こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア-第三部【4】-

2024年09月28日 | 惑星シェイクスピア。

 

 さて、今回はあんまし前文に文字数使えないっていうことで……残り五千文字くらいっていうと、映画やアニメの感想は長くて無理だし、なんのことについて書けばいいやらと思ったり

 

 う゛~ん。この海ドラについては、実は全部見終わってから何か書こうかなって思ってたんですけど……今、大体一日一話くらいのペースで、「エクスパンス」というSFドラマを見たりしております

 

 いえ、「だからどーした☆」という話というか、特段これも人にお薦めするようなドラマじゃなかったりします(笑)。現在シーズン4の第4話くらいのところを見てたりするのですが、わたし的にほとんどそんなに続きが気にならないというか(^^;)

 

 それなのになんで見てるかっていうと、わたしの中の分類としては「ハードSF」といったところで、設定がすごくしっかりしてて、脚本書かれてる方やスタッフさんはSFに相当造詣が深いというのか、そうした部分で純粋に尊敬する気持ちがあるため、それで自分自身のお勉強のために見ていたりするんですよね

 

 大体、地球人類が宇宙へ進出して、火星にドームを作って住み着き、さらには木星の衛星ガニメデなどにも移住している……といった設定で、地球軍・火星軍・小惑星軍の三つが、軍事的にギリギリのところでなんとか拮抗しているような関係性というのでしょうか。

 

「エクスパンス」は副題が「~巨獣めざめる~」というもので、最初わたし、それは手に負えないエイリアンが太陽系外からやって来て、最初は反目しあっていた地球軍・火星軍・小惑星軍だったが、その後力を合わせて立ち向かう――的なお話をなんとなくイメージしてたような気がします。そんで、この「巨獣」というのは確かに太陽系外のエイリアンの一種のようなのですが、「プロト分子」と名付けられており、わたしの今見てるところまでだとはっきりその正体まではわからないものの、ほとんど万能的なヤヴァい存在のようだ……ということまではなんかわかってるって感じです(^^;)

 

 ようするにプロト分子を人間が軍事利用した場合、とんでもないことになるぞ――みたいな話で、さらには人間(地球人類)には扱えないそれを、すでに高度な文明を持つエイリアン側では扱い方がわかっており、この文明差というのがたとえるとすれば、向こうはこちらが住む太陽系を滅ぼしても、人間が蟻を踏んだほどにも痛痒を感じない……というくらいの開きがある、ということらしい

 

 それで、これはあくまでわたし個人の勝手な見方なんですけど、シーズン4~5はともかくとして、最終シーズンである6が結構☆の評価が高いみたいなので、結局最後どうなるのかという部分に期待して、「続きが気になって毎日3~4話は続けて見ちゃう」みたいな感じではまるでないものの、毎日ちょっとずつ見て最後まで見られるといいなあ……と思ってたりするんですよね。まあ、途中で挫折する可能性もあるとはいえ、色々な意味で「すごくよく出来てるSF」と思うので

 

 んで、わたし昔から何故か「火星」が大嫌いだったのです(笑)。これは自分でも「それが何故か」というのはまったくわかりません。たとえば、せらむんのセーラーマーズとかは好きなんですよ、普通に……そして、火星を飛ばして木星や土星、天王星や海王星なんかは地球から遠くへ行けば行くほど大好きになり、水星や金星なども好きなわけですでも、何故はっきり「火星」だけがこんなにもキライだと言い切ることが出来るのか、自分にもよくわかりませんでした。なんと言っても「火星だってェ?カーペッ!!火星なんてダッセェんだよっ!!」なんて、偏見に満ちたことを何故かず~っと直感的に思ってきたわけですから……。

 

 そのわたしの意識を変えたのが、言うまでもなく萩尾望都先生の「スターレッド」でしたそれでも火星を愛する主人公のセイがあんなに魅力的じゃなかったとしたら――やっぱり火星だけキライなままだった可能性もあるわけですけど、セイのお陰ですっかり火星嫌いのほうが治癒され、今は地球人が移住するのに条件の整った星として、面白い目で見ることが出来るようになった気がします

 

 つまり、「火星」と聞いただけで、以前までは何か見たり読んだりする気がゼロになってたものの、たぶんそれは今の時点では「人間なんてそんなちっぽけなものだ」という、かなり限定された範囲内にいざるをえない限界として――心や精神や魂のようなものは、太陽系の端のオールトの雲あたりにいるつもりなのに、肉体のほうは生きている間、人類がそのあたりにまで到達することはない現実に対する、なんというか「退屈なつまらなさ」によるものだと思うんですよね(^^;)

 

 ゆえに、「エクスパンス」も以前までのわたしであれば、絶対見てないSFドラマなのですが、見終わったとすればまたあらためて感想書くかもしれません

 

 それではまた~!!

