こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

ティグリス・ユーフラテス刑務所-【11】-

2019年05月08日 | ティグリス・ユーフラテス刑務所
【エイラート近郊】


 さて、お話のほうはようやく、ティグリス・ユーフラテス刑務所っていう名称が出てきたといったところなのですが、今回は前文として何を書こうかな的なww

 そういえばすっかり忘れていたんですけど……令和に元号が変わったんですよね

 由来は万葉集の「梅花の歌」からとのことで、「春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように一人ひとりが明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせる」――との願いが込められている、とのこと。。。

 ええと、最初の頃こそ「違和感がww」といった批判(?)があった気もするんですけど、今は大体8割以上の方が令和に好感を持っているというか、「いい元号だよね♪」みたいな感じに落ち着いてるとかって、何かで聞いたような気がします。

 わたしも最初こそ、令和の令が、「冷」ってい字に似てるため……「冷たく和む?まあ、言われてみると今ってそんな時代かも……」みたいに感じて、違和感があったのですが、言葉の由来を聞いて「いい言葉なんだな~♪」みたいになった感じだったかもしれません(単純・笑)

 まあ、「年がバレるぜ☆」っていう話なんですけど、実はわたしが今まで生きてきた3つの元号の中で、一番好きなのって<昭和>だったりします。いえ、昭和より長く生きてるのは平成なはずなんですけど、前回ロボットアニメの勉強をしようと思ってる……みたいに書いて、んで、わたし、アニメや漫画で好きなのって、圧倒的に昭和産のものだと思ってるんですよね(^^;)

 いえ、平成にもいい漫画やアニメってたくさんあるとは思うものの――技術的には今のほうが凄いはずなのに、昭和の漫画とかアニメって、やっぱりすごく熱いというか、あの時代にしか生みだせない特有のものが刻印されているというか、そういうところがあると思ってて。。。

 で、小学生の頃とか「なんとなく見てたけど、内容はよく覚えてない」系のロボットアニメで今も印象に残ってるのがあったりして、そういうのを今見てみたいっていうのと同時に……ロボットやマシンとかの細かい設定っていうんでしょうか。そういうのを色々調べてみたいと思ってたり

 そんなわけで(?)、次回はまたこの話の続き……みたいにしてみようかなって思います(言い訳事項とか、他に何も書くことなければww^^;)

 それではまた~!!


 
     ティグリス・ユーフラテス刑務所-【11】-

 翌日、不測の事態が起きた場合に備えて、少し早めに秀一は涼子と一緒に成田空港へと向かいました。電子パスポートの名前の欄には<桐島秀一>ではなく、<海堂瑞希>と記されおり、ヒゲを生やした<桐島秀一>に若干似た男――といった雰囲気でした。

「これ、どうしたもんかな。空港のパスポートをチェックするところで、引っかからなきゃいいけど……」

「大丈夫よ。わたし、変装グッズ持ってきたから。付髭とか、顔をちょっとメイクするだけでも結構印象って変わるものよ」

「そっか。まあ、無事そこさえ通過して飛行機に搭乗できれば、あとは大丈夫かな。入国時に声かけられたりとかしなくて、あとは迎えにきた車にさえ乗れれば……もちろん、メソポタミア刑務所へ無事到着できたところで、問題はその先といえばその先だよな。そこでどんなふうに暮らしていくのか、他にいる人たちと気はあうのか。あと、俺の場合は言語の問題もあるか……」

 秀一は子供は夜泣きするものだと思っていたので、夜中に何度も起こされて眠れず、イライラする――というのを覚悟していたのですが、シュートには夜中に一度起こされたきりで、あとはぐっすり眠ることが出来ました。ところが、朝起きてみると、涼子は三度も四度も起きて授乳したりオムツを替えたりしていたと言います。

「ごめん。全然知らなかった……」

 朝、涼子がシュートにおっぱいをあげる神々しい姿を見て、秀一は素直にそうあやまりました。

「いいのよ。だって、秀一さん、ずっといなかったから、試行錯誤しながら大体自分ひとりでやってきたし。今から、あれもやってこれもやってとか、あんまり言う気もないかな。べつに、秀一さんはただ、パパとしてそこにいてくれたらいいから」

「…………………」

(そんなふうに言われたら、あれもこれも全部やるよう努力しなくちゃいけないじゃないか!)

