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「平和ボケのタカ派」は日本を核戦争に向かわせる
軍事ジャーナリスト 田岡俊次氏
昨年12月20日付けの読売新聞に掲載された日米共同世論調査で「北朝鮮が核実験やミサイル発射などを続けた場合、米国が北朝鮮に対し軍事力を行使すること」について日本では「支持する」が47%もあったのには唖然とした。「支持しない」は46%だった。
■ 世論調査で日本の47%が米軍の軍事行動を「支持」
米軍がもし北朝鮮を攻撃し、朝鮮戦争再開となれば、北朝鮮の滅亡はほぼ必至だから、「自暴自棄の状態」となった北朝鮮は、一部の弾道ミサイルが破壊されても、残った核ミサイルを急遽発射する公算は極めて高い。「死なばもろとも」の心境でソウルや東京を狙うことも十分考えられる。
北朝鮮が昨年9月3日に実験した推定威力160キロトン(爆薬16万トン相当、広島型の10.7倍)の水爆をもし使用すれば、初期放射能で爆心地から約3キロ以内の人が死亡、爆風で約4.4キロ以内の建物が崩壊、大部分の人が死傷する。また熱効果は約6.6キロ圏内で第2度の火傷(皮膚の30%以上だと致命的)を負わせる、と推定される。
爆心地を顕著な目標である国会議事堂と仮定すれば、熱効果は北は巣鴨、南は大崎、東は錦糸町、西は中野あたりまで及ぶだろう。爆心地から4.4キロ圏内の居住者は90万人余と推定されるが、都心部の昼間人口は約5倍だから、ウィークデーの昼間だと400万人以上が死傷しそうだ。もちろん東京だけでなく、在日米軍の基地も核ミサイル攻撃を受ける可能性がある。
米軍の北朝鮮に対する武力行使を支持する人々の大部分は、それが戦争を意味し、日本も被害を受けることに思い及ばず、単に「アメリカが北朝鮮を懲らしめてくれるなら気分がいい」との感情から「支持する」と答えたのだろう。
■ 「平和ボケ」とタカ派感情が重なる危険 「戦争はめったに起きない」感覚?
これは重篤な「平和ボケ」の症状で、それがタカ派的な感情と合わさって「平和ボケのタカ派」が大量発生するのは、国家にとって極めて危険だ。
「平和ボケのハト派」の観念論はうるさいだけだが、「平和ボケのタカ派」は政府を戦争に向かわせ、大参事を招く実害を生じかねない。
原子力発電所の危険に対しては、福島第一原発の事故があったため、日本の国民もメディアも敏感だが、広島、長崎の経験があるにもかかわらず、核攻撃の危険には不思議なほど鈍感だ。
幸い日本は72年余の平和を享受したため、「戦争はめったに起きないもの」との感覚があるためだろう。
だが現実には、原発の事故は1979年の米国ペンシルベニア州のスリーマイル島原発、1986年のウクライナのチェルノブイリ原発、2011年の福島第一原発の3件しか起きていない。
一方で、戦争、内戦は1979年以来今日までの40年間に約50回もあり、戦争がない日はほとんどない。
ソ連のアフガニスタン介入(1979~89年)ではアフガン人100万人以上が死亡、イラン・イラク戦争(1980~88年)で双方で計100万人が戦死、米国等のイラク戦争(2003~11年)では50万人、第二次コンゴ戦争(1998~2003年)では500万人が死亡、と推定されている。10万人規模の死者が出る戦争はザラだ。イラン・イラク戦争以外での大量の死者の大部分は民間人だ。戦争は、原発事故に比べ頻度は極めて高いし、その被害の規模は比較にならない。
自衛隊をPKOなどに海外派遣することに日本では激しい論議があるが、これは数百人規模で、自衛隊の総人員23万人の0.1%ないし0.2%にすぎない。
もし多数の死傷者が出ても国運には響かず、日本の民間人に害が及ぶ可能性は低い。米軍が北朝鮮を攻撃し、日本も核攻撃を受けるのと比較すれば月とスッポンの違いがある。
■ 米国の「予防戦争」で被害を受けるのは韓国や日本
読売新聞の世論調査は米国の調査会社ギャラップ社と共同で行ったもので、米国では北朝鮮に対する武力行使を支持する人は63%、支持しない人は32%だ。
米国では「北朝鮮は間もなく米国全域を攻撃できるICBM(大陸間弾道ミサイル)を完成しそうだ。そうなる前に潰してしまえ」との論がある。
いまのうちなら武力行使をしても米本国が報復攻撃を受ける危険はないから、共和党タカ派のリンゼー・グラム上院議員らがトランプ大統領にもそれを説いている。
グラム議員がNBCテレビで語ったところでは、トランプ氏はこの時、「それをやれば大勢の人が死ぬことになるよ」と応じたが、「それはあっちの方、こっちじゃないけどね」と付け加えたという。
