再生核研究所

色々な事を書きます。少しでも良い社会にしたいと思います。良い社会のために  -よっちゃんの想い から-

日韓歴史問題について:

2009-10-11 06:09:22 | Weblog
日韓歴史問題について:
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa5355229.html

これは 当然の疑問で、私たちも 同じ疑問を持ちます。 国際会議などでも 韓国の人は アメリカ人に向かって、日本人のいる前で、日本は謝罪しては、いないなどと言っているのです。 するとアメリカ人は それは良くないと 我々に言うのです。 問題は 国家レベルや法的には 解決していると考えます。 所が日本人の一部から、 あの戦争は 悪くなかったのだ というような発言が、あちこちから立ち、それらが 不愉快に感じさせていると思います。 愛国者が 余計な事を言って 政府を困らせている事情があると思います。 ドイツやイタリアの場合には 問題なく 悪いことをしているので、そのようなことを弁解する余地がない とも言えるのではないでしょうか。大抵、喧嘩、騒動には どちらにも 非があるものですので、注意したいと思います。 戦争を戦った尊敬する人の 次の文章も 重く受け止めていきたいと思います。

2.7 第二次世界大戦と日本の良心(2007/4/12):

5:30 ちょうど次のような事を考えて、目を覚ましました。 研究室に座るとなお桃の花があでやかで、桃の花の寿命の長さに驚かされます。鶯が遠くで鳴いています。
さて ここ数日 次のようなメールに改めて、日本の良心として触れておくべきではないかと どうしても気になっていたのです。それが今朝 吹き出したたわけです。
この感想は、私と同じ年代の人たちには、圧倒的に支持される自信があります。
「声明」は、軽い現代の常識的立場の整理だと思いました。この程度の見解が「第2次世界大戦について、十分な反省」をした結果だかどうか、頼りないようにおもいました。この声明案の基本的な問題は、「第二次世界大戦をどう考えるか」「いわゆる戦犯をどう考えるか」の二つに絞られると思います。(声明の趣旨は それらにはなく、それらを留保して、靖国問題の対応の仕方に在ります、外交や、国内で絶えず問題になっているからです) 小学校入学が満州事変、中学入学の時が日中戦争、4年の時に第二次大戦、高専卒業の時に終戦。正に戦争とともに大きくなりました。戦中派として「第二次世界大戦をどう考えるか」という問題についての回答は、「声明」が考えている現代の一般的常識とはかなり違います。次の資料を折に触れ、繰り返し見て、私の若き日の記憶と照らし合わせるだけです。「総合世界史図表(第一学習社)1987」「総合日本史図表」「コンサイス世界史年表」「世界年表(河出書房)」それに高校の教科書です。今日もこの返事を書くために世界史図表をめくりなおしました。(歴史的な流れがあったと述べ、一応の理解を示しましたが、具体的に事実を見ると、よく分かります。)
世界史はまさに戦争の歴史です。とったりとられたり、栄枯衰盛、食うか食われるかの争いです。この図表(全240頁)の半分ほどの120頁以降、欧米各国の世界侵略のすさまじさが記録されています。スペイン、イギリス、オランダ、フランス、アメリカ、それにロシアなどいわゆる当時の先進諸国が、インド、アフリカ、カナダ、アメリカ、南米、中央アジア、シベリア、にむけた目に余る身勝手な侵略戦争の歴史です。中国だってその渦のなかで、周辺諸国を侵し、欧米からは侵される、不思議なお混乱のなかにありました。これらの大国は、17世紀から20世紀にわたって、世界各地を恐るべき勢いで、傍若無人に侵略しまくって、植民地にしてしまいました。20世紀に入った頃、スペインはフィリッピンを、オランダはインドネシアを、イギリスはインド、ビルマ、マレー半島、それにオーストリアを、フランスはベトナム、カンボジャ、ラオスを、つまり東南アジアの全域を侵略しつくしていました。アメリカも遅ればせながら、スペインからフィリッピンを奪っています。太平洋の島々もイギリス、フランス、アメリカの領地にくみこまれてしまいました。その上、勢いをつけたイギリス、ドイツ、フランス、ロシアなどが、競って中国侵略を着々と実行していました。日本に対しても、中国に対する侵略と同じ手法で、治外法権の外人居留地をもうけたり、不平等条約を押しつけたり、で明治維新以来、侵略の初期段階にあったと思っています。ロシアと中国の清朝も、中国東北地区から韓国へと勢力を拡大すべく圧力を強めていました。
このような欧米諸外国からの侵略に対する危機感や対抗意識が、私の若い頃の日本の底流にあったと思っています。諸外国はみんなお行儀がよいのに、日本だけが侵略者でした、などとはどのようにひっくり返っても言えません。第二次世界大戦の本質は、世界列強の世界侵略に対する日本の切ない反逆です。(この事実を重く受け止めるのは 靖国問題に触れた私たちの良心と思います。)
次に「いわゆる戦犯をどう考えるか」です。第二次大戦を前述のように考えているから、戦争裁判がまともなものであったとはとても考えられません。どちらがより悪い侵略者だったかを純客観的に考えられる人はいません。非はいつも相手側にあるものです。 しかも勝敗がつけば、必ず敗者側に押しつけられるものです。それが正しいなどというわけにはいきません。たった1回の東京大空襲で非戦闘員の一般市民を徹底的に殺戮して10万人の死者を出し、同じ非人道的な殺戮をあちこちの都市でおこないました。その上、1発の原爆で広島20万人の非戦闘員を殺戮したことも許せません。このような桁外れの悪逆非道を犯した犯人を裁かないで、戦争裁判の正当性を主張することなどはとても承伏できません。戦犯問題は茶番です。(この辺は 私達は正確に理解していましたが、何か小さな事、慰安婦問題や、連行などでごたごたしているのは誠に変ではないかと、私達は述べてきているのです。そこで逆に 日本が小さな存在であったら、アジアは西欧列強に占領されて、どうなっていたか分からないという考えが 湧いてきました。しかし、声明は靖国問題に対する対応を述べているので、それでよいと思いますが、これらの事を心に止めて、明るい未来を志向し、友好関係を深めて行きたいと思います (2007/4/12)。

良い社会のために―よっちゃんの想い― から
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