家庭菜園のブロッコリー
ブロッコリーが挿し芽でつく . . . 本文を読む
いたずらヒヨドリ
今や、ヒヨドリは都市化してちょっと耳を澄ませば、ピーヨピーヨ、ヒーヨヒーヨとかピーピー、ピィーヨピィーヨとうるさく鳴いているのが聞こえます。
ボサボサ頭でほっぺが茶色、いかにもたくましいいたずらっ子に見える。
金田一春彦のことばの博物誌文藝春秋によると奈良朝以前から、その鳴き声でピヨと呼ばれていたが、いつの時からか言いやすいヒヨに変わったそうだ。パンやポプコーンも食べるし、ゴ . . . 本文を読む
アブラナ科の一家甘藍
家庭菜園の定番、小松菜、白菜、キャベツ、ブロッコリーなどお世話になっています。このご一族は、芥子(からし)になるカラシナ、ワサビ以外は、ナスのご一家と違い、穏やかで親しみがあり、気心のある皆様です。種子から油が採れるのでアブラナ科と言い、花びらが四枚で十字科植物とも言っていました。大きく分類しますと分かり易くなります。
ザックリとアブラナ、カンラン、カラシナ、ダイコン . . . 本文を読む
連作障害
家庭菜園では、連作といって2年続けて同じ場所に同じ種類の作物を植えると、病気になりやすい、収量が極端に悪くなります。農業や植物の専門家ではないので、その理由は分かりません。
小さく区切られた家庭菜園では、ナス、ジャガイモ、トマト、キュウリ、ソラマメ、キヌサヤ、インゲンマメ、トウモロコシなど、周りを見回してもほとんど同じような作物が植えられています。区画内で毎年、場所を変えても隣では . . . 本文を読む
椎の木のおじいさん
家庭菜園のはずれに一本で森のようなシイノキがある。幹はうねるような深い皺がより、ラクダのコブのようなものがいたるところに飛び出し、苔がたれている。隙間から覗くと子供が何人も入れる洞(うろ)となっていて、近所のお年寄りが子供の頃、入って雨宿りをしたそうだ。
東京大空襲の炎、銚子沖の空母から艦載機・グラマンも見たことでしょう。きつと明治維新の激動も眺めていたことでしょう。
天に . . . 本文を読む
家庭菜園から通る人を見る
畑をしながら通る人をぼんやりと見ていた。ある時、曜日、時間、季節によって通る人が決まっているように感じた。
私が東京に通勤していた時、背広姿で朝六時半に車で駅まで行った。土、日は普段着で畑仕事をするか自然観察会に出かけていた。それぐらいで、いたって平凡な繰り返しだったので、通る人を客観的に見たことはなかった。
例えば、早朝、背広姿の人は、東京への通勤そして私服や作 . . . 本文を読む
盛り
家庭菜園の入り口に高校の制服を着た男女が肩を寄せ合い、赤く上気した顔で座ってうつむいている。
「僕のことを好きかい」「大好きだよ」、「私のことだけを考えてね」「勿論だよ 君のことだけを想っているよ」などと言っては、熱いキッスを交わす。
通る人はほとんどいないが、なにぶん狭い入り口なので、たまに畑仕事や犬の散歩のひとが来る。人が来るたびに立ち上がってうつむいて後ろを向く。いかにもじゃまだ . . . 本文を読む
家庭菜園学
農業や家庭菜園は、自然を相手にしているからといって、環境にやさしいことをしているとは限りません。
自然林を切り払い畑に変え、機械で耕し、化学肥料、農薬を使えば石油エネルギーを必要とする。
人の力だけで耕し、自然の肥料、自然の農薬を使えば自然への付加は少ない。
五無といって「無肥料、無耕起、無農薬、無除草、無播種」が理想です。
長年家庭菜園をやっているので、いい点を挙げてみましょう . . . 本文を読む
ギヤマンおじいさん
家庭菜園に沿った道を精悍な顔つきのおじいさんがバイクに乗って通り過ぎることがあった。草取りをしていると突然バイクを停め「ギヤマンが落ちていた、こんなに集めた」といってポリ袋を差し出す。一瞬何のことかわからなかったが、袋をのぞくと空(から)のガラス瓶が詰まっている。「誰かが自分の畑にゴミをほうるので、ギヤマンだけ集めて捨てに行くところだ」 それにしても何と珍しい言葉ではない . . . 本文を読む
秩序から無秩序へ土地の変化
家庭菜園を取り囲んで、住宅や商店が迫ってきています。
東京湾沿いのこの台地の変化をみてみましょう。
気の遠くなる時間、照葉樹林や篠竹が生えウグイスやヒバリが歌い、時おり風や雲がそっと覗いて通り過ぎていきました。
鹿や猪を追って縄文人が歩くこともありました。川沿いや平地には、稲作のため弥生人がやってきて、漁業も行い畑作でこの台地を耕すこともありました。でも一見変わ . . . 本文を読む