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こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

ティグリス・ユーフラテス刑務所-【17】-

2019年06月07日 | ティグリス・ユーフラテス刑務所
【モーゼの発見】ローレンス・アルマ=タデマ


 今回は、ちょっと前回のお話の続きです♪(^^)

 え~っと、いつだったか、HKで、初代ガンダムの制作裏話(?)っぽいのをやってたことがあって……「へえ~。そうだったんだー!!」とかなりのところびっくりしました。

 いえ、たぶんわたし見てたの、再放送ので、小学校低学年ながら、かなりのとこ夢中になって見てたんですけど――ガンダムって、最初の放送時から爆発的に人気があったに違いないとずっと思いこんでいたというか(^^;)

 でもそうではなく、同じ時間帯に超人気あった宇宙戦艦ヤマトをやってたこともあって、視聴率はあんまりよくなかったとのことで……「う゛~ん。これはかなりのところキツいなあ」と思ったり。。。

 あれだけのものを作っても、視聴率よくないと色々な方面からあれこれ言われたり、ただでさえアニメの制作現場ってキツいのに、それでもあれだけのクォリティを保ってやってくって、ただごとじゃないですよね、実際(^^;)

 そんでこれはイデオンも大体のところ同じだったそうで、しかもガンダムと平行して制作してたとか、なんか人間じゃないって感じがします、思いっきり(笑)でも、イデオンがすぐ人気でなかった理由はなんとなくわかる気がするんですよね。わたしも主人公コスモのあのアフロ頭見ただけで、「なんか見る気失せる」みたいに最初は思ってましたから。。。

 それはさておき、今、「ガンダムオリジン」やってますよね♪HKで

 最初は見るともなしに見ていたものの、何回目からかだんだん面白くなってきて……「そっかあ。これがシャア誕生の裏話かあ」みたいに思ったり。

 そんで、最初のEDも、昭和時代のアニメの雰囲気を思いだす感じがして好きだったんですけど、今、「水の星へ愛をこめて」をララァでやってるじゃないですかww

「うっわ。ずるい。これずるいよぉ~♪」なんて思いながら、毎回ちょっとじーん☆と来てしまうのですが……かなりどうでもいいことですが、わたしが生まれて初めて買ったガンプラって、ララァのエルメスでした。そんで、かなり間置いて次に買ったのがハマーンさまのキュベレイで、わたしが自分の人生でガンプラなるものを買ったのはこの2体だけです。。。

 それで、HKのガンダムの裏話っぽい番組を見たあと、思ったんですよね。まあ、視聴率も良くなくって、打ち切りのような形で初回放送時は終わったということだったので――最初から人気でていて、次の放映についても決定していたとかだったら、ララァの運命って、どうなっていたんだろうって

 んで、「逆襲のシャア」を初めて見た時も、アムロやシャアのその後が見れるということで、わたしこれ、相当期待してました(これはみなさんそうだったと思うんですけど^^;)。でもまあ、「え?結局アクシズ落としってなんだったの?」という、わたしの感想というのはあまりに凡庸なもので……「相変わらずスッキリさせてくれんなあ、富野はww」という感じの思いを持ちました(ありがち、ありがち☆笑)

 でも今オリジン見てると、そうした色んなこと思いだして、「嗚呼」みたいになりますねえ。シャアって確か、ララァのことを「わたしにとって母となる女性だったんだ」みたいに言ってませんでしたっけ?だから、オリジン見て初めてその意味がわかったと言いますか(^^;)

 やっぱり、ララァのエルメスがアムロを庇ったというのは、あらためてすごいことだったんだなって思います。父と母の死の復讐のために、ザビ家に対し色々な画策をするシャアの気持ちというのが小学生の頃はよくわかりませんでしたが、「そうなる以外道のなかった男の生涯」というふうにシャアの人生を見ていくと……決して満たされることのない復讐者というか、だから復讐などすべきでない――と言われても、人間の性(サ・ガ☆笑)としてそれは無理だという意味で、シャア・アズナブルっていうのは、あらためて魅力的なキャラクターだったんだなあ、なんて思いました。。。

 小学生の頃は、「なんかシャア、カッコいい!!」くらいな感覚で見てるだけなんですけど、この広い宇宙のどこにも、もう会いたい人の魂はないと感じる孤独っていうんでしょうか。もちろん、死後、宇宙の彼方で魂同士が愛しあえる世界みたいのがある……みたいな示唆は描写としてあるわけですけど、でも、シャアが背負ってる孤独の匂いって、何かそんなよーな感じのことですよね(^^;)

 いやいや、シャアとハマーンさまが相容れないのが何故だったのか、今さらながらわかって結構このあたりも自分的に驚きだったり、「オマエ、今ごろそんなことに気づいたのかよ!」的なことが結構あって、オリジンも続き見るのがだんだん面白くなってきました(笑)

 そんなわけで、今さらながらガンダムの小説でも読んで、そのあたりについて色々知りたいと思うようになったという、今日このごろであります

 ではでは、「ティグリス・ユーフラテス刑務所」も今回で最終回となりましたm(_ _)m今ちょっと「耳鼻科医ですが、何か?」という、書いても書かなくてもどーでもいいような小説書いてるんですけど……もし暇があったら、あと残り1本ある小説の連載でも開始しようかどうしよっかなって思ったり思わなかったり。。。なので、気が向いたらまた連載はじめようかなって思ってます(^^;)

 それではまた~!!


 誰がカバーしてるんだろうと思ったら、コムアイさんだったんですね~♪




     ティグリス・ユーフラテス刑務所-【17】-

「ああ、ありがたい」

 男は、年の頃は三十代前半で、頭のほうは綺麗に剃り上げており、耳には金の耳飾りをしていました。麻の茶色い衣服を着、高価に見える靴まで履いているところを見ると……おそらくはどこか高貴な家に仕える使用人ではないかと思われます。

 親切な町の女たちは、ラバも水を飲めるように家畜用の甕(かめ)も貸してやり、他にラバが腹をすかせているだろうと、飼料まで分けてくれました。

「御親切、痛み入ります。ところで私は、この町の王さまに会いたくてやってきたのです。どうすればお会いできますか?」

 女たちは視線を交わしあうと、その中で一番年長の、スー・シャリアが答えて言いました。彼女は腕のいい薬師でしたので、エデンの町の多くの人々から尊敬されている女性でした。

「どれ、うちの息子をひとつ使いにやろうじゃないか。何ね、おたくさまがいきなり王というか、まああたしたちゃそんな呼び方はしてないがね、王さまといってもあの人は間違いじゃないだろうね。あたしたちみんな、あの人のお陰で生活のほうが随分豊かになったしね。まあ、おたくさまが村長(むらおさ)に突然会いにいっても、あの方は気にもしないだろうよ。けれどまあ、あたしたちもおたくの素性なんて何も知らないわけだから、そうするのが礼儀ってものなんだろう。ま、おたくはとてもいい人そうには見えるがね」

「いえ、まったく貴女さまのおっしゃっるとおりで」

 男は恭しくスー・シャリアに向かって礼をしました。

「是非、そうしていただければと存じます。何分、私と致しましても、王さまに失礼があってはいけないと思うものですから……」

 その場にいた女たちはみな、名前もわからぬ男に対して好感を抱きました。そして、スー・シャリアが息子を呼び、彼が「外の遠いどっかから、誰が来たっていえばいいの?」と聞いたもので、その時男はこう答えました。「サレムという町の王、メルキゼデクさまの使い、レヴィが大切なお話があって参ったと、そうお伝えください」

