まわる世界はボーダーレス

世界各地でのビジネス経験をベースに、グローバルな視点で世界を眺め、ビジネスからアートまで幅広い分野をカバー。

インドで開催中のクリケット・ワールドカップ2023の途中経過ハイライト

2023-11-13 15:57:57 | インド
2023年10月5日から始まったクリケット・ワールドカップ(ODI)も予選リーグが昨日で終了し、いよいよ、上位4チームによる決勝トーナメントが11月15日から始まります。日本では全く報道されないスポーツですが、2028年のロサンゼルス・オリンピックには公式採用される競技なので、動向を知っておくことは重要かと思います。

現在行われているクリケットの試合はODI(One Day International)と言って、競技時間が7時間くらいかかる形式のものです。ロサンゼルス・オリンピックで行われるものは、T20Iという形式のもので、約3時間くらいの競技です。T20Iのワールドカップも別に開催されているので、ちょっと複雑ですが、今回インドで開催されているものはODIのワールドカップです。

全部で10カ国が参加しています。上位7カ国は次の2027年の出場シード権を獲得するのですが、それ以外の国は戦って参加資格を獲得しなければなりません。前回の記事で、「英国の最下位が決定」と大変失礼なことを書いてしまったのですが、その後、3勝したので、かろうじて7位に入れました。

参加国すべてと対戦するので、予選リーグは全部で9試合あります。一つのチームは、1日1試合しかできず、また次の試合は数日をおいて行われるので、かなりの長期戦になります。最初の試合から今日まで一月以上経っていて、この間、インド各地のスタジアムで開催されるので、インド以外の選手は相当大変なのではと想像します。移動も疲れるし、また食事の心配もあります。長期間だと、お腹を壊す心配もありますし、病気にかかる心配もあります。そんな中で、ヨーロッパの選手や、オーストラリア、ニュージーランドなどの選手が頑張っているのは、それだけで敬服に値します。

快進撃を続けるインド



インドは今回のワールドカップの予選リーグを一位で通過しました。9戦全勝です。一位のチームは、四位のチームと戦い、二位と三位が戦い、それぞれの勝者が決勝で戦うのですが、インドは、11月15日にニュージーランドと戦います。これに勝ったチームは、11月19日の決勝戦で頂点に輝くことになります。インドはどのチームにも勝っているので、王者になれる可能性は高いのですが、運もありますので、楽観はできません。

こちらは、現在までのところのデータです。



左上のHighest Scoreというのは、一つの試合の中で一人の選手が獲得したランの数です。オーストラリアのグレン・マクスウェル選手が、前の記事でも紹介した対アフガニスタン戦で達成した201ランという記録です。その横のMost Runsは累積のランの数。インドのスーパースターのヴィラット・コーリ選手が594というラン数を達成しています。そしてMost Wicketsというのは、ウィケットを倒したりして、相手をアウトにした数が最も多い投球(ボウリング)をした選手。オーストラリアのアダム・ザンパ選手がこれに輝いています。

左下の45というのは、予選リーグで行われた試合数が45ということです。あと、準決勝二つと決勝を残すのみとなっています。その右のHighest Inning Scoreというのは1イニングの最多得点となります。ODIもT20Iも1イニングしかありませんので、一つの試合の中でのチーム最多得点となります。これは南アフリカの428ランです。428の右にスラッシュ5と書いてありますが、これはウィケットの数(アウトになった数)が5であったということを示しています。アウトの数が10になれば、そのチームのイニングは終了ということになります。

その右のBest Win Performanceというのは勝率です。インドは9戦して9勝していますので、勝率は100%です。こちらが、勝率のランキングです。



上位7カ国に入れたのは、インド、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド、パキスタン、アフガニスタン、イングランドでした。最下位は負け数はオランダ、バングラデシュと同じですが、点差でスリランカとなりました。

レジェンドとなったインドのヴィラット・コーリ選手



先ほどの2023年ワールドカップでの累積ラン数でNo.1となっているヴィラット・コーリ選手ですが、実質的にインドNo.1のレジェンドとなったという評判です。これまでインドのトップ・レジェンドといえば、サチン・テンドゥルカル選手でした。ヴィラット・コーリ選手は現役のトップ選手として記録を塗り替えつつあります。



また、ヴィラット・コーリ選手は、インスタグラムのフォロワーが、現在、2億6千万を超えています。スポーツ選手としては、Chiristiano Ronaldo(6億1千万)、Lionel Messi(4億9千万)に次ぎ世界の3位。Justin Bieber (2億9千万)や、Taylor Swift(2億7千万)にも迫っています。

注目すべきアフガニスタンの活躍



アフガニスタンは、惜しくも決勝トーナメントには進出できなかったのですが、10チーム中6位という記録でした。イングランド、パキスタン、スリランカ、オランダには勝利し、オーストラリアにももう少しで勝てそうでした。国情を思えば、スポーツをやっている余裕などないはずと思われそうですが、クリケットの快進撃が国に希望を与えているという見方もできます。

アフガニスタンは次のワールドカップへの進出もできますし、また来年アメリカ+西インド諸島で開催される予定のT20Iクリケット・ワールドカップでも是非、活躍してほしいと思います。

そして、今回のワールドカップでは、是非インドに勝っていただきたいと思っています。今年は、G20、月着陸、インドの人口が世界一になったこと、そしてインド映画『RRR』の快挙などインドの年なので、ワールドカップ世界一もそれに付け加えていただければと思います。
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クリケット・ワールドカップ2023でのアフガニスタンとオーストラリアの伝説の試合

2023-11-08 18:21:20 | インド
2023年10月5日から11月19日まで、インドでクリケット・ワールドカップが開催されています。4年に一度開催のクリケットODIのワールドカップなのですが、今年はインドが開催国です。世界の10カ国が参加して、インド各地で試合が行われているのですが、11月7日にムンバイで開催されたアフガニスタンとオーストラリアの試合が素晴らしかったので、それについて語っておきたいと思います。

その前に、クリケットと言ってもあまり日本では人気がないので、このワールドカップのこともほとんど知られていないので、まずこれについて説明しておきたいと思います。

クリケットの国際試合は以下の3つのフォーマットで行われています。



一番左の「テスト」というのがクリケットの最も伝統的な試合形式です。基本的に2チームのみの対戦で、5日間をかけて戦います。もちろんランチタイムやティータイム(英国発祥のスポーツなのでこれは重要)があります。

