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私を知る

自覚を中心に悟りのヒントを書いています。自覚とは「私」に意識を向け、一切は「私」の考えであることを自覚していくことです。

私識苦

2025年03月21日 09時38分00秒 | 悟り

◇私識苦◇

 

昨晩、夜中に目が覚めて眠れないので、悟りのことを考えていました。

考えていたのは、解脱の悟り要素を完結に凝縮させるとすると、何と言うべきかということでした。

仏教に無常、無我、苦というものがありますが、今一つしっくりと来ず、私は不満なのです。

苦はいいのですが、無常は余りに当たり前で浅いし、無我は素直に読むと私が無いと読めてしまい、言葉が良くない上、実体が無いというその主眼となる概念のポイントも、少しずれているというか、足りないのです。

解脱の必要要素には、実体の有無以上に重要な要素として、非有非無(一切について有るとも無いとも言えない)があるのですが、無我ではこの要素が抜け落ちてしまうのです。

 

解脱の要素についての私の結論は、

「私識苦」

です。

 

「私」とは、普通に捉えた私であり、自分自身のことです。

「識」とは、意識あるいは連鎖的に展開する識のことです。

「苦」とは、その字の如く苦です。

 

解脱とは、この三要素を悟ることなのです。

言い換えれば、「私=識=苦」を悟ることなのです。

 

なお、私が識であることを悟れば、無常も、無実(無我)も、無根(一切に根拠が無い)も、非有非無も、自ずと悟ります。

これが大悟です。

さらに苦を悟ることで、解脱となります。

 

 

◇「私」に意識を向ける自覚についてのご紹介は、例えばこの文章をお読みください(「自覚を始められる方へ」)。
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読んで頂いてありがとうございました。
 

 

 

 

コメント (4)
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