 とは、不思議と秀一は思いませんでした。実際、涼子が言葉の通りのそのままのことを――心からそう思っているのだと、わかっていましたから。いないのが当たり前の恋人であり、パパであればこそ、『いてくれるだけでいい』という、普通なら出てきそうにない言葉が自然と出てきたのでしょう。

(そういや俺、涼子とまだちゃんと結婚してないんだっけ。婚姻届けを出すわけにはいかないけど、その代わり、何か……いや、無理か。ヒゲ面の男と急ごしらえに突然式だけ挙げてもな。この先、それに代わることでも俺が涼子にしてやれたらいいんだけど……)

 裁判長の判決文は、秀一にとって血も涙もないものでしたが、それでも唯一、ひとつだけ当たっていることがありました。「<偽装結婚をして安易に税逃れをしようとしたり……>」という下りです。確かに、当時は(こんなことくらい、誰もがしていることだ)くらいの感覚だったのですが、今は秀一にもわかります。結局のところ自分が低劣な人間だから、毎日それとも気づかず小さな罪を犯しても(そんなもんだろ)と誤魔化し、生きてきたことの積み重ねが――仮に法的な意味では無実でも、ああした事態を自分の生活に招き入れることになったのだと。

 秀一はこの時、涼子に結婚式のことを言いだそうとしてやはり言いだせず(どうせ、そんなことを言っても、「こんな時に?」としか言われないだろうと思ったというのもあります)、朝も昼も涼子の手料理を食べ、出かける前にはちょっとした変装やメイクを涼子に施してもらい……この間、秀一がしたことといえば、シュートのオムツを変えたり、ミルクをあげたりといった、そんな程度だったかもしれません。

 もっとも涼子はそのたびに、「パパに飲ませてもらってよかったでしゅね~」と、常に「パパが」、「パパが」と一生懸命息子にインプットしようとするのでしたが。

 変装と大柄のサングラスのお陰で、秀一はもしかしたらどこか、ハリウッドの映画監督か何かのように見えたかもしれません。そうした鏡の中の自分のヴィジュアルに満足すると、秀一は恋人と息子と一緒にピラミッドホテルをあとにし、スカイ・タクシーで成田空港へと向かいました。

 そのあとのことは、概ね順調に進みました。パスポートをチェックされた時にも、特に不審がられることもなく(もちろんサングラスも外しました)、搭乗後もキャビンアテンダントらに不審な目で見つめられることもなく、約五時間のイギリスまでのフライトを終え……その後、エジプト行きの航空機に乗り換えると、今度は約一時間半のフライトののち、エジプトの首都に到着しました。

 カイロ国際空港に到着し、入国手続きののち、外へ出ると、タクシー乗り場のほうへ向かいました。運転手は、車から下りてすでに秀一と涼子のことを待っていました。彼は名前をアフマド・カリフと言い、いかにもインチキくさい発音の日本語で話しかけてきたものです。

「ティグリス・ユーフラテス刑務所へ、デスか~?いいデスネ、お客サン、ラッキーですヨ~。世界、終ワル、でも、誰もがアソコ逃げられるワケじゃないじゃな~い?だから、ラッキー、ラッキー。まあ、今後のコトはどなるか、誰にもわかんないアルけどね~」

「アフマドさんも、あとで来られるデスカ?」

 アフマドの奇妙な日本語が移ってしまい、秀一は思わず口許を押さえました。そんな彼のことを、隣で涼子が子供を抱っこしたまま笑います。

「いや、ワシは行けないネ~。ホラ、うち、親戚多いアル。自分の家族だけ逃げるトシテモ、両親や祖父母や……全員はトテモ無理ね。ソレヨリはみんなで集まってアラーに祈るよろし。ソレデ死ぬなら、ソレマデのコトネ」

「アラーって……こんなことになっても、まだ神さまなんて信じてるんですか?」

「ちょっと、秀一さん……!」

 涼子が左手で隣の秀一のことを突つくと、秀一も流石に「すみません」と言ってあやまりました。

「イヤ、イイヨイイヨ。日本でイスラム信ジテル人、ゴク少数ネ。無理ナイ、無理ナイ。確かにエルサレムには岩のドームあったネ。イスラム教にとっては、メッカ、メディナに次ぐ第三の聖地だった。ソコ、預言者ムハンマドが天に昇っていったとサレル場所ネ。だけど、メッカが滅んだワケジャナイ。意味、ワカル?」

 この時、秀一は高校時代に勉強した世界史の授業の知識をどうにか記憶の中に探そうとしました。確かに、ユダヤ人はエルサレムを自分たち民族の首都として生きて来、イエス・キリストが十字架にかかったのもエルサレムです。けれども、イスラム教においては、旧約・新約聖書、それにコーランを聖典としながら、立場が少し違うということなのでしょう。