しかしこんなに長期間の試合では、ワールドカップのような試合は不可能です。で、試合結果が1日で出るようにODI(ワンデイ・インターナショナル)という試合形式ができました。投球は6球で1オーバーという単位になっているのですが、1イニングの投球数を300球(50オーバー)と制約することで、試合が1日(約7時間)で終わるようにしました。この投球数に達しなくても、アウトの数が10になれば、そのチームの攻撃は終了します。

ODIの形式によるワールドカップは男子が1975年から開始しました。女子のワールドカップは何とそれよりも早く、1973年に開始しています。今回、インドで開催されているのはこのODI男子のワールドカップで、13回目のものになります。参加国は10カ国。総当たり戦で、上位4カ国が準決勝に進みます。また上位7カ国は次の2027年のワールドカップ出場のシード権が得られます。

T20I(トゥエンティ・トゥエンティ・インターナショナル)というのはさらに試合時間を短くできるようにした試合形式で、1イニングの投球数を120球(20オーバー)と制限しています。こちらもアウトの数が10で攻撃は終了です。T20と最後のIを付けずに使われることも多いです。男子のT20のワールド・カップは2024年にアメリカと西インド諸島合同で開催される予定です。また2028年のロサンゼルスオリンピックで採用されるクリケットはT20Iのフォーマットで開催されます。



上の図は、男子の国別ランキングです。T20I、ODI、Testと3種類の世界ランキングがICC(国際クリケット連盟)のサイトに出ています。どのカテゴリーもインドが世界の一位です。ちなみに日本はT20Iでは世界ランキングは50位です。アジアやオセアニアは世界のトップクラスの国が揃っているので、オリンピックの予選を勝ち抜くのも大変です。

こちらは女子のランキングです。



女子は「テスト」の試合は行われないので、ODIとT20Iだけですが、どちらもオーストラリアが世界ランキングのトップです。日本は世界ランキングの51です。女子もアジア圏は強敵揃いですね。

さて現在インドで開催中のワールド・カップのお話です。



参加国は、インド、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、英国、オランダ、パキスタン、アフガニスタン、バングラデシュ、スリランカの10カ国。まもなく準決勝が始まりますが、前回優勝国の英国はすでに最下位で敗退しています。インドは、これまで全勝している唯一の国で、準決勝進出をいち早く決めています。11月7日の試合でアフガニスタンに勝ったオーストラリアも準決勝に進むことが決まりました。

アフガニスタンがクリケットのワールドカップで活躍しているというのは、日本ではほとんど知られていない事実かと思います。アフガニスタンといえば、難民の話とか、タリバンの話ばかりで、クリケットが強い国という印象はほぼないかと思います。が実はクリケットの強い国なんですね。

今回のワールドカップでも、英国、パキスタン、スリランカ、オランダに勝利し、オーストラリアに勝てば、準決勝進出への希望があったのですが、残念ながら負けてしまいました。

オーストラリアとの試合に先立って、インドのクリケットのレジェンドのサチン・テンドルカルがアフガニスタン・チームを訪問したというニュースがありました。



中央のグレーのポロシャツを着た人物が、インドでは誰もが知る伝説のプレーヤーのサチン・テンドルカルです。インドのナショナルチームのキャプテンでもありました。どういう経緯で、彼がアフガニスタンチームを訪問したのかはわかりませんが、ニュース報道によれば、彼のアドバイスのおかげで、強敵オーストラリアを撃退するためのヒントを得たということです。

「遠くに飛ばす」とかは考えず、ボールに集中することが重要だというアドバイスだったそうです。そのおかげで、アフガニスタンのイブラヒム・ザドランは、この試合で、アフガニスタン・チームとしては初のセンチュリーを達成してしまうのです。



センチュリーというのは100ランということです。野球とかは「点」を競い合いますが、クリケットでは「ラン」を競い合います。野球だと走者がいない場合のホームランは1点ですが、クリケットでのホームラン(ノーバウンドで外周の境界線を超える)は6ラン、ゴロで境界線に到達した場合は4ランとなります。

一人のバッツマン(野球でいうバッター)はアウトにならない限り、延々と打ち続けられるので、ランを稼いでいけば100ラン=センチュリー達成も可能ということになります。しかし、センチュリー達成というのは快挙には違いありません。

イブラヒム・ザドランのセンチュリーのおかげもあって、先攻のアフガニスタンは291ランという圧倒的なランを稼ぎ出します。対するオーストラリアはこれ以上のランを達成できないと負けになってしまいます。これは相当なプレッシャーです。

バッツマンの後方のウィケットにボールを当てたり、ノーバウンドの飛球をキャッチしたりするとアウトになって、アウトが10になるとそれで攻撃が終了してしまいます。オーストラリアは数十球で次々とアウトを取られます。また球数もどんどん減っていきます。91ランの時点で、アウト数は7になってしまっていました。このままいけばアフガニスタンの勝利はほぼ確実でした。

ところが、ここで奇跡が起こります。オーストラリアの6番手の選手として登場したグレン・マックスウェル(Glenn Maxwell)が、まるで映画のような活躍をするのです。



何と、マックスウェルが201ランという歴史的な大記録を達成してしまうのです。しかも、途中、脚が痙攣して、走ることもままならない状態になってしまいました。しかし、彼はほぼ片脚で、6ランや、4ランを量産していきます。そして、ついにアフガニスタンに逆転勝利してしまうのです。規定投球数もあと20数球でつきる寸前でした。またあと3つアウトになればそこで試合は終了してしまうことろでした。信じられない展開で、オーストラリアの準決勝進出が決まりました。そしてアフガニスタンの準決勝への道が閉ざされました。

しかし、アフガニスタンがクリケットで頑張っているという事実、そしてこういう試合が行われたという事実を知ることができてよかったです。


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もしもジュリエットが死ななかったら、という設定で始まる最高に楽しいミュージカル

2023-10-20 22:20:16 | シェイクスピア
2023年9月29日、中秋の名月がたまたまスーパームーンと重なった日、シンガポールのマリーナベイサンズのシアターで上演されていたミュージカル『&Juliet』を見ました。ロンドンのウェストエンドで上演され、ニューヨークのブロードウェイでヒットし、トニー賞にノミネートされ、オーストラリアで上演されていた後に、シンガポールでも上演されたものです。

