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!morning thunder=朝の神鳴り!

 思いつきを書きながら、思いもかけない場所に行き着つきたい それだけが望みです

責任者出て来い!

2007-03-27 09:36:12 | 生活とその意見
 責任者出て来い!
 金返せ!
 責任の所在がはっきりしており、責任者に責任能力があり、しかもその責任を認めた場合、再発防止策を求め、謝罪と損害賠償を求める
 責任あるものがその無責任な判断を埋め合わせるために、最後はその無責任な判断の責任を取って、責任ある地位を放棄する
 要するに外科手術のようなもので、責任を取るとはその部分を切除することなのだ
 別の責任の取り方として連帯責任という言い方もある
 スポーツの世界では、おなじみだ
 これだと、薄められた責任だったり、過重な責任を集団に担わせることになる
 これが失敗した時の責任の取り方だ
 成功したときの利益配分にも同様の難しさがある
 一人締めもあれば、山分けもある
 どうも責任や利益配分に正解は、ない気がしている
 つまり責任に関する責任ある解が存在していないということだ
 利益にもいえる
 だから現実には、その責任にない人が責任をとり、その利益に関係ない人が利益を受け取る
 つまり濡れ手に泡の人と犬死する人が尽きないということになる
 目ざすべき目標は、こうした不当な状況を幾分が緩和することだろう
 実にテンションの低い目標であるが、よりマシである!!

 
 
 
 
 

淡い

2007-03-26 13:47:31 | 生活とその意見
 淡いものというのは、印象自体は浅くない
 はかなげなものも、印象が薄いかといったら薄くない
 印象の強さというのは、量の問題ではないようだ
 このあたりを勘違いすると、物量作戦が唯一有効な作戦のような気になる
 一方、くどいとかねちっこいぐらいがちょうどよい場合もある
 政治家の演説とかオペラ歌手の化粧のようなものだ
 誰に対して、アピールするかによって、選択の余地がありそうだ
 古い映画を観る時、気になるのが当時の電話だったり、間取りだったり、建具のような小道具や背景だったりする
 物語の背景である淡いものはかなげなものが、物語が色あせてもしぶとく生き残る
 
 
 
 

当て外れ

2007-03-24 18:10:42 | 生活とその意見
 別に当てにしていたという自覚はない
 しかし、結果的には当てにしていたとういことを認めざるを得ない
 そういうことがある
 立て直そうとしても、急にどうなるものでもない
 時間がかかる
 エネルギーが要る
 ま何とかやりくりするしかない
 変化の時を迎えたということだ
 フーーンって感じだ

アクワイアード テイスト

2007-03-20 18:10:21 | 生活とその意見
 後天的嗜好とでも訳すのかな?
 これって重要だ
 生きている意味に迷った時、このアクワイアード テイストという現象を思い出す
 最初は、考えられないアリエナーーイ!ことだが、勧められるままに何となくやってみる
 するといきなり病み付きになる
 アリエナーイことが、アリエナーイというぐらいはまる
 いくつかそうした経験をすると、かなりのゲテモノ趣味になる
 で今日の私が存在する
 そういう自覚がある

タダではすまない

2007-03-20 12:40:16 | 生活とその意見
 世の中ただではすまないことがある
 ただ事ではないともいう
 当人がただと思っていれば、ただだともいえない
 当人がただ事ではないと思っても、ただだったりする
 だからただごとではないことというのは、当人の主観を越えている
 ただではすまないことというのは、以外に多い
 見くびったり、高を括っていると見逃す
 気を付けよっと!
 
 
 

私はウザイ。

2007-03-15 11:36:49 | 生活とその意見
 私はウザイ
 最近気がついたわけではない
 以前から深く自覚している
 わざとウザクしているわけではなく、根っからウザイのだ
 ただ、ウザイウザイと私を非難する人も「かなり」のものだとは思っている
 ウザクない方がどうかしているともいえる
 不信の時を生きる以上、ウザイのは、必然でしょう
 などと思わぬでもない
 むしろ、ウザイと非難する方のキャパの小ささの方が、気になる
 いかにウザイかが問題なのであって、ウザイ自体は前提だろう
ウザクないものなどナイ!!


 
 
 
 
 

遠山の金さん

2007-03-15 10:13:26 | 生活とその意見
 テレビで遠山の金さんを観た
 あまりじっくり観るものではなかろうが、何でこういう話が大衆に好まれるかということは、やはり「謎」としては決して小さくない
 それは、水戸黄門にも忠臣蔵にも言える
 いずれも、「敵」の目を欺くところにサスペンスが埋め込まれている
 敵の目を欺くために、本当の意図や地位を隠す
 そのために、遊び人(金さん)や隠居(黄門)や性格破綻(大石蔵之助)を装う
 これにより、「敵」への浸透性が獲得出来る
 この点では、優れた小説といわれるものと大衆的な物語りとの間に全く違いはない
 優れた小説というのは、桜吹雪が登場しない遠山の金さんであり、印籠の出番のない黄門であり、討ち入りのない忠臣蔵なのだ
 サスペンスで始まりサスペンスで終わる
 明らかになるべき正体が最初からないのだから、当然だ
 「金返せ」というのが、優れた小説への賛辞だ

 
 
 
 
 