「まあ、なんとなくは……じゃあ、イスラム教においては、ユダヤ教、キリスト教の神はこれで神でないとして完全否定されたっていうことでいいんですかね?」

 チッチッチッと、アフマドは否定しました。

「いや、エルサレムがなくなったからって、ユダヤ教、キリスト教の神が神ジャナクナッタってワケジャナイネ。ホントかウソかはワカンナイケド、戦争中に、何人もの人が姿を消シタいう噂アルネ。ツマリ、携挙サレタいうコトネ。生きたママ天国へ上げられたという意味アル。デモ、ナノ兵器で攻撃されて、ナノ粒子レベル、分子レベルで分解サレテいなくなったという人もアルネ。ドッチモドッチ。ウソかホントかワガンネ」

「ほら、秀一さんも聞いたことない?ユダヤ教を信じている人々は、いずれ自分たちユダヤ民族を救う救世主が現われると信じていて、キリスト教では、その救世主というのかイエス・キリストなのよ。そしてキリストは、世界の終末に姿を現して、自分を信じている者たちを救うっていう話」

「ああ。なんか聞いたことあるけど、そんなの嘘くせえな。しかも、自分を信じてる者だけを救うなんてさ。ふざけた選民思想としか俺には思えんが……第一、世界の終末っつったら今じゃん。でも、神さんは助けに来てくれそうにない。=全部ペテンってことなんじゃねーの?」

 アフマドさんは、イスラム教を批判されてるわけではないので、あまり気にならないということなのでしょうか。真っ直ぐ前を見て、カイロ空港から専用のエア・レーンに入ってからは、そのままイスラエルへと向かいました。一応、表面上はそこからイスラエル入りすることは出来ると信じられているわけですが、そこからはNATO軍側の規制が入ることになっています。つまり、イスラエルやシリア、イランやイラクなどは、緊張状態にあるため、今は一般の観光客などは入国することが出来ません。けれども、テレビの取材班など、一部のメディアは入れざるをえないため――その場合は彼らに同じ夢を見てもらうことになっているのです。そして、その映像化されたものや写真をメディアには持ち帰ってもらうのです。
 
「わからないわよ、そんなこと。少なくともわたしとしては、どんな形であれ、亡くなった人たちには天国へいて欲しいと思うしね。そうじゃなきゃ、京子だって浮かばれないわよ」

「……ごめん。そういう意味じゃなかったんだけどさ」

 この時、突然シュートが火が点いたように泣きだし、「おお、よちよち」と涼子はあやしていましたが、なかなか泣きやまないため、オムツを交換することになりました。

「イイヨ、イイヨ。赤チャンは泣くの仕事アルネ。タクシーの中、消臭スプレー完備アル。何も問題ないアルネ」

 3D道路認識システムによって、エア・レーンに乗ったタクシーの外には、スフィンクスやピラミッドといった観光客向けの映像が絶妙の角度で遠く、あるいは比較的近くを景色として流れていきます。今はもう砂漠しかないというイスラエル国内も、このような形でイメージ映像が流れることによって通過していくということになるのでしょう。

 カイロからイスラエルのエイラット(エイラート)までは、約五時間ほどかかりました。今日はこちらのほうで一泊して、明日以降、ヨルダン入りし、その後かつてイラクの首都バグダッドがあったあたりまで陸路を進んでいくということでした。

 エイラットはアカバ湾頭に位置しており、かつてはリゾート観光地として有名な場所だったと言います。けれども、そこで利用できるのは唯一ホテルだけで、そのホテルのロケーション等もホログラフィック・ディスプレイの強化版によって誤魔化されているということでした。

「でも、こうして見る分には全然そんなふうには思えないよな。ほら、海だってすごく綺麗だし、とても放射能で汚染されているようには見えないっていうか……」
 
「そりゃあね。放射能の汚染は目に見えないから怖いのよ。ほら、秀一さん、そんなにいい時計持ってるんなら、どこかにガイガーカウンターと同じ役割のアプリか何かが内臓されてるはずよ。まあ、あれから二十年にもなるし、そう影響はないってことだったけど、やっぱりシュートがいるから心配よ」

「そうだな」

 秀一にはやはりこの時もまだ、本当にこの世界が終わるという実感がありませんでした。イギリスのヒースロー空港でも、カイロ空港でも――出入国カウンターに並ぶ人々は、これから旅行へ行くというので楽しそうだったり、嬉しそうだったり、あるいは仕事のためかどうか、イライラしている人がいたり……みんないつも通りの<普通の日常>を生きているようにしか見えませんでした。