約2年ぶりに、長年住んでいたシンガポールに旅行すると決めたのは、実は、このミュージカルがシンガポールにやってくるからと言っても過言ではありませんでした。ウェストエンドや、ブロードウェイでのトレーラーやインタビュー映像がYouTubeに上がっていたのを観て、この作品は何としても観たいと思っていたのです。

このチャンスを逃したら、ロンドンかニューヨークに行かなければならない。しかも一年中やっているわけではない。シンガポールでこのミュージカルが上演されるというタイミングは逃すべからざる運命的なタイミングだったわけです。

期待に違わず、というか期待以上に、この作品は素晴らしいものでした。あまりに素晴らしかったので、私と妻は、すぐに、滞在中にもう一度観ようと決め、結局、2度観ることになりました。

最初は、3階バルコニー席の最前列で観たのですが、もっと近くで観たいという気持ちになり、一階席の右の端の前から数列目の席を取りました。後ろを見ると、ちらほらと空席があるのが残念でした。シンガポールの人たちはこんなに素晴らしいものをなぜ観ないのか、と憤りさえ感じたのでした。

ジュリエットが死なず、自分の生きるべき道を見出すというストーリー



ネタバレになるので、ストーリーを知りたくない方はこれ以降は読まれないほうがよいかと思いますが、ストーリーを知っていてもこの作品の素晴らしさが損なわれるということは決してないと思います。

この作品はウィリアム・シェイクスピアが書いた『ロミオとジュリエット』を下敷きにしています。元のストーリーでは、運命の導きによって出会ったロミオとジュリエットは、お互いの家が敵同志なのに、恋に落ちてしまいます。途中は端折りますが、最後の悲劇的結末はあまりにも有名です。眠り薬で仮死状態にあっただけなのに、ジュリエットの死を目撃したロミオは服毒して死んでしまいます。やがて目覚めるジュリエット。ロミオが死んでしまっているのを知り、短剣で自ら命を絶つという運命のすれ違いの悲劇です。

実は、このミュージカルには、原作者のシェイクスピアとその妻、アン・ハサウェイが登場するのです。これがまた面白いのですが、『ロミオとジュリエット』の作品を書き上げたばかりのシェイクスピアが、妻の前で、あらすじを解説します。アンは、最後にジュリエットが死んでしまうという箇所だけが気にいらないと主張します。そして、夫のシェイクスピアにその箇所を強引に書き換えさせるのです。

ジュリエットは、短剣で自害する直前で躊躇し、生き延びてしまいます。シェイクスピアがそのように書き換えてしまったからなんですが、その後、ロミオの葬式があって、彼が生前付き合っていた元カノらが何人も(元カレも!)葬儀に参列したりします。軽薄な遊び人だったことがバレてしまいます。ジュリエットに囁いていたような愛の台詞を他の何人にも言っていたのです。ジュリエットもびっくりです。ジュリエットの両親は、ジュリエットに尼寺に行くよう命令を下します。もちろんジュリエットは尼寺で一生を終えたくははありません。

ここで、ジュリエットの友達として登場するのが、メイというノンバイナリーの登場人物。何でも相談できる親友という設定です。そしてもう一人、シェイクスピアの妻、アン・ハサウェイ自身がエイプリルという役で、もう一人のジュリエットの友達として登場してしまいます。ジュリエット、メイ、アン(エイプリル)は、乳母(ナース)のアンジェリークと共に、尼寺に送り込まれるのを避けるため、ベローナを抜け出して、パリに行く決断をします。

パリに行く馬車(というか自転車)の運転手として登場するのがシェイクスピア自身です。このミュージカルでは、シェイクスピア夫婦が至るところに登場するのが面白いのですが、この作家夫婦のギクシャクした関係の修復というストーリーももう一つのストーリーとして進行していきます。

パリにつくと、ある館でパーティーが開催されていて、そこにジュリエットたち一行が潜り込みます。パーティーを主催していたファミリーの父親はランス。そして気弱な息子のフランソワ。父親のランスは、息子のフランソワにパーティーで結婚相手を見つけるか、さもなくばスペインとの戦場に行けと命じています。フランソワはどちらも気乗りがしません。そんな中で出会ってしまうフランソワとジュリエット、そしてフランソワとメイ、さらにはランスとアンジェリーク(何とジュリエットの乳母のアンジェリークは前職ではランスの家で乳母として働いていた)。

ジュリエットはフランソワの悩み(戦争には行きたくないということ)を解決するために、フランソワと結婚することを提案し、結婚式が行われることになってしまいます。でもジュリエットの親友のメイは、フランソワを気にいってしまっています。さらに、父親のランスは妻と死別していて、久々に会ったアンジェリークに恋心をいだいてしまいます。そんな状況で迎えるフランソワとジュリエットの結婚式。

そこに、何と、死んだはずのロミオが蘇って登場してきます。シェイクスピアの妻のアンの知らない間に、シェイクスピアが勝手に、ロミオの復活を書き足してしまうのです。実は、毒薬の効き目が弱く、眠りから覚めてしまったとの設定です。ボンジョヴィの『It's My Life』を歌いながら、満面の笑顔で上空から登場するロミオ。再び命を得たことの幸せ、そして再びジュリエットに会えた幸せを、身体いっぱいで表現して、この歌を歌います。

それを見て、ジュリエットが発する言葉が “Shit!”。絶妙な間です。こんなぐちゃぐちゃの状況の中で、何で、よりによって死んだはずのロミオまでが登場してくるんだというカオス状態。ジュリエットは気持ちの整理がつきません。

一方、結婚式を盛り上げるために男たち(フランソワ、ランス、メイ、そして変装して結婚式に潜り込んでいるシェイクスピアとロミオも)が歌うバックスリートボーイズの“Everybody"。ステージはハイテンションのコンサート状態です。しかしその後、花婿であるはずのフランソワがまさかの告白。自分が選ぶのはジュリエットではなく、メイだという爆弾発言、しかも自分の結婚式の最中に!

