自治医大さいたま医療センター 麻酔科・集中治療部 讃井將満先生(医師)から、看護麻酔師についての投稿を頂きました。
まず、看護麻酔師とは何か知りたい方は、
第一回目の投稿を読んでください。
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以下、讃井先生(太字は読みやすくするため緒方が加えました)
だいぶ遅くなりましたが、私が米国で麻酔レジデントであった頃の
CRNA(Certified Registered Nurse Anesthetists: 認定麻酔看護師)と一緒に働い
た経験談の第2弾をお話しします。
前回その概略を説明しましたがCRNAというは、
医師の監督のもと麻酔業務が可能な職種で、看護師がさらに専門的トレーニングを受け試験に合格した後になることができます。
医師の監督があれば、実質的には麻酔科医(レジデントではなくそれを無事に終了して難しい試験に合格した麻酔指導医のことをさします。以下同様)、麻酔レジデント、麻酔フェロー(レジデントと麻酔指導医の中間でより専門的なことを勉強する)がやっているのと同様の業務ができます。
まず、麻酔に馴染みのない方のためにそもそも麻酔とは何か説明しておきます。以下は麻酔の四要素と言われるものです。すなわち、
1) 患者さんの意識をなくして手術中の記憶がないようにし、
2) 患者さんの痛みがないように痛み止めを投与し(眠っていても患者さんは痛みを感じています)、
3) 手術がやりやすいように患者さんを動かないようにし、
4) 手術操作や麻酔薬に対して患者さんが反射的に過剰に反応することがありますので(血圧や脈が乱れたりする)それを抑制することです。
もっと簡単に言うと、麻酔は、“手術中に眠っていて自分を守れない患者さんの代わりとなって患者さんを守り”つつ、“外科医が手術をやりやすくする”ものです。麻酔科医のことを
“手術室における内科医”と呼ぶこともあります。
具体的には、
麻酔薬や筋弛緩薬、ガス麻酔薬を投与したり、麻酔によって息が止まった患者さんの呼吸の補助、各種の管類の挿入、神経ブロックなどを行います。
現代臨床麻酔学の進歩で、数十年前は手術ができなかった全身状態が悪い患者さんや高齢の患者さんの手術が行われるようになりました。したがって現代の麻酔臨床にはより深い全身に対する知識、技術、経験が要求されます。といっても医学の進歩(普遍化)は凄いもので、麻酔はごく一部の特異な才能をもった医師しかできないという類いのものではなく、トレーニングを受ければ“普通の”レジデントやCRNAでも安全に行うことができる類いのものです。
また
「麻酔は99%の退屈と1%のヒヤリからなる」ということわざもあります。よく飛行機の操縦にも例えられます。離陸(麻酔導入)と着陸(麻酔覚醒)を細心の注意を払って行い、航行中安定すれば患者さんの呼吸、循環の観察(vigilance)が主な仕事になります。また他の医療業務と同様、毎日同じように行われるルーチーンの仕事は決して難しくはありません。
ただし、時に離陸と着陸が難しかったり、航行中に“1%のヒヤリ”(たとえば術中の予期せぬ大出血など、すぐに手を打たなければ死に直結するトラブル)に遭遇することがあります。これはいくら熟練のCRNAでも彼らだけでは対応不可能で、麻酔ばかりでなく全身のことを深く勉強し、麻酔に関する意思決定や外科医やCRNAからの相談に対して適切な助言ができ、かつ危機的状況への対応ができる麻酔科医がいなければなりません。
実際、米国の多くの病院では
CRNAは麻酔科医の監督のもとで働いています。麻酔導入や
覚醒時はかならず麻酔科医の監督のもとに行います。また“1%のヒヤリ”が起こりそうな時や起きた時にはすぐに麻酔科医がコールされ、難しい判断は必ず麻酔科医に委ねられます。最終的に責任が降り掛かってくるのは麻酔科医であり、
CRNAはリスクの分散の意識がたたき込まれているようにも見えます。
ではCRNAが実際どんな仕事をしているか見てみましょう。
私が研修を行った病院では彼らは比較的簡単なケースに当たることが多かったのですが、優秀でモチベーションの高い
CRNAは、麻酔の中でも特に難しい肝臓、腎臓、小腸などの腹部臓器移植チームに組み入れられ、日夜臓器移植麻酔に携わっていました。
臓器移植は、脳死患者のドナー(臓器をあげる患者)が現れて移植チームがドナー臓器を採取することから始まります。いつドナーが出現するかわかりませんので移植手術は24時間対応の緊急手術です。遠く飛行機で臓器を採取しにいくこともあります。ドナーの手術が始まるころレシピエント(臓器を移植される患者)は病院に入院し、外科医、麻酔科医、
CRNAの術前最終チェックを受けます。臓器が採取されその状態が良く移植可能と判断されると、臓器の到着と植え込み前の最終準備に要する時間を逆算して麻酔の導入開始です。
CRNAと麻酔科医は協力しながら麻酔導入を行います。腹部臓器移植、とくに肝臓移植は“コントロールされた外傷”とも言われ、大量出血と循環管理がキーとなる難しい麻酔になります。そのため、ウデに太い静脈カテーテルを2本、血圧のモニターのための動脈カテーテルを2本、クビから心臓内の圧を測るスワンガンツカテーテルと急速輸血用の太いカテーテルをとります。しかし、特に小腸移植の長期の静脈栄養された患者では、すでに何回もクビにカテーテルを入れられたことがあって血管が詰まっていて使えなかったり、血管のもともと細い小児から乳児も手術しますからライン取りは常に麻酔科医やCRNAの悩みの種です。
無事に管類が入ると手術が始まります。大量出血時には1分間に1リットルの血液(心臓が出す血液量の5分の1程度)を送ることができる輸血装置をつかってクビのカテーテルから急速輸血をおこないます。
ときに古い肝臓を取り去って新しい肝臓を植える操作に患者が耐えられない時には、人工心臓を使って循環を助けることもあります。その他、血が固まりにくくなったり、血液がひどい酸性(アシドーシス)になることがあり、15分~1時間おきに血液データをチェックし必要に応じて補正します。
新しい臓器が植えられ、出血のコントロールがつくまでは目が離せませんし、
麻酔科医とCRNAが二人掛かりでもとても忙しい時間になります。
いったん落ちつくと麻酔科医は
CRNAに任せてコーヒーを飲みにいったり、逆にCRNAを休ませたりします。手術は長くしばしば夜中に行われるので休憩しなければ集中力が続きません。
私が研修した病院は世界で4本の指に入る臓器移植センターともいわれ、移植麻酔チームは数人の麻酔科医、10人程度の
CRNA、1~2人の卒業間際のレジデントかそれより経験の深いフェローで構成されていました。
チームの麻酔指導医のボスは、
素人に近い低学年の麻酔レジデントと一緒にやるよりは、移植麻酔専門のCRNAと一緒に働いた方が効率がよく安全と考えていたようです。
チームのフェローやレジデントはCRNAの勤務スケジュールに組み込まれ同格として扱われていました。
このチームにいるCRNAは移植麻酔のいわば専門家で、多分CRNAの中でも優秀な人だったのでしょう、技術も知識も実に優れている人が多かったです。麻酔導入から手術が無事に終了してICUに患者を連れて行くまでルーチーンで行われることは、実にスムーズに“鮮やか”に行っていました。
次回は、産科病棟ではたらくCRNAのことをお話しします。
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「次回」とは来月になります。お楽しみに!
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