トロイの遺跡は、9層からなり、一番古い1層は紀元前3000年頃に始まっている。
第2層はエーゲ海交易で栄えた。 その後の3層~5層は繰り返し破壊の憂き目にあっている。
叙事詩「イーリアス」の時代とされる紀元前1200年頃の第7層Aはシュリーマンの発掘によって大きく削り取られてしまったため、ほとんど残っていない。
遺跡の曲輪の直径は約140m程度で、エフェソスの古代都市と見比べるとかなり小さく、城塞といったほうがふさわしい。
遺跡の地図は下の写真になります。 この地図の鎖線沿いに反時計方向に巡っていきます。
城壁を外から眺めたもの。 地図1bから
城内の遺構 地図3から
地図Cから
海側の崖の上から。 (地図3を過ぎたあたり)
写真を拡大すると、地平線にダルダネス海峡と対岸の半島が見えました。 肉眼ではわかりずらい。
トロイ戦争当時はすぐ近くが海岸線だったとか。 ジブラルタルと同じように海峡交通の重要ポイントに位置していた。
ゴロンと置かれた石、家紋のような浮き彫り
古い層(2-3層)の壁。 地図5と3の中間
トロイの遺跡の最古の層である第1層の城壁 地図の5
大きくえぐられた箇所が前に見えます。
シュリーマンが掘った跡です。 第1層 地図の7
シュリーマンがドイツに持ち帰ったトロイの財宝は、第二次大戦終了時に旧ソ連にわたり、現在ドイツとトルコが返還要求をだしているとか。
層の重なった箇所。 中央下の黄色の標識は第2層、左側と中央は3層、中央上は第4層
猫君も、見学でしょうか。
第6層の宮殿跡 地図の9
ここは生贄を捧げる儀式の場所とのこと。
円形劇場です。 エフェソスなどの劇場から比べると規模が小さい。 地図11
遺跡の外側の風景です。 まだ発掘されていない場所で、今後また新たな遺跡が見つかるかもしれません。 半分は未発掘とのこと。
ガイドさんは、イーリアスの王子パリスの美女の審判など、トロイ戦争の故事などを説明してくれ、小さな遺跡ながら楽しめました。
バスはダルダネス海峡を渡るフェリーの港町、チャナッカレに向かっています。
たまに見に来ますね。^±^ノ
まとめて見れば見るほど、トロイの大きさ、感じますね。^±^
トロイの遺跡は小じんまりとはしているのですが、歴史とロマンがつまった遺跡で見る者を別世界に連れて行ってくれます。
私にとっては、遺跡入口に設置している木馬のモニュメントは無い方がいいのですが、おおぜいの観光客は木馬に上って喜んでいます。
とりあえず、以前、新聞観光欄でトロイの遺跡の記事を読んだ時の、もやもやは消えました。
1年前の記事でしたので、私も見返しながら、当時のことを思い出して楽しみました。