他国が将来、自国にとり危険になりかねない、という理由で攻撃する「予防戦争」は国家の正当防衛である自衛の範囲を超え、どう見ても国際法に違反する。だが「アメリカファースト」的な戦略としては合理性もあるだけに、それを支持する米国人が多いのは、その国民性から見て意外ではない。
とはいえ「あっちの方」すなわち朝鮮半島や日本を犠牲にして、米国が自国の安全を図るのは冷酷非道、許しがたい行為であるのに、世論調査で日本人の47%がそれを支持するのは、戦争に関し無知、無関心ゆえと言うほかない。
こうした現象が起こる理由を考えれば、日本人の多くが「米軍が北朝鮮攻撃に出れば、北朝鮮軍は簡単に制圧され、その核ミサイルも一気に潰せる」との印象を抱いていることも一因だろう。
たしかに大局的、長期的に見れば米軍は圧倒的に優勢であり、韓国だけでもGDP(国内総生産)は北朝鮮の50倍に近く、近代的通常兵器による戦力は北朝鮮をはるかに凌いでいる。
北朝鮮の保有する戦闘機で、ソ連で1980年代以降に製造が始まったのはMiG29が18機だけ。それも部品の入手難でめったに飛行していない。韓国空軍は、防空の必要性が薄れたため、480機の戦闘機の大部分を対地攻撃任務に当てている。うちF15E60機は爆弾、ミサイルの搭載量が11トンでB29の9トンを凌ぎ、後席に対地攻撃兵器を操作する士官が乗るから実質的には高速の爆撃機だ。
加えて在韓米空軍は60機、さらに日本の米軍基地の空軍、海兵隊機に空母1隻の艦載戦闘・攻撃機を加え計約100機があり、有事の際には本国からただちに航空宇宙遠征隊の戦闘機、爆撃機90機も飛来するから、米韓で700機以上になる。
また韓国軍は射程500キロで北朝鮮のほぼ全域に届く弾道ミサイル「玄武2型」を1700発配備していると見られ、攻撃能力は十分にある。
■ 北ミサイルの発射位置を正確につかむのは困難
だがすべての攻撃の第一歩は目標の位置を知ることだ。実は、北のミサイルの位置を精密に知るのは困難だ。北朝鮮の弾道ミサイルの多くは中国との国境に近い山岳地の谷間に掘られた無数のトンネルに、移動式発射機に載せて隠されており、トンネルから出てミサイルを立て、発射する。
偵察衛星は1日約1回、世界各地上空を時速約2万7000キロで飛ぶから北朝鮮の上空を通るのは1分程度だ。
米国はカメラを付けた光学衛星が5機、夜間用のレーダーを付けた衛星が6機、日本はそれぞれ2機だから、計15機の偵察衛星があり、飛行場などの固定目標の撮影はできるが、移動目標の監視はできない。
赤道上空3万6000キロの高度で周回する静止衛星は、ミサイル発射の際に出る大量の赤外線を感知できるが、この距離ではミサイルは見えず、攻撃目標の発見には役立たない。
有人、無人の偵察機が常に北朝鮮上空を高高度で旋回していれば、ミサイルがトンネルから出たところを発見できる。だが、北の持つ旧式の対空ミサイルでも、高度2万メートルに達するから撃墜される公算が大きい。
■ 日本の「敵基地攻撃能力」に米韓は冷淡、邪魔になる
米国はイラン・イラク戦争(1980年~88年)中、イラクを支援していたから、湾岸戦争(1991年)前にはイラクの弾道ミサイル「アル・フセイン」(スカッド改)の固定発射機28基の所在を知っており、移動式発射機36輌とともに開戦劈頭にすべて航空攻撃で破壊するつもりだった。
だが後に分かったところでは実際は、固定発射機が64基、移動発射機が66輌もあり、イラクは停戦直前まで発射を続け84発を発射した。
米軍は1日平均64機を「スカッドハント」に出動させてミサイルの捜索に当たり、イラク西部と東南部の発射地域上空で常時各4機を待機させたが、「発射」の情報を得て駆け付けても、カラの発射機を壊すのが精々だった。発射前に破壊できた弾道ミサイルは、偶然ヘリコプターが見つけた1基だけだった。
米統合参謀本部は昨年11月4日、米下院議員16人の質問主意書に対し「北朝鮮の核は地下深くに保管されており、その位置を確定しすべてを確実に破壊するには地上部隊の進攻が唯一の手段」と回答している。
一方で日本では、「どうやって北朝鮮のミサイルの位置を知るのか」という基本的問題に考えが及ばず、「敵基地攻撃能力」の必要を語る政治家や制服幹部が少なくない。
だがもし米軍や韓国軍が目標を見つければ、発射を防ぐためにすぐさま自分で叩くはずだ。
時間を浪費して日本にそれを伝えて攻撃させ、手柄を譲ってくれることは考えられない。