 そんな中、秀一は『もう二度とここへは来れないかもしれない』という奇妙な郷愁にも近い気持ちを、成田空港でも、ヒースロー空港でも感じていたかもしれません。ただ、この世のすべてのあらゆるものが<ただそこにあってくれている>というそれだけで、どんなに有難いか……NATO軍側がロシアの攻撃に打ち勝ってくれたにしても、どのくらいの戦争被害が出るものなのか、秀一には想像することも出来ません。

 涼子はその日、情緒不安定で、シュートがようやく寝て、息子を間に挟み、ベッドに川の字で横になった時――声を押し殺すようにして泣いていました。秀一がいまだに(本当にこの世界はこのまま滅んでしまうのか?)と、ある種の懐疑とともに現実とはまだ思われないように感じているのに、彼女のほうではその危機をひしひしと感じていたという、そのせいだったのかもしれません。

「涼子、少しバルコニーにでも出て話さないか?」

「ダメよ。フロントの人にも言われたでしょ?放射能の数値があまりよくないって。普通の大人ならなんともないけど、わたしたちに付着したものがシュートにどう影響するかわからないもの」

(あの人たちは、あんまりそこいらをうろつかれたくないから、ホテルの客の全員にそういう話をするんだって、君も言ってたじゃないか)

 秀一はそう思いましたが、黙りました。確かに、万一ということがあると思ったからです。けれども、涼子は起き上がると、ピッタリと締め切った窓辺の籐椅子に座り、秀一と向きあって話をするということにしたのです。

「秀一さん、林檎ジュースなんて飲む?」

 カイロ空港で買ったジュースの残りを、涼子は秀一に分けてくれました。

「なんか、変な感じだよな。涼子はさ、もしこんなことになってなかったら……新婚旅行はどこへ行きたかった?」

「そうね。どこかしら?……ちょっとすぐには思い浮かばないけど、逆に、秀一さんは?」

「俺か……俺は外に行くのが面倒くさい超のつくインドア派だったからな。ほら、『ワールド・ジャーニー・リアリティパック』っていう、一家に一台はあるようなソフトあんじゃん。あのソフト使って行った気旅行するっていうのは小さい頃からずっとやってたからね。逆にさ、場所によっては実際の場所へ行ってガッカリするなんていう噂もあって……ほら、さっき見たスフィンクスとか、ピラミッドとか、現在の実際のままのものじゃなくて、見栄えがいいように修正されてるじゃん?だからまあ、そのへんはなんとも言えないものがあるにしても――あ、でも俺ハワイは好きだよ。もっとも、この話を人にすると、『え~。ハワイかよ~』とか『まさかのワイハ~』とか言われちゃうから、あんまし人に言ったりはしないんだけどな」

「そうなの。でも、そんならあたし、新婚旅行はハワイがいいわ。最初ね、ほんとはそう言おうかなって思ったの。だけど、いかにもありがちで秀一さんに笑われるかと思って……」

「ほんとに!?だったら、俺たちの新婚旅行はハワイで決まりだな。ほら、結婚式だってまだ挙げてないしさ、俺は男だからそういうの、結構どうでもいいけど、やっぱり写真とかちゃんと撮ったりして、そういうのはリビングなんかに飾っておきたいもんな」

「う、うん……」

 ここで涼子は少しの間、黙りこみました。どうやら秀一のほうにだけでなく、彼女のほうにも何か、話したいことがあるようでした。

「あのね、秀一さん……わたし、ずっと怖くて聞けなかったんだけど、わたしと姉さんがあなたを騙してたこと、怒ったりしてないの?」

「う~ん。どうなのかな……ほら、漫画とか小説なんかじゃたまにあるじゃん。双子の可愛い子の両方から好かれちゃって、ぼくたんどうしよう~みたいなのがさ。あとは、少女漫画だとそれが逆になるのか。双子のイケメンふたりに迫られちゃって、もうわたし、大パニック☆みたいなやつ。そりゃ最初は俺もびっくりしたけど、こんなことが人生で起きるなんて、ちょっとないことじゃん。だから、びっくりはしたけど、怒ってはいないよ。むしろ、漫画とか映画の中にしかないと思ってたことが自分の身に起きてみると……ちょっとドラマティックすぎたかもな。そのあと、殺人罪でとっ捕まって、無期懲役になったことを思うとな」

「本当に……こんなことに巻きこんで、秀一さんには申し訳なかったと思うの。わたし……わたしはね、ただいつも秀一さんとのデート中、ドキドキしたりして、すごく楽しかったの。でも、秀一さんは姉さんとデートして、偽装結婚するつもりでいたわけでしょ?だから……わたしが相手で本当はがっかりしたんじゃないかって思ってたの。でも、もう子供もいるし、世界も終わってしまうし、今更そんなこと言ってもしょうがないかっていうことなんだとしたら……」

