意思による楽観のための読書日記

経済大国日本が失ったもの

休暇で生まれ故郷に帰ったり地方旅行をすると気になることは素晴らしい自然の風景の中に、コンクリートの高速道路や護岸のためのテトラポッド、なぜここにと思えるような高層ビルがそこここに目立つことです。企業は雇用創出や地方再生の役割を期待され、厳しい経済環境の中でもそうした要請にこたえるために努力をすることが望まれていると思います。しかし、企業の地方進出により、長い間かけて形成されてきた日本独自の景観や自然が破壊されているとしたら、取り返しがつかない選択を私たち日本人はしていることになります。道路や橋などのインフラは企業によるものではないと考えられるかもしれませんが、企業誘致のためには社会インフラ整備が重要であり、橋や道路、ダム建設は産業振興、企業活動促進のため、経済活動を支えるための国家投資と考えられます。経済発展を目指した昭和の時代に決めた方針を、環境保護と生物多様性維持が重要視される平成の時代になってもブレーキがかけられないとすれば、価値観の変革に対応すること、つまり国家ビジョンの見直しが必要だということではないでしょうか。

アレックス・カー氏は著書「犬と鬼―知られざる日本の肖像」の中で日本の景観破壊について次のように記述しています。「コンクリートで固められたダムにより水の底に沈む美しい山河や、55%がコンクリートやテトラポッドで覆われる海岸線、不法投棄された産業廃棄物と排出されるダイオキシン、欧米では見られなくなった空中の電線と電信柱、派手な看板のビルが無計画に並ぶ街、そして、増え続ける多目的ホール、テーマパーク、人工島、高速道路、無意味なモニュメント。こんな町や村の景観を美しいと思う日本人はひとりもいないだろう。原因は、責任が不明瞭なまま機能し続ける日本の行政システムと、その根本にある日本独特の官僚制度である。天下りで個人的な利益を得る、特殊法人の運営で省庁が潤う、族議員とのパイプを作る、この馴れあいシステムによって、多額の税金が本当に必要なところには使われず、官僚システムに益があるところに投入される」、「官僚はオンのボタンは押せてもオフのボタンは押せない仕組みになっている」。 故白州正子さん宅で見た短冊に「犬馬を絵に描くのは難しいが、鬼魅を描くことは易しい」とあり、日本の官僚は長期的対応が必要なふつうのコト「犬」に手をつけず、手っ取り早く目立つモニュメント「鬼」を作りたがる、カー氏はこの韓非子の逸話から本の題名をつけたといいます。カー氏は35年間日本に住み日本をこよなく愛するアメリカ人、解決策は日本人が考えるべきとしています。
犬と鬼-知られざる日本の肖像-

外交官だった東郷和彦さんは著書「戦後日本が失ったもの-風景・人間・国家」で次のように述べています。「日本は大陸から漢字、儒教、仏教を受け入れ、日本独自の文化を創りだした。人の生活と自然のバランスが絶妙に取れた江戸時代の文化は外国人の目にも強烈な印象を残した。明治維新以降に起きたのは西洋化。富国強兵、殖産興業を掛け声に、日清・日露戦争に勝利、東亜の一等国として西欧諸国に肩を並べた。しかし、1929年の世界恐慌は、日本にアジアでの自給自足圏形成を決意させ、中国・アジア諸国への侵攻、大東亜共栄圏提唱などから太平洋戦争に突入、明治維新のあとに創り上げた富を失った。太平洋戦争後はアメリカ化であった。富国平和、経済発展重視政策は世界第二位の経済大国を作り出した。転換点は1989年の東西冷戦の終結、平成に入ってからの日本は進むべき方向性を失った。今必要なのは新しい日本化である。日本の風景と農業の再生、観光と科学技術振興、などのなかで目指すべき日本は「開かれた江戸」ではないか。江戸時代の絶妙な人と自然のバランスは鎖国の中で実現された。それを開かれた国家として実現しよう」。カー氏や東郷氏の主張に、日本における環境推進運動はなにもCO2削減や生物多様性維持に限らない、ということに気づかされます。
戦後日本が失ったもの 風景・人間・国家 (角川oneテーマ21)

