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ワンダフルなにか ビューティフルだれか

並べてみると 輪郭がつかめるかもしれない

最近読んだ本

2010-12-12 02:34:42 | 


美麗島まで (ちくま文庫)

東京生まれの沖縄人二世が母の残した言葉を頼りに家族の歴史をたどる。
その旅が実は日本、台湾、アメリカのあいだで揺れた沖縄史をたどる旅にもなっている。
ほとんど素性がわからなかった祖母が実は沖縄初の舞台女優だったこと。
母も沖縄初のプロ女子アナだったこと。
郷土史としてもほとんど記録されておらず取材がなければ埋もれて消えていく運命だった事実を掘り起こして形にしている。
この本がおもしろいのはその取材がものすごい偶然の出会いによって成立してるところ。
特に印象的なのが数ヶ月に一度、30分しかそこで出会う可能性のない者との出会いによって祖父と母が暮らした数十年前の台湾の家を発見する場面。
紀行文としてもおもしろいので時間をおいてちょくちょく読み返したい。





ナツコ 沖縄密貿易の女王 (文春文庫)

戦後1946~51頃の沖縄で、陸上戦の残骸や占領米軍の倉庫からの様々な盗品「戦果」を
台湾香港に大儲けしていた「大密貿易時代」という活気に満ちた時代があって、
その時代に闇商売の親分と呼ばれその存在を知らない者はいない、しかし存在を示す資料は
ほとんどなく人々の記憶の中だけにかすかに残っているナツコという女傑がいた。

本当に全ての歴史が記録されるべきなのか?人間の忘れるという機能ってけっこう大事じゃない?
なんて1TBのHDDが1万で買えちゃう最近ふと考えることもあるが、
それはそれとして、この本が掘り起こした歴史は文句なくおもしろい。
才覚しだいで笑いがとまらぬほど儲けることができた夢の時代。
戦場にされ、負け、占領された、という現実をつきつけられた自分の住む土地で、
しなやかにしたたかに、その状況を利用してサヴァイヴしていた人々がいて、
しかもそのトップを走っていたのが女性だったっていうのは痛快そのもの。
「沖縄のためさ。何が悪い?」と逮捕されても語っているように、物がなくて困ってる沖縄に、砂糖を持ってきて何が悪い?
薬を持ってきて何がいけない?というまっとうな感覚。
政治犯の疑いで逮捕されたり、当時タブーだった沖縄の日本復帰を主張する政治家とのつながりがあったり、
また、流出した米軍の燃料や薬莢が中国共産党に流れていた密貿易の性格からして、
また資料の少なさからも彼女本人に主義主張があったかは否定できない部分があるが、
総じていえば「生まれ育った土地のため」というまっとうな動機からくる反骨精神が大部分だったのではと読める。

こうやって描いていると宮崎駿の主人公になりそうな人物だな。

けっこう衝撃なのは、文庫版のあとがき。
単行本取材時は
「あくまで商売上の人間を密航させてただけ」と証言してた者が
「共産党員も混ざってたかもね?あの時言わなかったけど」となったり
密貿易を手伝ってた者が「しょせんあぶく銭。いまはひっそりとパン屋をして暮らしてます」
といってたのに後日周りに聞くとパン工場の社長で豪邸に住んでることがわかったり。
ナツコから今にしたら億単位の金を借りて密貿易をしてた者がずっと資産を隠し持ってて
後にゴルフ場やホテルをたてたり(失敗したらしいけど)。
したたかですな。
沖縄社会には外部から簡単に溶け込めるものじゃなさそうだと思ってしまった。
密貿易は戦後のある一瞬だけ輝いた幻の時代なんかじゃなく
今の沖縄社会に影で影響を与え続けてるんじゃないかと邪推してみると
ゾッとしたりワクワクしたりしてしまう。

文春のサイトのレビュー「国敗れて女海賊現る」


通信カラテ的読書

2010-10-31 23:26:03 | 
みうらじゅんが昔言っていた
「通信カラテを習ってる奴はなんにも習ってない普通の奴より弱く見える」
という言葉。


自分の読書って通信カラテ的では?と思う時がある。
難しそうな本(これもほんとにわかってる人にとってはただの通俗本レベルなんだろうけど)
を読んで必死に知ろう解ろうとしていて、
そのことが何もしてない人よりバカっぽい気がする時が。

