今日は、TS-1という抗がん剤について私が思っていることについて書きたいと思います。なお、以下は医師でもない私個人の考えです。以下の文書により個々の方が取られる判断とその影響について責任はもてませんのであしからず。
現在、膵臓癌の第1選択薬は塩酸ジェムサイトビン(商品名:ジェムザール)ですが、わたしは間質性肺炎という病気を抱えており、間質性肺炎患者にこの薬は禁忌となっているので使用できません。と言うわけで私が使っているのはTS-1と言うフルオロウラシル系の抗がん剤です。この薬は保険適用となっていること、経口薬であり自宅で服用できることから多くの膵臓癌の方も使用されていると思います。ただ、慶応大学医学部の放射線科の近藤誠医師の著書、例えば、
データで見る抗がん剤のやめ方 始め方、新・抗がん剤の副作用がわかる本
や、米国の元メモリアル・スローン・ケイタリング癌センターの公共対策副部長、現米国の国立衛生研究所(NIH)の顧問であるラフル・W・モス氏の以下の著書、
がん産業〈1〉―がん治療をめぐる政治的力関係の構図、がん産業〈2〉―予防の妨害と科学の抑圧
を読んで、実際はどうだろうと思って個人的に調べ始めました。癌はのっぴきならない病気なので、単純に本を読んで”抗がん剤”ヤーメタで後悔したくないので。なお、上の本では著者は”同センター在職中にレイトリアルという薬が癌に有効であったことを隠蔽したことに反対した結果、解雇された。”と書かれており、米国癌産業の内幕が赤裸々に書かれています。
(1) TS-1とは
最初にTS-1と言うのはどういう薬かということは、その製造元である大鵬薬品の以下のHPに書かれています。簡単に言うと従来から点滴薬としてある5-FUと言う薬を経口薬として使えるように工夫した薬のようです。成分は3つ、1つは体内で変換され5-FUの元となるもの、5-FUの元となるものが肝臓で代謝されないようにするもの(肝臓で代謝されると肝臓に悪影響を与え、効果が弱まるため)、副作用を軽減するものの3つだそうです。
http://ts-1.taiho.co.jp/outline/cnt02.html
(2) 効果
結論から言うと、このデータを見る限り特に膵臓癌では抗がん剤の効果はあまり期待できず、副作用のみ確実に頂くことになるように思います。
まずは、膵臓癌についての第II相臨床試験までの全体の臨床成績です。
http://ts-1.taiho.co.jp/result/cnt06b.html
ここでは腫瘍縮小効果のデータしか提示されていませんが、これを見ると30%の人に効果があったように見えます。しかし、もう少し詳しい部位別効果は、
http://ts-1.taiho.co.jp/result/cnt06c.html
となっています。なんと、原発巣、すなわち本丸の膵臓癌本体への奏効率(抗がん剤の効果があったかどうかを見る1つの指標)は4%しかありません。全体の奏効率は原発巣と転移しが部位のいずれか1つに効果があったら効果があったと判定されているようです。
上のHPでつかわれているCR、PR等の意味について知られたい場合は以下のURLが参考になります。
http://www.cancerit.jp/Glossary/recist.html
あと、本治験の対象者はKPSと言う指標で80%以上の非常に状態のいい患者の方が対象になっています。実際の臨床現場ではもう少し体調の悪い人も対象となるので効果は少し下がるのが通常だそうです。なお、KPS(Karnofsky Performance Status Scale)の定義は以下のとおりです。
100%: Normal, no complaints, no evidence of disease
90%: Able to carry on normal activity; minor signs or symptoms of disease
80%: Normal activity with effort; some signs or symptoms of disease
(努力すれば普通の生活がおくれる。いくつかの病気の兆候が見られる)
70%: Cares for self; unable to carry on normal activity or do active work
60%: Requires occasional assistance, but is able to care for most of the needs
50%: Requires considerable assistance and frequent medical care
40%: Disabled; requires special care and assistance
30%: Severely disabled, hospitalization indicated. Death not imminent
20%: Very sick, hospitalization and active supportive treatment necessary
10%: Moribund, fatal processes, progressing rapidly
0%: Dead
(3) 副作用
この抗がん剤もやはり副作用は確実にあります。副作用の内容は大鵬薬品のTS-1のHPの以下のURLにあります。
http://ts-1.taiho.co.jp/se/pdf/fukusayou1.pdf
抗がん剤の場合は、通常の薬とはことなり、その副作用はグレード0からグレード4の5段階で評価されます。この評価基準は米国の国立ガン研究所のもので、日本語では副作用と訳されていますが英語を直訳すると毒性基準(Toxicity Criteria)となります。
http://www.jcog.jp/doctor/tool/C_150_0011.pdf
グレードの一般的な評価基準は、
Grade 0:正常、正常/基準値範囲内(WNL)、なし
Grade 1:軽症/軽度の有害事象
Grade 2:中等症/中等度の有害事象
Grade 3:重症/高度の有害事象
