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自衛隊が悲願の空母を「急ぐ理由」と「浮かぶ疑問」 載せるのは、例の「ポンコツ戦闘機」
ジャーナリスト 半田滋氏
■ 長年、密かに検討されていた
海上自衛隊最大の護衛艦「いずも」を空母に改修し、垂直離着陸が可能なF35B戦闘機を搭載するという、防衛省の「空母保有計画」が報じられた。空母保有は、世界で最も早い段階で空母を使い始めた旧日本海軍の「末裔」を自認する海上自衛隊にとって、積年の夢でもある。
太平洋戦争の真珠湾攻撃が証明したように、空母は現代の海上戦闘で強力な打撃力となっている。そんな空母の保有は強い「軍隊の常識」とはいえ、専守防衛の「自衛隊の常識」ではなかった。
それでも防衛省が空母保有の検討を始めたのは、自衛隊が憲法に明記され、事実上の軍隊となるかもしれない未来をみつめているのだろう。その一方で、中国対処に米国が消極的になっていることを受けて、自前の打撃力が必要になったとの現実的な見方もある。
「いずも」は全長248m。旧海軍の戦艦「大和」「武蔵」より15m短いだけの大型艦艇だ。空母のように平らな全通甲板を持ち、対潜水艦(対潜)ヘリコプター5機が同時に離発着できる。
護衛艦とはいえ、対艦ミサイルや魚雷といった攻撃兵器を搭載せず、乗員が甲板を歩かずに外周を移動できるキャットウォークを備えていることから、海外の専門書は「ヘリコプター空母」(英ジェーン海軍年鑑)に分類している。
「専守防衛のわが国が空母を持てるかどうか」。この議論は古くから国会で続いていたが、1988年当時の瓦力防衛庁長官が「攻撃型空母を保有することは許されない」(88年3月11日参院予算委)と明言する一方、「憲法上保有しうる空母はある」(88年4月12日衆院決算委)とも述べ、このとき「防御型空母を保有できる」とする政府見解が示された。
その例として政府は、対潜ヘリコプターを積んだ対潜空母を示し、シーレーン(海上航路)防衛を念頭に置いた答弁を繰り返した。だがこれに対し、野党側は「攻撃型空母と防御型空母をどこで区別するのか」と追及。政府は一貫して空母の保有計画については否定し続け、論争はいったん下火になった。
しかし、翌89年6月20日の参院内閣委で、当時の日吉章防衛局長が「ヘリコプター搭載空母、垂直離着陸機のみの搭載空母は、大綱別表の中の対潜水上艦艇部隊の一つの艦種と考えられる」と空母保有の可能性に初めて言及した。とはいえ、2012年に「いずも」が建造される以前も、またそれ以降も、防衛省は現在に至るまで「空母の建造計画はない」と繰り返してきた。
一方、海上自衛隊は自衛隊の創設間もない1950年代から、内密に空母保有の検討を続けてきた。敵が空母を保有し、攻撃機を差し向けてくる事態になれば、空母を持たない自衛隊は「ハエタタキ」のように攻撃機を撃ち落とす防御しかできない。相手の空母そのものを攻撃する機能がなければ、局面は打開できないというわけだ。
海上自衛隊は93年、輸送艦「みうら」の後継として大型輸送艦「おおすみ」の建造費を計上した。「みうら」が民間船舶に近い輸送船タイプだったのに対し、「おおすみ」は全通甲板を持ち、内外から「事実上の空母ではないか」と注目された。ひそかに「護衛艦の防空訓練用」と称して垂直離着陸ができるシーハリアー戦闘機の搭載も検討したが、シーハリアーは庁内の反対で消えた。
「おおすみ」型は3隻建造され、次にやはり全通甲板を持つ対潜ヘリコプター搭載の護衛艦「ひゅうが」型を2隻建造、さらに「ひゅうが」の欠点を修正した「いずも」型は2隻建造された。いずれも艦橋を右舷に寄せた外観を持ち、海上自衛隊は空母型艦艇の操艦技術と運用方法を学習したことになる。
■ 背後にある「アメリカへの不信感」
ここへ来て「いずも」を改修して空母とする計画が急浮上したのは、集団的自衛権行使を可能にした安全保障関連法(安保法)の施行や安倍晋三首相の主導で進む憲法改正の動きと無関係ではない。
安保法は攻撃的兵器の保有にお墨付きを与え、また改憲によって自衛隊が憲法に明記されれば、専守防衛の枠から一歩踏み出す可能性は高い。
防衛省が12月になって急きょ、長射程の巡航ミサイル3種の購入費を来年度防衛費に計上したのも専守防衛から踏み出す意思の現れといえる。ミサイル3種のうち2種の射程は900kmと長く、日本海や東シナ海の戦闘機から発射すれば、北朝鮮や中国を攻撃できる「敵基地攻撃能力」の保有につながる。(2017年12月21日、現代ビジネス「自衛隊の『敵基地攻撃ミサイル』の実効性に関する大いなる疑問」)
新艦艇の建造ではなく既存の「いずも」を改修する案となったのは、空母保有を急ぐからにほかならない。
