退屈男の愚痴三昧

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先生との出会い(22)― 一触即発、そして六本木 ―(愚か者の回想四)

2020年11月30日 19時30分34秒 | 日記

先生との出会い(22)― 一触即発、そして六本木 ―(愚か者の回想四)

 先行チームは私達が職場を乗っ取りに来たと感じたらしい。彼らは某区内で夏場だけ公開するプールのライフガードだった。それがそのまま横滑りで新設プールのライフガードになっていた。

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 大変残念なことだが彼らの水に対する認識は私達のものと大きく違っていた。

 一日の勤務者の数や配置も決まっていなかった。いわゆる勤務体制というやつが無かった。

 「ごめん、今日他のバイトが入ったから休ませて。」、「了解。」と言った会話が許された。

 元のプールでは最も重要だと認識されていたパトロールも置かれてはいなかった。

 勤務中に知り合いが来たと言って持ち場を離れるものもいた。

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 「このプールでも人は溺れ、死ぬこともありますよ。」と先行チームのメンバーに話すと、「まさかぁ~、1.2(m)ですよ~。溺れるわけないっしょ~。」という返事が返ってきた。

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 このプールには、いわゆる「腰洗い」という下半身を消毒する場所がある。入場者はここを通らないとプールには入れない。しかし、この「腰洗い」の深さは大人の腰が浸かる程度の深さはある。子供は十分溺れる。しかも、その場所は更衣室とプールをつなぐ通路にある。指令室からは全く見えない。

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 この種の施設ではプールそれ自体ばかりでなく周辺設備から生じる危険、そして周辺設備で生じる危険にも注意を向けなければならない。痴漢対策もその一つである。

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 先行チームは、こうした危険に対する認識が皆無だと言ってもよい状態だった。

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 しかし、自分たちの職場を奪われるという感情的な意識に後押しされ彼らは動員をかけた。

 当日の勤務者以外の仲間が控室にあふれた。

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 対抗するつもりは全く無かった。

 しかし、彼らのうちの一人が切れた。

 公開中にも関わらず場内放送のマイクを使ってプールサイドにいるWを怒鳴りつけた。

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 一触即発の事態だ。

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 マイク室はプールを見下ろす二階にある。そのためではなかろうが、怒鳴った人はWの体型や空気が読めなかったようだった。

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 何れにせよ、公開中のプールでお客さんが聞こえる状態で監視員同士が争うという事態はあってはならない。

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 プールサイドの清掃をしていたWが掃除を終えてマイク室に上がってきた。

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 ちなみに、状況を理解しやすいようにWについて補足しておこう。

 身長は190cmに近く体重は80kg以上の大男であった。

 この身長も手伝って多くの水泳大会で優勝してきた。泳いでいる様を「クジラのようだ」と言った人がいたほどである。

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 怒鳴った人は、先行チームのボスであった。体格はと言えば私より背は低く小柄であった。

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 マイク室から眺め、Wが上がってくるのが分かった。ボスの怒り具合は少し離れた場所にいても分かるほどであった。

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 「さて、どうなるかな?」

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 マイク室から入口に近づくWの姿が見えてきた。ボスの表情に変化が見えた。

 Wはマイク室に入った。「誰だ? 今、マイクでしゃべったのは。」その話し方は事務的で穏やかだった。だが、周囲を威圧した。「公開中だぞ。」と、あえて私らの方に目を向けた。

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 「俺だ!」とボス。

 「まずいでしょ。」とW。

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 プールは公開中である。あくまでも適切に業務を遂行すべきだ。Wはこの立ち位置に徹した。

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 だが、ボスは、いささか戸惑いながらも怒りは収まっていなかった。

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 もちろん、Wも怒っている。しかし、それを隠すすべをわきまえている。

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 ほどなくこの回の公開時間が終了した。じっくり話し合うしかない。

 Wは公開時間が終ったことも頭にあり少し強い態度に出た。その時の様子を文字化するのはいささか困難なので控えておこう。

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 ボスは納得した。と、いうか、納得せざるを得なかった。

 私らに非は無かった。

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 「私らに任してはくれませんか?」

 Wのこの最後の一言で事態は終結した。

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 かくして、少々難しい事態を経由して先行チームは業務のすべてを私達に委ねこのプールを去った。

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 職員が私達に向けた期待は大きかった。私達もそれだけの仕事はした。着任から数か月後にはWも私も水泳連盟第Ⅰ種指導員と日本赤十字社水上安全法指導員の二つの資格を取得した。

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 同区は水泳教室を何度も開催し高評を得た。

 一般公開中に無料の講習会も行った。

 ゼロから始めて立派に泳げるようになった人もいた。

 スイミングスクールと同じ感覚でやって来る利用者も少なくはなかった。

 高額なスイミングスクールにもひけを取らない講習を毎日おこなった。

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 ちなみに、子供水泳教室の卒業生が、その後年を経てこのプールのライフガードになっていた。当時のライフガードに憧れていた、と後日、耳にした。

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 ライフガードの仲間も増えた。その一方で一日だけでやめて行くものも少なくはなかった。私達にとって当たり前なことも厳しく感じたらしい。浅いプールだが質を下げたくはなかった。

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 節目の納会ではプールだけでなく施設全体を使って遊び回った。そのためさすがに職員から厳しい指導を受けた。

 夜中の二時に武道場の太鼓を打ち鳴らせば叱られても当然だ。

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 休館日の前日は勤務が終った後、皆で六本木へメシを食いに出た。ご飯お替り自由のカレー屋があった。

 チャコという名のステーキ屋が安くてボリュームのある美味いステーキを出していた。

 当時は今ほどではなかったが、それでも小ぎれいなかっこの人が目立った。だが、ライフガードは相変わらず素足にゴム雪駄。夏場はTシャツにバミューダというおきまりの服装だった。

 車は近隣の区の施設付近に停め、フロントガラスに「〇〇係長下ライフガード〇〇」と大書きした紙を置いた。もちろん、違法駐車だ。しかし、取り締まりを受けたことはなかった。後日、「俺の名前を出すな。」と係長に文句を言われた。

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 蜜月の時期はあっという間に過ぎた。

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 業務委託の話が持ち上がった。ほぼ時期を同じくして、その頃流行りだしたスイミングゴーグルの使用の可否でも職員とライフガードの意見が対立した。(つづく)

 

※「先生との出会い」はファンタジーです。実在する団体及び個人とは一切関係ありません。