Grade 4:生命を脅かす又は活動不能にいたる有害事象
Grade 5:有害事象による死亡(因果関係あり)
です。TS-1の膵癌でのグレード3以上の副作用の発現比率は42.4%と低くはない値で、使用する場合は慎重なモニタが必要になります。
例えば、下痢の項目を見ると、
Grade 0:なし
Grade 1:治療前に比し<4回/日の排便回数増加
Grade 2:治療前に比し4-6 回/日の排便回数増加又は夜間排便
Grade 3:治療前に比し≧7 回/日の排便回数増加又は失禁又は脱水に対する静脈内輸液を要する
Grade 4:集中治療を要する病態又は循環動態の虚脱
と定義されており、個人的には、グレード1、2でもほぼへとへとな状態でした。まあ、下痢は状態が直ぐわかるからいいのですが、血液、骨髄系への副作用は検査しないと判らないので、自宅で服用するTS-1は、こちらの方が怖いような気がします。
(4) その他
イレッサと言う抗がん剤が以前話題になりましたが、その公判の状況をつづったHPで京都大学医学部付属病院教授福島雅典さんは、裁判で以下のように述べられたと書かれています。
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2.イレッサの腫瘍縮小効果のみを有効性として承認されているが,本来の有効性はあくまで延命効果である。
3.イレッサの承認は・・承認したことが誤りである。・・当時の医学的治験に照らせば,リスク・ベネフィットのバランスを明らかに欠いていた。延命効果が不明な薬であり,しかも・死の恐れのある重大なリスクを示す症例が多数あるのだから,リスク・ベネフィットのバランスを失し,承認は許されるべきでなかった。
5.イレッサを承認するにしても,せめて,適応(処方する病気の範囲など)を限定すべきであった。肺ガン治療で確立している標準治療を行ったが結果が得られなかった患者に限定すべき。適応限定しなかったことが被害の拡大につながる結果となった。
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(上は、以下のURLからの引用です。http://homepage3.nifty.com/i250-higainokai/t-saiban-houkoku-No15.html)
これらは、膵臓癌に関する限りTS-1についても言えるのではないかと感じます。個人的には、上の2項について私は、”本来の有効性はQOLと延命効果のバランスである”と思いますが、だって、副作用を抱えて寝たきりで数ヶ月延命しても私には意味がありませんので。
ちなみに、TS-1は第II相臨床試験の結果で承認されていますが、厚生労働省が発行した”抗悪性腫瘍薬の臨床評価方法に関するガイドライン”
http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/171101-b.pdf
では、
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3) 承認申請時の第III相試験成績の提出
患者数が多い癌腫を対象とした抗悪性腫瘍薬では、延命効果等の明確な臨床的有用性
の検証が必須と考えられる。このため、今回のガイドライン改訂では、非小細胞肺癌、胃癌、
大腸癌、乳癌等で、取得を目的とする効能・効果の癌腫のうち、その患者数が多い癌腫では、
それぞれの癌腫について延命効果を中心に評価する第III相試験の成績を承認申請時に提
出することを必須とする。ただし、上記癌腫であっても、科学的根拠に基づき申請効能・効果
の対象患者が著しく限定される場合はこの限りではない。
また、第II相試験終了時において高い臨床的有用性を推測させる相当の理由が認められ
る場合には、第III相試験の結果を得る前に、承認申請し承認を得ることができる。
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と書かれています。上のデータが”第II相試験終了時において高い臨床的有用性を推測させる相当の理由が認められる場合には、第III相試験の結果を得る前に、承認申請し承認を得ることができる。”という薬の早期承認に対する条件を満たしているでしょうか?私にはそうはとても思えない。
最後に、少し長くなりますががん産業〈1〉―がん治療をめぐる政治的力関係の構図のP201から文書を引用して今日は終わりたいと思います。
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ソビエト生まれの抗がん剤フトラフールは、アドリアマイシン以上の利益を上げている。........大鵬薬品にライセンスが付与された結果日本でも販売されている。
1970年台におけるフトラフールの販売実績は実に大きくアメリカ生まれのどの抗がん剤もおよそ比較にはならない。.....
しかし、フトラフールが成功を収めたのは、主としてこの薬の異常な販売方法によるものであったと言われている。ある人によるとその売られ方はまことにメチャクチャである。「日本の一部の内科医は『前がん状態にある人間、癌のおそれがある人間、あるいはがんにかかりやすい人間』を手っ取りばやく見つけては、抗がん剤を服用させる傾向にある。」
このような状態になるのは、日本の医師たちが患者に薬を売りつけることを日常業務にしているからであろう。つたえられるところによれば、フトラフールの薬価の利幅はきわめて大きく、従って医者がさらに多くの薬を売り捌こうという気になるのは、自然の成り行きであったということである。.....しかし、アメリカでは薬の用いられ方が日本とはまるで違うので、アメリカの会社が日本の会社と同じことをするとしても成功するとは思われない。
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世界では通用しない日本の経口抗がん剤(すくなくともこれまでは)、日本でも、米国に勝るとも劣らないガン産業の構図(??)は確実に存在するように思われてしかたがない。