好きな写真家は?と聴かれたら、今後よっぽどのことがない限り即答するであろう人に出会った気がする。それくらい東雲で見たAlexander Gronsky展は良かった。良すぎた。
展覧会紹介ページに上がっていた作品を見た時に好きになることはほぼ確定していたが、実物を見て一作品もハズレがない写真展はこれまで経験がなかった。展示数が↓の10点と決して多くはないからかもしれないと公式サイトで他作品も見たが、びっくりすることに全くハズレがない。20インチのPC画象レベルでも惹きつけられる。
Gronskyは1980年エストニアに生まれ、18歳から約10年間ロシア・旧ソ連地域で報道カメラマンとして活動し、2008年より個人作家として活動を始める。様々なシリーズを制作しているが、今回展示されていたのは【pastral】【the edge】【less than one】の3シリーズ。【pastral】【the edge】はモスクワ郊外の風景を写したもので、【less than one】はさらにロシア辺境の人口密度が1平方キロメートルあたり1人以下の地域を写したシリーズ。
【pastral】 1 2 3 【the edge】 4 5 6 7 【less than one】 8 9 10
入るとまず1があり、釘づけになる。この非現実的な空間は何なのだろう。ひょっとして植田正治的な演出を入れる写真家なのか?とも思ったが、この風景はロシア郊外に実在するらしい。
同シリーズのこれだって実在する(らしい)。2も3も巨大建造物と緑の対比の中に目的不明(2は何となくわかるが)の人間がいるという異様な作品でまじまじと見てしまう。イギリスの批評家が
「pastralは人間が貴重な緑地をいかに利用(悪用)するかについて描かれているシリーズだ」と言ったそうだ。1970大阪万博の好きなエピソードで、食堂がどこも高くて敷地内にゴザを敷いて弁当を広げる人が多かったというものがあるが、作品を見ながらそれを思い出していたので、批評家の言葉がよくわかる。
続いて【less than one】シリーズ。9はロシア正教の洗礼祭で冬に氷に穴をあけて沐浴をする儀式のためのものらしい。9も10も生きるのが困難そうな環境に残る人の営みの痕跡が印象に残る。8は炭鉱の風景で、地表部分をダイナマイトで爆破させた跡らしいが(後で調べた)、そんな説明がなくてもこの風景と人と散らばる残骸が映った作品には見入ってしまう魅力があった。
北国都市育ちという事も影響していると思うが、最後の【the edge】には特に魅了されてしまった。私にとって雪景色とは森や山や雪原ではなく、雪と鉄とコンクリート(排気ガスにまみれた薄黒い雪も)が共存している風景の事だ。そういう意味で【the edge】には身体の奥のほうをビンビン刺激された。そういう意味でなくともGronskyが切り取った風景は面白い。4の激しく動く人間と雪に残る激しい動きの痕跡。5は奥の完成建築、手前の建設重機、その手前のスキーヤーにそのまた手前の沐浴する裸の男、という季節・時間が曖昧に交ざる不思議な魅力。ちなみに5と9が向かいあわせで展示されており、それも良かった。6の犬の服が実物ではとても綺麗な色だった。6以外も、特に雪景色の作品は大部分を占める白に対する人工物の色が映える作品が多い。そして7。大きくプリントされた7は画象でみる何倍も良かった。7こそ色が素晴らしい。この人達は奥から来たのだろうか?奥へ帰るのだろうか?色鮮やかな浮輪を引きずった人々の前後の時間を想像するだけで飽きない。
Gronskyの魅力は何なのか?1つはロシア郊外自体の持つ画ヂカラなのは間違いない。
プレスリリースにあるようにGronskyは
「郊外と都市、社会主義の遺産としてのインフラと手つかずの自然、私的空間と公的空間、生と死といった様々な境界でもあり、また同時に、それらの全てが1つの画面に収められた、境界のない大地の風景」を撮っている。きっと「社会主義の遺産」ていうのが大きくて、日本とはスケールが違う郊外とその環境に合わせて生きている人々が見たことのない風景を作る。そしてそれは実在し、移動性の優れたカメラMamiya7を持ったGronskyによって発見され切り取られ、色を持ち、魅力を増す。
というのが今のところ(というか私の)言葉にできる限界だが、とにかく一目見て他の写真とは違う何かを感じてしまったのだ。もっと魅力を知るために他シリーズも大判プリントで味わいたい。大規模個展をやってくれないかしら。
と思ったら
今年の3月に来日してトークショーまでしていたらしい
(動画がアップされていた)。そして唯一の写真集「Pastral」↓が10月に発売される。これを機に日本での人気が高まって大規模個展が実現すること切に願う。

アレキサンダー・グロンスキー
YUKA TSURUNO GALLERY
会 期 2014年9月6日(土)~10月25日(土)
時 間 11:00~19:00(日・月・祝日休廊)