いや、でもこれは考えたらきりがないし、
興味があるんだしおもしろいし、刺激があるし、
背伸びするくらいの事をして
世界が広がってくもんだし。。
なのでこのまま通信カラテを続けていく。

…にしても、こうして並べてみると、
やっぱり何かに操られてる感があってバカっぽく見えるな…



ised 情報社会の倫理と設計 倫理篇

設計研を含めたこの二冊は、もう脳みそのいろんな所がパカパカ開いたおもしろい本。
これ読んで確実に見え方が変わった。
示唆に富んだ内容がもりだくさんだったが、1つあげるなら
「情報社会で公共空間をつくる難しさがよく言われるが、実は私的空間が明確でない
からこそ公共空間ができないのではないか?」という議論。 



ised 情報社会の倫理と設計 倫理篇

「発達したテクノロジーはむしろ呪術的に見えてくる。」
という言葉がなんども浮かんだ。



インターネットの法と慣習

isedつながりで読む。最初の写真に噴いてしまったw
法学の基本も知らなかったんだねボク。



現代社会の理論―情報化・消費化社会の現在と未来

これもisedつながり。フォードからGMへの50年代アメリカの
(消費社会の限界を超えたとされる)消費社会の変化と
それ以降におとずれる資源の限界のお話。



批評の精神分析 東浩紀コレクションD

大澤真幸との3つの対談でクォンタムファミリーズまでの流れが
一貫した一本の線で繋がってるんだと納得。
マルチエンディングの1つである今の一回性について。
(アフロディズニーで菊地成孔もこの話題に触れてたな)
巽孝之との対談が一番おもしろかった。



虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

積ん読しててやっと読めた。とってもおもしろかった。
けど、意外性がなかった。というか興味対象が自分とあまりにかぶっていて
(もちろんその中での想像力が格段上にあるのでおもしろいんだが)
既視感があった。。と思っていたら大森望の後書きであがっていた資料の本を見て納得。
あと、山形浩生自身のこれを読んで納得。
あとジョンポールって「ジョン」と「ポール」にもかかってるのかな?



芸術起業論

作品を作り続ける。そのために資金は重要。
そのためにマーケットが成立してる欧米で評価が必要。
そのために欧米のマーケットのしくみを知ることが大事。
欧米の文脈を知り、その文脈に入れるような見せ方が必要。
それができたから数ある優れたオタク的作品より自分が受け入れられたのだ。
という事が書かれていて、批判的な人はここが嫌いなのかな?
でも読んでて思うのはこの人は死んだ後の自分の作品の扱われ方を想定しているので
欧米マーケットへの追従もステップの1つとしてしか考えてないんだろうな。
想定してるスパンが長い人でそこがスゴイと思った。
あと、この表紙って東大寺戒壇院の四天王像を意識してるのかな??



美術手帖2010年11月号

制作現場のレポートを見て「工房」って言葉がピッタリだと思った。
超職人集団は日本にまだまだたくさんいるんだな。
あの絵はデータから出力していただけじゃないのね…
根本的に認識が間違ってました。。
flower matangoに魅入ってしまった。
あと、椹木野依「後美術論」も面白かった。



    アフロ・ディズニー

偶然読み始めたら上の本達と驚くほどリンクしていて一気に読んだ。
「ヨーロッパのハイモードと北米のブラックカルチャーが
日本のオタクカルチャーを介して接近してきている。」
はそのまま村上隆のことだし。
視聴覚の分離と再統合と幼児化と映画とレコードと東京ガールズコレクション。
マリアージュ。旋律と輪郭。
人間は世界を「線」化して認識し続けた。
ピアノがまともに弾けずに指一本で旋律を量産した作曲家アーヴィングバーリー。
あ、ロバートフランクの写真集「ジ・アメリカンズ」を今度探してみよう。






最近読んだ本

2010-09-23 19:25:26 | 
宇宙兄弟(11)

相変わらずの王道のいい話で安心して楽しめます。
今回はちょっと展開が停滞気味すか?


