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人生色々な人が居るので多様性を肯定しつつ、何かを提言し「言葉」をつくっていくブログ。

『反天皇ネトウヨを斬る』

2017-09-23 10:46:35 | 社会批評
反天皇ネトウヨを分析した結果を簡単にまとめる。


①天皇陛下の高麗神社訪問をきっかけに嫌韓を拗らせていること。

②天皇陛下のご発言が左翼に利用されるという意味不明な危機感をもっていること。

③左翼が天皇陛下を擁護すると、彼らは更に反天皇を拗らせて肥大化するという悪循環。

④左翼が反対しているから原発推進という、反反原発の保守みたいな逆張りの論理に嵌っている。

⑤元々、彼らの価値観の根底が差別的嫌韓という愛国とは程遠いイデオロギーを根源にしているということ。

⑥彼らにとっての権威は時の為政者や権力者であり、もはや、天皇陛下ではないということ。

こんなところだろう。


こういった、間違った価値観は唾棄すべきものでしかない。

このような問題が起きる要因は以前からあった。

それは、保守系の論壇やメディアに顕著に見られる皇太子殿下、妃殿下、愛子さまへの誹謗中傷などに見られる。

保守系の論壇やメディアも、反天皇ネトウヨほど極端ではないが、微温的な東宮批判(東宮御所に住んでいる皇太子ご一家に対する誹謗中傷)を発してきたのは確かだ。

これは、著述家の古谷経衡さんが論じている温室育ちの保守論壇がヘイトスピーチの温床につながっているという論考と一致するのではないか。

政治界隈にも要因はある。

田母神俊雄氏が東京都知事選挙に立候補したときに、田母神応援団としてタレントのデヴィ・スカルノが旧次世代の党の選挙カーから手を降って、万雷の拍手を受けていたが、デヴィ・スカルノは、かなり以前より皇太子ご一家に対して悪質な誹謗中傷を繰り返していた。

挙句の果てに、デヴィ・スカルノは皇太子廃嫡署名を集める暴挙を起こしている。

そんな彼女を、保守を自称する旧次世代の党は選挙の看板として利用していたのだ。

流石に、知らなかったという言い訳は通用しまい。

保守政党や界隈が、デヴィ・スカルノを神輿に担いだことによって、東宮批判は一気に急進的展開を遂げることになる。

秋篠宮派を自称しつつ(秋篠宮ご一家には迷惑な話でしかない)、東宮批判を繰り返す変節したネットウヨクもかなり以前より存在し、それが、エクストリーム、パワー系の保守層と融合して、更にネズミ算式に増えてしまうという悪循環が起きてしまったことは言うまでもないだろう。

また、東日本震災や福島第一原発における天皇陛下の『お言葉』(詔勅)に、当時の「直ちに放射能の身体への影響はないと主張する旧民主党政権」や「原発依存症の安倍政権」が未だに語らない、放射能の影響を気にかける発言が含まれており、天皇陛下が日本の象徴として左翼にも尊敬されはじめている。

これは、健全な右派として、普通に歓迎すべきことなのだが・・・偏狭なネトウヨは、これすらも受けつけない。

彼らの愛する安倍政権が原発をベースロード電源と言ったりする「原発依存体質」であることは明白な事実であり、放射能の影響を気にかける天皇陛下の「お言葉」(大御心)を全く理解できないのが原因の一端だろう。

また、避けられない要因として天皇陛下の譲位問題や皇位継承問題がある。

私は天皇陛下の譲位、皇位継承問題について論じることは控えたいのだが、敢えて、簡単な範囲で問題提議をしておこうと思う。

天皇陛下の譲位問題や皇位継承問題について、有識者会議という有識者ではない人達が色々と勝手なことを言って、天皇陛下のお立場を毀損したのは非常に憂うべきことである。

天皇陛下が譲位をすることは「我儘」等と揶揄し、一代限りとした不敬な連中を安倍が動員したことに耐え難い怒りを禁じ得ない。

また、女性宮家について極端に反対している者たちが居るが、女性宮家にさして問題はないと私は認識している。

女性宮家に皇位継承権は無いからである。

眞子さまのご婚約が正式に決定したことも、歓迎すべきことだが、ここでも極端な層が拗らせてしまう。

眞子さまのご婚約に、極端な女性宮家創設反対派が不敬な誹謗中傷を浴びせるという信じ難いことが起きてしまう。

眞子さまにも、お相手にも、皇位継承権はないし、女性宮家創設という話に一足飛びにはならないだろう。

何をそんなに神経質になっているのだろうか。

神経質になるほど純粋で真っ直ぐなのだろう。

その純粋で真っ直ぐな情熱が恐ろしいのだ。

思えば愛子さまの誹謗中傷も酷いものだ。

女性天皇反対を拗らせて愛子さまに誹謗中傷を投げつける愚か者、ならず者がいるが、女性天皇は皇統の歴史に存在するし、誹謗中傷するような存在でもない。

まして、現行の皇室典範においても皇位は恙無く皇太子殿下から悠仁さまに受け継がれるので、愛子さまを誹謗中傷する理由は皆無である。

また、雅子妃殿下への悪質な誹謗中傷も意味不明であり、雅子妃殿下のご公務を妨げていているのは一貫して極端な女性天皇反対派に他ならない。

左翼が象徴としての天皇陛下、皇室を尊敬するようになったことも気にすることでもなく、入り口として歓迎するくらいの広い心を持って頂きたい。

最後に付け加えておくが、保守を自称する自民党の国会議員までもが天皇陵のユネスコ世界文化遺産登録推進事業に賛成するという愚かなことをやっているが、観光財源として天皇陵を利用するなど言語道断である。

