たろすけ大分・雑感日記

いつ起きるのがわからないのが大災害。
できる限りの備えをして減災に努めたいと思っています・・。

“命の価値”を軽んじさせる、殺人者に甘い弁護士たち…

2004年02月27日 | 犯罪と裁判・法律
at 2004 02/27 21:29 編集

新聞記事。
万引き先の店主を車で引きずり電柱に挟み殺した17歳の少年に
懲役10年の判決があった。たろすけは思う・・・たった10年?かと。

“順調”に行けば27歳以前に出所できるわけだ。
しかもその間、衣食住の心配はない。愛する人の命を奪った男は
被害者と同じ国で空気を吸い人生を生きるのだ。
前科者というハンディこそあれ、それは当然のこと。
生きることが出来るというのは何モノにも代え難い特権に間違いないだろう。
その特権を犯人は奪ったのだ。
そんな犯人を思うとき残された遺族の心中はいかばかりだろうか。

もしたろすけが遺族の立場ならとうてい我慢できないだろう。
自分で“あだ討ち”すらするかも知れない。
国民陪審員制がもし実施され、殺人事件を扱う場合、
必ず“被害者の遺族”を加えるべきだと思う。
被害者が許さない限り
故意による殺人者は当然“死刑”が妥当だとたろすけは考える。
それだけ命が大切であることを知らしめるためにも…。

一般的な犯罪にせよ、家庭内暴力にせよ、
幼い無抵抗な命すら容赦なく奪われる極悪非道な犯罪が増加するのは、
殺人者に対する誤った“寛大さ”が、命を軽く見る世相を助長していると思う。
『殺しても懲役10年だ… 』と高笑いする殺人予備軍の声が聞こえてくるようだ。

今日、狂気のテロ殺人教団、その教祖への死刑判決があった。
あれだけのことを弟子たちに指示して行わせ、多くの尊い人命を奪い、
残された人たちを悲しみのどん底にたたきのめしておきながら、
『弟子たちが勝手にやったこと』と平然とのたまい、
あろうことか“無罪”だと主張する弁護士たち…。
一体、“人としての良心”というものがあるのだろうか。
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