ジュリエットはいたたまれず、その場を逃げ出します。やがてロミオと出会い、打ち解けて話をします。その間に、これまでぎくしゃくしていたシェイクスピアとアンの関係も、このドタバタを通して修復していきます。

ジュリエットは、自分の道は自分自身で選ぶということを決意し、最後は見事なハッピーエンド!素晴らしいミュージカルでした。

90年代以降のポップスの名曲が絶妙なタイミングで登場するミュージカルはもはや音楽コンサート

ストーリーも面白いのですが、次から次へと登場する90年代ポップスが、ストーリーにぴったりで、絶妙なタイミングで登場します。バックストリートボーイズ、ブリトニー・スピアーズ、ボンジョヴィ、デミ・ロヴァート、ケイティ・ペリーなどのヒット曲が使われています。

実はこれらの曲、作曲したのは、マックス・マーティンというソングライター。この人がこんなにすごい曲を一人で作っていたのは驚きです。



上の画像の左側がマックス・マーティンです。数々の賞を受賞していて、米国でのヒットシングルの数は、ポールマッカートニーとジョンレノンに次いで多いとのこと。また、このミュージカルで登場する曲は、内容も歌詞もストーリーに見事にハマっているのです。まるでこのミュージカルのために書き下ろされた曲のような気さえしてしまいます。

こちらがこのミュージカルで登場する曲のリストです。



こちらは前半に使用された曲のタイトル、原曲の歌手名、そして劇中で歌うキャスト(オレンジ色)です。



こちらが後半の曲。歌詞が言葉がオリジナルとは違ったコンテキストで登場し、それが妙にマッチするので、めちゃくちゃうけていました。

たとえば、ブリトニー・スピアーズの“I'm not a girl"を、ジュリエットの友達のメイが歌うのですが、これも秀逸です。原曲が、少女(girl)と大人の女性 (woman) の狭間の存在を歌っているのですが、ノンバイナリーのメイが歌うと、歌詞がそのままで、女でもない、男でもない、その中間で悩む存在というメッセージになります。

たまたま私たちが観た観客も、ゲイの人やノンバイナリーの人がかなり目につきました。彼らから(彼女らから)したら、このミュージカルの内容はとても勇気づけられるものだったのではないかと思います。

命を与えられ蘇ったロミオが歌う“It's My Life"とか、ランスとアンジェリークの老齢カップルが歌う“Teenage Dream"など、どの曲も見事なタイミングで登場するので、実に面白かったです。

ステージの最初と最後にジュークボックスが象徴的に登場していますが、これらの曲がまるでジュークボックスから聞こえてきたかのような、そんなノスタルジックなイメージを持たせようとしていたんですね。

ステージの中央部が回転するという仕掛けも何度かありましたが、これも昔のレコードのターンテーブルをイメージしていたのかもしれません。

キャストの演技力、歌唱力、ダンス力が素晴らしく、キャステイングもダイバーシティを意識



シンガポール公演は、オーストラリアのキャストを中心に構成されていました。ロンドンもブロードウェイも主役のジュリエットは黒人の女性でしたが、今回のジュリエットを演じたロリンダ・メイ・メリポールさんは、オーストラリアのクィーンズランド州の原住民族のクーンカリ(Kuungkari)という人種だそうです。アジア人っぽい雰囲気なのですが、素晴らしい演技力、歌唱力、ダンス力でした。発音、発声、声量、リズム感、セリフの表現力、演技力などすべてが素晴らしかったです。

当日、会場で買ったパンフレットを見ていて、一つ感動したのは、キャストの名前の下に(he/him) とか、(she/her) とか (they/them)という表記があることでした。以前、別の記事でノンバイナリーに関する話を書いたことがあるのですが、ノンバイナリーの人々は性別をはっきりさせるような代名詞を嫌がります。その場合、三人称単数のthey/themというのを使うのです。つまりthey/themと書いてあるだけでノンバイナリー(あるいはLGBTQ)という意味になるのです。。



これを見ると、ロミオもメイもthey/themです。他にも何人かthey/themがいます。フランソワ役は、意外にもhe/himなんですね。ランス役のヘイデン・ティーさんは、he/him/they/themという表記ですが、これはどういうことなんでしょうか?いわゆる両刀使い?バイセクシャル?ちょっと謎です。

あと上の画像の右下のベンボーリオ役のライリー・ギルさん。この人、女性かと思っていて、ロミオの親友ベンボーリオを女性という設定でやっているんだと思ったのですが、これを見ると、they/themなんですね。またこの画像では切れてしまっているのですが、解説を見ると、“Riley is a Queer non-binary performer"と書いてあります。クイアーでノンバイナリーのパフォーマー。LGBTQの最後のQです。

Rileyという名前が男の子の名前だけかと思って調べてみたら、女の子につけるケースも多く、中性的な名前のランキングのベスト5に入っている名前のようですね。

ロミオの親友も、ジュリエットの親友もあえてノンバイナリーという設定のこのミュージカル、実にダイバーシティーを意識しているんですね。

日本では味わえない西洋風のノリと、エレガントな開演前とインターミッションの雰囲気



観客に西洋人が多かったので、客の反応で客席とステージが一体化し、非常に盛り上がりました。ところどころ、音楽コンサートのような雰囲気になったりもしました。また最後はスタンディング・オベーションで、かなり多くの観客が踊り出していました。こういう雰囲気はなかなか日本の劇場ではない気がします。

また、開演前やインターミッションでの雰囲気も素敵です。これまで何度か西洋人の観客の多いミュージカルをシンガポールで観ていますが、開演前には、広々としたロビーで飲んだり、スナックをつまんだり、おしゃべりしたり、写真を撮ったりして過ごすのがとても楽しいです。

今回は、私は最初は白ワインとポップコーンを、2度目はシャンパンを飲みました。何かパーティーに参加しているような雰囲気がして、ちょっとワクワクします。こういう優雅な雰囲気はなかなか日本では味わえないですね。

ミュージカルの内容もそうなのですが、観客の雰囲気、始まる前からの雰囲気など含めて、素晴らしい体験でした。シンガポールで、日本人の知り合いや、シンガポール人の知り合いに「絶対見るべきだ」と言ったのですが、私がいくら言っても、残念ながら説得力がなかったです。

