丸山暁の「僕の考えるブログ」

いろんな言葉、情報が世界を駆け巡っている今、僕の頭で、巷のこと、都会と田舎、世界のことを考えてみる。脱構築。

改めて非武装中立

2009-11-07 21:06:14 | Weblog
 

落ち葉の中の球が2つ。奥に見えるのは、球ではなく益子で30年前に買ってきた素焼きのつぼで、手前の球は、数年前に百金で買った大理石の玉です。

益子で素焼きの球を買ったのは、素焼きのつぼに水を入れ、気化熱で温度を下げて、冷たい水が飲めるか実験したかったのだが、素焼きのつぼは、少々土臭くて辞めてしまった。多分、毎日数ヶ月続けていればいい按配になったのかもしれないが。

僕は、エコブーム、エコ家電には批判的だが、元々いまでいうエコ人間尚なのです。

最近やっと日本でも、自然エネルギー発電を電力会社が買うことになり、水力発電もその範疇になると言うが、以前から、マイクロ水力発電を進めるべきだと言っていたのが、現実味を帯びてきた。

今日は、陽気のいい土曜日と言うことで、温室の掃除と、球根植えをやりました。

千葉大女子学生事件、島根県立大女子学生事件、特に、島根の事件の首が見つかった山は、僕が少年期暮らしていたあたりの裏山というところ、あんなとこで、物騒なことが起こったものだ。もう犯罪は、都会でも田舎でも関係なく起こるようだ。

アメリカ米軍基地の銃撃事件は、現代においては兵士という職業は、人間として成り立たない(いい言葉がないので)と言う状況になってきたのではないか。

アメリカのイラク、アフガン、ひいては湾岸戦争、ベトナム帰還兵がどれだけ精神的に破壊されたかは、アメリカの存続に係わる問題ではないか。

国家は、その辺りにも責任を負うべきである。もちろん、他国の国民は殺してはならない。

人間を、間化しなければ兵士など存立し得ない。特に、国家の命令だからと人を平気で殺せる人間は、ほとんどいないのではないか。

民主党も非戦という視点で、アフガンに対応すべきではないか。国家とて、殺人は罪である。このあたりで、日本共産党は、非武装中立と言う原点に立ち返り、理論武装をすべし。

今日は土曜日、この話は深くなるので、お終い。