 その時、秀一はいつものように畑にいました。彼は町一番の権力者といってもいい立場だったかもしれませんが、相も変わらず朝から晩まで、町のみんなと一緒に真っ黒になって働いていました。そして彼が、こうした農作業の傍ら、最近はじめた養蜂業のことにあれこれ思いを馳せていると……スー・シャリアの息子がやって来て、「村長さあん!なああんか、外からねーえっ、お客さんが来てるんだって!」と、いかにも嬉しそうに告げたのです。

「外から?それはバラム村からということかい?」

 バラム村もエデンも、どちらも今ではひとつの町といって差し支えありませんでしたが、秀一は今も、町の人々に村長と尊敬をこめて呼ばれています。

「ううん。ぜんっぜん違うの。なんだっけな……サレムっていう町の王さまの、メル……メルデキデスとかいう人の使いのレヴィっていう人が、村長さんにとっても大切なお話があってはるばる遠くからやって来たんだって!」

「そ、そうか。それで、その人は今一体どこに?」

 この時、秀一の頭には実は、すぐにはかつての<神である聖なる方>との約束のことは、まるで思い浮かびませんでした。エデンにもバラムにも、時々キャラバンが宿を借りるということがありますが、彼らが前に何度か、「昔、イスラエルと呼ばれていた場所に今、メルキゼデクという名前の力ある王さまがいる」と言っていたことは覚えていました。今はこのメルキゼデクという人が、昔、イスラエルだった場所のほとんどを治めているということでしたから。

「んっとね、村の中央の水飲み場にいるの。とっても疲れたご様子で、でも母さんたちに『水を飲んでもいいですか?』って、ちゃん聞いてから飲んだんだよ。あと、ラバを連れててね、ラバも喉が渇いて腹をすかせてるように見えたから、村の女の人たちはラバにも水を飲ませてあげて、エサも分けてあげたの」

「そうか。それは良かったな。じゃあ、これからちょっと俺がその人に会ってみよう」

 秀一はそう言って、小麦畑のまわりにいた人々に合図すると、自分はとうもろこし畑の間から「よいしょ」と外へ出て、スー・シャリアの息子のホクトと一緒に町へ続く道へと歩いてゆきました。ちなみに、ホクトという名前は、秀一がスーから頼まれて名づけた名前でした。日本の漢字で表わすとしたら、もちろん言うまでもなく<北斗>と書きます。

「ねえ、村長。母さんがさあ、村長自ら旅人さんのとこまでやって来たんじゃ、なんか『安っぽい』って言ってたよ。だから、村長さんは自分のおうちで奥さんと待ってて。そしたらオイラがさ、あの感じのいい旅人さんを村長さんちまで連れていくから」

「そうか、なるほどな」

 まるで他人ごとのように秀一が感心して言うと、北斗はまだ七歳であるにも関わらず、笑っていました。

「もう、しっかりしてよお。あの人、見た目は良さげな人っぽいけど、よその人だから結局、どんな人かなんてわかんねえもの。だからさ、あとからうちの父ちゃんとか、さり気なく村長さんちに連れてくよ。あと、村の他の男の人なんかもさ」

「そうだな。ま、そのあたりはホクトが適当にやってくれ」

 秀一は、自分の家の前でホクトと別れると、白塗りの自分の屋敷で余所からやって来たという客人のことを待つことにしました。中で家事仕事をしていた涼子にもそのように伝え、秀一はターバンを取ると、それを巻き直すことにしました。他に、衣服のほうも新しいのに着替えるということにします。

「でも、どうしようかしら。出してあげられるのは、パンとあとは果物が少しあるきりだわ。他には干しぶどうの菓子とぶどう酒くらいしか……その遠くからやって来たっていう人に、失礼にならなけりゃいいんだけど」

「いや、あるもので構わんさ。そのかわり、夕食は少しいいものを食べてもらおう。いい牛の肉を焼いたのや、とうもろこしのクリームスープや何かそんなものをね。その人がどこから来たにしても、真心さえ見せれば蔑むといったことは決してあるまい」

 キリシマ夫妻がそんな話をしていると、例の客人がホクトに連れられてやって来ました。「おじさん、こっちだよ!」と言う、ホクトの可愛い声が窓から聞こえてきます。

 涼子が窓から外を覗いてみると、確かにそこには、一目見て<よそ者>とわかる背の高い男の姿がありました。また、様子から察するに、何か物騒な用件でやって来たようでもないようだと、彼女は見てとりほっとしました。

「やあ。これは、どうもどうも」

 レヴィという客人が玄関の敷居をくぐると、秀一は席を立って彼のことを出迎えました。第一印象としては相手のことを(良さそうな男だ)と感じましたが、さりとて、彼がどんな用件でやって来たのか、秀一にはとんと思い当たるところがありません。

「お初にお目にかかります。私は、かつてその昔はイスラエルと呼ばれた領土を現在治めておられます、メルキゼデクさまの従僕でレヴィと申す者です。実はあなたさまに折り入ってお願いがございまして……」

 そう言ってレヴィは、立っている秀一の前に跪くと、まるで彼を礼拝するように頭を下げています。

「ええと、その御用件というのは、一体どんなことですか?それに、あなたはメルキゼデク王のしもべであって、私のしもべというわけではないのですから、どうか顔を上げてください。そうでないと、あなたの話をよく聞きもしないうちから、あなたの願いごとを聞いてしまいそうです」

「実は……私の仕えるメルキゼデクさまは少し不思議なお方でして。王として非常に賢い方でもあられるのですが、先読みの預言者としての力もお持ちでして……そこで、ある幻がメルキゼデクさまに示されたのです。ここから――つまり、私どもの住むサレムの町から、遠く離れた東のエデンという場所に、神の言葉をいただいて、まだ嫁を娶っていない王の息子がいる、と。そして、メルキゼデクさまの娘のひとりをその方に嫁がせるようにと、そのような託宣が王にお下りになったのです。そこで、メルキゼデクさまが信頼を置く侍従のひとりである私めを、王はお遣わしになったといったような、そのような次第でして……」

 おそらく、元イスラエルがあった場所からここまでというと、1000キロ弱はあったでしょう。それを、ただ自分の仕える主人が「そうおっしゃったから」というその言葉だけを信じて、遠く旅をしてくるとは……秀一はこのレヴィという男に対して、それだけでも十分信頼に足るような何かを感じることが出来ました。それに、彼を遣わしたメルキゼデク王の侍従に対する強い信頼感をも感じることが出来たかもしれません。この男であれば、きっと自分の命に忠実に応えてくれるだろうとの……。

「そうでしたか。確かに、あなたの――いえ、メルキゼデクさまの、というべきですかな。おっしゃるとおり、うちには息子がひとりいます。正確にはふたりおったのですが、次男のほうは十歳になるかならないかで天に召されてしまったものですから。それで、うちの長男のシュートは今三十になります。この歳でまだ結婚していないというのは、このあたりの村の風習としては珍しいことなのですが、実は私もある時……今、村に祀られている神に、こう語られたことがありまして。息子のシュートには、同じ村の娘を娶ったりすることなく、外から女性を娶るようにと。そこで、そのような縁談が外からあるはずと思い、ずっと待ち続けているうちに――息子は今年三十になったのです。かつて神にそう語られてから、もう十三年にもなるのですが……」