 

 ↓主様、ありがとうございますエクスパンス、SFとしては設定しっかりしてるのにめちゃ地味なんですよね(笑)。でも、めちゃ派手系で人気あるSFも好きですが、自分的にもっと人気でて欲しいと願ってやまない作品ですんで、自分的にドラマの見どころとして宇宙規模の国家犯罪サスペンスと並んで、シーズン1~2だったらたぶん、「プロト分子の謎」、「プロト分子とはなんなのか」という謎解き部分があるような気がします。宇宙刑事(笑)というか、ケレス出身のミラー刑事は、地球の大富豪の娘ジュリー・マウの消息を追っていくのですが、ミラーは写真で顔を見たことがあるだけで、直接本人に会ったことはない。けれど、いつしか彼女と恋に落ち……という、わたしが今見たところまでで一番面白くて続きが気になったのは、大体そのあたりの展開かな~と思ったりあ、副題の「巨獣」ですが、確かに比喩でもなんでもないとしたら、今のところわたしも「巨獣?一体どこに」とか思いつつ見てます(笑)。ラストまで見ればたぶん意味わかるんだろうな……なんて思いつつ(^^;)

 

 

 

       惑星シェイクスピア-第三部【4】-

 

(ええと、なんか変だな。北の門から入って、一番大きい通りに繫がる道がその先に続いてるんだけど……)

 

 この違和感を、自分が随分長いことボウルズ町へ戻ってこなかったせいだということで無理に解決し、バロンは通りをさらに進んでいきました。けれど、ボウルズ町の目抜き通りとなっている、一番大きな中央通りから――そこからであれば間違いなく見えるはずの、バランの建てた立派な城がありません。代わりにそこには昔住んでいたことのある、いくつもの城館が立ち並んでいました。

 

(そんな馬鹿な……こんなの嘘だ………)

 

 そう思いながらもバロンは、両の目から涙がとめどもなく溢れて来ました。バランが新しく城を建てた時、そのお披露目パーティにバロンも参加していましたが、その素晴らしさを褒め称えつつも、バロンにはひとつだけ悲しいことがあったのです。何故ならかつて自分が生まれ育った、今は亡き母との思い出の詰まった城館が、その前に取り壊しになっていたからです。

 

 中央通りは人通りも多く、バロンは人の間を縫うように進み、出来るだけ急いでボウルズ家の城館のほうへ向かいました。その昔、ボウルズ家はまだ爵位を与えられていたわけでもない、ただの地方豪族だったのですが、騎士として武勲を立てることでバロンのご先祖さまは従騎士の身分より徐々に出世していったというわけなのです。ですから、最初に持っていたのもほんの小さな土地であり、それからそこに自分の城館を建て、出世し、また建物を増し加え……と、少しずつそんなふうにして、このあたり一帯の土地を統べ治めるようになっていったのでした。

 

 かつて自分の住んでいたことのある城館へ向かう途中、バロンは町の人々の噂話をあれこれ耳にしていました。「ええっ!?じゃあ、ガへリスさまとガレスさまは、竜退治に出かけてそのままお戻りにならなかったって言うのかい?」、「そういうことになるな。今までは留守のほうはカラドスさまがお守りになってきたが、これからはボウルズ家の全領地は末の弟のカラドスさまが正式にお継ぎになるそうだ」……バロンは町の人たちの言葉に耳を疑いました。

 

 けれど、(時の井戸というのはもしやそうした意味なのか!?)とも思っていたのです。そして、自分の記憶を遡らせて色々と思い出そうとしました。伯父のガへリスとガレスが竜退治に出かけ、ともに帰らぬ人となったため、父のカラドスがボウルズ家の正式な領主になった時のことを……バロンはぼんやりとですが、一応覚えていたのです。

 

(そうだ。あの頃、まだ自分は小さくて、肉親の死といったことについてもよくわかってなかった気がする。それで、伯母たちや母さんや父さんが泣いているのを見ても、どうして泣いているのかすらよくわからず、子供なりに悲しさをぼんやり感じたというそれだけだったんだ……)

 

 母さん、とバロンは思いました。もし時の井戸の繋がった先が過去で、彼の母レオノーラが生きていた頃だったとしたら、まだ生きている母にもう一度会えるのではないかと思ったのです。

 

(そうだ!!べつに会って話せなくたっていいんだ……ただ遠くからもう一目だけ、母さんのことを見ることさえ出来れば……)

 

 一度そのことを思いつくと、バロンは他のことを一時忘れてしまいました。この時代にトンネルの通じていたのが何を意味するのか、もう一度ちゃんと元の場所へ戻れるのかどうかなど……考えなければいけないことは本当は山ほどあったはずです。けれど、そうしたことは一度すべて棚上げしておいて、まずは随分昔に死んでしまった母親に一目会い、あとのことはそのあと考えたかったのです。

 

 その昔、ガへリスとガレスとカラドスのボウルズ家の三兄弟は、同じ敷地内にある、それぞれ別の城館に暮らしていました。ですから、互いの城館をよく行き来しながら、それぞれの家族と仲良く親戚づきあいしていたのですが、ガへリスとガレスの息子たちというのが、これまた父親譲りの冒険好きで、竜退治とまでは言いませんが、それに近い危険なことをするうち――他にも広い地所等を得たのは良かったのですが、そのうちに跡継ぎを残すことなく死んでしまったわけです。もっともこの時代には伯父の息子たち(バロンにしてみれば従兄弟)も生きていたのですが、彼らが新しく得たボウルズ家の土地を、のちにバリンとバロンはそれぞれ継ぐことになったわけでした。

