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[積丹]秋の神威岬と積丹ブルーの海です。

2018-11-10 08:09:39 | 積丹町
積丹半島観光タクシー·ジャンボタクシー、北海道小樽観光タクシー高橋の秋の神威岬と積丹ブルーの海です。

神威岬
神威岬には、神威岩のほか、念仏トンネル·メノコ岩·水無しの立岩·ノナマエ洞窟·サメが泳ぐ姿が見えると言うサメ穴など、沢山の見どころが有ります。
中でも念仏トンネルは、両サイドから掘り始めた穴が、途中でくいちがった為に曲がっていて、トンネルの真ん中辺りで曲げた為に真っ暗で、手探りで歩かなければならず、スリルと楽しさを、一度に味わえるところです。
(現在は、落石の危険が有る為に、通行出来ません。)

また、神威岬先端には、明治21年に建てられた神威岬灯台が立っております。

神威岩の伝説
神威岬にまつわる、悲しい恋の伝説です。(義経伝説)
兄頼朝の追手をのがれて、蝦夷地にわたった義経は、日高のアイヌコタンに滞在し、いつしかコタンの娘、チャレンカと恋仲になりました。
しかし、大きな望みをいだく義経のこと、別れも告げず、ひそかに旅立ってしまったのです。これを知って驚いたチャレンカは、あとを追って、ようやく神威岬まで来ましたが、ときすでに遅く、義経一行は帆をあげて船出したあとでした。
チャレンカは遠ざかる船に、声の限り叫び続けましたが、むなしく波の音に打ち消されるばかり···。
ついに悲しみと恨みを残して、崖の上から身をおどらせてしまい、神威岩になったといい、それ以来、和人の船が、女性を乗せてこの岬を通ろうとすると、暴風雨がおこり、船の進むのを邪魔をするので、これはアイヌ娘の恨みと呪いによるものだろうと、語り伝えられています。
神威岩の伝説ですが、和人の奥地定住をきらった松前藩が、女人禁制の政策を進めるために作った物語だろうと言われております。

神威岬の婦女通行の禁
神威岬付近は、天気の良い日でも波の高い事が多く、むかしは、少し荒れだすと、小さな船ではなかなか通る事が出来なかった難所で、蝦夷三険岬(茂津多岬·神威岬·雄冬岬)の1つに数えられていたところです。ところで、松前藩時代には、この岬から北へは、女性が行くこてを認めておりませんでした。
それは松前藩ではこの岬から北は、和人の定住を禁じていて、そこに女性が入ると言う事は、定住を意味したからでした。和人が、交通の不便な奥地に、どんどん入るようになっては、藩の力で、とつも取り締まることが出来なくなるからです。
したがって、奥地に入るのは、ニシン漁へ行く男だけに限られいて、恋しい人との別れを惜しむ、妻や恋人の思いが、「恨みますぞえ、お神威さまは、なぜに女の足止める」「忍路高島およびもないが、せめて歌棄磯谷まで」と、追分節にもうたわれております。

この女人禁制の掟が解かれたのは、安政3年(1856年)、蝦夷地を幕府が直接おさめるようになった翌年のことです。宗谷へ赴任するお役人、梨本弥五郎が、初めて妻子をつれて、この岬を通過しております。

秋の積丹ブルーの海も綺麗ですねぇ〜(^o^)v
此方は西の河原方面です。

そして此方が積丹岬方面です。

秋でも天気が良くなれば、積丹ブルーの海が見える、積丹半島神威岬でした。(^o^)v