「そ、それは……まさしく運命というものでありましょう。正直私も、こうしてあなたさまにお会いするまでは、少しばかりメルキゼデクさまのお言葉を疑うところがありました。けれども、今はこうして苦労して砂漠を旅してきて本当に良かったと思います。メルキゼデクさまが王の御子息に嫁がせたいとお考えになっているのは、末娘のリベカさまのことでして。とてもお綺麗な方で、今年二十三歳になられました。まあ、容姿の点は保証することが出来ると思うのですが、少々ご性格のほうに問題が……ゴホッごほっ。いえ、なんと申したらいいでしょう。少々気のお強いところがあると言いますか、ご自分の申したいことははっきり言う性分と言いますか……ですがまあ、唯一お綺麗ということだけは保証できるかと存じます、ハイ」

 レヴィが微妙な言い方をしたため、秀一と涼子は顔を見合わせました。この場に今、シュートはいません。他の村の人々に混ざって、彼もまた小麦畑で働いていましたから。

「一応、息子のシュートにも聞いてみなくてはと思うのですが、私どもがずっと待ち続けたのは、メルキゼデクさまの末の娘さんで間違いないように思います。ちょっと今、畑のほうに人をやって呼んで来させます。なので、少々お待ちを……」

 そう言って秀一が立ち上がると、ちょうど折りよくシュートが家に入ってくるところでした。外に立っていた男たちが(彼らは盗み聞きしたかったわけではなく、余所者が何か害をなしはしないかと心配していたのです)気を利かせて、先にシュートのことを呼びに行かせていたのです。

「あ、あの、初めまして……」

 シュートはもともと内気なだけでなく、人見知りする質でしたから、もう三十歳にもなるのですが、どこかもじもじしていました。

「おお!これはこれは、初めまして。お初にお目にかかりまする。私、元イスラエルがあった国の全体を治めておられます、メルキゼデクさまの従僕レヴィと申す者でございます。我が王メルキゼデク王は、大変不思議な方であられまして、哲学、自然、文学、科学……その他色々なことに通じておられまして、天におられる神なる方とも、祈りをとおして通じておられる方なのです。そこで、ある時メルキゼデクさまにある託宣が下ったのでございます。メルキゼデクさまには息子が三人、他に娘が四人おありになられるのですが、ただひとり、末娘のリベカさまだけが、今もお手許においでになって……言うなれば、末娘のリベカさまはメルキゼデクさまにとっての秘蔵っ子といって良いでしょう。何より、メルキゼデク王が修めておられる学問のすべてを学びたがっておいでで――リベカさまもあまり御結婚といったことには興味がなかったようなのですが、メルキゼデク王に託宣があって以来、「そういうことなら、嫁いでもよい」と、そうおっしゃっておられました。この託宣というのが、東のエデンという町の王に、まだ独り身でいる息子がいるので、その方とリベカさまを結婚させると良い……といったような内容のもので、そこで私が王の信任を得て、このように出向いてきたといったようなわけでして」

「そ、そうなんですか」

 シュートは確かに、十七歳の頃に父からそのような話を聞いたのを覚えていましたが、あれから一向なんの変化もなかったため、半ば以上そのことを忘れかけてさえいました。けれども今のレヴィさんの話を聞いていて、そのリベカという名前の女性に少しばかり……というより、かなり――興味を持ったかもしれません。お父さんのメルキゼデク王が修めておられる学問に興味があり、哲学や自然や文学、科学といったことに興味があるらしい、という部分に特に。

「とてもお美しい方らしいぞ。年のほうは今、二十三歳だとのことだから、おまえよりも七つ年下かな。シュート、どう思う?」

 秀一も涼子も、至極真面目な顔をしていました。と言いますのも、やはり一国の王さまの娘ということは、やはり責任が大きいですし、性格が合うかどうかというのもあります。けれども、秀一の元に来た、あるいは来ている、来続けている神なる存在と、サレムの王であるメルキゼデク王にこの託宣をした方とは、同一の存在ということから見ても……この話を引き受けるべきだというのは、三人ともわかっていたと言えます。

「どんな方なんですか?王さまの娘さんっていうことは……生活水準も僕らと違うでしょうし、果たしてこんなところへ来て、僕の奥さんなんてやって、楽しいものかどうか……」

 すると、レヴィはどこか(とんでもない)という顔をしていました。

「いえ、我々のほうの生活水準というのも、決してそう高いということはありません。また、リベカさまもあまりお料理とか家事がお得意というわけでもなく……グホッ、ガハッ。あ、失礼致しました。変な咳が出てしまいまして……ですが、結婚してよそへ嫁ぐというのはそういうことですし、その部分についてはリベカさまも覚悟しているようでして、ハイ」

「この話、このまま進めても大丈夫か、シュート?その、神殿のほうでそのように託宣があったからこそ、今まで私たちもずっとそのことを信じて待ち続けていたわけだし……」

「うん。もちろんわかってるよ、父さん。ただ、向こうでこっちのことを気に入らなかったどうしようっていうか。だって、そんないいところのお嬢さんが、僕みたいな……言ってみれば七つも年が上のオッサンと……だから、大丈夫なのかなと思って」

「…………………」

 先ほど、レヴィはメルキゼデク王の末娘のリベカさまは容姿の美しい方だと言っていました。ですから、王の娘ということもありますが、彼女と結婚したがる男性というのは、これまでにも随分たくさんいました。けれども、リベカさまは大変なファザコンでいらっしゃるので、どのような立派な殿方にも心がなびくということはなかったと言えます。

 また、今回のことでリベカさまは大好きなお父さまの元を離れなくてはならないことをとても悲しんでおられるのですが――また、同時にこれは尊敬する父王のためにもなることだとわかっておいででした。何故といって、もし仮に東から大きな軍がやって来た場合、他に軍の拠点となる町があるかどうかというのは、非常に大切なことでしたから。

 また、このことについては秀一も認識していました。今は、バラム村もエデンの町も平和に過ごしていますが、今後、アフガニスタンやパキスタン、インドといった国の中からこちらに遠征しようという軍隊が現れた場合……あるいは、アフリカの方面からそのような強大な軍が現れたような場合、<後ろ盾がある>というのは非常に重要なことです。

「その、リベカさまはあまりそのう……こう申してはなんですが、男の方に興味のないところがありまして。ですから、個人的な意見ではございますが、シュートさまは少し――おそらくはリベカさまの御趣味に合っているのではないかと思われますが……まあ、家事などはお母さまに根気強く教えていただいて、そうしたこともまた、そもそも神さまの結ばれた御縁ということで、我慢していただくということで……その他、こちら様でもリベカさまに気に入らないことがあっても、神さまの名の下にどうにか堪えていただくということで……」

「まあ、王さまの娘さんですものね。お食事とかお掃除とか……最悪できなくても、わたしが代わりにすればいいことですし。わたしとしては、いいご縁談だと思います。ただわたし、心配なんですの。ほら、この子は今はもうひとりっ子ですし、わたしたちにもし何かあったらと思うと、なるべく早く身を固めて欲しいと思って」
 
「では、このままお話のほうを進めてもいいということで、メルキゼデク王にはお返事しても構いませんか?」

 レヴィは桐島家の父母とその息子を見、少しばかり話してみて、すっかり安心していました。確かに、生活水準のほうは下がるかもしれませんが、本質的な問題はそうしたことではないのです。レヴィは「あのご家庭ならばおそらく、リベカさまでもやっていけるでしょう」とお返事できることをこの時大変嬉しく思っていました。