 

 ボウルズ家所有のいくつもの城館は、高い塀や鉄柵などに囲まれており、当然門のところには門番がおり、それのみならず守備兵も見張りの任についていました。とはいえ、バロンは知っていました。どこの塀が一番低く、こっそり出入りするのに適しているか、どこの生垣を通れば一番の近道であるか……といった、そうしたことを。

 

 この時、実はバロンが一番驚いたのは、犬に襲われた時のことです。その白と茶と黒のビーグル犬は、最初容赦なく嚙みついてこようとしたのですが、一度バロンのことを地面に引き倒したほど驚かせておきながら――最終的にこの賢い犬のコリンは、バロンの全身の匂いをしつこいくらい嗅ぐなり、ある種の理解を示して尻尾を振りだしたのでした。

 

「コリン……まさかおまえ、オレのことがわかるのか!?」

 

 バロンは驚きました。他の人間であれば、それが仮に父親でも母親でも、あるいは血を分けた兄弟のバランやバリンでも――「オレは別の時代からやってきた、もうひとりバロンなんだよ」といくら言葉を尽くして説明したところで、理解などしてもらえないに違いありません。

 

 けれど、犬のコリンはわかってくれたようでした。実はこのビーグル犬、バロンが六歳の時に誕生日プレゼントとして父カラドスが首にリボンをつけて贈ってくれたものだったのです。

 

 このあと、しきりと尻尾を振って後ろをついてくるコリンとともに、バロンはガラスの植物園のほうへ向かいました。そこは彼の母親が薔薇の研究をしていたところで、植物園のほうには薔薇以外にも色々な種類の珍しい花の鉢植えが並んでいたものでした。また、ここの敷地にはガーデンテーブルを囲ってガーデンチェアが並んでおり、そこでレオノーラは義理の姉ユリエノールやマキシーヌとよくお茶をしていたものです。

 

 バロンは小さな頃、母を慕ってよくこの植物園のまわりをうろちょろしていたものでした。植物に興味があったということもありましたが、どちらかというとそのあたりで遊んでいると、母がユリエノールやマキシーヌと話す愉快な会話を色々聞けたからです。時々、そこには彼女たちの夫の悪口――というのではないのですが、「男の人ってどうしてああなのかしら」といった際どい会話も含まれており、バロンは(聴こえていない)、あるいは(意味がよくわからない)という振りをしながらも、(ふうん。女の人っていうのはそんなふうに感じるものなんだ)と、ぼんやり思ったりしていたものです。

 

 薔薇園のほうに、母レオノーラが今いるかどうかはわかりません。それでも、そのあたりにある茂みにでも隠れてさえいれば……いずれ母が姿を現すのではないかと思い、バロンはじっと待つということにしたわけです。

 

「やれやれ。困った奴だな」

 

 さんざんっぱら頭や全身を撫でてやったのに、コリンはなおもまだ遊んで欲しそうな素振りを見せています。そこで、バロンはそこらへんにあった棒切れを拾っては投げ、拾っては投げ……ということを何度も繰り返し行わねばなりませんでした。

 

「そろそろ勘弁してくれよ。じゃないと、オレの肩がぶっ壊れちまう」

 

 けれど、そんなふうに口にしながらも、やっぱりバロンは嬉しいのでした。というのも、この犬のコリンもまた……この約十年後、バロンが十七歳の時に天寿をまっとうするような形で亡くなっていたからです。

 

「まったくこんなんじゃ、母さんのことを一目見る前に涙腺がぶっ壊れちまうな……」

 

 犬のことを「よしよし」と可愛がるうち、バロンの両の瞳にはまたしても涙がこみ上げてきました。そして、コリンのほうでも彼の気持ちがわかるのかどうか、まるで慰めるように頬をつたう涙を何度となくなめてくれました。

 

 やがて、キィと扉の開く音がしたかと思うと、ガラスの温室のほうへ誰かが入っていったのがわかりました。(この頃の自分はまだ、六歳とか七歳くらいだったはずだ……)と思い、バロンは慎重に茂みから出ていくことにしました。ちらと今の彼の姿が視界に入っただけでも、二十数年後の息子の姿とは決してわからず、すぐに警護の兵を呼ばれてしまうでしょうから。

 

(こんなところで、何か小さな罪によってでも取っ捕まって牢獄へ入れられたんじゃ堪らんものな。とにかく、母さんの顔を一目見さえしたら……そのことに満足して、一度あの土手のほうへ戻ろう。ラヴィやロックやグリンも心配してるだろうからな)

 

 この時、バロンは薔薇の手入れをする母の後ろ姿を最初に見、(もう少し違う角度から、はっきり顔のほうを見たい……)と思い、ガラスの外から慎重に母レオノーラのほうを窺っていました。ところがこの時、いつもは賢い犬が、突然この一番まずい瞬間にワン!!と吠えましたもので――「まあ、一体誰?」という母の優雅な声が聴こえ、バロンは慌てて逃げだしました。

 

 そして、この時にガラスの温室から出てこようとした母の姿を瞼の奥に留めると……ある種の満足を覚え、バロンは一目散に走って逃げたのでした。

 

(母さん、母さん!!優しかった母さん……生きてる、この時代にはまだ確かに生きて存在してたんだ……っ!!)