この演目は、言葉の問題もあり(そもそもこれらの洋楽の楽曲の歌詞は日本語翻訳では無理)、もし見事に翻訳できたとしても、これだけの演技力と歌唱力を持ったキャストを揃えることは難しいと思います。また、もし海外キャストをそのまま日本に連れてきて上演できたとしても、観客との一体感と反応を再現することは無理なのではないかと思います。

シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の原作からは大きく逸脱した作品ではありますが、シェイクスピアの喜劇で表現したかったことはこういうことではないのかと思えるような作品でした。シェイクスピアの時代にはなかった音楽と現代的な設定で再構築した、この新しい物語が与えてくれた感動は、シェイクスピア喜劇の本質のような気がしました。

シェイクスピアの時代は、言葉と演技力に頼るしかなかったのですが、今の時代はいろいろな要素を総合芸術として使うことができます。あらたなツールを使って、シェイクスピアが表現したかったものを現代に再生できたのではないか、とそんなことを感じました。

日本人でこのミュージカルをご覧になった方、あるいはこれからご覧になる可能性のある方は少ないかと思うのですが、あまりに素晴らしく、これは歴史に残しておくべき作品なのではないかと思ったので、ここに紹介させていただきました。これを再び、どこかで観ることができるのだったら、ロンドンにさえも飛んでいきたいという気持ちです。チャンスがある方は是非、ご覧になっていただければと思います。
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世界の広告業界はどのように変化しているのか

2023-10-08 22:07:23 | 広告
先日、明治大学で定期的に開催されている「グローバルマーケティング研究会」の例会があり、世界最大の広告代理店グループ、WPPの中の「グループM」というメディアエージェンシーの大森健一郎さんが、広告業界の状況に関して講演をされました。大森さんは、マツダ自動車からADKに移られ、アムステルダムや上海でも勤務されていた方です。ADKはWPPグループにも入っていたことがあるので、世界の広告業界の変遷とともに生きてこられたような方なのですね。

私が長年勤めてきたのは、海外向けの仕事がメインの日系の広告代理店でした。1980年代には、TBWAと提携をしていたこともあるし、ヨーロッパやアメリカにもたびたび出張する機会がありました。当時は、海外の広告業界の本もいろいろと読みあさっていたし、海外の広告業界紙をウォッチしていました。ここ数年、広告業界のグローバルトレンドからは遠ざかっていましたが、今回の大森さんのお話を伺い、昔の記憶が蘇ってきたわけです。

この記事を書いている途中、1週間ほどシンガポールに行くことになり、旅行中に記事をアップしようと思っていたのですが、結局は帰国してからアップすることになってしまいました。

実はシンガポール滞在中に、電通シンガポールの元社長の紹介で、急遽打ち合わせをすることになった現地広告代理店の社長が、元オムニコムでアジアパシフィックでM&Aを仕掛けていたキーマンだと知り、これがセレンディピティーというやつかと思ったわけです。

この社長は、シンガポール人なのですが、オムニコムの媒体エージェンシーのOMDに数年在籍していて、オムニコムでM&Aを担当、ニューヨークのオムニコム本部でも働くことを勧められたそうですが、それは断ったとのことでした。この人も世界の広告業界の歴史とともに生きてきた人だったわけです。

世界の広告業界は目まぐるしく変化しているので、自分自身のための情報整理という目的で、このような記事を書いてみました。このような内容に興味を持つ人はそれほど多くないかと思いますが、何かの参考になればと思います。

世界の広告業界の変遷

20世紀の広告業界の歴史は、ニューヨークのマジソンアベニューと、ロンドンが中心で、J.ウォルター・トンプソン、サーチ&サーチ、オグルヴィー&メイザー、ヤング&ルビカム、マッキャン・エリクソン、DDB、BBDO、レオ・バーネットなどが業界に君臨していました。

やがて、アメリカでは、ニューヨーク以外にも、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ミネアポリス、オレゴンなどの都市で、ホットショップと言われる小さなクリエイティブ会社が、斬新なクリエイティビティで、広告業界に登場してくるわけです。

そのようなホットショップの代表格が、シャイアット・デイだったり、TBWA、ファロン・マケリゴット、そして、グッビー・シルバースタイン&パートナーズ、ワイデン・ケネディーなどがあります。

20世紀後半から最近まで、広告業界のM&Aが目まぐるしく進展し、うっかりしていると、どことどこが合併したのかがよくわからなくなっていたので、自分の理解をキャッチアップするために、図式化してみたのが冒頭の図です。

広告会社は、WPPやオムニコムなどのホールディング会社が老舗広告代理店を次々と吸収していくのですが、一番上の図は、現在のトップ10の広告代理店を並べてみたものです。世界の広告業界の4大グループは、WPP、オムニコム、ピュブリシス、インターパブリック(IPG)です。その周辺にあるのが、電通グループであり、アクセンチュア、デロイト、PWCなどのコンサルティング系です。あとは、IBM系だったり、ブルーフォーカスという中国の会社だったりします。

昔の広告業界からすると、全く異なった企業名ですよね?おまけに、アクセンチュアとか、デロイトなどコンサル系の企業が広告代理店として電通と同等の規模となっています。コンサル系の会社は、デジタル広告だけをやっているのかなと思っていたら、アクセンチュアは、今をときめくクリエイティブショップのDroga5を買収していたんですね。クリエイティブの分野でもパワーを増強しているようです。

しかも、Droga5の創立者のクリエイターのデイヴィッド・ドロガが、アクセンチュア・インタラクティブのCEOに就任していて、2022年4月には社名をアクセンチュア・ソングと改名しています。

従来の名門広告代理店は合併することでかろうじて規模を保っている感じですが、それをコンサル系が追い上げているという構図です。単独の会社規模では、もはやコンサル系が優位に立っているのですが、大手代理店はホールディング会社の規模で業界での優位を維持している感じです。

ホールディング会社の名前だけだと、実際にどのような広告代理店が入っているのかわかりませんよね?というわけで、4大グループの広告代理店構成を見ていきたいと思います。これらは、現時点での情報をもとに作ったものですが、業界は刻一刻と変化しているので、皆さんがご覧になる頃には状況が異なっているかもしれませんが、ご容赦ください。また、グループ企業のすべてを網羅しているわけではありませんので、そのへんも重要な企業の漏れがあったら、申し訳ありません。