根拠として、仁徳天皇陵が仁徳天皇の墓ではないという一部考古学的、学術的な認識も後押ししているものと推測できるが、天皇陵の価値を考古学的、学術的価値観に基づいて評価すること自体が間違っているのである。

天皇、皇室が祭祀を行った時点で、そこに御霊が祀られているわけであり、そこは、天皇、皇室の祖先祭祀の聖地である。

現在も天皇、皇室に受け継がれる皇室用財産を奪うような行為を容認してはならない。

信仰を失った尊皇心に何の価値があろうが。

左翼が理解できないのはまだしも、保守だの、愛国者だのと自称する国会議員までも、天皇、皇室の価値をしっかりと認識し、皇統護持の精神を持っていないことが最大の原因ではないだろうか。

これは、ある意味、大東亜戦争や東日本大震災を超える国難であるとも言えよう。

天皇陵とは自然の宝庫にもなっており、もはや人間だけのものではないということを知らねばならない。

生きとし生けるもの、森羅万象に至るまで、ご歴代の恩恵に預かっているということを認識しなければならない。

価値観は人それぞれだが、国難を招く間違った価値観については厳しく対峙する勇気をもって頂きたいと願う。

今回はここまで。



くだらない

2017-09-16 17:26:13 | 社会批評
世の中の多くの人は、社会的な規範や規定の中で一生懸命生きている。

それは、素晴らしいことだし、社会に適応できるということは優秀であるとも言えるだろう。

しかしね。

世の中には、必ず、社会的な規範や規定から漏れてしまう人もいるんだよ。

一見すると普通のように見えても、精神的な疾患を患っていたり、非常に追い詰められた状況で、酸素があるのに窒息死してしまいそうな人達もいるんだよ。

真面目な人ほど、自分が背負う必要ないものまで背負ってしまう。

こいつは仕事が出来ないから、能力がないから、新人だから、どんどん、自分が背負う必要が無いものを背負わされる。

真面目だから背負ってしまう。

自分のせいだと思って背負ってしまう。

すみません、すみませんと言いながら、更に背負わなくて良いものを背負わされ、平均台から滑り落ちてしまう。

そして、社会復帰できないくらい再起不能の状態になり、自らの生命を断つ。

自分にとって大した重さじゃない荷物でも、人によっては転落してしまうほどの重さの場合だってあるんだよ。

人は希望を失って死ぬんじゃない。

人は絶望の中で死ぬんじゃない。

人は生きることを諦めたときに死ぬんだよ。

社会的な規範、規定、常識を盾に人を裁く権利なんて誰にもない。

あなたは背負わなくて良い。

枠にはまらない、はまることが出来ない自分を枠にはめる必要はない。

変わる必要はない。

空気読む必要はない。

あなたはあなたでいい。

あなたが死ぬ必要は全くない。

くだらない奴のために、あなたが死ぬ必要はない。


『差別が嫌ならTwitterを辞めればいい?』

2017-09-10 12:32:10 | 社会批評
差別扇動が辛いなら、Twitterを辞めろというのはとんでもない間違った見解です。

学校が嫌なら行かなくても良いという問題とは内容が違います。

学校には実際問題として、虐待やいじめをやる教師が生徒がいるので緊急避難的に不登校という選択もあるということです。

最悪の場合、家にも逃げ場がないという状況もあります。

殺されるくらいなら、逃げなさいという呼びかけです。

生命を守る行動をやったうえで、問題を解決しなければ手遅れになるから避難しなさいと呼びかけているのです。

ネットで殺されたり、暴力を受けることはありません。

しかし、当人が努力しても変えることが出来ない属性を理由に差別されることは、暴力受けている状態と同じであり、心に深い傷を負うことは言うまでもありません。

Twitterの差別扇動は管理する側とユーザーの努力でどうにかなる問題です。

減らすことが出来る、無くしていく努力の余地があります。

差別扇動なんて放っておけばいいと言っても、実際に鶴橋、新大久保といったコリアンタウンまで乗り込んで差別扇動が平然と繰り広げられました。

たかが、ネットだということでヘイトスピーチを放置しておいて、誰かが自殺したり、ヘイトクライムで殺されたりする人がでたら手遅れです。

これは人の生命に関わる問題です。

震災が起きる度に、朝鮮人が井戸に毒を入れたなどのつぶやきが平然と投下されますが、そういうものを放置しておいてはならないと私は思います。


『思いやり』

2017-09-09 22:27:56 | 社会批評
思いやりってなんだろう。
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簡単なことだよ。
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自分の痛みだけじゃなくて、他人の痛みにも敏感になれということだよ。
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生身の人間である自分が痛いと思うことは、他人にとっても痛いんだということを想像することだよ。
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人を平気で傷つける人間は、他人に残虐な行為をしても、自分は痛くも痒くもないから関係ないという思考をもっているんだ。
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人生を奪ったり、残虐な行為をしたり、生命の尊厳を踏みにじったりすることに快楽さえ感じる支配欲の塊だ。
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そういった巨悪から、虐げられている人々を助けようって言っているんだよ。
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残虐な行為をしないまでも、無関心な人の多いことよ。
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目の前で誰かが虐められたり、差別されても、無関心。
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目の前で誰かが助けを求めても、知らんぷり。
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自分には関係ない。
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他人のことはどうでもいい。
