※サイト掲載済。こちらのほうが読みやすいです
花井虎一のこと、第四話。
前回は、鳥居耀蔵が老中水野忠邦に提出した告発状を見てみたわけですが…
その内容がどんなものであったかというと以下。
A 1)夢物語の著者 → 渡辺崋山他数名 について
2)無人島密航計画 について
ということでした。
この内容を調査したのは、鳥居の部下・小笠原貢蔵という人物。
彼が鳥居より水野老中の命令だということで、
B 1)モリソンの事
2)夢物語著者の事
を調べろと言われ調査に乗り出している。
そしてその情報を提供したのが花井虎一であった。
その花井から得た情報を元に小笠原が
C 1)モリソンの事
2)夢物語著者の事
3)無人島密航計画の事
を鳥居に報告し、コレを基にして鳥居が水野に上申する(A)という流れでした。
時系列的には B→C→A になる。
花井は一般的には「蛮社の獄の時の密告者」と言われています。
ですが今までの経緯を見ると、密告者→×、情報提供者→○ ということになります。
それが何故「密告者」という扱いになっているのでしょうか。
…と、前回はこういう所まででした。
◆
実はここまで書いた中で、おかしな所がいくつか有ります。
お気づきでいらっしゃいますでしょうか…?(笑)
はい。「鳥居の行動」ですね。何かと言いますに…
ひとつ目。
鳥居は水野老中の命令ということで、小笠原にBの2項目の調査を命じています。
にもかかわらず、実際に水野老中に出された上申書の項目はA。
A 1)夢物語の著者 B 1)モリソン
2)無人島密航計画 2)夢物語著者
水野が調査を命じたモリソンの事はどこへ行ったんでしょう。
それに対外関係に関連してくるとなると目付けの権限で無視できる項目では無いはずの問題です。
またこの時点ではまだ水野も知らず、調査も命じていなかった"無人島密航計画"が入っている事。
不自然です。
ふたつ目。
前回引用した鳥居の告発文の末尾にある 「虎一申立候儘、認取此段奉申上候」。
(虎一が申し立てて来たことをそのまま筆写して、上申いたします)
これもおかしい。
花井は渡辺崋山ら蛮社グループの事を自ら申し立てたのではなく、小笠原に聞かれて情報を提供した人間です。
それに鳥居の告発状は花井の話/小笠原の調査を下敷きにはしていますが、下敷きにしているというだけで大分内容が変わっています。
先日紹介したように「渡辺崋山はアメリカに渡航する積りだった」という、小笠原調査にも無い内容が書かれている。
そうしたものを「花井から申し立ててきた」というのは、いかにも不自然です。
さらに三つ目。
この上記二項目、内容が食い違っているのですね。
何かというと、
・水野が調査を命じたと言っているのに、
・密告してきた花井の話をそのまま上申します と締め括っている。
おかしくないですか。
鳥居の話を信じれば、これは「調査を命じた上司に出す報告書」の筈。
「部下の小笠原が調べた結果、花井がこんな話をしました」となる筈です。
それが何でいきなり「花井がこんな話を持って来ました」なんですか。
◆
さて、疑問・不可解な点がつらつらと出てきましたが…
取り合えず今迄の研究で解明されていることは、
1)鳥居が水野の命令と偽って小笠原らに調査をさせた。
2)鳥居の目的は渡辺崋山を陥れること。
その為無かった事件まででっち上げて崋山の罪状を挙げている。
3)花井は密告者の汚名を被る事で、権力者側と取引した。
この三点です。
この内、1)と3)がリンクしております。
鳥居の手法というのを直接間接に「お奉行様!」を通して見て来ているわけですが、まあやり方はかなり悪質です。今回の例も御多分に漏れません。
要するに、
嘘をついて小笠原貢蔵に調査をさせ、小笠原から上がってきた調査書を元にでっち上げを含めて告発状を作成。
水野老中には「花井虎一がこんなことを密告してきました」という形で上申。
鳥居は完全に水面下にいる状態になっている。
蛮社の獄そのものは、鳥居耀蔵が渡辺崋山らとそのグループを陥れる為に起こした冤罪事件です。
そしてその裏に鳥居がいることは当時から周知の事実でありました。
そうではあったのですが…
鳥居はこの告発状を作成するに際し、自分が策謀しているということを隠蔽するために花井の名前を前面に出す形にしている。
鳥居から水野老中に告発状が上申されるに当たり、花井もこういった形(花井からの密告)になる、またそうなった経緯は他言無用と上司である小笠原または鳥居からきつく言い含められていたと想像されます。
甘言、脅し文句もあったでしょう。