破壊されているのは景観だけではない、地名も壊されてきている、と東郷氏は指摘します。彼の生まれた東京麻布では利便性から多くの古い町名、地名が葬り去られてきました。霞町、材木町、暗闇坂、仙台坂、北条坂など歴史を感じさせる地名が西麻布X丁目、南麻布X丁目などに置き換わりました。東京で驚くのは小学校の名前、「区立X中」などという名前、縁ある方は怒るかもしれませんが、もうすこし場所や歴史、由緒に合った名称にすればと思います。麻布や葛西、浦和のように東西南北で区別される地名、これも味気ない気がします。最近気になるのは「出雲鬼太郎空港」、賛否両論あると思いますが、地元の人は本当にこれで良いのでしょうか。一方、京都や奈良では、昔からの地名を残す努力をしてきており、雲母坂(きららざか)、糺ノ森(ただすのもり)、化野(あだしの)、太秦(うずまさ)、柊野別れ、御園口、朝露ケ原、畝傍(うねび)、京終(きょうばて)などの優雅な歴史を感じさせる地名が残っています。関西には難読地名が多いという方もいますが、古い地名は歴史と文化、これは大事にしたいと思います。小樽では観光と利便性とで町を上げての議論の結果、運河の半分を残し、半分は埋め立てて道路にしました。残った運河が今では観光の目玉になっており、利便性と観光、地域振興と歴史保全などの視点がありますが、こうした判断は正しかったのでしょうか、考えるべき点は多いと思います。

現実には日本各地で自然保護と古い町並み再生の動きがあります。湯布院の復興にまつわる自然保護と観光の両立、松江での景観保護の運動、小布施まちづくりの奇跡、飛騨の匠の町古川町、滋賀の長浜のまちづくりなど数多くの地方都市で古い町並みや歴史と文化を継承しようという試みが実践されています。カー氏が懸念するほど日本も捨てたものではありません。そして日本の景観やふるさと再生を訴えた著作もあります。「失われた景観 戦後日本が築いたもの」松原隆一郎、「まちづくりと景観」田村明、「日本の景観 ふるさとの原型」樋口忠彦、「美しい日本を創る」美しい景観を創る会、 「日本の風景を殺したのはだれだ」船瀬俊介、「観光振興と魅力あるまちづくり」佐々木一成などなどで、こういう運動は近年、国民の運動となってきていると東郷氏は言います。国も2004年には景観法、2006年には観光立国推進基本法を制定、2008年には観光庁を設置するなどの施策を進め、地方でも知事の中にはダム見直しを公約に掲げる人物が増えてきています。県によるバイパス建設差し止めを住民が求めた鞆の浦裁判では、2009年、景観保護の観点から埋め立てによる橋の建設を差し止める判決が広島地裁で出されました。しかし広島県は控訴、人が便利に住める鞆の浦にしなければ景観だけを守っても仕方がない、というのが控訴理由で、訴訟を起こした住民にとっては予断を許さない状況です。
失われた景観―戦後日本が築いたもの (PHP新書)
まちづくりと景観 (岩波新書)
日本の景観―ふるさとの原型 (ちくま学芸文庫)
美しい日本を創る―異分野12名のトップリーダーによる連携行動宣言
日本の風景を殺したのはだれだ?―よみがえれ!美しい緑の列島…。景観修復から経済の再生へ
観光振興と魅力あるまちづくり―地域ツーリズムの展望

戦後日本は、「古い=時代遅れ=悪い」「新しい=新技術=良い」という価値観で形成されたマインドセットで経済復興を果たしました。しかし、「新しい=味気ない」「開発=自然破壊→環境問題」「古い=歴史→保全」という新たな価値観を多くの国民が感じていても、経済復興のマインドセットにブレーキをかける仕組みがない、と指摘したのが先ほどのカー氏です。日本の自然と良い文化をこれ以上破壊することなく技術を活用して環境保全ができる提案、江戸時代に日本が持っていた自然と人間のバランスを取り戻せるような技術活用、これがCO2削減や生物多様性維持だけではない、環境提案のもうひとつの方向性ではないでしょうか。

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