痒いところに手が届く

2007-03-03 17:03:13 | 生活とその意見
 歯ブラシの宣伝などその典型だが、隙間に入り込んで手が届かないもどかしさを、実に気持ちよく払拭してくれる
 腰痛薬の場合も手の届かない痛みの元に届いてくれる
 のどの奥
 肛門の奥
 こうした「痒いところに手が届く」ということをウリにしている一群の製品がある 
 一応「孫の手製品」と呼ぶことにする
 直接的には手が届かないので、何とか届かせるためにいろいろ工夫をする
 手を代え、品を代えて回り道をしながら何とか痒いところに届こうとするのだ
 オノマトペでいうなら、「むずむず」か?
 なぜかこの「むずむず」が気になっている
 最近、むずむずしたことがあったかな?
 無理やりむずむずを作り出しているようなところもある
 しばらく我慢していると治まったりする
 痒いところに手が届くのは結構だが、掻いていいるうちにもっと痒くなったりする
 届かないほうがいい場合もありそうだ

 
 

凡人の救い

2007-03-03 11:49:42 | 生活とその意見
 私のする予想は大抵ハズレル
 だからスッテばかりいる
 ところが世の中には、予想をことごとく当てる人種がいると知った
 それは「数学者」達だ
 彼らは色々な予想をして、自分ではその予想が正しいと証明できないままでも、何百年も後に他の数学者達によって、予想は正しいと証明されたりするのだ
 直感的には、正しそうという嗅覚のようなものが備わっているのだ
 時代を越える嗅覚だ
 同じような嗅覚を持った後継者達が、そのお宝を掘り出すためにいろいろな道具を工夫し、発明しやっと掘り出すという感じだ
 世代を超えた協同作業だ
 実に羨ましい!!
 私なんぞ予想がたまたま当たっても、何で当たったかわからなかったりする
 磨くべき直感を神が与えてくれなかった事を恨みたくなる
 しかし、考えてみるとこうした直感に恵まれないせいで、正しいのに証明できなくて「苦しむ」という懊悩からは「自由」ではある
 それでも地球は回っている等と悩まなくてすむ
 そんなこと知った事ではない!
 しかも、頑迷なやつらから迫害されなくてすむ
 凡人のせめてもの救いだ
 
 

甘え

2007-03-01 13:56:26 | 生活とその意見
 誰に対しても甘えようとする時、最大の困難は「甘えさせてくれない」人が存在することだ
 そこで、甘えさせてくれない人には、甘えないで、甘えさせてくれそうな人には甘えることとなる
 甘えさせてくれる人が徐々に少なくなると甘えたい人は、少なくなった甘えられる人にますます甘えるようになる
 甘えさせてくれる人が多くなると一人当たりの甘える量は少なくなるかな
 1つの極限として甘えられる人がいなくなると、甘えたい人はきっと心細くなるんだろう
 もう1つの極限として全ての人に甘えられる人は、きっともう甘えようという気がなくなるのかな
 甘えさせてくれない人は、最初からいなかったことにし、甘えられる人だけの世界に世界を制限すれば、甘えたい人は、その小世界になかで自足できるのかな
 甘えるという事を考えているのだが、何か別の考察をしている気分がしてきた
 甘えるということの曖昧さと厳密さの両面性が面白い
 甘えるという事の中には、何かありそうな気配がする
 
 
 
 

ひさびさの水泳

2007-03-01 12:44:28 | 生活とその意見
 久々にプールに出かけた
 気分よく泳げた 
 泳ぎ終わると、体が軽くなっていた
 近いうちにまたくることにしようと思う
 いつものように自動販売機の前で、ひどく悩む
 結局、明治の「おいしい果実酢」を飲んだ
 三回目だ
 ちょっと酸っぱい
 まだ、自動販売機で売っていたのだ
 意外である
 この自動販売機以外で果実酢を売っているのを見たことがない
 きっと健康志向の強い人しか飲まないのだろう
 何となく「まずい」方が体にいいのかなという期待がある
 さっきちょっとといったがそれが「酢」とはっきり分かる程度に酸っぱい
 うまいとは思わない
 その辺がいい線なのだと思う
 果実酢の市場は限りなく小さそうだ
 でも消えないところが、感動的である
 
 
 
 

私のいない方がうまくいく世界あるいは墓穴を掘る

2007-02-28 14:15:03 | 生活とその意見
 私のいない方がうまく行く世界
 私を邪魔にし、排除することによって成立する世界
 私が門前払いを喰らい、入り込む事のできない世界
 そういった世界を嫌い、懼れているということがある
 だから、私の全努力は私を他人にとって、貴重なもの、かけがえのない者にすることに向けられるともいえる
 世界に必須の必要な人間になりたいわけだろう
 しかし、一方で全く逆の努力もしている
 私がいなくてもうまく行くようにする努力だ
 私が死んでも、何事もなかったかのように世界がスムーズに進むようにする
 死んでも誰も本当は悲しくない人間になることでもある
 真に役立たずになる努力である
 同じ人間の中で、この二つのプロセスが同時進行している
 これを墓穴を掘るというのだろうか?
 かなり掘った気がしている
 
 
 
 
 

季節はずれ

2007-02-27 14:37:42 | 生活とその意見
 季節はずれ 狂い咲き 
 何かどうしようもない切実さというものが存在しているのは間違いない
 それが、報われない不幸な結末しか用意されていないにしろ、咲く必然があったのだろう
 周囲の人間には、何のことだか分からないだろうが、当人にしか分からない力が働いたとしか言いようがない
 当人さえ本当のところは分からないのかもしれない
 それでも、
 花は花