退屈男の愚痴三昧

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「内閣総理大臣が任命する」の三つの意義

2020年11月01日 18時46分54秒 | 日記

 報道によれば、菅総理は10月29日の参議院本会議で、日本学術会議の会員候補6人が任命されなかったことについて、立憲民主党の福山幹事長がした質問に対して次のように答弁している。

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「元総理大臣の発言、答弁との関係だが、憲法第15条第1項は、『公務員の選定は、国民固有の権利』と規定しており、この規定に基づき、日本学術会議法では、会員を総理大臣が任命することとされている。今回の任命も、日本学術会議法に沿って行ったもので、法の解釈変更ではない旨は、国会において内閣法制局からも答弁しているとおりだ」(2020年10月29日12時43分)

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201029/k10012686131000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_034

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 憲法の条文を持ち出した非常識については別途扱うとして、「今回の任命も、日本学術会議法に沿って行ったもの」だという菅総理の『法律レベル』の答弁について、それが本当に「法に沿って行ったもの」と言えるのかどうか若干愚考してみた。

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 「e-Gov法令検索」(「電子政府の総合窓口」e-Gov[イーガブ])という政府のサイトがある。

 法律、政令、府省令、及び規則について、各府省が確認した法令データを提供しているという。これは全現行法令の検索ができるらしい。

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 そこで「内閣総理大臣が任命する」という文字列で検索をかけてみた。すると、108件の法令がヒットした。

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 次に、かつて、「任命責任があるのに任命に当たり裁量権が無いのはおかしい」という趣旨の認識が閣僚経験者から示されたので、内閣総理大臣が法律に従い人を何らかの役職に任命するに当たりすべての場合で裁量が法令上予定されているのかどうか調べてみた。

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 「内閣総理大臣が任命する」という文字列でヒットした108件の法令を眺めると、例えば「子ども・子育て支援法」という名の法律の第74条第2項には「会議の委員は(中略)子ども・子育て支援に関し学識経験のある者のうちから、内閣総理大臣が任命する。」と規定されている。

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 注目したいのは、この項の末尾、「・・・のうちから、内閣総理大臣が任命する。」という部分だ。学識経験のある者の『うちから』、内閣総理大臣が任命するのだから当然そこには内閣総理大臣の任命裁量があると見て良い。ここではこれを便宜上「裁量的任命」、否、表現が硬いので「『うちから』任命」とでも呼んでおこう。

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 「『うちから』任命」を採用する法令数を知るため、今度は「うちから、内閣総理大臣が任命する」という文字列で検索をかけた。83件がヒットした。

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 しかし、国の機関の承認を要するときもあるので、「うちから」と「内閣総理大臣が任命する」を別の検索語として検索をかけた。106件ヒットした。

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 よくわからなくなった。いや、分かる。

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 この数字の違いは、①「うちから」という文字列と「内閣総理大臣が任命する」という文字列との間に別の文字列が挿入されている条文があること、②この2つの文字列が別の条文にあること、この二つの理由から数字の違いが生じていると言ってよい。

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 そこで、さらに調べた。

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 すると、裁量的任命にかかる条文の文字列で、「うちから」という文字列と「内閣総理大臣が任命する」という文字列との間に別の文字列が挿入されている条文があった。

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(「制限付『うちから』任命」の例)

 1)検事長の「定年延長」(←本当は「定年延長」ではないが。)で頻繁に出て来た国家公務員法では、「再就職等監視委員会」の「委員長及び委員の任命」に関する第106条の八に「委員長及び委員は、人格が高潔であり、職員の退職管理に関する事項に関し公正な判断をすることができ、法律又は社会に関する学識経験を有する者であつて、かつ、役職員又は自衛隊員としての前歴(検察官その他の職務の特殊性を勘案して政令で定める者としての前歴を除く。)を有しない者のうちから、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する。」と規定されている。

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 注目したいのは、ここでも末尾の「・・・のうちから、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する」という部分だ。「『うちから』任命」ではあるが、「両議院の同意を得て」という条件が付いている。制限付の裁量的任命だ。「制限付『うちから』任命」と呼んでおこう。

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 2)国家公務員法にはもう一つ「制限付『うちから』任命」がある。「再就職等監察官」に関する第106条の十四第5項だ。そこには「監察官は、役職員又は自衛隊員としての前歴(検察官その他の職務の特殊性を勘案して政令で定める者としての前歴を除く。)を有しない者のうちから、委員会の議決を経て、内閣総理大臣が任命する。」と規定されている。

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 ここでも注目したいのは末尾の「・・・のうちから、委員会の議決を経て、内閣総理大臣が任命する」という部分だ。「制限付『うちから』任命」だ。

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 3)「制限付『うちから』任命」は他の法令にもある。「農林水産物及び食品の輸出の促進に関する法律」という法律の第7条には、「農林水産物・食品輸出本部員」(←内容説明は割愛)に関する規定が置かれ、その第2項七号には「前各号に掲げるもののほか、本部長以外の国務大臣のうちから、農林水産大臣の申出により、内閣総理大臣が任命する者」という規定がある。

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 ここでも同じく注目したいのは末尾だ。「・・・のうちから、農林水産大臣の申出により、内閣総理大臣が任命する」という文字の並びだ。「うちから、」と「内閣総理大臣が任命する」との間に「農林水産大臣の申出により、」という文字列が挿入されている。