 

 そんな当たり前のことが、この上もなくバロンの胸を熱くさせました。バロンの母はこの約三年後、バロンが十歳、バリンが十三歳、バランが十五歳の時に肺の病気で亡くなりました。もともと瘦せ型だった母がみるみる痩せ衰えていく姿を見るのは、幼かったバロンにとってつらい体験だったものです。

 

(それなのにオレは……母さんが今も生きていたら、がっかりするようなあんな堕落した生活を長く送ってきたんだ。でも、これからは本当に心を入れ替えるつもりでしっかりしなけりゃいかん。三十も越えたいい大人の男が、今更心に誓うようなことでもないが……)

 

 こののち、バロンがいくつもの生垣の近道を抜け、補修の必要な石壁を越えようとした時のことでした。ビュンッ!!と突然弓矢が傍らを掠めたかと思うと、石壁のひび割れた部分に突き刺さりました。見ると、茂みの奥からごそごそ姿を現す子供の姿があります。

 

(げげっ。バリン兄さん!?)

 

 続いてもうひとり、子供がそこから出てきます。すると、犬のコリンはそちらへ一目散に駆けてゆきました。

 

(うげげっ。今度は小さい頃のオレじゃねえかよっ!!)

 

「バラン兄さあ~んっ!!曲者がいるよお。ずーっと茂みに隠れてコリンの相手してさ、母さんに姿を見られた途端逃げだしたんだっ。絶対あやしい奴だよ、こいつ!!」

 

 幼いバロンは探していた犬が見つかると、コリンと遊ぶのにすぐどこかへ行ってしまいました。ですが、バリンは二十歳も年上の弟を捕まえる気満々らしく、一番上の兄のことを「こっちこっち」とばかり、手招きして呼んでいます。

 

「まあまあ、そういきりたつなよ、バリン。犬のコリンも懐いていたようだし、そんなに悪い人ってこともないんじゃないか?」

 

「ええ~っ!?絶対こいつ、花泥棒かなんかだよ。ママが研究してる新種の薔薇の花かなんかを盗みにきたんだっ。絶対そうに決まってるっ!!」

 

 バリンは腰に差していた自慢の短剣を引き抜くと、「オラァ、オラァ!!」とばかり、空中を切り裂き、しきりとバロンのことを脅してきます。

 

「いっ、いやあ、おじさんはね、そっちのお兄さんが言ったとおり、決してあやしい者ってわけじゃないんだ。何も盗んでないし、やましいことは何ひとつしてやしない。ほんとだよっ!!」

 

「い~や、違うねっ!!今何もしてなくても、いずれ盗みに入るための下見か何かのためにやって来たに違いないっ!それにやましいことが何もないなら、警護兵に調べられたっていいはずだ」

 

「ふうむ。確かにバリンの言うことにも一理ある」と、まだ十二歳かそこらだというのに、なんとも賢そうな顔をしたバラン少年が頷きます。「こうしてはどうだろう、バリン。父上に御意見を聞くんだ。警護兵にこの人のことを引き渡したら、あの人たちはそれが仕事だから、当然色々尋問したりするだろう。でも、この人は悪い人そうにも見えないのに……下手をしたら牢獄行きということになってしまう。この人にもきっと家族ってものがあるだろうし、それじゃちょっと可哀想だものな」

 

(オレの家族は君たちだよ……)とバロンは思いましたが、もちろんそんなこと、口に出しては言えません。

 

 バロンは「変な動きをしたら、すぐグサッ、だからな!すぐにグサッ!!」と、短剣で脅してくるバリンに頷いてみせながら、ボウルズ家の長男と次男に挟まれ、今はもう存在しない彼らの城館のほうへ連れて行かれました。

 

「とうさーんっ!!母さんの大切な薔薇園のあたりに変な奴を見つけたよーうっ!!兄さんがさあ、父上の御意見を聞くべきだっていうから、一応そうしてみようかと思ったんだー」

 

 片方の扉が開いているカラドスの執務室のほうへ、バリンは入っていくなりそう叫びました。バロンはバランが自分のガウンの袖を引いたので、くるりを後ろを振り返りました。すると、彼は小さな声で、彼の耳許にこんなことを囁いたのです。

 

「弟は、単に父上に褒めてもらいたいだけなんですよ。だから、まあ何かまずいことにならないように、あとから必ず僕があなたを逃がして差し上げます」

 

「あっ、そ、そうでしたか……」

 

(この頃からもう兄さんは、子供とは思えないくらいしっかりしてたものな……だからオレもバリン兄さんも、バラン兄さんならボウルズ家の領地をしっかり管理して守っていけるものと、すっかり頼りきっていたんだ……)

 