英国発祥の世界最大のWPPグループ



ワンダーマン・トンプソンというのは、広告代理店の老舗のJWT(Jウォルター・トンプソン)とワンダーマンが合併してできた会社です。以前、「電通ワンダーマン」という会社がありました(現在の電通ダイレクトソリューションズ)。オグルヴィーは、元々はオグルヴィー・メイザーという名前の会社でしたが、現在はオグルヴィーという名前になっています。

グレイという老舗代理店は、日本で大広と合弁会社「グレイ大広」という会社を作っていましたが、1999年に合弁を解消。グレイワールドワイドとなっていましたが、サンフランシスコを拠点として世界展開していたデジタル系のAKQAに吸収されていました。

かつては日本に「電通ヤング&ルビカム」という広告代理店がありました。電通とアメリカのヤング&ルビカムの合弁の会社でした。VMLY&Rという広告代理店の後半のY&Rというのがヤング&ルビカムの名残です。

WPPのような大手ホールディング会社は、広告代理店だけでなく、マーケティングコミュニケーションに関わるあらゆる機能の会社を傘下に持とうとします。ブランディング系の会社、マーケティングコンサルタンシー、メディアエージェンシー、PR会社などです。

ランドーアソシエイツは世界的に有名なブランディングの会社です。フィッチも同様なのですが、これが「ランドー&フィッチ」と一つの会社となって、WPPの中にいます。

カンターはマーケティングや調査の会社です。そしてグループMはメディア・エージェンシーですが、この中にマインドシェア、エッセンス・メディアコム、ウェイブメイカーなどの世界的に大手のメディア・エージェンシーが含まれています。

図の一番下の段はPR代理店なのですが、ここも世界的に有名なPRエージェンシーが名を連ねています。ヒル&ノールトンとパブリック・ストラテジーズが合併して、ヒル&ノールトン・ストラテジーズになっています。オグルヴィーPR、FGSグローバル、BCWとPR系も錚々たる会社ばかりです。最後のBCWは、バーソン・マステラと、コーン・ウルフというそれぞれ老舗PRエージェンシーが合併してできた会社です。

WPPはロンドンを拠点に(登記上はアイルランドですが)、マーティン・ソレル(現在はWPPを去っていて、S4キャピタルという独自のエージェンシーを作っています)という英国人が作り上げた、広告業界の大帝国と言えるかと思います。

ニューヨークで生まれたオムニコム



ニューヨークの広告業界の合従連衡で誕生したのがオムニコムです。DDB(ドイル・デーン・バーンバック)と、ニーダム・ハーパー、BBDOの合併のニュースは、当時の広告業界を震撼させました。TBWAはパリを拠点とするヨーロッパ系の代理店でしたが、アブソルートウオッカの米国キャンペーンをきっかけに世界的なエージェンシーネットワークとなっていきます。TBWAは世界各国のローカル広告代理店を次々と買収していくのですが、それが丸ごとオムニコムの傘下に入ることになります。

アップルの広告で一世を風靡したロサンゼルスのシャイアット・デイは、TBWAに買収され、TBWAシャイアット・デイとなりますが、オムニコムに吸収された形となりました。

日本のTBWA博報堂は、TBWAと博報堂の合弁の会社です。

GS&P(グッビー・シルバースタイン&パートナーズ)は、サンフランシスコを拠点とするクリエイティブエージェンシーでしたが、オムニコムの傘下となっています。

DASグループはマーケティングエージェンシー、インターブランドは世界的に有名なブランディング会社です。OMGはオムニコムのメディアエージェンシーですが、OMD、ハーツ&サイエンス、PHDなどのメディアエージェンシーが含まれています。

PRエージェンシーもいくつもあり、フライシュマン・ヒラード、ケッチャム、MMC、ポーター・ノヴェリなどの会社があります。

オムニコムはWPPに次ぐ世界第二位のグループですが、こちらもオムニコム帝国という感じです。

フランスが作りあげた世界帝国、ピュブリシス



ピュブリシスは、パリを拠点とするネットワークですが、ピュブリシス・サピエント、レオ・バーネット、サーチ&サーチ、BBHなどのクリエイティブエージェンシーを傘下に持っています。ピュブリシス・サピエントは、サピエント・ニトロ、レーザーフィッシュ、DMB&B(ダーシー・マシアス・ベントン&ボウルズ)などをピュブリシスに吸収統合したものです。

サーチ&サーチは英国のサーチ兄弟が作った世界的なクリエイティブエージェンシーですが、アメリカのファロン(元はファロン・マケリゴット)も吸収していました。

ピュブリシスは他にデジタル系のMSLとメディアエージェンシーのピュブリシスメディアを持っています。ピュブリシスメディアの中には、スターコムやゼニスなど老舗メディアエージェンシーなどが含まれています。

4大ネットワークの一つ、インターパブリック(IPG)



インターパブリックグループの中核になっているのはマッキャンとFCBですが、マレン・ロウ・グローバル、R/GAなどが含まれています。マレン・ロウ・グローバルの中には、ロウ&パートナーズ、アミラティ・プリス・リンタス、マレンなどが含まれます。いずれも由緒あるエージェンシーばかりです。

デジタルやエクスペリエンス・エージェンシーとして、MRMやモメンタムなどがあります。またメディア・エージェンシーとしてUMがあります。

PRエージェンシーとしては、ウェーバー・シャンドウィックがあります。

これ以外に、電通や、コンサル系の代理店があります。またWPPの創始者のマーティン・ソレル率いるS4キャピタルの動向も見逃せません。

広告業界のレジェンドたち



世界の広告業界を牛耳ってきたレジェンドたちです。これ以外にも多くのレジェンドがいて、誰を入れるべきかは悩むところですが、とりあえず私の個人的な印象でリストアップしてみました。

広告代理店のありかた自体も変化の途上にあり、「広告」という言葉自体もこのままでいいのかという議論もあります。業界は今後ますます変化していき、20世紀の広告業界を作ってきたレジェンドたちの功績もどんどん過去のものになっていきます。

会社の名前に残っていたレジェンドたちの名前さえも、次々と消え去っていくのが何とも悲しいですが、どんなに業界が変化していっても数多くの天才たちが広告を通して世の中を面白くしていたという事実は決して忘れてはならないと思います。
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インドのG20におけるマルチラテラリズム

2023-09-20 17:29:41 | インド
2023年9月9日、10日の二日間、インドのニューデリーにてG20サミットが開催されました。今年は日本の広島でG7が開催されましたが、G20とは何か、インドのG20サミットの成果はどうだったのか、そして今回浮上してきた「マルチラテラリズム」というのは何なのかを簡単に解説してみたいと思います。

まずお断りしておかなければならないのは、私はインドに関する広告ビジネスの経験は長いのですが、国際政治の専門家ではないので、知識不足の点もあるかもしれないということです。しかしながら、今年の春先から、東京のインド大使館で開催されていたG20のための各種説明会に何度か参加していましたので、私なりの視点で語れるところも多いのではないかと思います。

G20とは?