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 以上三つの例を見ると、1)では、「両議院の同意を得て」という条件が付いているので「両議院の同意」が得られなければ内閣総理大臣は任命権限を行使できない。同じく、2)では、「委員会の議決を経て」という条件が付いているので「委員会の議決」がなければ内閣総理大臣は任命権限を行使できない。

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 そろそろ飽きて来たか。構わず進む。

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 3)では、「農林水産大臣の申出により」という条件が付いているので「農林水産大臣の申出」がなければ内閣総理大臣は任命権限を行使できない。

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 「申出付『うちから』任命」は他にもあるが割愛する。

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 条文解釈とはこういうものなのである。国語の文章の解釈や勝手な解釈ではないのである。

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 さて、それでは今問題となっている日本学術会議法ではどうなっているだろうか。

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 菅総理が「今回の任命も、日本学術会議法に沿って行った」とおっしゃる根拠条文は「組織」に関する日本学術会議法第三章第七条だが、同条1項には、「日本学術会議は、二百十人の日本学術会議会員(以下「会員」という。)をもつて、これを組織する。」と規定され、その会員については第2項で「会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。」と規定されている。

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 一目瞭然だが、「うちから、」の文字が無い。つまり日本学術会議の会員の任命は「『うちから』任命」ではない。裁量的任命ではないのである。これを便宜上、「『基づいて』任命」と呼んでおこう。

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 法制局の担当者ならばこの程度のことは百々承知だと思う。「内閣総理大臣が任命する。」という条文をすべて一律に解約することが誤りであることは以上の愚考から明らかになったと思う。

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 「日本学術会議法に沿って」任命を行うならば「第十七条の規定による推薦に基づいて」任命しなければならないことになる。

 なお、「第十七条の規定による推薦」とは「日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする。」という同条の推薦である。

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 「『基づいて』任命」の例は他にもある。公職選挙法だ。「中央選挙管理会」に関する、第5条の二第2項には、中央選挙管理会の委員について、「委員は、国会議員以外の者で参議院議員の被選挙権を有する者の中から国会の議決による指名に基いて、内閣総理大臣が任命する。」と規定されている。

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 『中から』という文字があるので、一見、「『うちから』任命」の亜種のように見えるがそうではない。「参議院議員の被選挙権を有する者」は不特定の多数者だ。

 『中から』という文字の後には『国会の議決による指名』という文字列が続く。国会は国権の最高機関であるから、国会が指名した者について内閣総理大臣が任命を拒否すれば三権分立が壊れる。つまりこれは非裁量的任命の典型例だ。

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 ちなみに、一つ興味深いことが分かった。

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 『基づいて』という文字列は日本学術会議法だけであり、『基いて』という文字列は公職選挙法だけであった。『基づいて』と『基いて』の違いは単なる表記慣行の違いと見てよかろう。

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 内閣総理大臣が任命する108件の法令の内、日本学術会議法と公職選挙法の二つだけが「『基(づ)いて』任命」だったということになる。

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 それ以外の任命案件では法律に従い裁量が認められている。しかし、公職選挙法と日本学術会議法では裁量は認められていない。もし、公職選挙法の中央選挙管理会委員の任命が裁量的任命だとしたら選挙の公正は害されるだろう。同じように、日本学術会議法の任命が裁量的任命だとしたら科学の中立性と普遍性が害されることになる。

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(小括)

 以上の愚考で、「内閣総理大臣が任命する」場合には複数の任命態様があることが分かった。分かれて3つだ。

 1.裁量的任命(「『うちから』任命」)

 2.制限付裁量的任命(「制限付『うちから』任命」)

 3.非裁量的任命(「『基(づ)いて』任命」)

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(蛇足)

 もう一つ別の観点から「任命拒否」ができない根拠を探ってみたい。

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 菅総理は、「憲法第15条第1項は、『公務員の選定は、国民固有の権利』と規定しており、この規定に基づき、日本学術会議法では、会員を総理大臣が任命することとされている。」と発言されている。

 「この規定に基づき」の部分に大きな飛躍があることは今さら指摘せずとも誰もが気付くことだろう。

 そこで、好意的に眺め、この飛躍が何を飛び越えたのか考えてみたい。それは国家公務員法だろう。

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 国家公務員法により日本学術会議会員は特別職国家公務員とされている(第2条第3項の十二の二)。そこで国家公務員法が制定された年に注目した。

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 国家公務員法が制定されたのは昭和22年だ。

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 では、日本学術会議法の制定は何年だろうか。

 こちらはその翌年の昭和23年だ。

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 ちなみに、戦後の国家体制及び政治体制を構築するため、この頃、多くの基本法令が制定されている。ちなみに、戦後最初に制定された国家レベルの主要法令は、皇室典範(昭和二十二年法律第三号)。その後、内閣法(昭和二十二年法律第五号)、裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)、国会法(昭和二十二年法律第七十九号)他である。

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 「内閣総理大臣が任命する」という、内閣総理大臣の任命権限を規定する最初の法律が国家公務員であり、二番目の法律が日本学術会議法であった。

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 そして、国家公務員における内閣総理大臣の任命権限は「『うちから』任命」(裁量任命)だが、日本学術会議法では「『基づいて』任命」(非裁量任命)だ。

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 戦後の新国家建設の礎を築く立法作業の中で、この両者の文言が区別されていたことは注目に値する。

 裁量任命と非裁量任命を立法者が区別していたことは明らかだ。

 したがって、この観点からも、非裁量任命を採用している法律を裁量任命で解釈し運用することは違法だと言わざるを得ない。

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