 とはいえ、この兄ふたりとも、今から約二十年後には、例の闇の骸骨騎士どもの塔に囚われの身となってしまうのです。バロンは小さい彼らに――二十年ちょっとした頃にこーしたことが起きるからよくよく注意するようにと、その運命の回避方法について手紙に書き記して渡そうかと思ったほどでした。

 

(そうだっ!!今はまだ十歳とか十二歳くらいの彼らにこんなことを話してもさっぱりちんぷんかんぷんだろうし、もし仮に納得してもらえたにせよ、頭のおかしいおっさんが何かおかしなことを言い残していったくらいのこととしてすぐ忘れてしまうだろう。でもその点、父さんなら……)

 

「おい、盗人!!父さんが入ってもいいって言うから、こっち来いよ!」

 

 扉の向こうからバリンが顔を出してそう言いました。今では兄のバランですら(やれやれ)と心の中で思っているらしきことが、バロンにもよくわかります。

 

「レオノーラの新種の薔薇を盗んだというのは、本当ですかな?」

 

 この時、父カラドスの顔の表情の中に(何、ちょいと子供の遊びにつきあってやるまでのことですて)といったような悪戯っぽさがあるのを見て、バロンはほっとしました。そしてこの時、実はバロンはすでにあることを思いついていました。

 

「いえ、実をいうと……カラドスさま、是非ともカラドスさまに見ていただきたいものがあるのでございます」バロンは殊勝げに続けました。「きっと、一目見るなりお気に入っていただけるものと思ったのでございますが、このように不躾けに押し売りのようなことをするのもどうかと思い直し、出直して来ようかと思ったところ――賢いご子息さま方に捕まってしまったというわけでして」

 

 このバロンの言葉を聞くなり、バリンは明らかにがっかりしていました。本人はすっかり稀代の大盗賊でも捕まえた気でいたのですから、無理もありません。

 

「そうでしたか。では、そのお品というのはどのようなものですかな?」

 

 カラドスはバリンの話からてっきり、それは妻のレオノーラが喜ぶような種類のものなのだろうと判断していました。たとえば、大きな宝石の原石であるとか、そういった類の。

 

「ええと、ちょっとそのう……お坊ちゃま方には外に出ていただいて、カラドスさまとふたりきりで商談のほうはさせていただきたかったのですが……」

 

「あっ!!やっぱりこいつ、あやしい奴だよ、父さんっ!顔だってどことなく泥棒面してるじゃんっ!!絶対こんな奴の口車に乗って騙されたりしちゃ駄目だって!!」

 

 この点、この中にいる誰よりもまずバロン自身こそが(そりゃそうだよな……)と、兄の意見に賛成でした。けれど、カラドスには何か思うところがあったのでしょうか。しつこく反対する真ん中の息子のことを長兄に任せると、バロンとふたりきりになることを承諾してくれたのです。

 

「それで、お話のほうというのは……?」

 

 息子たちの姿がなくなると、カラドスは途端に油断のない、厳しい顔つきになりました。自分があやしさ三百万点といった人間のようにしか見えないことは、誰よりバロン自身が承知していることでしたが、彼はまず、自分が腰に差している白い布で巻かれた剣を差しだしたのです。ガへリス伯父さんの悲報がもたらされたということは、例の宝剣のほうも戻って来ているはずだと、そう思っていました。

 

「こ、これは……っ!!」

 

「それから、こちらの品もご覧ください」

 

 バロンは例の大楯のほうも、背中から外し、カラドスの執務机の上へ置き、白い布切れを外してゆきました。何故こんなふうに白い布で巻いていたかというと、盗賊といった連中に目をつけられてはいけないと思ったからでした。こうした黄金に宝石の嵌まった素晴らしい武器や防具というのは、売れば大金になるものでしたし、武人であれば喉から手が出るほど欲しいものでもあったでしょうから。

 

「な、なるほど。わかったぞ……つい最近、ガへリス兄さんとガレス兄さんの悲報がもたらされたばかりだが、これはおそらくそのことに関係があるのだな。そなたのことを見た瞬間、何故すぐ気づかなかったのか不思議だが、残りひとつ<時をかけるブーツ>のほうは、今あなたが履いていらっしゃる。そちらのほうは、わしが厳重の上にも厳重に管理してしまっておりますゆえ、あなたがどのような大盗賊でも盗んだものでないことはわかっております。つまり、あなたは、あなたは……」

 

 つかつかとこちらへ近寄ってくると、カラドスはバロンのことを突然力強く抱きしめました。それから、信じがたいことをバロンの耳に囁いたのです。「我が息子よ……!!」と。

 

「どっ、どうして……父さん、どうしてわかったの!?オレ、どんなに言葉を尽くして説明しても、絶対わかってもらえないと思ってたけど……」

 

「ふふん。そりゃあわかるさ」と、カラドスはどこか自信ありげでした。「今おまえがここにこうして存在しておるということは、未来で何かが起きたのじゃろう?わしだって、おまえと同じ<時をかけるブーツ>の所有者じゃからな。むしろもっと早くにピンと来るべきだったわい」

 

