかり準備し、降車しました。
仙台で水分を買い忘れ、アテンダントさんの車内販売で購入しようかななんて思ってたら、全然来ない、、。
ところがいわき駅を過ぎた途端、怒涛のアテンダントラッシュ。東京までに六回、七回は来たかな。バランス悪すぎ、、、。
でも、そのおかげで意識を維持できたってのもあったかもです。なんでもポジティブに!私の一つのポリシー。
ですがポジティブは過ぎればただのバカ、これも私の一つのポリシーです。
長々とした同じ言葉、連呼するとだらっとしますね、、。
己の表現力のなさに改めて気づかされる今日この頃、、。
さて、東京に着いたら後は慣れれたもの。切符は保存しときます。
総武快速、東京始発に乗車、調子に乗ってグリーンで帰ろうとしましたが、そんなお金元々持ち合わせてないうえ、ホームに設置されている券売機はsuica専用。
磁気券は購入不能だった事を忘れてた。あぁ、最後まで快適に帰りたかったなぁ、、、。
せめて体に不足していた水分は摂ろうと自販機へ。
紅茶花伝でも買うか~と買おうとしたら、間違えて隣のノンシュガーティーに手が滑って、ついに購入。
神様見てんのかなぁ、、ノンシュガーって、、。
船橋まで半寝で移動し、新船橋まで東武野田線で。
着いたよぉぉー!!無事に!
常套句なのかもですが、今回に至っては本っっっ当に一時どうなるかと思いました。
コロナかもとさえ途中案じた不調加減でしたが、何とか無事到着。
見慣れたマンションの町。でも静か、、見違えるように静か。少しさびしいですね、明日もあるんです。ゆっくり寝なあかん。
さて、相馬辺りでは23時くらいに一旦起きて待つと豪語していたお母さんは、、鍵は開いている。入ると、、部屋は暗い。あぁ、帰ってきた、という感じ。とんでもない安心感。
日付も変わる頃、私の寝場所で寝る父ちゃんにただいま、という。父ちゃんも徐に起きだす。
「あぁ、、お帰りぃ、、」そしてお母さんも暗めの電灯の明るさで起きる。風呂には入り、念入りに洗う。
そしてすぐ布団へ。毛布にくるまり、寝る。安心感、半端ねぇ、、。
ついさっきまで仙台にいたのになぁ、、と不思議な思いに浸りながら就寝。幸せな気持ちでしたねぇ、、。
たいしたオチなんてありません。ハッピーエンドです。
ケッシテカンガエルノガメンドウクサイトカソンナンジャアリマセン。
最後まで御高覧頂きありがとうございました。続きの松本編もお楽しみに。
つづく?