先進国7カ国をメンバーとするG7に対し、新興国を含む20カ国で構成され、主に世界的な経済・金融問題を議論する場として1999年に発足した枠組みがG20です。2008年から、首脳会合(サミット)が開催されるようになりました。

参加の20カ国とは、G7(フランス、アメリカ、英国、ドイツ、日本、イタリア、カナダ、EU)に加え、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、中国、インド、インドネシア、メキシコ、韓国、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコとなります。基本的には国の首脳が参加します。

また、20カ国以外にも、今回のG20サミットには、バングラデシュ、コモロ(アフリカ連合代表国)、エジプト、モーリシャス、オランダ、ナイジェリア、オマーン、シンガポール、スペイン、アラブ首長国連邦の首脳も参加。アジア開発銀行(ADB)、経済協力開発機構(OECD)、国際連合、世界銀行、世界保健機構(WHO)、世界貿易機関(WTO)などの国際機関も参加しています。

G20のサミットは、一年に一度、各国持ち回りで開催され、2022年はインドネシアのバリ、今年の2023年がインドのニューデリー、来年2024年がブラジルのリオデジャネイロでの開催となっています。

G20サミットでは、会議のまとめとして、首脳宣言が発表されるのですが、今回のインドでは、首脳宣言が初日に発表されました。実は、このサミット本番の前までに、様々な会議が事前に開催されていて、G20サミット本番は、まとまった成果を発表する場という位置づけなので、今回のように初日に発表するというのもありなんですね。

インドのマルチラテラリズム外交

G20の直前まで、首脳宣言がまとまるかどうかは危ぶまれていました。西欧諸国は、ウクライナ問題に関して、ロシアに対しての厳しい姿勢が示されないと、首脳宣言を認めないという感じでした。また、ロシアは、ウクライナ問題に関して一方的に追求される場合は、首脳宣言を認めない姿勢でした。グローバルサウスの国々は、先進国優先の影響で、自分たちの立場が軽んじられることは許せないという立場でした。

国と国との関係は込み入っており、すべての国を満足させられる首脳宣言は不可能ではないかと思われていました。しかし、結果としては、予想に反して、インドは、参加国を満足させられる首脳宣言を作り上げるのに成功しました。その裏には、様々な外交努力があったことと思います。

日本のマスコミは、首脳宣言は、ロシアへの非難を盛り込まなかったため、不十分な出来栄えだったと評しました。しかし、ロシアへの非難を盛り込んでいたら、ロシアはこれを認めることはなかったでしょう。そうなると首脳宣言が頓挫していた可能性があります。また、ロシアとの関係が深いインドとしても、ロシアを敵に回すような表現は避けたかったと思います。

最終的に、インドは、ロシアへの非難を盛り込まず、しかしながら侵略戦争への非難を盛り込む形で、万人が賛同できるような首脳宣言に仕上げました。参加していなかったウクライナは、この首脳宣言に不満を表明していたようですが、首脳宣言はG20サミットで承認されたのです。



上の画像が首脳宣言の表紙です。"Leaders' Declaration"が首脳宣言ということなのですね。首相や、大統領など様々な名前がありますが、それぞれの国を代表する指導者ということなんですね。

今回のG20サミットの背景にあったのは、インドの「マルチラテラリズム」という考え方です。日本語にすると「多国間主義」となります。多くの国との関係を重視した外交という意味です。

「ラテラル」("lateral")というのは、「側面の」とか「横の」という意味です。"Bilateral"と言えば、「二国間の」という意味になります。「マルチラテラル」というと、多くの国との関係を重視するということになります。

世界の政治は、多くの国のいろんな関係が複雑に重なり合って成立しています。二国間の関係は、他の国々に影響を与えます。ロシアと欧米の緊張感は、世界の経済に大きな影響を与えています。米中関係が悪化すると、日本にも大きな影響が出ます。

二国間の関係も多面的です。例えばインドと中国の関係で言えば、国境紛争があったりして、中国とは仲が悪いのですが、経済的には貿易相手国としては重要なパートナーです。そういう相反する関係が共存しています。

そういう多国間の関係に着目して、最適なバランスを考え、すべてのメンバーに対しての最適解を導き出す。特定国だけの利益を優先せず、全体としての最適解を見つけていくという考え方です。

SDGsの基本的な考え方に「誰も置き去りにしない」というのがあります。国際関係の中でこれまで置き去りにされてきたグローバルサウスの国々も、自分達をもっと対等に尊重してほしいという願望があります。今後の経済発展や、地球環境を考えるにあたって、グローバルサウスは益々重要になっていきます。

インドが提唱する「マルチラテラリズム」は、先進国だけでなく、グローバルサウスの国々をも満足させるためのものだったんですね。

首脳宣言で印象的だった言葉

首脳宣言は83のパラグラフからできています。その中で様々なことが語られているのですが、印象に残った言葉を、日本語と原文の英語で数点ご紹介いたします。



まず最初に前文の最初のパラグラフで登場してくるのがこの概念です。今回のG20サミットのテーマを文章で提示します。マルチラテラリズムの精神そのものなのですが、このステートメントに対しては、誰も否定することはできません。



貧困、不平等、気候変動、パンデミック、紛争などは今日地球規模の問題として人類に影響を及ぼしているのですが、とくにその皺寄せの犠牲になっているのが女性、子供など弱い立場にある人々ということですね。これに対しても異議を申し立てる国はないでしょう。また、アフリカやグローバルサウスの国は、「まさにその通り」と思ったことでしょう。



我々は共に、より良い未来を構築する機会を得ている。ということで参加国がすべて、前向きに問題解決に関わっているということを強調します。こういう機会に加わることができたアフリカ諸国やグローバルサウスが嬉しくなる表現です。