「はい。息子もわたしたちの意志も同じものですので……大切なお嬢さまを息子の嫁にいただくわけですから、こちらから正式にご挨拶に行くべきと思いますが、何分、昔と違って今は飛行機ですとか、便利な乗り物もないですし、この砂漠の中をサレムの町まで行くというのは……」

「わかっております、わかっております」

 レヴィは殊更自らを卑下するように、跪き、片手を上げて頷きました。

「しもべひとりだけでも、ここまでやって来るのは大変でございました。ですから、私ひとりサレムの町へ引き返し、こちらの御意向をメレキゼデクさまにお伝えしたく思っております。そうしましたら、今度はリベカさまをこちらへお連れして……こちらさまのお気に入りましたら、そのままお輿入れということに……」

「ですが、一度くらいやはり、お互いに家族同士で会うくらいのことはしておいたほうがいいのではと思うのですが……」

 秀一は考えこみました。ですが、想像するに、サレムの町はここより遥かに――あるいは数段上の文化水準を保っているものと思われます。それは、従僕だというレヴィの格好ひとつ取ってみてもわかることでした。このエデンの町だけでとってみたとしたら、一番偉いはずの秀一よりも、彼のほうがよほど村の長老か神官か何かのようでしたから。

 そこへ、自分たちのような田舎者が出かけていって、むしろリベカ王女に恥かしい思いをさせるのだとしたら……向こうからこちらへ来てもらったほうがいいのかどうか。

「いえ、ご心配には及びません。メレキゼデクさまは優れて高い王であられる方。シューイチさまやリョーコさま、それにシュートさまにお会いになっていなくとも、大体のところ、本当はすべてわかっておられるのです。では、しもべは早速明日、サレムへ向けて出かけますが、どこか馬小屋にでも今夜は宿を借りられますでしょうか?」

「いえいえ、とんでもありません。是非、今夜はここにお泊りください。狭苦しいところですが、息子のシュートには今晩、別のところに泊まってもらうことにしますから」

 ここで、外にいたスー・シャリアが玄関口から中に入ってきて言いました。

「その方のことはうちで引き受けようじゃないか。もちろん美味しい食事付きでね。それにしてもめでたいねえ。このまま四十になってもシュートが独り身だったらどうしようって、みんなよく話してたからね。そのお姫さまが性格にちょっと難があろうと、こんな田舎へ来てくれるっていうだけでもありがたい話じゃないか。いやあ、本当に良かった良かった」

 涙もろいスー・シャリアは、この時点ですでに瞳に涙を滲ませておりました。彼女にとってシュートというのは、小さい頃から知っている、孫のように可愛い子でしたから。

 こうして、その晩、レヴィはキリシマ家で歓待されたのち、夜はスー・シャリアの家のほうで眠り、朝は彼女の手作りの朝食を食べ……お弁当と携帯用の食糧を涼子にもらって、再び自分の騾馬に乗って旅立ってゆきました。

 あれから――というのは、第四次世界大戦後ということですが、この砂漠以外の外の世界がどうなっているのか、秀一たちは噂でしか聞いたことがありません。また、昔と違ってその噂が本当なのかどうか、テレビやインターネットで調べて知るという術もなかったわけですが、キャラバンたちから入る話としてはこういうことのようでした。核が落ちてのち、世界の気候は変わり、どこの国でも作物が実らず、多くの国が大変な飢饉に見舞われたこと、そのことによる餓死者と、原因不明の伝染病によっても痛めつけられ、この世界全体として、今どのくらいの人類の生き残りがいるのかも、わからないということ……。

 また、秀一にとってそうした噂話の中で一番喜ばしかったのが、実は日本についてのことでした。嘘か本当かはわかりませんが、あのあと、地図上から一度消えた日本という国では、再び大地が隆起し、昔の日本と形は違ったにせよ、大体同じ場所に小さな島がいくつか形成され、そこでは今、火山活動が非常に活発だということだったのです。

 この時秀一は、長男シュートと、ずっと待ち詫びていた嫁との間にまだ見ぬ子供が出来、さらにその子にもまた子が生まれ……そうして増え広がった子供のうちの誰かが、いつかかつて日本のあった場所へ旅することもあるだろうかと、そんなことを夢見ていました。

 ですが、このサレムの王メレキゼデクの娘がこの半月ほどのちに、輿入れの大行列とともにやって来ると、秀一たちもエデンの町の人々も実に驚いたものです。それぞれ百頭ばかりの牛や羊や山羊、またそれだけでなく、それらの家畜を世話する従僕を三十人以上も引きつれて、またリベカ王女自身は実に立派な日除けのついた御輿を、これもまた従僕たちに担がせてやって来ていたからです。そして、この中には道案内のためにレヴィも一緒にいました。

「あ、あの方ですよ、王女さま!」

 刈った小麦を束ねている、色の白い男を指差してレヴィは言いました。それはエデンの町の外れでのことで、向こうからもこちらの行列は見えているでしょうが、何分百メートルばかりも離れていましたから、彼が煌びやかに宝石で飾られた御輿に自分の花嫁が乗っているとわかっていたかどうかは定かでありません。

 一方、レヴィに話しかけられたリベカは、御輿の横にある窓を少しだけ開いて、レヴィの指差した方向をちらと眺めました。目を細めてそちらを見てみると、確かにレヴィの言っていたとおり、容姿のほうはそう悪くもないようです。

「ふうん。遠目に見たってだけじゃよくわからないけど、なんだか色の白い軟弱な感じのする男ね。それに、サレムに比べると町のほうも随分田舎なのでしょ?お父さまの頼みだから仕方ないけど、それにしても気が重いわね。これからはただの平民の嫁として自分の夫にかしずいて暮らさなければならないだなんて……」

「シュートさまは平民というのとは訳が違います。このエデンの町一番の権力者である方の御子息であられるのですから」

 ウォッホン、と白々しく咳をついてみせるレヴィのことを、リベカは軽蔑の眼差しによって見下ろしました。そして、扇子でしきりと顔を煽ぎながら、長旅の疲れに溜息を着いていたのです。

「町の一番の権力者の息子だっていうのに、平民のひとりみたいに汗水流して働いているのは何故よ?もしかしてあの人の両親はあの人を憎んででもいるの?」

「違いますよ。ただ、このエデンの町ではすべての人が平等なのです。シュートさまのお父上もまた、同じように毎日汗水流して働いておられるそうですよ。ほら、学校で社会の時間に習いませんでしたか?ここ、エデンの町は言うなれば、社会主義でやっているのですよ。とにかく、一見して、私はそのように思いましたがね」

「へえ、そう」と、リベカは感心したように言いました。「正直わたし、今も社会主義というのが絵に描いた餅以上の何なのかがよく理解できないわ。この世界を滅ぼす原因になったロシアという国が、その昔社会主義だったってことだけど、それだと何かがまずかったから、その後資本主義に移行したわけじゃない?それに、今はきっと町の規模が小さいから、そんなシステムでもうまくいんじゃないかしら。だけどそのうち、不満を持つ者なんていうのが現れてクーデター起こしたりとか、そんなことしてるうちにおかしなことになっていくのよ」

「…………………」

 リベカさまのお答えぶりに、レヴィは今日も口を噤むだけでした。彼女は大体こうした物言いによって、自分の父親以外の人々をやりこめてしまうのです。大変物識りで、頭のよい方でもあられるのですが、レヴィの見たところ、これから彼女が嫁入りするキリシマ家にも、そうした教養の高さがあるようでした。