無一文の億万長者

山形浩生訳。
DFS(デューティーフリーショッパーズ)で成功して、
稼いだその大金の大半を寄付した男の話。
チャックフィーニー凄い。
稼いだ金でこういう事をする人間になりたかった。
寄付が道徳的に素晴らしい云々ではなくて単純に自分の自由なお金を使って
自分の経験と判断力を使ってある社会が良くなっていくのを見るのが
上流社会のパーティやらクルージングやら浪費より楽しそう。
と思っていても中々実行できる人はいないのに実際にやってしまってる
この人はやっぱスゴイ。
(なりたいんじゃないか、こういう人のために働きたいんだな)
これから海外でDFSを見たときに印象変わるな絶対。


ルワンダ中央銀行総裁日記 (中公新書)

山形浩生が激賞してたので。
無一文の~と内容的にも似てそう(要はホントに尊敬すべき頭のいい人の話)
なので連続で読む。
1960年代にルワンダ中央銀行の総裁になった日本人の話。
経済の基礎知識が全くないのででピンと来ない所もあったが、
それでもおもしろいので一気に読める。
ちゃんとした知識と
ちゃんとしたプライド(変に卑下しないし、横柄でもない)
ってやっぱり必要なんだなとしみじみ思う。
いくつになっても勉強っすなやっぱ。
あともう一回「ルワンダホテル」を見たくなった。



ウンコな議論

これも山形浩生訳。
上2つの実際に行動して世界を変えた人間の本を
読んだ後だけにウンコな議論のウンコさが際立つ。
誠実ならなんでも正しいっての違わないか?
それ自体がウンコな議論だろ
って話はとっても共感するけど、
解説にある著者の「愛」って考えがどう違うのかが
やっぱりわからなかった。


進撃の巨人(1)(2)

最近話題らしく、読んでみたかったのを貸してもらった。
巨人から身を守るために壁をつくって暮らしている人間
というある意味逆アリエッティ状態のお話。
え、絵が……(巨人が全然怖く見えない!(笑))
あと主人公の一人の女の子(ミカサ)のキャラが
冷静で超有能なのか、トラウマで無感情なのか、
もう一人の男の子を「絶対守る!」っていう元気っ子なのか
ブレブレでよくわからなかった。
「戦わなければ勝てない」って仲間をけしかけた直後に
巨人に食われそうになって「いい人生だった…」って簡単に諦めた…
と思いきやすぐに「もう諦めない!」って立ち直ったり
感情の振り幅が激しい!
あと仲間をけしかけるのに
「や やい 腰抜けー ア アホー」って…
とかツッコミどこ満載なんだけど続きが見たくて一気に
読んじゃうのはやっぱりおもしろいのかな。
あんま経験ないけど
学校で友達が描いてたマンガが予想外におもしろいってのに似てる気が。
5巻くらいでスパッと終わらせた方がおもしろいんじゃないだろうか?


「ざわ」なる平仮名二文字を

2010-02-07 00:08:47 | 




しかしこれは、声というよりも
むしろ意気そのものの唱和と
見るべきであろう
(『ゲルマーニア』岩波文庫)

ここでの「カイジ」の敗北は、
どうしようもなく偶然が支配する場に
それとは相反する"理”で挑もうとしたがためであり、
このことは結局、「カイジ」なる作品の依って立つものが
なんであるかをこれ以上なく示すことになる。

物語は徹底して反-賭博的であって
"賭博に勝つという物語”
には何の意味も生じない。

そこにあるのは意味を孕んだ
「声」ではなくたんに「意気」
つまり"理”とも"物語”からも
切断された群衆のどよめきとしての
それであって、敵と見方どちらを恐怖に
震えさすことになるのかいまだわからぬまま
発せられるその音こそが
彼らの運命を担っている。

ゲルマンの賭博性が凝縮されたと
言うべきその音は千九百年を経たのち
「ざわ」なる平仮名に文字で書き表される。

誰を鼓舞し、誰を挫かせんとするかまるで
わからぬその深い響きこそが
「カイジ」に付与された
「賭博性」のあり方にほかならない。

ユリイカ福本伸行特集号 P114-115

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ユリイカ福本伸行特集号の前田累のカイジ評(?)
がとってもおもしろくて、自分の本ではなかったので
思わずメモってしまった。
「ざわ」という二文字に色川武大までまぜて
ここまでおもしろく書けるなんて、うーむ。