女性の活躍をアピールしているパラグラフです。インドでは、女性の教育レベルが低く、ジェンダー格差が存在しているのですが、それを改善するための取り組みを前文に入れています。これはインドだけでなく、世界各国の女性からは賛同を得られるステートメントです。



この8番目のパラグラフの「領土取得を追求するための武力による威嚇又は武力の行使は慎まなければならない」という部分は、ロシアのウクライナ侵攻を間接的に示しているのですが、これをロシアと限定せずに、一般論にしているところが味噌です。ロシア以外に、中国がもしも台湾に攻め入ることがあれば、それも大問題だし、いろんな国で起こるかもしれない武力行使を含めて一般論として非難しています。これはロシアと限定はしていないので、ロシアとしても基本的に認めてもよいのでしょう。ウクライナ侵攻は「領土取得追求のための行為ではない」と主張することも可能で、ロシアとしてはいろんな形で正当化することは可能です。

「核兵器の使用又はその威嚇は許されない」という言葉で、核兵器を持つ国を威嚇しています。この数ヶ月前に、G7でモディ首相も広島を訪れていますが、そこで見た核の恐ろしさが、このフレーズの行間に存在しているのでは
ないかと思います。



パラグラフ14はこの短いセンテンスから成っています。「今日の時代は戦争の時代であってはならない」というのはとても印象的な言葉です。ウクライナでは戦争が行われているのですが、それに対するインドの立場、グローバルサウスの立場をも表しているのではないかと思います。感情的になって、殺し合うことよりも、助け合うことのほうが重要課題ではないのかと。



多国籍主義を再活性化しようと、首脳宣言は主張しています。「多国籍主義」というものが、世界史の中で、存在した時代や地域もあったかもしれません。ヨーロッパでも19世紀とかにもあったかもしれませんし、中国の春秋戦国時代なんかもそんな時代だったかもしれません。インドは諸外国との駆け引きの中で主導権を争いながら、同時に平和を実現していくという時代を生きているのかもしれません。

ニューデリーのG20サミットの首脳宣言は、哲学的、思想的でもあり、文学的でもあると感じるのは私だけでしょうか?仏教やヒンドゥー教を作りだし、ゼロを発見し、数学の基礎を作り出したインド。高度が教育を背景に、多くのグローバル企業のリーダーにインド人が成っている(英国の首相にも)、そしてその技術は月着陸さえも可能にしてしまう。そんな状況の中でこの首脳宣言を見ると、その行間に溢れる哲学、人類愛、宗教観を感じて、感動してしまうのです。

G20サミットに至るまでの道のり



上の画像は、東京の九段にあるインド大使館の建物ですが、今年の春先からG20のロゴのポスターが建物の外に掲示されていました。今年のG20のテーマは、"One Earth. One Family, One Future"というものでした。「ひとつの地球、ひとつの家族、ひとつの未来」というメッセージです。

ここに盛り込まれているのは、SDGsや環境問題で、みんなで力を合わせて地球を守っていこうという姿勢や、貧富の差や、飢餓などを含む南北問題、平和など様々なメッセージです。

今年の春先からG20関連の様々な情報共有会が東京のインド大使館で開催されていました。情報は英語のみで、日本のマスコミはほあまり参加していなかったようなので、日本での情報はかなり限定的でした。

こちらのスライドは科学関連の分化会で共有されたチャートです。



このスライドの一番上にあるのはG20の作業の流れというもので、これが3つの部分に分かれています。左からシェルパトラック、ファイナンストラック、そしてエンゲージメント10と記されています。

「シェルパ」というのは、もともとは、ヒマラヤ登山者のために、道案内をしたり、荷物を運んだりする役割の人間なのですが、翻って、山頂(サミット)を目指す指導者のために、事前準備を手伝い、登頂を成功に導くという意味になります。今までも、この言葉は使われてきたのですが、インドで開催されるG20サミットにおいては、「シェルパ」という言葉は実にリアリティーをもって響いたものと思われます。

「シェルパトラック」は13のワーキンググループと、4つのイニシアティブに別れます。13のワーキンググループは、農業、腐敗の防止、文化、デジタルエコノミー、災害リスク削減、開発、教育、雇用、環境と気候のサステナビリティー、エネルギー転換、健康、貿易と投資、観光。4つのイニシアティブとは、研究とイノベーション、宇宙経済リーダーズ会合、G20エンパワー、G20主席科学諮問者円卓会議です。

ファイナンストラックというのは、フレームワークワーキンググループ、国際金融アーキテクチャー、インフラワーキンググループ、サステナブルファイナンスワーキンググループ、金融包摂のためのグローバルパートナーシップ、財務・保健合同タスクフォース、国際課税アジェンダ、金融セクターの問題など9つのワーキンググループで構成されています。

そして、一番右の10のエンゲージメントというのは、B20(ビジネス)、C20(シビル)、L20(労働)、S20(サイエンス)、議会20、SAI20(最高監査機関)、スタートアップ20、Think 20, アーバン20、ウィメンズ20、ユース20の10の分化会です。

こちらは10のエンゲージメントの一つのアーバン20の説明会の様子です。



こちらの写真は、インド大使館のアーバン20の説明会の様子です。都市問題などを論じるアーバン20の分科会の取りまとめは、最終的には、グジャラート州のアーメダバードでの会議で行われました。そこにはアーバン20の参加都市の一つ東京の首長の小池都知事も参加しています。日本ではあまり話題になりませんでしたが。

アーバン20はアーメダバードでしたが、観光はゴアだし、他の分科会は、インドのいろんな場所で開催されました。その各分科会で取りまとめられた結論がG20のシェルパ会議で集約され、首脳宣言となっていくわけです。首脳宣言はG20のサミットで議論されたものをまとめたものではなく、この数ヶ月、各地の各分科会で議論されてきた論文をさらにまとめたものだったんですね。数多くの人々の大変な努力のおかげで、首脳宣言がまとまったわけです。

そんなことを理解して、G20を見ると、サミット(頂上とい意味)というのが、ヒマラヤの山のように聳えて見え、その頂上に翻るのが首脳宣言という旗であり、そこに登頂するために実に多くのシェルパたちが働いていたという絵が見えてきます。
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