 レヴィはそのことを、部屋に置いてあった本や、また夕食の場などで、さり気なく引きだした会話などから知っていたのです。彼らもまた、メルキゼデク王と同じく、その昔、実に文明が発達していた時代、世界がどんなふうだったのかを知っている人たちなのだ、ということを……。

「ま、それじゃ、その反乱分子なんてものがいたら、リベカさまが成敗なさったらいいですよ。なんにしても、シュートさまはお優しい御気性の方のようです。私が唯一心配だとしたら、あの優しそうな方がリベカさまの気の強い御性格にうんざりされるのではないかということだけですからね」

(あーっ、頭痛い……)というように、レヴィが額を押えていても、リベカさまのほうでは御輿の小さな窓から彼のことを見下ろして、ほほほ、と笑うばかりだったと言えます。

「まあ、見てなさい。結婚すると決めたからには、わたしもそれなりにうまくやっていくつもりでいますからね。とにかく、酒飲みでなく、ギャンブルもやらず、妻に暴力を振るいそうもない男というのはいいわ。知性の点でちょっとくらい物足りなくても、そんな欠点は見逃してあげることにしましょう」

 レヴィはそれ以上は何も言わず、後ろの家畜の様子を見にいくということにしました。エデンの町の入口まではあともう少しです。そうして隊列の点検をすませてのち、レヴィはこの一団の先頭に立ち、町で最初に出会った者に、「シュートさまの嫁御が参られたことを知らせてください」と頼みました。

 すると、町の入口にある広場でゴザを編んでいた男は、驚いた顔をしてすぐにすっとんでいったものです。エデンの町の広場がすぐ、数多くの家畜の群れとリベカ王女の従僕とで溢れると、そこにいた町の人々はどうしていいかもわからず、ただ遠巻きに事の成り行きを見守っていました。また、彼らがもっとも期待し、なるべく近いところで見たいと願ったのが、「実に美しいご様子をしておられるらしい」と噂の、シュートの嫁となる予定の王女さまのことだったかもしれません。けれども、煌びやかな御輿に乗ったまま、下りてくる気がないらしいと見てとった人々は、「こりゃあ、大変なことになったもんだ」と、小声で囁きかわしはじめました。

「きっと気位が高いのさ」、「一国の王女さまだものねえ」、「ありゃシュートの奴、今から尻にしかれそうでねえだか」などなど……その後、広場にやって来たのは花婿であるシュートではなく、秀一と涼子でした。そして、レヴィが「これからあなたのお義父さまとお義母さまになられる方ですよ」と小声で言うと、リベカ王女はようやく御輿を地面に下ろさせたのでした。

 そして、侍女のひとりがフットスツールを地面に置くと、リベカはその上に宝石で飾られた繻子の靴をのせ、そうして町の人々の前にようやく姿を現したというわけです。

 秀一と涼子が自分たちの義理の娘となる王女と初めて出会ったのは、広場の噴水そばでのことでした。そして、リベカが御輿から下りてきてみると、彼女は彼らが――いえ、エデンの町の誰しもが予想していない容姿をしていたと言えます。

 服装のほうは、涼しげな麻を染めて刺繍で模様を織りだしたものを着ており、耳には耳輪、手首にはブレスレット、首には豪華なサファイアのネックレス、額には蛇のついた金の額環(サークレット)をしており……いえ、それらはあくまで、リベカ王女の容姿を飾るだけのものにすぎません。

 リベカ王女は、すらりと背が高く、茶褐色の美しい肌をしていました。容姿のほうはほっそりしており、髪のほうはとても艶やかで黒々としていました。瞳のほうは青かったのですが、そこまではっきり王女の姿を身近で見れた人は少なかったかもしれません。ただ、人々はちらと見ただけでも彼女のその美しさに驚きました。エデンの町の中に、リベカほど美しい人はおりませんでしたし、彼女の美しさというのは、通常の美しさというのとは少し違っていました。何か、自分たちの間にはない、異質な美というのでしょうか。それで、彼女のことをちらとでも見た人は、何か見てはいけないものを見たような気がして、すぐ目を逸らしていました。

「こ、これはどうも……今、息子を呼びにいっておるのですが、ちょっと時間がかかりそうですので、先に住居のほうへ御案内したいと思うのですが……」

 秀一は自分でも何を言っていいかわからず、何か間抜けなことを言ってしまったように感じました。けれど、隣にいた妻の涼子が即座に助け舟を出してくれたのです。

「そうね。きっとそれがいいわ。あれからわたしたち、急いで新しい住居を造ったのよ。といっても粗末なところですけれど、とにかくまずはそちらへどうぞ」

 リベカは義理の両親に対して、彼女自身もまたどう振るまってよいのかわからず、ただ「あ、そうですか」とだけ答えると、すぐに御輿の中へ引き返していました。

 こうして、リベカは多くの従僕たちに担がれて、自分の新居だという場所までやって来たのですが――そこは彼女にとっては、人の住む家というよりも、ただの家畜小屋でした。流石に「まるで犬小屋のよう」とまでは思いませんでしたが、サレムの町で彼女は、地中海を渡ってやって来た豪華な木材の家に住んでいたのですから、そう感じたのも無理はなかったかもしれません。

 そして、ここが自分の花婿との新居だと聞かされた家の内部を見て、リベカはますますがっかりしました。急に決まった結婚でしたから、調度品類などが揃っていなくても、それは仕方ありません。それに、欲しいものはいずれ、彼女のお父さまに頼めばいくらでも送ってもらえるでしょう。けれども、部屋にワラを詰めた布団がひとつあるきりなのを見て――なんだか自分が、子供を産むための道具でしかないような、侮辱にも近い感情を覚えたのです。

 しかも、彼女の花婿だという、小麦畑で働いていた男は、一向姿を見せませんでした。リベカはその自分の新居だと言われた部屋で、情けなさのあまり、泣きはじめてさえいたのですが、家の中をちらと見た侍女は、自分の王女さまが泣くのも当然だと思いました。もちろんこの時、秀一と涼子は自分たちの息子の嫁のことを放っておいたわけではありません。ただ、戸惑うあまりどうしたものかと互いに話しあっていたのです。

「いや、そりゃ俺が話したっていいけど……でもこういうことは、女同士でのほうがいいんじゃないか?それに、こんなに早くやって来ると思ってなかったから、新居のほうも何も揃ってないし……」

「そうよね。確かにそりゃそうよ。だけど、わたしたちが想像してたどんな娘とも違っていたわねえ。なんだか、昔風の言い方で言ったら、自分の平凡な息子のところに、何故か異国のスーパーモデルが嫁に来たっていうみたいな感じ……ううん。わたしたちはべつにいいのよ。だけど、シュートとあの子、本当にうまくやっていかれるかしら。お互いのことさえ、全然何も知らないのによ」

「そうだなあ……」

 こんなふうに秀一と涼子が話しているうちに、シュートを呼びにいった者がただひとりで戻ってきていました。なんでも、本人は「仕事がある」とか「今会いたくない」と言って、何を言っても取り合わないのだそうです。

「やれやれ。仕方ないな」

 秀一にも涼子にも、息子のシュートの性格がよくわかっていました。突然、自分の嫁が遠い町からやって来たと聞かされ、しかもそれが町中のいい見世物のようになっていると感じ、すっかり気後れしてしまったのでしょう。

 そこで秀一は、町の人々に――彼らはどちらかというと、新婚の祝いを述べにシュートとリベカの新居のほうに集まってきていたのですが――「こういった事情だから、少しそっとしておいてくれないか」と頼むことにしました。「二人きりにして放っておいてもらえれば、時期それなりに仲良くなるだろう。結婚式を挙げたりとかなんとか、そうしたことはそのあとということになるだろうから」と。