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票が欲しい。
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視聴率が欲しい。
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金が欲しい。
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性欲を満たしたい。
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厄介事には関わりたくない。
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自分さえ良ければいい。
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今が楽しければいい。
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そんな刹那的な人生を選択している人ばっかりだよ。
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それも、いいだろう。
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責めやしないよ。
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肉体をもって生きている以上、仕方のないことでもあるよ。
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自分の身を守る為、そうなってしまうのは仕方のないことでもある。
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私もそうだよ。
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しかし、そうこうしている間に、自分が助けを求める側になって、誰も立ち止まってくれない世界をつくってしまったことに気がついても遅いんだ。
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この世界をつくっているのは、自分自身の心なんだよ。
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自分の意識が少しでも変われば、少しだけ世の中が良くなるかもしれない。
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そういう人が増えれば、もっと良くなるかもしれない。
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1本のロウソクを灯すだけでもいいんだ。
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頼りない1本のロウソクも、100本、1000本と増えたら、どんどん明るくなる。
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暗闇を照らすことも出来るかもしれない。
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諦めちゃいけないんだ。
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『ネット炎上と自己ブランディング』

2017-09-02 21:58:21 | 社会批評
炎上ビジネスには、「自身の炎上によって自身をブランディング(ブランド化)する手法」があるという。

炎上ビジネスについて、私の脳裏に浮かんだのは「他者の炎上を利用することによって自身をブランディングする手法」もあるのではないかということ。

自己、もしくは、他者の炎上を利用することによって自身をブランティグする手法を、自分なりに分類して考察してみる。


【自身の炎上によって自身をブランディングする手法】
・政治家、著名人、ベストセラー作家、企業経営者に多い。
・わざと世間に反感を買うような行動や発言をする。
・ネットを利用している。
・ネットでリプライやコメントに過剰反応し、自分で扇動する。
・炎上によって共感する層をターゲットにしている。
・自傷感情が強く、他者の「反応」に敏感。


【他者の炎上によって自身をブランディングする手法】
・政治思想セクト、ネットユーザー、個人経営者に多い。
・炎上している政治家、著名人等を批判する。
・ネットを利用している。
・ネットで政治家、著名人を叩き、共感する層に煽動させる。
・政治家、著名人の炎上を扇動する層をターゲットにしている。
・自傷感情は殆どなく、他者の「感情」に敏感。


上記のように分類して考察してみると、両者に決定的な違いがあることが解る。

解りやすく言えば、「自己の炎上を利用するタイプ」は自身のブランド化は達成済みであり、目的は更なるブランディングとマーケットの開拓。

「他者の炎上を利用するタイプ」は自身のブランド化が未達成であり、目的は自身のブランディングである。

両者の共通項も見ることが出来る。

それは、転身的、副業的、転職的なブランディングである。

個別の立ち位置は抜きにして、炎上によるマーケットの拡大、支持層の獲得(オルグ)が目的であることは、両者とも言うまでもない事実だろう。

炎上ビジネスというものが存在するか?どうか?については、私自身、知る由もないのだが、炎上をビジネスとして考察してみると不思議と様々なものが繋がって見えた。

ここで、気をつけないといけないのは、自己の炎上にせよ、他者の炎上にせよ、炎上で燃えているのは、ネットやニュースで見える範囲だけではないということだ。

炎上の焼け跡から、何か芽生えるものがあれば救われもするのだが、はだしのゲンで描かれたような、踏まれても育つ強い麦のようなものが芽生えるような気もしない。

炎上を消火しようしても、火消しと言われ、煽動が加速し、炎が強くなる。

火災は消化できるが、炎上は消化できない。

消火もできない、灰も残さない、草も生えない。

私達はネット社会の発達によって、多くの恩恵を得ている。

その反面、不寛容で、息苦しい、閉塞的な社会になってきているようにも思える。

ネット社会を良きものとして発展させるためにも、炎上というものをそれぞれの立場で考えて頂ければ幸いである。