安倍政権下で空母保有を確実にするには、18年度中に改定案をまとめる次期「防衛計画の大綱」に具体的な指針を盛り込む必要があると判断したからだ。
例えば中国は旧ソ連の未完成空母「ワリャーグ」を購入し、改修して空母「遼寧」として2012年に就役させたが、艦隊運用までに4年以上の年月を必要とした。海上自衛隊が新造の空母を計画した場合、建造だけで5年を要し、就役にはさらに数年かかる。
防衛省は、中国の軍事力強化に対抗して空母を沖縄の離島防衛に活用する計画でいる。25年以上にわたり、国防費をほぼ二桁で延ばしてきた中国は、年を追うごとに自衛隊の戦力を上回りつつある。
本来なら中国対処に日米安全保障条約にもとづき、米軍の打撃力に期待するのが順当だが、安倍政権下の15年4月、「日米防衛協力のため指針」(ガイドライン)が改定された。地球規模での日米連携を約束する内容となった一方で、1997年改定の前ガイドラインと比べ、日本防衛をめぐる米軍の関与は大幅に後退した。
ガイドラインによると、「日本への武力攻撃が発生した場合」の作戦構想、弾道ミサイル対処、海域防衛、陸上攻撃の4例について、いずれも「自衛隊と米軍は共同作戦を実施する」とした。だが、米軍は「自衛隊の作戦を支援し及び補完するための作戦を実施する」とあり、「支援と補完」程度の関与にとどまることになった。
また前ガイドラインをみると、航空侵攻で米軍は「自衛隊の行う作戦を支援するとともに、打撃力の使用を伴うような作戦を含め、自衛隊の能力を補完するための作戦を実施する」とあり、爆撃機など自衛隊が保有していない「打撃力の使用」を約束している。
海域防衛では「機動打撃力の使用」とあり、攻撃機を搭載した空母の活用を明記した。また着上陸侵攻対処では「侵攻の規模、態様その他の要素に応じ、極力早期に兵力を来援」と具体的な支援策を打ち出している。
15年のガイドライン改定は日本側が米側に持ちかけた。尖閣をめぐる中国との対立から、米国を日本側に引き込む狙いがあった。その代わり日本は自衛隊を米国の世界戦略に積極的に差し出すことにしたが、結局、見返りはなく、「米国を尖閣問題に関与させる」という思惑は大きく外れたことになる。
米軍関与が後退した理由について、安全保障担当だった柳澤協二元内閣副官房長官補は「日本と中国との争いに巻き込まれたくない米国の本音が表れた」と話す。
米国の後ろ向きな姿勢が明らかになった以上、日本は自前で尖閣諸島を含む島しょの防衛に力を入れなくてはならない。そのためには米軍の空母に代わる自衛隊の空母保有は避けられないというわけだ。
■ しかし、載せる戦闘機は「ポンコツ」
必要性に迫られた空母保有とすれば、現実味はどこまであるのだろうか。
問題は空母搭載を見込むF35B戦闘機が、航空自衛隊が18年3月に青森県の三沢基地に配備するF35A戦闘機に輪をかけた「ポンコツ戦闘機」だということである。
F35は米国で開発され、米空軍、米海軍、米海兵隊の3軍で使うことになり、3軍すべての要求を盛り込んだ結果、重量オーバーという戦闘機としての致命傷を負った。なかでも垂直離着陸が求められるF35Bはパワー不足をはじめ多くの問題に悩まされている。
「いずも」の改修では、「遼寧」のように前甲板を高くしたスキージャンプ甲板に改造する案も浮上する。だが改修してもしなくても、米海軍の空母が持つようなカタパルト(射出機)による強力な発艦機能を持たせることはできない。発艦するには機体を軽量化する必要があるため、少ない燃料、少ないミサイルで運用せざるを得ない。肝心の攻撃力は最初から削がれることになる。
島しょ防衛が目的であれば、沖縄や九州にある自衛隊の航空基地や民間空港を活用すればよいだけの話ではないのか。
この手の軍事技術の検討は自衛隊がもっとも得意とする分野である。にもかかわらず、空母保有にこだわるのはなぜか。海外における米軍との共同行動を視野に「軍隊に近い自衛隊を目指すため」と考えるほかないが、果たしてそれにどの程度の実効性があるのだろうか。
* プロフィール *
半田滋
1955年(昭和30)年生まれ。下野新聞社を経て、91年中日新聞社入社、東京新聞論説兼編集委員。獨協大学非常勤講師。92年より防衛庁取材を担当している。2007年、東京新聞・中日新聞連載の「新防人考」で第13回平和・協同ジャーナリスト基金賞(大賞)を受賞。著書に、「零戦パイロットからの遺言-原田要が空から見た戦争」(講談社)、「日本は戦争をするのか-集団的自衛権と自衛隊」(岩波新書)、「僕たちの国の自衛隊に21の質問」(講談社)などがある。
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