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意思による楽観のための読書日記

聖徳太子の正体 小林恵子 ***

記紀による記述に従って理解されている日本の古代史には多くの疑念があることはよく知られている。編纂時のヤマト政権は天武・持統天皇であり権力者は藤原不比等、彼らの都合がいいように過去の記述がなされていることは想像に固くない。疑念の一つが本書タイトルの聖徳太子であり、蘇我氏、そして推古王朝時代の業績である。7世紀末のヤマト政権は中国大陸の大国唐への対抗心から、我が国日本の歴史が長く続いており、大陸にも引けを取らない立派な体制を持っていることを示そうとしていた。その一つが天皇家が万世一系で1000年以上も続いてきた王朝であること。しかし天武・持統政権のほんの100年前の政権であった推古時代の記述にさえ疑念が持たれている。蘇我氏の隆盛は未だに人々の記憶にもあり、記紀記述においても隠しようがなかったが、聖徳太子とされる人物の正体や業績については不思議な点が多い。

聖徳太子といえば、隋に使者を送り、十七条憲法を制定して推古天皇を補佐し、厚く仏教を信仰した、賢明で聡明な皇太子というのが普通の理解だが、聖徳太子という呼び名ははるか後代、平安時代に冠せられたものであり、記紀にそうした記述はなく、厩戸皇子、上宮太子などであり、皇太子である。一番古い元興寺では「とよとみみ大王」とされその名称はその時代の倭王であったことを示す。

太子が制定したとされる17条憲法で、仏教については第二条で国教であると規定しているが、太子が仏教に帰依していたとされるのは、四天王寺建立発願、勝鬘経の講義実施、この3点である。しかし17条憲法には仏教以外にも、道教(老子、荘子)、儒教(論語、礼記)、法家(韓非子)など諸子百家の影響が見られ、制作者の学識が幅広かったことが読み取れるという。そして憲法が人民のためにあるのではなく、為政者に都合の良い教条書であると分析できる。聖徳太子とは何者だったのか、そのことを記紀によらず、当時の東南アジア、大陸、朝鮮半島、そして日本列島内の情勢より推論してみたのが本書である。

6世紀の東南アジアは、西にササン朝ペルシャがあり、後漢が滅びたあとの中国では三国時代、五胡十六国時代を経て、南北朝時代から隋、唐へと向かう時代。隋、唐が統一するまでは中国の影響力が弱まり弱小国が林立、中央アジアの遊牧民が活躍しやすい時代だった。漢時代の匈奴、匈奴に対抗した突厥、鉄勒であり、突厥は匈奴の別種、鉄勒はチュルクすなわちトルコ民族である。その西突厥の王の一人が達頭(たるどう)であり可汗であったが、勢力拡大中の599年を最後に中国史上から姿を消す。可汗は殺されても捕虜になっても史書に残らない例はない。この達頭が日本にわたり、倭王となって、推古を支えたとするのが本書の推測。

達頭が日本に来たのは600年北九州に上陸した。書紀には600年、蘇我一門が任那を救うため新羅を攻めたとする。このとき、達頭が百済を通じて日本に贈り物をして、高句麗、百済、倭国連合が新羅・中国に対抗しようとしていたという。西突厥は高句麗と連合していたというのが推測の一つ。その後、達頭は播磨に入り、現在の播磨斑鳩寺の本拠をおいた。この寺には太子像が祀られている。この地は古くから法隆寺の荘園であり、鵤(いかるが)庄と呼ばれた。突厥は遊牧民族であり、達頭たち一行は馬で移動していた。斑鳩という字は当て字であり、拝火教で好まれる斑のはとカイルガに通ずる。当時の半島から日本列島は大陸と通じ、国際色豊かな地であった。鳥の尾を頭に飾る遊牧民の風習がこの頃列島にもたらされたという。法隆寺の夢殿は遊牧民のパオを模しているとも推測する。

結局、太子の死後、その息子である山背大兄王は蘇我入鹿に殺されるが、その勢力には中大兄、軽皇子、大海人皇子がいた。そして厩戸皇子の子孫は誰も残っていない。記録に残るだけでも太子には4人の妃がいて14人の子女がいたはずなのにである。蘇我一族は殺されたとされるが、蘇我赤兄は生き残り、物部守屋が殺されても物部麿は持統天皇の重臣であった。近江朝の大友皇子は死んだが、中大兄や大友皇子の息子たちは皇子として扱われている。神のように記述される厩戸皇子の血縁が一人も残らないというのは不自然。しかし、太子が西突厥の王だったとすると、民族統一を図りたかった天武・持統天皇は太子を聖人として讃え祀ることで「敗者を祀った」という歴史法則の中に埋め込んだ、という。本書内容は以上。

推古朝の実体を当時の東南アジア情勢から推測してみたのが本書、列島の古代史解明の見方の一つとして面白い。
 

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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