 秀一はここで、心の中で微笑みました。彼自身ずっと、こんなセクサロイドに対するレイプ暴行事件の嫌疑がかかっているような奴を、何故涼子がずっと見捨てずにいるのか――不思議だったのです。むしろ、彼女のほうでこそ、うっかり子供も出来てしまったから、こんな男だけどしょうがないと思っているのではないかと、そう疑っていました。

「そんなことないよ。涼子、君はたぶんわかってないんだ。この一年以上もの間、涼子がどのくらい俺の中で支えになっていたか、君がいなければとても俺が耐えていかれなかったろうことも……むしろ、俺のほうでこそ不思議だったよ。君がなんでこんな男のことを今もまともに相手にしようとするのかなって。でも、気づいたら妊娠してたから、こんな男が父親でもしょうがないって思ってるんじゃないかって。もし、そうなんだとしたら……」

 ここで、涼子は弾かれたように顔を上げました。秀一も、彼女のことを見つめ返します。涼子はまた、顔を覆って泣きはじめていました。それは、先ほど流していたのとはべつの嬉し涙でした。世界が近く終わるかもしれないのに――幸せを感じるだなんて、涼子は複雑な気持ちでありつつ、同時に罪悪感は少しも覚えませんでした。

「……良かった。エリートの双子の家庭じゃよくあることなんだけど、うちじゃ姉さんのほうが出来がよくて、妹も悪くはないけど京子には及ばないっていう感じだったの。実際、同じ顔だけど、よくモテたのは姉さんのほうだったしね。成績が良かったのも、なんでも積極的に物事に取り組むのも姉さんのほうで――わたしは性格のほうも大人しかったし、両親が期待してたのは京子であって涼子じゃなかったの。だから、姉さんのことは好きだけど、ずっと変なコンプレックスみたいのがあって……」

「俺は……京子よりも涼子のほうが好きだよ。お姉さんのほうは、ほら、ああいう南朱蓮さんなんていうすごい人と恋人同士だったから、俺とのことは軽い遊びだったんじゃないかって今はそう思うな。あるいは、男とつきあうことで、彼女のことを焼かせたかったかのどっちかだったんじゃないか?俺は本当に……もともとはちゃらんぽらんでどうしようもない奴なんだけど、世界が終わるかどうかの瀬戸際になって初めて、こんな自分でもいくらかまともになれるんじゃないかっていう気がしてる。でも、俺が少しでもそんなふうになれたのは、間違いなく涼子、君のお陰だ。君以外の他の誰でも、絶対に駄目だったろうなって思う。だから、ありがとう」

(こんな俺のことを、見捨てないでくれて)

 これでもし、シュートがベッドに眠っていなかったとしたら、そうしたことになっていたのでしょうが、ふたりは明日も早いということで、この日はそのあとすぐ就寝することにしました。けれど、お互いの間で持っていた誤解が解けた今、秀一も涼子も、今まで以上にさらに幸福でした。息子のことを間に挟んだまま眠り、(これでもし、世界が終わるというんじゃなかったら……)と、ふたりとも同じことを考えていました。ふたりだけであるのなら、このまま世界の滅ぶ日まで、甘い蜜月の時間を過ごせばそれでいいかもしれません。けれど、息子のシュートの将来のことを思うと――ふたりは暗澹たる気持ちにならざるをえないのでした。

 実際のところ、秀一はその後も、涼子にとっていい夫であり、子供にとってのいい父親であり続けました。オムツを替えるのも、離乳食を作るのも、涼子が子供のことでイライラした時にうまく笑わせてくれるのも……いつでも、秀一がそのように自分を支え続けてくれたから、自分はいい母親の顔をし続けることが出来たのだと、涼子はそう思っていました。

 そして、秀一は涼子以上に自分にとって素晴らしい結婚相手はいないと思っていましたし、その後、ティグリス・ユーフラテス刑務所へ到着してから、美しい外国の女性などを見ても、少しも心を動かされることはありませんでした。

 ただ、もし――本当に世界が滅ぶ、ということさえなかったら、桐島秀一と二階堂涼子とは、普通に幸せな結婚をしたカップルで、子供の将来のことについても、それほど頭を悩ませる必要はなかったでしょう。けれど、かつての世界が滅んでしまったがゆえに、ふたりはこの先の未知の世界を、生き残った少数の人々と一緒に手探りで懸命に生きていくということになるのです。



 >>続く。





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