ジャーナリスト田中良紹氏のヤフーニュースのコラムより
*****
国連総会の128対9対35は何を意味しているか
国連は21日に緊急総会を開き、米国がエルサレムをイスラエルの首都と認定したことの撤回を求める決議案を採決した。結果は日本を含むロシア、中国、英国、フランス、ドイツなど賛成128か国、反対は米国、イスラエル、パラオなど9か国、棄権はオーストラリア、カナダ、メキシコなど35か国で、国際社会を主導してきた米国の孤立が鮮明になった。
翌22日に国連安全保障理事会は米国の北朝鮮に対する追加制裁決議案を全会一致で採決したが、しかし米国はぎりぎりまで中国、ロシアと協議を行い、外貨を稼ぐために国外で働く北朝鮮労働者の送還ではロシアの要求を受け入れ1年以内を2年以内に延長、また中国から北朝鮮への原油供給についても中国の意向を入れて「禁止」に踏み込まなかった。
年末ぎりぎりに行われたこの2つの国連決議を見る時、1991年にソ連が崩壊して唯一の超大国となった米国が「新世界秩序」を求め世界の一極支配を目指したことが幻だったかのように思える。良くも悪くも世界のリーダーであった米国の姿がもはや見えない。
トランプ大統領は「アメリカ・ファースト」を繰り返し叫ぶことで米国民に満足感を与えながら、しかし中東とアジアで騒乱の種を播き散らし、その解決を米国が一国で背負うのではなく他国の手に、とりわけ中国とロシアに背負わせようとしている。
エルサレムをイスラエルの首都と認めたことは米国が中東和平の仲介役を放棄したことを意味すると以前のブログに書いた。逆に言えばトランプ大統領は米国が仲介役を降りるためにエルサレム問題を持ち出した可能性がある。米国が降りれば中東地域におけるロシアと中国の存在感は増し、和平交渉の仲介役は米国単独から米中ロ三極になる。
一方の北朝鮮問題でも、軍事オプションをちらつかせて米国が北朝鮮に戦争を仕掛ける状況を作りながら、しかし北朝鮮を背後から支える中国とロシアに対しては国連の制裁決議に賛同できるよう顔を立てる。米国中心で解決しようとはしていない。
勿論、こうした考えとは異なる見方を主張することもできる。エルサレム問題はアラバマ州の上院補選で宗教保守の票を得たいための国内向け発言とか、北朝鮮問題でも年明けには本気で戦争する気があると言う人もいる。
しかし上院補選で票を得るために世界のリーダー役を降りるのか、また中国、ロシアと国境を接する北朝鮮に本気で戦争をやりに行くかと言えば、可能性は極めて低いとフーテンは思う。
トランプ政権のロシアや中国に対する姿勢は冷戦崩壊後のクリントン、ブッシュ(子)、オバマの歴代政権とは真逆である。米国が一時期目指した一極支配という目的を捨て去り、多極構造の世界を作ることをトランプ大統領は使命と考えているのではないかという気がする。
冷戦終了後の米国議会を見てきたフーテンは、一極支配を目指す米国の帝国主義的な動きを様々な角度から見てきた。そのせいかトランプ大統領の言動もその延長上で捉えてきた。だから他のメディアと同様にトランプ大統領を言うこととやることがバラバラの「予測不能」の大統領と考えてきた。
しかし一極支配を目指した米国から脱却するための言動だと考えれば、言うこととやることがバラバラな理由も理解することができる。それまでの路線を変えるという作業は全く単純ではないからだ。
・・・・・。
別Webより Plus
それまでの路線を支持する者もその利益に預かっている者も数は多く、しかもそれが主流派を形成している。その中で路線を変えるには、それらの者を満足させながら、しかし気がつけば路線が変わっていた形にもっていく必要がある。最初から目的を明確に示せば多数の主流派にすぐに潰されて終わりになるだけだ。
その作業をやるにはトランプ大統領のキャラクターがうってつけかもしれない。まず政治の素人であるから何を言っても何をやっても仕方がないと思われる。そのうえ論理的でも真面目でもないから大胆にふるまえる。常識的な大統領を演ずる必要がなく目くらましがやりやすい。
これまでの米国はソ連が崩壊した事で世界を一国で支配しようと考えてきた。92年にペンタゴンが作成した機密文書「国防計画指針(DPG)」は、「米国に対抗できる能力を持つ国を絶対に許さない」との方針を示し、ロシア、中国、日本、ドイツを「仮想敵」と規定した。
93年に誕生したクリントン政権はまず日本経済の弱体化に取り組む。「年次改革要望書」によって日本の経済構造を米国に都合の良いように変え、一方で日本をけん制するため米国は中国経済と緊密な関係を持った。
そして経済では中国と協調しながら安全保障面では中国、北朝鮮と敵対する。そのため日米安保体制を強化してアジアに10万の米軍を配備した。また「人道目的なら国連決議なしでも武力行使ができる」と宣言し、米国は「世界の警察官」として単独で米国の価値観を世界に広めようとした。米国が中東和平の仲介者となり「オスロ合意」を取り付けたのもこの時代である。
次にネオコンやキリスト教原理主義の影響を受けたブッシュ(子)大統領が登場すると、本土が9・11同時多発テロに襲われたことから、米国はアフガニスタンとイラクに戦争を仕掛ける。中でもイラクとの戦争は嘘の情報をもとにした先制攻撃で、それがイスラム原理主義との泥沼の戦いに米国を引きずり込む。
一方で米国経済は大恐慌以来の破たんに見舞われ、戦争と経済不況で大統領不支持率は戦後最悪を記録した。またブッシュ大統領がイラン、イラク、北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んだことで米国の先制攻撃を恐れた北朝鮮は本格的な核武装に踏み切る。
オバマは中東から米軍を撤退させるために選ばれた大統領である。軍の代わりにCIAなど情報機関を使った作戦でビンラディン容疑者を暗殺し、力を中東から中国が台頭するアジアに振り向ける戦略を採った。
しかしウクライナやシリア問題でロシアと対立、南シナ海問題で中国と敵対するなど「新冷戦」と呼ばれる世界分断の中で米国の覇権を維持しようと模索した。その構造を変えようとするのがトランプ大統領である。
就任前からロシアとの関係修復や、中国包囲網と言われるTPPからの脱退を宣言していた。しかし側近には反中国が鮮明な人間もおりスタンスが明確だったわけではない。
それが11月のアジア歴訪では中国が最大の外交舞台になった。それを見ると表と裏を使い分けながら一筋縄ではいかない外交を展開していくように見える。
かつてニクソン政権は泥沼となったベトナム戦争から手を引くため、それまでの東西冷戦構造を終わらせる目的で誰もが予想しなかった米中接近を秘密裏に行った。中心にいたのはキッシンジャーである。その彼がトランプ大統領の背後にいて、これまで米国が目指した一極支配体制を転換させる役割を担っている可能性がある。
あの時も米中接近は日本の頭越しに行われ、日本は大混乱して「ニクソン・ショック」と呼ばれた。一極支配の米国とつるんで行けば安泰だと考えるだけでは再び「ショック」に見舞われるかもしれない。
多極化の中でどう生きるかに頭を切り替えないと、大きな間違いを犯す可能性がある。国連総会の2つの決議を見てフーテンはそれを感じた。
*****