高天原(たかあまはら)三丁目

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古事記 : 黄泉返りと禊ぎ(よみがえりとみそぎ)

2016-06-08 12:45:28 | 古事記




黄泉返りと禊ぎ(よみがえりとみそぎ)


こうしてイザナギノミコトは、やっと黄泉の国から地上へ戻られました。(このことから、日本語の「よみがえる=蘇る・蘇る」は、「黄泉の国から返る」という意味が元になっているのす。)


イザナギノミコトは

「わたしは、とても汚く穢(けが)れた醜(みにく)い国へ行ってしまったので、みそぎ(禊ぎ)をしなければならない。」

とおっしゃって、九州の日向の「橘の小門の阿波岐原(たちばなのおどのあはきはら)」にお出ましになり、みそぎをなさいました。

その時に、身につけていたもの(杖・帯・袋・衣服・袴・冠・腕輪)を投げ捨てする時に十二柱の神々が出現しました。


衝立船戸神(つきたつふなどのかみ)、道之長乳歯神(みちのながちはのかみ)、時量師神(ときはかしのかみ)、和豆良比能宇斯神(わずらいのうしのかみ)、道俣神(ちまたのかみ)、飽咋之宇斯神(あきぐいのうしのかみ)、奥疎神(おきさかるのかみ)、奥津那芸佐?古神(おきつなぎさびこのかみ)、奥津甲斐弁羅神(おきつかいべらのかみ)、辺疎神(へさかるのかみ)、辺津那芸佐?古神(へつなぎさびこのかみ)、辺津甲斐弁羅神(へつかいべらのかみ)



そして、イザナギノミコトは

「上流の方は水の流れが速く、下流はおそい。」

とおっしゃられて、海の真ん中で身体をお洗いになった時に、十柱の神々がお生まれになりました。


最初の二柱の神は、黄泉の国にいたときの汚れたものから生まれた神(禍の神)で

ヤソマガツヒノカミ(八十禍津日神)とオオマガツヒノカミ(大禍津日神)です。


次に生まれた三柱の神は、黄泉の国で取り憑いた禍(わざわい)を取り除くときに生まれた神で、カミナオビノカミ(神直?神)、オオナオビノカミ(大直?神)、イズノメ(伊豆能売)です。


次に生まれた六柱の神は、いずれも海の神です。

海の底で身体を洗われた時に生まれたソコツワタツミノカミ(底津綿津見神)とソコツツオノミコト(底筒男命)
海中で身体を洗われた時に生まれたナカツワタツミノカミ(中津綿津見神)とナカツツオノミコト(中筒男命)
海面で身体を洗われた時に生まれたウエツワタツミノカミ(上津綿津見神)とウエツツノオノミコト(上筒男命)

以上のうち三柱のワタツミノカミ(綿津見神)は、安曇氏(あずみうじ)たちの祖先の神です。

また、ソコツツ、ナカツツ、ウエツツの三柱の神は、住吉神社に祭られている神です。

最後にうまれた三柱の神々は、左の目をお洗いになった時に出現したアマテラスオオミカミ(天照大御神)、右の目をお洗いになった時に出現したツクヨミノミコト(月読命)、鼻をお洗いになった時に出現したスサノオノミコト(須佐之男命)です。