太鼓台文化・研究ノート ~太鼓台文化圏に生きる~

<探求テーマ>①伝統文化・太鼓台の謎を解明すること。②人口減少&超高齢者社会下での太鼓台文化の活用について考えること。

『塩飽海域の太鼓台・緊急調査報告書』

2019年05月03日 | 紹介図書・冊子等

この冊子は2013年3月に発行したものです。(モノクロ95㌻ 観音寺太鼓台研究グループ編集・発行、公益財団法人福武財団・助成)

 

塩飽海域とは引用させていただいた略地図にあるように、香川県中讃地方の沖合いから岡山県水島灘にかけての海域の内、香川県に属する島々をさしている。(有人島は12島)

海の大動脈・瀬戸内海にあって、古くは来島諸島(伊予-安芸)と共に海賊(水軍)の根拠地として名を馳せていた。江戸時代には、幕府米を運ぶ御用船として繁栄し、また〝人名の島〟(天領)としてもよく知られていた。略地図で引用させていただいた『塩飽大工』では、江戸初期に既に大規模な寺社を建築する等、大勢の出稼ぎの寺社大工を輩出した島々としても、近年は見直し作業が進んでいる。

この海域では過疎化や高齢化で太鼓台文化が過去のものとなりつつあるため、冊子では塩飽諸島の周辺に広げて、太鼓台の緊急調査を行なっている。西から、箱・粟島・志々島(三豊市)、真鍋島(笠岡市)、佐柳島・高見島(多度津町)、広島・本島小阪・本島笠島・牛島・塩屋(丸亀市、塩屋は陸地部)の11箇所である。

冊子を通して見えてきたことは、①島々では過疎化と高齢化及び人口減少が極度に進行し、限界集落化している地域も複数ある。②このエリアでは、太鼓台文化は過去の繁栄を偲ぶものとなってしまった感がある。③しかしながら、エリアには発達段階が中程度の屋根型及び蒲団型の太鼓台が伝承されている。④太鼓台の発展過程を追体験するには、一通りの整理・理解が必要なエリアである。

(終)

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