個人的には、花井はこの話は悪くないと考えたのではないかと思います。
なぜそう思うか、と言うと…花井はこの後飛躍的な出世をするのです。
花井虎一。この話の一番初めに書き出しましたが…
彼は幕臣ではありましたが、非常に身分の低い最下層に位置する御小人でありました。
役高が15俵1人扶持。
ということは米10キロを3500円で換算すると、
15俵→31.5万円/年、1人扶持→9.45万円/年
年棒が約41万円、月給3.4万円程度。
…びっくりした…
勝小吉(勝海舟の父ちゃん、6万円程度。ほぼ同時代)より貧乏だ(笑)
花井は御納戸口番という仕事をしておりましたので、他に役職手当があったと思います。
まあしかしコレは本当に最下層のお給料ですね。扶持米が付いているという事は家来を雇わないという事ですから、
…生活出来てたんかいな(笑)
そういうレベルです。
そこから、蛮社の獄の後は取り立てられて学問所勤番へ(天保10年)。
学問所というのは、昌平坂学問所のことです。
当時の聖堂の最高責任者である林大学守は林述斎、つまり鳥居耀蔵の実父になります。
その伝で恐らく放りこまれている。
そこが110俵3人扶持+御役金3両。年棒231万円、月給20万。
またその後、長崎奉行所与力となっております(天保12年)。
はっきり言ってコレはもう、物凄い出世です。
与力というのは奉行を補佐するお役人です。
大体200石取り程度、騎馬が許される家格。更に与力の中でも長崎奉行所の与力は最優遇されていました。
任命される時は暇金10両、引越金50両、引越拝借金50両
年棒としてお手当金70両、雑用金60両
1両大体5万円で計算すると、650万円/年、月額54万円。+初期費用として550万円。
経済的なものだけを見ても、大抜擢大出世です。
3.4万から始まって、2年後には54万の高給取りです。
これを出世といわず、なんと言う(笑)
蛮社の獄の時点で取立てが確約されていたかは分かりませんが、月給3.4万から抜け出そうと思うと、花井でなくても同じ立場なら誰だって頷いたのでは無いでしょうか。
まずコレがひとつ。
はい、続きマース!(自棄:笑)
◆
ブログランキングです。

>拍手いただきました方、ありがとうございました~!!
花井虎一のこと、第四話。
前回は、鳥居耀蔵が老中水野忠邦に提出した告発状を見てみたわけですが…
その内容がどんなものであったかというと以下。
A 1)夢物語の著者 → 渡辺崋山他数名 について
2)無人島密航計画 について
ということでした。
この内容を調査したのは、鳥居の部下・小笠原貢蔵という人物。
彼が鳥居より水野老中の命令だということで、
B 1)モリソンの事
2)夢物語著者の事
を調べろと言われ調査に乗り出している。
そしてその情報を提供したのが花井虎一であった。
その花井から得た情報を元に小笠原が
C 1)モリソンの事
2)夢物語著者の事
3)無人島密航計画の事
を鳥居に報告し、コレを基にして鳥居が水野に上申する(A)という流れでした。
時系列的には B→C→A になる。
花井は一般的には「蛮社の獄の時の密告者」と言われています。
ですが今までの経緯を見ると、密告者→×、情報提供者→○ ということになります。
それが何故「密告者」という扱いになっているのでしょうか。
…と、前回はこういう所まででした。
◆
実はここまで書いた中で、おかしな所がいくつか有ります。
お気づきでいらっしゃいますでしょうか…?(笑)
はい。「鳥居の行動」ですね。何かと言いますに…
ひとつ目。
鳥居は水野老中の命令ということで、小笠原にBの2項目の調査を命じています。
にもかかわらず、実際に水野老中に出された上申書の項目はA。
A 1)夢物語の著者 B 1)モリソン
2)無人島密航計画 2)夢物語著者
水野が調査を命じたモリソンの事はどこへ行ったんでしょう。
それに対外関係に関連してくるとなると目付けの権限で無視できる項目では無いはずの問題です。
またこの時点ではまだ水野も知らず、調査も命じていなかった"無人島密航計画"が入っている事。
不自然です。
ふたつ目。
前回引用した鳥居の告発文の末尾にある 「虎一申立候儘、認取此段奉申上候」。
(虎一が申し立てて来たことをそのまま筆写して、上申いたします)
これもおかしい。
花井は渡辺崋山ら蛮社グループの事を自ら申し立てたのではなく、小笠原に聞かれて情報を提供した人間です。
それに鳥居の告発状は花井の話/小笠原の調査を下敷きにはしていますが、下敷きにしているというだけで大分内容が変わっています。
