徳川家康は秀吉に江戸城を与えられ天正18年(1590)8月1日に入城するが、伏見城を居城としていた。そしてそれまでの江戸城を作り直して家康の天守が完成したのが天正12年のことである。
この家康の天守を2代将軍秀忠によって、慶長11年(1606)から大改修工事が始まり、翌年完成した。秀忠と仲が悪かった3代家光は元和8年(1622)本丸の大改造工事をはじめ、翌年完成したが明暦(1657)の大火ですべてが消失する。翌年本丸御殿などを再建するが天守の再建はなりませんでした。
徳川家康は秀吉に江戸城を与えられ天正18年(1590)8月1日に入城するが、伏見城を居城としていた。そしてそれまでの江戸城を作り直して家康の天守が完成したのが天正12年のことである。
この家康の天守を2代将軍秀忠によって、慶長11年(1606)から大改修工事が始まり、翌年完成した。秀忠と仲が悪かった3代家光は元和8年(1622)本丸の大改造工事をはじめ、翌年完成したが明暦(1657)の大火ですべてが消失する。翌年本丸御殿などを再建するが天守の再建はなりませんでした。
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