 こうして、親切な思いやりある町の人々はシュートとリベカの新居から離れてゆきました。そして、シュートはといえば、あたりが暗くなり、仕事が出来なくなってからようやく家のほうへ戻ってきたのです。この時にはもう、リベカは新居の隣の、舅と姑の住む家のほうへ移ってきていました。他に、彼女の侍女がひとりと、レヴィも一緒にいます。

 家畜の世話のための従僕らは、道々そうしてきたように、町の広場に天幕を張り、おのおのそこで自炊していましたが、町の人々もまた、彼らにいくらかのご馳走を分けてあげていました。

「こ、こんばんは。初めまして」

 一日働いて、シュートはすっかり汚くなって帰ってきましたが、そのような自分を恥かしいとは思っていませんでした。と言いますのも、こんな見すぼらしい男なんかと結婚できないと娘のほうで思ったとすれば、この先一緒に暮らしても絶対うまくなどいかないだろうと、そうわかっていましたから。

 一方、リベカのほうでは、ただ目礼と、軽い会釈とで、これから自分の夫となる男に対し、挨拶を済ませていました。何も返事がなかったことで、シュートは戸惑いました。というのも、誰の目にも彼女は自分に定められた夫が気に入らないのだと、そうとしか見えませんでしたから。

 ですがこれは、ちょっとした文化の違いのようなものでした。サレムの町のほうでは、よく知らない男と話をするのはおろか、わざわざ目を合わせたりするというのは、むしろ立派な女のすることではないと、そのように見なされることだったのです。

「あーっ、そのですね、シュートさま。リベカさまは長旅でお疲れなのです。もうそりゃ砂漠の風がすごくって、声がちょっと涸れてしまったりなんかして……今日、小麦畑で働いているシュートさまのことを遠くから見て、あの方がそうなんですよ~なんて話をしたら、リベカさまも『素敵なお方』とおっしゃったりして……うぐっ」

「……どうかなさったんですか?」

 シュートだけでなく、秀一と涼子もまた、レヴィのほうを見ました。言うまでもなく、リベカさまがこの忠実な従僕の足を踏んだのです。けれども、その部分は彼らに見えませんでした。

「い、いい、いえ、なんでも。シュートさまのほうでも、リベカさまの乗った御輿が遠くから見えたのではありませんか?つまり、シュートさまのほうでも『ようやく花嫁がやって来た』と思ってるはずなのに、なかなかやって来てくださらないものですから、リベカさまは臍を曲げて……ぎひっ」

 この時はもうはっきり、リベカ王女はレヴィのことを手にした扇子ではたいていました。

「あんた、もしかしてわたしに殺されたいの!?」

 その声は全然、涸れてなどいませんでした。むしろ、よく通る美しい声でしたので、シュートのほうでは少しばかりハッとしたほどだったかもしれません。言葉の内容はともかくとして。

「いやいや、良かったじゃないか、シュート。こんなお美しい方がうちのような家に来てくださるだなんて。ほら、明日は隣の新居にも竈(かまど)が入るし、あと、家具やなんかはこれからしつらえるとして……あんまり急な話だったもので、何も物が揃っていなくて申し訳ないと、さっきも話していたところだったんだよ」

 秀一はそうフォローしましたが、涼子のほうではただ、息子とリベカという我が儘そうな娘のほうをそれぞれ交互に見やるばかりでした。先ほど、夫を外にだして、涼子は自分の意向を伝えていました。

「あの子とシュートとじゃきっと合わないわ。シュートにはやっぱり、あの子の優しい性格のわかる、そういうおっとりした子のほうがわたしはいいと思うの。たとえば、鍛冶屋の娘のミランダとか」

 その妻の意見に対して、秀一はこう答えていたものです。

「そうかな。俺はシュートには、ああいう少し気の強いところのある娘のほうがいいと思うがな。なんにせよ、ここよりずっと住みいいところにいて、そこより生活水準が下がるとわかっていて、こんなところまでやって来るだなんて……仮に最初のうちは気に入らなくても、あの子には優しくしてやらなきゃいけないよ。だって、突然見知らぬ土地へやって来て、そこで生きていくことの厳しさは、俺たちが誰より一番よく知ってるんだから」

「そりゃそうだけど……」

<見知らぬ土地での苦労>――もうあれから三十年も経つのだと思うと、涼子も不思議でした。過ぎ去ってみると、なんだかその年月はその半分ほどのようにも、あるいはもっと短くさえ感じられるというのは、なんとも不思議なことです。

 王の娘なのですから、それも無理のないことですが、リベカが気位が高いらしいというのは、彼女を見た第一印象として誰もが思うことでした。けれども、これからはまわりの誰も、おそらくリベカが気に入るような振るまいをすることはないでしょう。そのことに一体彼女がどのくらい耐えられるのか、鍵はその部分にあると、秀一にも涼子にもわかっていました。最初は不満たらたらでも、それが気の長いシュートの我慢できる範囲内に収まるくらいのものならいいのです。けれども、そうではないのではないか――というのが涼子の見立てであり、きっとなんとかなるだろうというのが、秀一の楽観的な見通しでした。

「……僕も、遠くからですが、立派な御輿とそれに続く羊や牛や山羊の群れなんかを見てました。でも、あんまり立派な行列だったもので、まさか自分に関係あるとはあんまり思ってなかったというか。まわりの人はみんな、僕の花嫁だとか、そんなふうに言ってたんですけど……」

 リベカのほうで何か、ハッとするような気配があったので、秀一と涼子は顔を見合わせると、席を外すことにしました。リベカとレヴィがお腹をすかせている様子でしたので、食事のほうはすでに済んでいました。そこで、彼らは隣の新居のほうへ一時的に移るということにし、今後のことを話しあうということにしました。侍女のレアはその場に残ろうとしましたが、レヴィが彼女のことをも連れだします。

「レヴィ。リベカさまのような身分のある方は、誰と一緒の時にも傍らに侍女を置いておくものよ!」

「いいから、こっちに来なさい。シュートさまはお優しく、繊細な質であられる方だから、おまえのような若い娘がそばにいるだけで、言いたいことの半分もお言いなさらないだろうからな」

 そんなふたりのやりとりを聞いていて、秀一と涼子は笑いました。そして、レヴィとレアには特によくわかっていたと言えます。リベカさまの「そんなに悪くもない」は「結構いい」の意味であり、もし彼女が「まあまあね」と言ったとすれば、「それはかなり良い」という意味であるということが……つまり、雰囲気として実はリベカさまはシュートのことをかなり気に入ったらしい、と見てとっていたのです。

「あんた、お腹がすいてるんじゃない?」

 自分の両親の態度があまりにあからさまだったため、シュートは恥かしかったのですが、それはリベカにしても同様だったといえます。そこで、黙りこんでしまったシュートのことを見て、リベカは自分から話しかけました。彼のほうでは、突然ふたりきりにされて気まずかったのですが、リベカはむしろ逆にこうなれて嬉しかったといえます。

「ほら、一日中ずっと小麦畑で下々の者に混ざって働いていたんでしょ?わたし、てっきりあんたの両親があんたを憎んで、強制的に働かされてるのかと思ったわ」

「べつに……あれがこの村では普通のことだから。君も、父親の王さまから言われて嫌々ながら結婚するとかなら、明日にでも国に帰ったほうがいい。ここでの暮らしは楽なものではないし、甘やかされて育ったお姫さまには絶対無理だ。それに、そうしたことで僕に不満を洩らされても、女の人同士の人間関係のことは、僕にもどうにもしてあげられないし……」