「父さん、時をかけるブーツって何?オレ、このブーツのことは<五十人の敵に囲まれても絶対逃げられるブーツ>って聞いてた気がするけど……」

 

「そいつはおかしいな。まあ、確かに五十人もの敵に囲まれても逃げられることは確かじゃが、その魔法のブーツの効能はそれだけではない。ブーツの踵を一度叩くと風のように別の場所へ移動でき、二度叩くと時空を越えて移動が出来る。そして、三度踵を叩くと、戻るべき場所へ帰ることが出来るというわけじゃ。したが、おかしいな。ブーツの継承者には代々、引き継ぐ時に必ずそのようにレクチャーされるはずなのじゃがな」

 

「も、もしかしたら……父さん、最後は喉が詰まったように咳ついて亡くなっていたから、ちゃんと全部説明する前に息絶えてしまったのかも……あ、あと、そのことでちょっと気になることがあったんだ。父さん、最終的にバラン兄さんが<五十人の敵を前にしても絶対勝利する宝剣>を、バリン兄さんが<五十人の敵を前にしても絶対無傷でいられる大楯>を、オレが<五十人の敵を前にしても絶対逃げられるブーツ>を選ぶと、この『ドアホウめが!!』って言って、オレたちのことを叱りつけたんだよ。それで、オレたちは三人とも何か間違えた選択をしたんじゃないかって気がしたけど、でも父さんはそのあとすぐ亡くなってしまったから……」

 

「ふうむ……どうやらわしは、自分で言うのもなんじゃが、随分と間抜けな死に方をするようじゃな。実をいうとだな、それはおそらくわし自身の体験からくる忠告でなかったかという気がする。ほれ、つい最近、こちらではおまえの伯父のガへリスとガレスが亡くなったとの悲報がもたらされたばかりでな……今もわしは、バリンがこの部屋のほうへ飛び込んでくるまで、兄たちのことを考えておった。例の<時をかけるブーツ>によって、兄たちが竜退治へ行くことを止められはしないだろうかといったことをな。ふたりとも、一度こうと決めたら絶対にそれを成し遂げようとする頑固さを持っておったから『未来で兄さんたちは死ぬことになるだろう。だから竜退治へなど行かないで』と言ったところで……やはり、あのふたりのことを止められはせんかったろう。だが逆に、こうは考えられんか?ガへリス兄さんが<五十人の敵を前にしても無傷でいられる大楯>を持っていたとしたら?あの大楯であれば、火竜の炎ですらも凌げたはずじゃからの。それで、ガレス兄さんが<時をかける>ブーツを持つのじゃ。さすれば、海蛇の暴れる荒れた大海からでさえも、おそらくは逃げ切ることが出来たじゃろう。まあ、三兄弟の中で一番剣の腕が振るわぬわしがあのような名剣を持つなどというのは宝の持ち腐れもいいところじゃが、もしかしたらそれこそが正しい選択だったのやもしれぬ。竜をも殺すという名剣であれば、他にもあろうからな……あれほどの宝剣は最初からガへリス兄さんには必要ないものだったのではないじゃろうか」

 

「父さんの言いたいことはわかるよ。それに、たぶんそこまでのことをオレたち三兄弟に話して聞かせてから亡くなる予定だったのに、その前に事切れしまったんだろうなってことも……でね、こっからは今オレがここへ来ることになった経緯について聞いて欲しいんだ。それで、父さんの助言が欲しい。これからオレたちが一体何をどうすべきなのかということを……」

 

 ふたりは執務室に置かれたソファに並んで腰かけると、バロンは未来で一体何が起きるのかを話して聞かせました。すると、父カラドスは何度となくうんうん頷きながら話を聞き、時に疑問を差し挟め、それから最後に――深く何かを考え込むようにしていたのです。

 

「まさか、将来的にそのような恐ろしいことが起きようとは俄かには信じがたいことじゃが、わしにはひとつだけわかることがある……今わしは、ガへリス兄さんとガレス兄さんを救うため、時をかけるブーツで過去へ跳ぶべきかどうかと悩んでおったところじゃった。だが、ガへリス兄さんとガレス兄さんの死が変わっていないということは、わしはそんなことをせんかったのじゃろうな、結局。ありがとう、バロン。それだけでもおまえがここへ来てくれたことには意味があったのじゃ……して、未来のバランとバリンの身の上のことじゃがな。最後まで騎士として勇敢に戦い、五十一人目の敵に倒されたとか、そうしたことなら――わしも父として、同じ騎士道を重んじる者として、バランやバリンの死についても納得できたかもしれぬ。が、そのようなこの世のものとも思えぬ者らに囚われ、今一体どのようなことになっておるかもわからんとは……息子たちが死んだと聞くより悪いことではないか。それでバロン、おまえはどうするつもりでおったのじゃ?」

 