また日本が勝手に北朝鮮攻撃に出れば、米軍、韓国軍との味方討ちや誤爆の危険があるから、米韓合同司令部と調整し、事実上その統制下で攻撃させてもらうことになる。
だが、在留日本人救出のために自衛隊の航空機、艦艇が領域に入ることさえ拒否する韓国が、自衛隊の北朝鮮攻撃を認めることはありそうにない。
湾岸戦争ではイラクはイスラエルに弾道ミサイル42発を発射、イスラエルを挑発して参戦させ、多国籍軍内のアラブ諸国軍の離反をはかったが、米国はイスラエルを説得し参戦させなかった。
米国は日本の「敵基地攻撃」にも冷淡だが、これも韓国の反発を案じるためだろう。
米・韓軍は攻撃能力それ自体には全く不足しないから、自衛隊のF2攻撃機が20機や30機程加わっても邪魔でしかなかろう。
敵基地攻撃論も戦争を具体的に考えない「平和ボケのタカ派」の一症状だ。
■ 日本の迎撃システムでは北のミサイルを防ぎきれない
日本人の「47%」が米朝戦争の開始を支持するもう一つの理由としては、日本のミサイル防衛で、飛来する北朝鮮の弾道ミサイルを撃破できるように信じていることがあるとも思われる。
安倍首相や菅官房長官らが、ことあるごとに「万全の態勢」とか「国家、国民を守る」と言うし、メディアも検証せずにそれを伝えるから、国民の半分位はそれを信じてもおかしくない。
日本のメディアは戦争を想定してその様相や被害を報じることを「戦争を煽る」として避けがちだが、地震などの災害と同様、いかなる事態になるかを国民に知らせることが「煽る」ことになるはずがない。メディアの人々自身も多くは「戦争はめったにないもの」との感覚にとらわれているから「米軍が北朝鮮を攻撃しても日本は無事」と思う「平和ボケのタカ派」が増えるのだ。
だが現実には、ミサイル防衛に当たる4隻のイージス艦は各8発の迎撃用ミサイル「SM3」しか搭載しておらず、仮に全弾が命中したとしても最大8目標にしか対処できない。
北朝鮮の中距離ミサイルはやや旧式の「ノドン」だけでも200ないし300発と言われる。核弾頭は30発はありそうで、北が通常弾頭付きのミサイルと核付きのミサイルをまぜて発射すれば、イージス艦は最初の弾道ミサイル8発に対して、迎撃ミサイル8発を発射して「任務終了、帰投します」となる。
イージス艦が撃ち洩らした弾道ミサイルは、短射程(射程20キロ弱)の「パトリオットPAC3」ミサイルで迎撃することになっている。
だが「PAC3」は自走発射機に4発ずつ入れ、2輌が1地点(例えば都心を守るため防衛省の庭)に配備される。PAC3は不発、故障の場合も考えて1度に2発発射するから、2輌で4目標にしか対処できない。相手が十数発を発射すれば確実に突破される。
自衛隊の高級幹部達は、軍事知識を持つ相手に対しては、非現実的なことを言って馬鹿にされたくはないから「その通りです。突破されます」と認める。「何も防衛手段がないと国民は不安になるから、気休めの役には立ちます」と言う将官もいた。
今から6年後の2023年度に陸上に配備されるイージス・アショア2基を約2000億円で発注し、新型の「SM3ブロック2A」(1発37億円)などを搭載するイージス艦を8隻にしても、弾の数が1隻8発、PAC3も1輌に4発では形ばかりだ。
これは儀式用の「儀杖隊」に類する。発射装置を増やすよりは弾数を増やす方が少しは現実的だろう。
菅官房長官はもし戦争になった場合のリスクを論じることは「北朝鮮の瀬戸際外交の策に乗る」と言う。
これは国民に目隠しをして「チキンゲーム」の車に乗せるに等しい。
「原発は絶対安全」と宣伝したり、炉心溶融になっても国民がパニックを起こさないよう、それを隠したりしたのと同様な姑息な態度だ。
米国防長官J・マティス海兵大将(退役)は昨年5月19日の記者会見で「軍事的解決に突き進めば信じ難い程の悲劇となる」述べ、米軍の首脳たちはほぼ異口同音に被害の大きさを語って外交的解決を求めている。
元米国防長官W.ペリー氏も昨年11月14日の朝日新聞のインタビューで「朝鮮半島での戦争は日本にも波及し、核戦争になればその被害は第二次世界大戦の犠牲者に匹敵する大きさになります。なぜこれを(日本の)人々が理解できないのか、私には理解できません」と言っている。
これら米国の軍人や識者の言も菅官房長官から見れば「北朝鮮の策に乗っている」と言うのだろうか。
(軍事ジャーナリスト 田岡俊次)
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