 シュートは小さい頃から、母親の気苦労といったものを見て育ちましたので、リベカにそう言ったのです。女性同士のコミュニティの複雑さに比べたら、男同士のつきあいというのは、比較的気楽なものでした。ですが、生まれてからずっと人にかしずかれてきただろうリベカに、ここでの暮らしは無理ではないかと思ったのです。

「あんたには男としての野心ってものはないの!?」

 突然ドン!と、リベカがアカシヤ材のテーブルを叩くのを見て、シュートは驚きました。

「わたしほどの女がせっかく結婚してあげるって言ってるのに、わたしと結婚すれば、お父さまの後ろ盾を得て、もっと豊かな暮らしだって送れるのよ!?それなのに、帰ったほうがいいだなんて……あんた、頭おかしいんじゃない!?」

「だから、君のそういうところがさ」

 シュートにしては珍しいことでしたが、彼はムッとして言いました。

「この村に馴染めないんじゃないかって言ってるんだ。君がお金持ちのお父さんから何を送ってもらおうとそりゃ自由だよ。だけど、そんなことをしたらここじゃ村八部にされてしまうよ。ここは、みんなが大体のところ同じ生活水準だからうまくいってるんだ。それなのに、そんなあからさまな貧富の差なんていうものを、君に持ちこんで欲しくない。それでもここで君がやっていくっていうのなら、今身に着けている宝石とか、そういうものは全部、あのレヴィっていう人にでも持って帰ってもらうことだ。もしそれが出来ないなら……」

 シュートがそう言い終わらないうちに、リベカは首のサファイアのついたネックレスと、腕のブレスレット、それに足環や額のサークレットも、そうしたすべてを外して、机の上に置いていました。

「なんだったら、この服だって脱いだっていいのよ!?」

「……いや、べつに、そこまでは」

 シュートは驚きのあまり、椅子を少し後ろのほうに下げていたくらいでした。そして思ったのです。

(サレムにもしこのまま戻ったりしたら、出戻りとして笑われるとか、そういう事情でもあるのかな……)

 彼には他に、リベカがここにいたがる理由があるとは思えませんでした。けれど、そう思い至った時に初めて、自分がひどいことを言ったのかもしれないと気づき、シュートは台所のほうへ行ってごはんを温めることにしました。自分が今少し棘々しいような気分なのはきっと、お腹がすいているそのせいだと思ったものですから。

 今晩はどうやらシチューだったようです。シュートは鍋の中のものを温めると、他に鶏肉の蒸し焼きとパンがあるのを見て、十分ご馳走だと思っていました。すると、後ろのほうからリベカがキッチンのほうを覗きこみ、「あの~」などと、彼女らしくもなく声をかけます。王女さまのこんな姿を見たとしたら、レヴィもレアもきっと驚いたことでしょう。

「あんた、男なのに家事仕事なんてするの?」

「まあね。普段は母さんがなんでもしてくれるけど……少しくらいは僕も作れる。だから、君が全然料理とか掃除とか、洗濯とか何も出来なくても、たぶんあまり困らないかもしれないな」

 遠まわしに優しい言葉をかけてもらったことで、リベカは少し機嫌をよくしました。

「あんたのお母さんの料理、とっても美味しいわね。うちの宮廷料理人の作る料理なんかより、断然イケてるわ。わたし、今すぐは無理だけど……あんたのお母さんが料理の仕方を教えてくれるなら、同じくらいのは無理でも、きっとあんたが美味しいと思えるくらいのものは作れるようになるわよ。た、たぶんだけど!」

「へえ、そう」

 シチューや鶏肉を皿に乗せ、テーブルへ置くと、シュートは籠からとうもろこしパンを取りだし、それをシチューにつけて食べました。リベカがじっと自分のほうを見ているため、秀一は「もしかして、食事まだ?」と聞きました。というのも、台所に使用済みの食器が積み重なっていたことから……もう彼らが食事済みなのだろうとシュートは思っていたのです。

「さっき、食べた、けど……」

 ぐきゅるるる~と、お腹が鳴る音を聞いて、シュートはシチューの入った皿をリベカのほうへ押しました。

「じゃあ、一緒に食べよう。さっきはきっと、父さんや母さんがいたから緊張して、あんまり食べれなかったんだろ?僕だって、逆に君の国のほうへ招かれたら同じようになるよ」

 リベカはパン籠からパンをひとつ取ると、千切ってシチューに浸してから食べました。サレムのほうでは実は、こうした食べ方は行儀が悪いとされています。けれども、それは公式の場ではそうしないということで、家族や友人同士の食卓の席では、こちらのほうが普通でした。そうしたことから、気を許した者同士のことを<同じパンをスープに浸した仲>と言ったりするのですが、もちろんシュートはそんなことは全然知りません。

 けれども、リベカのほうでは少しドキドキしながら、シュートが食べたのと同じシチューにパンを浸し……それをパクリと食べて笑いました。

「おいしい!!」

「そっか。これが口に合うんなら、君もここにいてもやっていけるかもしれないな」

(なんだ。笑うとべつに、どうってことのない普通の子と一緒だ)

 シュートは初めてそう思ったかもしれません。というのも、それが公式の場にでる時のメイクだったのかもしれませんが、リベカは目のまわりの縁を黒く彩り、アイシャドウまで塗っていたのですから、彼女が余計無表情であるように見えたのも無理はありませんでした。

「そうね。わたし、あんたとならたぶん……きっとうまくやってかれそうだわ」

「本当にそう?もしそうならいいけど……」

 ――次にこっそり、秀一たちが自分たちの家のほうへ戻り、中の様子を窺ってみますと……ふたりはそんなに悪くもない雰囲気のようでした。その日は、シュートはそのまま実家のほうで眠り、準備の整ってない隣の新居に、リベカとレアのふたりが眠りました。もちろん外には、連れてきた従僕が衛兵として夜通し立っていたようです。このエデンの町では、の創設以来、窃盗や強盗といった事件が起きたことは一度もありません。けれども、万が一何かあってはと思い、秀一も何も言いませんでした。

 こうして、この翌日からリベカはキリシマ家の一員として迎えられることになりました。新居のほうには竈のほうも入りましたし、エデンの町の人々が新婚祝いに色々なものをくれましたので、あっという間に新居のほうは手狭になっていたかもしれません。

 リベカはその後、色々な行き違いやオッチョコチョイな振るまいも見られましたが、エデンにやって来た次の日から、村の女たちがみな着ているような服を着て、涼子について家事仕事を覚えはじめました。

(どうやらこの娘は、賢い娘らしい)

 涼子はそのように見てとっていました。最初会った時には秀一も涼子も驚きましたが、どうやらシュートと結婚してもいいと彼女が感じているらしいと見てとってからは……他に言うべきことは何もなかったと言えます。リベカは姑の涼子に対しても、変に媚びるでもなく、ただ素直に教えを請うていました。

 実際のところ、大切だったのは、涼子とリベカの間で『なんとなく気が合った』ということだったかもしれません。仮に、リベカが同じエデンの町の出身でも、涼子のほうで(どこがどうとは言えないけど、気に入らない)とか(はっきりした理由はないけど、好きになれない)と嫁に対して感じたとしたら、せめて表面だけでもうまくやっていこう、と思った時点で大変なストレスだったでしょう。