「そのう……今の父さんの話を聞いていて思ったんだ。たとえば、あくまでもたとえば、なんだけど……父さんが亡くなるあの臨終の席か、その少し前くらいにこの<時をかけるブーツ>で跳んでいくことが出来たとして、バラン兄さんがまずこのブーツを選び、それからバリン兄さんはやっぱり大楯を選び、それからオレが宝剣を選んでいたら良かったんじゃないかな。つまり、オレがこのブーツを選んだのは、何かあった場合いざとなったら逃げられるという安心感が欲しかったからなんだ。もしそんな、時を駆けることの出来る力まであるなんて最初からわかっていたら、とても恐ろしくて選ぶことなんか出来なかったろうと思うよ。その点、バラン兄さんは違う。バラン兄さんなら賢く正しくこのブーツを扱うことが出来るだろう。父さん、オレが今考えているのはね、大体のところ次のようなことなんだ。バラン兄さんが例のシャリオン村にまで調査へ行く……そこで何が起こっているかを目にして自分だけでは手に負えないと考え、ロックと一緒にバリン兄さんや宝剣を持つ俺に助けを求めにやって来る。こうすれば、おそらく三兄弟力を合わせ、何故あんなことになったのかの理由を暴き、色々なことを元に戻し、ボウルズ町にも平和がやって来ることになるんじゃないだろうか」

 

「うむ、よくぞ言った、バロンよ」

 

 未来の立派に成長した末の息子のことを見、カラドスは感動のあまり、もう一度がっしりと愛しい息子の肩を抱きました。

 

「それが最良の選択ではないかというように、わしも思う。わし自身、おまえが元のいるべき場所へ帰ったあと、このことを将来の遺言の下書きとして書いておくことにしよう。それにしてもバロン、立派になったな……わしは父として、おまえのことを本当に嬉しく、誇りに思うぞ」

 

「父さん……」

 

 しっかりやるのだぞ、と背中を叩かれ、送りだされると――カラドスはいくつもの城館を囲う門のところまで、バロンのことを送っていってくれました――その途中、レオノーラにふたりは出会いましたが、彼女は不思議そうな顔をして、実の息子にこう言っていたものです。「もしかしてあなた、どこかでお会いしたことが?」と。

 

「ハハハッ!!毎日顔を合わせておるがな」

 

 もちろんそんなはずありませんので、レオノーラは夫が冗談を言っているのだと思いました。けれど、バロンのほうではこれですっかり思い残すことは何もなかったと言えます。母が亡くなって二十年以上にもなりますが、まさかこんな形によってでももう一度会えるだなんて、思ってみたこともなかったのですから……。

 

 門番に門を開けさせると、カラドスはもう一度、自慢の息子のことをがっしり抱きしめ、それからバロンのことを送り出していました。最後、もうここより坂を下れば、城館が見えなくなってしまう……というところで、バロンは再び後ろを振り返りましたが、カラドスはまだそこに立ったままでいたのでした。

 

(父さん……本当にありがとう、父さん………!!)

 

 実をいうと、バロン自身は過去のカラドスに告白したことで、色々と助言も得られ心も楽になっていたのですが、その一方、今ごろになって父の心労を増やしてしまい、非常に申し訳ないと思っていたのです。

 

(そうだ。そういえばちょうどこの頃からだったっけ……父さんが武芸その他のことで、オレたち兄弟のことを厳しく育て上げようとしはじめたのは。それはてっきり、ガへリス伯父さんやガレス伯父さんの死を受けてのことだとばかり思っていたけれど、そうじゃなかったのかもしれない。オレがこんな……バラン兄さんもバリン兄さんも、将来は生死不明の酷い状況に巻き込まれるだなんていう話をしたから……)

 

 バロンは通りを歩く間もずっと泣いてばかりいました。通りを歩く人々も、いい年をした大の男が人目も憚らず涙を流すのを見て――時折ぎょっとしたような顔をした婦人がいたり、笑いだす子供がいたりしたものですが、彼は一向気にしませんでした。今の自分はこの時代には本当の意味で関わりなどなく、こうした町の人々の記憶からもすぐに忘れ去られてしまうでしょうから。

 

(でも、確かにそうだ。未来のボウルズ町に住んでいた人々は今一体どこへ行ってしまったんだろう?ここにいる人たちの中のどのくらいが二十数年後も生きているのか、ここに住んでいるかどうかすらもわからない。だけど、そうした人たちのためにも、オレは必ず未来を変えなくちゃいけないんだ……)

 

 バロンが、例の時の井戸から通じていたと思しき土手のほうへ戻ってみますと、そこにはラヴィとロックとグリンの三人が、どこか心許なさそうに、所在なげな様子でしょんぼり佇んでいたものでした。

 

 実は三人は、バロンを追ってボウルズ町へ入り込んだまでは良かったものの、彼がどこへ行ってしまったか途中でわからなくなり、少しばかり過去の世界を見学してから、こうして元の場所まで戻って来ていたのでした。ここが過去の世界だ、と何故わかったかといえば、理由があります。町の人々が色々とあれこれしゃべる噂話に耳を傾けるうち――ロックがまず真っ先にそのように気づいたのです。

 

「バ、ババ、バロンさまあっ!!」

 

「もうバロン、あたいたちを置いていくだなんてひどいじゃないよおっ!!」

 

「あー、良かっただ。これでオラもすっかり安心だべ」

 