先日紹介したように「渡辺崋山はアメリカに渡航する積りだった」という、小笠原調査にも無い内容が書かれている。
そうしたものを「花井から申し立ててきた」というのは、いかにも不自然です。
さらに三つ目。
この上記二項目、内容が食い違っているのですね。
何かというと、
・水野が調査を命じたと言っているのに、
・密告してきた花井の話をそのまま上申します と締め括っている。
おかしくないですか。
鳥居の話を信じれば、これは「調査を命じた上司に出す報告書」の筈。
「部下の小笠原が調べた結果、花井がこんな話をしました」となる筈です。
それが何でいきなり「花井がこんな話を持って来ました」なんですか。
◆
さて、疑問・不可解な点がつらつらと出てきましたが…
取り合えず今迄の研究で解明されていることは、
1)鳥居が水野の命令と偽って小笠原らに調査をさせた。
2)鳥居の目的は渡辺崋山を陥れること。
その為無かった事件まででっち上げて崋山の罪状を挙げている。
3)花井は密告者の汚名を被る事で、権力者側と取引した。
この三点です。
この内、1)と3)がリンクしております。
鳥居の手法というのを直接間接に「お奉行様!」を通して見て来ているわけですが、まあやり方はかなり悪質です。今回の例も御多分に漏れません。
要するに、
嘘をついて小笠原貢蔵に調査をさせ、小笠原から上がってきた調査書を元にでっち上げを含めて告発状を作成。
水野老中には「花井虎一がこんなことを密告してきました」という形で上申。
鳥居は完全に水面下にいる状態になっている。
蛮社の獄そのものは、鳥居耀蔵が渡辺崋山らとそのグループを陥れる為に起こした冤罪事件です。
そしてその裏に鳥居がいることは当時から周知の事実でありました。
そうではあったのですが…
鳥居はこの告発状を作成するに際し、自分が策謀しているということを隠蔽するために花井の名前を前面に出す形にしている。
鳥居から水野老中に告発状が上申されるに当たり、花井もこういった形(花井からの密告)になる、またそうなった経緯は他言無用と上司である小笠原または鳥居からきつく言い含められていたと想像されます。
甘言、脅し文句もあったでしょう。
個人的には、花井はこの話は悪くないと考えたのではないかと思います。
なぜそう思うか、と言うと…花井はこの後飛躍的な出世をするのです。
花井虎一。この話の一番初めに書き出しましたが…
彼は幕臣ではありましたが、非常に身分の低い最下層に位置する御小人でありました。
役高が15俵1人扶持。
ということは米10キロを3500円で換算すると、
15俵→31.5万円/年、1人扶持→9.45万円/年
年棒が約41万円、月給3.4万円程度。
…びっくりした…
勝小吉(勝海舟の父ちゃん、6万円程度。ほぼ同時代)より貧乏だ(笑)
花井は御納戸口番という仕事をしておりましたので、他に役職手当があったと思います。
まあしかしコレは本当に最下層のお給料ですね。扶持米が付いているという事は家来を雇わないという事ですから、
…生活出来てたんかいな(笑)
そういうレベルです。
そこから、蛮社の獄の後は取り立てられて学問所勤番へ(天保10年)。
学問所というのは、昌平坂学問所のことです。
当時の聖堂の最高責任者である林大学守は林述斎、つまり鳥居耀蔵の実父になります。
その伝で恐らく放りこまれている。
そこが110俵3人扶持+御役金3両。年棒231万円、月給20万。
またその後、長崎奉行所与力となっております(天保12年)。
はっきり言ってコレはもう、物凄い出世です。
与力というのは奉行を補佐するお役人です。
大体200石取り程度、騎馬が許される家格。更に与力の中でも長崎奉行所の与力は最優遇されていました。
任命される時は暇金10両、引越金50両、引越拝借金50両
年棒としてお手当金70両、雑用金60両
1両大体5万円で計算すると、650万円/年、月額54万円。+初期費用として550万円。
経済的なものだけを見ても、大抜擢大出世です。
3.4万から始まって、2年後には54万の高給取りです。
これを出世といわず、なんと言う(笑)
蛮社の獄の時点で取立てが確約されていたかは分かりませんが、月給3.4万から抜け出そうと思うと、花井でなくても同じ立場なら誰だって頷いたのでは無いでしょうか。
まずコレがひとつ。
はい、続きマース!(自棄:笑)
◆



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