 けれども、涼子とリベカは不思議と気が合いました。何より、驚いたことには、リベカのほうでは本当に舅と姑のことを尊敬しているようでした。そのことは彼らにも、息子のシュートにもはっきりわかりました。と言いますのも、秀一と涼子はふたりきり、あるいはシュートも入れて三人の時などに、日本語で会話することがよくありましたし、それはおそらくリベカの父上でさえも知らない言語でした。また、キリシマ家には、リベカが小さい頃から育ってきた王宮にもない知的さがありました。本棚に置いてある本を見ても、そのことはよく窺えましたし、彼らはただ謙遜しているだけで、町の人々以上に色々なことに関して知識があるだけでなく人間としても深みがあるとリベカは嫁として感じていたのです。

 エデンの女たちは最初、遠巻きに涼子のことを介してリベカとは間接的につきあうといった感じだったのですが、何より涼子が嫁のことを悪く言うでもなく常に庇ってくれたので、だんだんに町の女たちもリベカに気を許すようになりました。リベカがシュートの妻として迎えられてから、一年が過ぎる頃には彼女もすっかりエデンの町の女の一員だったと言えます。

 朝は、まず水を汲みに井戸のほうへ行き、そこでまず瓶に水を汲みます。そして、顔見知りの女たちと少しばかり話をすることもありますし、重い水を家まで運んだあとは、姑の涼子と一緒に食事を作ります。一応、息子夫婦は隣の家に住んでいますが、食事をする時も、あるいは夕食後の団欒のひとときも四人で過ごすことがほとんどでした。また、結婚した一年後、リベカは妊娠し、その後元気な双子の男の赤ちゃんを生みました。さらに二年後に女の子、四年後に男の子、六年後に双子の女の子、八年後に男の子が誕生し、キリシマ家はさらに賑やかになってゆきました。

 また、シュートとリベカは上の男の子三人と、上の女の子ひとりをサレムの上級学校のほうへ進学させ、双子のうちのひとりの子はそのままサレムの町に居つくようになりました。一番上の女の子は教師の免状を取得して帰ってきましたので、学校で先生として生徒を教えるようになりましたし、他の男の子たちは父親の仕事の手伝いをよくしました。双子の女の子は二卵性でしたので、それぞれ似てないのですが、お母さんによく似たとても美しい娘でした。そこで、シュートは父親として娘のことをどこへもやりたくないと考えていましたが、サレムの町の貴族たちに是非にと望まれて、この娘たちはそちらへ嫁いでゆくということになるのです。

 秀一は八十八歳、涼子は夫の亡くなった翌年に、彼のあとを追うように同じ歳で亡くなりましたが、彼らが年寄りになった頃には、町のほうも随分様変わりしていました。まず、サレムとエデンの間に大きな道路が敷かれ、そこを通ってサレムからたくさんの物資が運ばれて来るようになりました。そこで、エデンの町も石造りの家や木材で建てた倉庫や家畜小屋など、建設様式のほうも随分変わったものでした。さらに、この街道沿いに他にも街がたくさん出来……言ってみれば、シュートとリベカが結婚したことで、これらの発展があったといって良かったでしょう。

 キリシマ夫妻が初めてエデンの村へやって来た時、彼らはここにほん数家族と天幕を張って生活していました。そしてその約四十年後……彼らは石造りの大きな家に、家族十一人で暮らすようになっていました。また、街道が出来て馬車が通るようになってからは、メルキゼデク王とも親交が出来、秀一や涼子たちはサレムの王家とも親しく親戚づきあいし、たくさんの物資が豊かに送られてきたことで――キリシマ一家は祝福され続けたといって良かったでしょう。

 秀一と涼子の死因はともに老衰で、ふたりとも幸せな晩年を過ごして、人生の最後の終着点と言われる<死>を迎えました。そしてこの晩年、ふたりは互いに協力しあって、自分たちがその昔生きていた、戦争が起きる前の世界のことについて、色々と書き記すということにしていました。もしかしたらそれがいつか、孫の孫の孫にとってでも、大切な記録となるかもしれないと、そう思いながら……。

 秀一はいつも、砂丘から沈みゆく夕陽、あるいは朝陽を眺めやる時、ある種の不思議な感慨に襲われたものでした。あれから随分年月が経ち、第四次世界大戦前に生きていた人々は、飢饉や原因不明の奇病に次々倒れ、今は生き残った人類はかつて百億いたと言われるその十分の一にも満たないのではないかと言われています(もちろん、世界中をまわって正確な調査をした人間がいるわけではありませんが、そのように噂されていました)。

 秀一も涼子も、まさか自分たちがその<生き残る側>になれるとは思っていませんでした。すべてはちょっとした偶然の重なりあいによって、どうにか生き延びてこれたようなもので……他の死に定められた人々と、自分たちの間にはなんの差もなかったはずなのにと、彼らはよく思ったものでした。

(しかもこんな、人間がとても生きられるとは思えないような環境で、人生の半分以上を過ごすことになろうとは……)

 秀一は思いました。おそらく、かつて<神である聖なる方>に語られたことは、今後実現するでしょう。いつか、自分の孫の孫あたりにでも、王となる者が現れ、強大な都市国家を築くということになるかもしれません。けれども、その王が領土を拡張したり、あるいは敵国から攻め込まれるのを防ぐためには、当然軍隊が必要となり――そしてまた、戦争がはじまるということになるのです。

(本当に、悲しいことだ。そして、人間は哀しい生き物だ。俺も涼子も、人間が高度に科学を極めた時代を生きていた。それなのに、その愚かな教訓を自分の子孫に伝えることも出来ないとは……ここからまた、人類が再び全世界に増え広がり、昔のようにそれぞれ文明を築いて栄えるのだとしても――すべては虚しく、砂漠を吹きすぎる風のようなものに過ぎないとは。そして、再び科学を極めきるような時代を迎えても……結局そのことで人間は滅びねばならないのだ)

 けれど、秀一にも涼子にも、今は慰めがありました。それも、とても大きな慰めです。キリシマ夫妻は死期が近づいた時、よく亡くなった次男のアストのことを夢に見ました。そして、息子に夢の中でこう言われたのです。「いずれ、父さんと母さんがこちらへやって来たら、世界の人類がどうなっていくのか、これからは天国で見ることが出来るから大丈夫だよ」と……。

 秀一は、もうすぐ自分が亡くなろうかという時、家族の全員にベッドを囲まれて、最後に子供や孫たちに祝福を祈ってから、最後にこう遺言して息を引き取っていました。

「もし、おまえたちの孫の孫の孫にでも……もしか、とても冒険心のある者がいて、わたしたちのルーツである日本の様子を見に行っても良いという者が現れたとしたら――その子に言っておくれ。出来ることなら我々のうちの子孫の誰かは、再び日本で暮らしてほしい、ということを。それから、最後に母さんに――涼子に言いたい」

 涼子は年老いた夫の傍らで、彼の手を握りしめながら、ずっと泣いていました。

「もしおまえがいなかったら、わたしは今まで生きて来れなかった。本当に、ありがとう。こんなわたしのことをいつも信じて、ずっとついて来てくれて……」

 涼子は夫の手を握りしめたまま、ただ何度もかぶりを振っていました。そして、何事かを小さな声で囁きましたので、涼子は「え?」と言って、秀一の口許に耳を寄せました。秀一が最後に妻に言い残した言葉――それは「愛している」という、日本語による愛の言葉でした。



 終わり























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