 彼の姿を発見するなり、三人とも土手から一目散に駆け寄ってきました。それからバロンは、過去の自分の家のほうへ戻って父カラドスと話したことや、これからどうすべきかについてなど、三人に順に説明して聞かせました。

 

「……というわけでだ。まずオレたちは、次に今から十三年後、父さんが遺言を今遺さんとする臨終の席、その場所まで飛んでいかなけりゃならん」

 

「えっ!?そりゃ、バロンは時をかけるブーツの所有者なんだから、それでいいかもしれないけど……」

 

(あたしたちは一体どうすれば……)とラヴィが言おうとするのを、バロンは彼女の唇にしっ!というように指を置いて止めました。

 

「大丈夫だよ。父さんから、この時をかけるブーツの取説(トリセツ)については教えてもらったからね。ラヴィもロックもグリンも、オレの体のどっかに触ってさえいれば、一緒に時を移動できるらしい」

 

「らしいって……そんなんでほんとに大丈夫なの!?」

 

「オイラはバロンさまの言葉をすべてすっかり信じるよ。なんでって、もしそうじゃなかったらオイラたち三人、こんな二十何年も昔の世界でこれから生きていかなきゃならなくなるんだぜ」

 

「んだ、んだ」と、頷いてグリン。「とにかく、なんにしてもまずは試してみるだよ」

 

 こうして三人は、めいめいバロンの黒のガウンの裾やら、金のバックルのついたベルトのあたりやら、肩のあたりやらに手を置いて――周囲に誰の目もないのを確認すると、時の移動を開始しました。

 

 果たしてそれが、<時の通路>と呼ぶべきものなのかどうかわかりませんが、時の通路を移動する間、四人の目には色々なものが見えました。全然知らない貴族の女性が、泣きながら高貴な身分らしき騎士のことを突き飛ばしていたり、戦争へ向かうと思しき騎馬隊が土煙を上げて馬を駆けさせてゆく姿や、商人たちが自分の売る品の良さを手を叩きつつ声高に叫んでいたり……まるで、誰か他人の夢の中を次から次へと移動するように、そんな光景が四人の真上や真下や右や左を風のようにヒュンヒュンと素早く飛んでゆきます。

 

「えっ!?やだあ。何よ、あれっ!もしかしてあたし!?」

 

 相手は誰かわかりませんでしたが、ラヴィはローブ姿の男の腕に自分のそれを回し、恋人に対するように嬉しそうにしています。

 

「も、もしかしてあれ、オイラか!?」

 

 ロックは全然知らない女性に、膝をついて花束を捧げているところでした。相手の女性のほうでもどうやらまんざらでもなさそうです。

 

「おんやあ!?もしやあれ、オラだか?」

 

 グリンはこん棒ではなく、何か違う棒状のものを飛んできたボールに向かい、思いっきり引っぱたいていました。すると、ボールは遠くまで飛んでゆき、あたりではやんやの喝采が起きています。

 

(ええっと、あれ、もしかしてオレかな……)

 

 バロンは、誰か白いヴェールを目深に下ろした女性と結婚式を挙げているところでした。今のところ、特にそんな予定もなかったのですが、相手が一体誰で、どんな女性かよく知りたい――といったようなことをバロンが思っていると、四人はほぼ同時にずでっとどこかへ放りだされていたのでした。

 

「いったあ~いっ!!」

 

「やれやれ。なんてこったいっ!!」

 

「おっと~!!えっへん。オラはちゃんと両足でしっかと着地できたど!!」

 

「……どうやら、ボウルズ町の北の街道近くの土手ではないようだな。一応、ボウルズ家の城館の塀の内側の茂み、といったようにイメージしてみたんだが、成功したようだ」

 

 前につんのめって転ぶように着地したラヴィに、バロンは手を貸しました。なんにしてもこの四人で行動するというのは何かと目立ちます。そこで、三人にはこのまま茂みの陰にでも隠れてもらうことにして、彼は今がいつごろなのかを確かめに、城館のほうへそっと向かうことにしたのです。

 

(父さんは、病いに伏せるようになってからはずっと寝室にいて、そこから執事に指示を出していたからな……いるとしたら、間違いなくそちらのほうだろう)

 

 バロンは城館の壁を、時折部屋の中の様子を窺うようにしながら、少しずつ父カラドスの寝室へ向かって進んでゆきました。実をいうとカラドスは午前中の早い時間に亡くなったのです。太陽の位置や空気の気配から察するに、時はまだ早朝ごろと思われます。バロンはまだ朝食も食べないうちに兄ふたりから呼ばれ、急いで父親の寝室へ駆けつけたことをあらためて思いだしていました。

 

 薄い茶色と石灰の塗料によって塗られた外壁沿いに窓が見えるたび、体を屈めて前進していたバロンですが、何分広い城館のこと、中を窺ってもどこのなんの部屋かも思い出せず、本当に父の寝室のほうへ自分は間違いなく向かっているかどうか疑わしいように彼が感じはじめた頃――その先にある開いた窓から、他でもない懐かしき父カラドスの、遺言を読み上げる声が聞こえてきたのでした。

 

 

 >>続く。


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