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心人-KOKOROBITO-

亡き先人と今を生きる人に想いを馳せて
慰霊活動や神社参拝で感じ取った事を書き綴った日記と日々の雑感コラム

浸食される子供達

2012年10月10日 | 雑感
今日、白梅慰霊の会のメンバーが無事、硫黄島での遺骨収容を終え、本土に帰って来られた。見つかったのは御英霊三柱。彼は、その足で夜の靖国神社へご報告を兼ねて参拝との事だった。ああ、三柱。ようやく、本土に帰れたんだと噛み締めると、目頭が熱くなってきた。実に、感慨深いものがある。人のためとは言え、亡くなった方々とのために尽くされたこの行いに、若き青年のメンバーも徳を積まれただろう。

そんな感慨深い思いを胸に、わたしは街の中にあるネイルサロンに向った。くしくも、感慨深さとは無縁のスペースに、先月予約をこの日に入れていたからだ。車を駐車し、てくてくお店まで歩き、エレベーターに乗り、到着した。

予約は、20時。丁度20時に着き、ドアを開けると席が全て埋まっており、いつも着座して待つソファーの上には、男の子と小さな女の子が騒ぎながら座っていた。ドア横のレジカウンターで係員を待っていると、少し経ってから受付をしてくれたが、どの席に案内するか迷いながら、フットネイルの席に座った。即座に、携帯を取り出し、硫黄島から戻った仲間のメールをするため、コツコツ寡黙に思いを集中しながら、入力をしはじめたのだった。

わたしがうつむきながら携帯に文字入力をしていると、小さな女の子が覗きに近づいてきたが、近づくなオーラを配信しながら、無視し、文字入力を続けていた。思いの丈を入力し、送信する。何気なく、わたしの左側にある子供達が陣取ったソファーに目をやると、二人してわたしをじっと見つめていた。

わたしは、女の子の目をじーーーーっと、無表情で見つめ、男の子の目をじーーーーーっと、また無表情で見つめた。ええ加減にしときやーーーーという無言のメッセージを添えて、見続けたのである。すると、二人の子供は、わたしにニコっと笑い、姿を二人とも隠したのだった。隠れる二人をガン見し続けると、きゃっきゃと隠れたり、覗き見したりして喜んでいた。かすかながら、わたしは微笑みを口元だけ返した。

担当の方から、こちらのお席にどうぞと言われ、施術席に向うため立ち上がった。子供達から見れば、どでかいおばさんに見えただろう。移動しながら、この子供達に向かって、『大人しくしとかな、怒られるで、ええ子にしときやー。』と普段の声色で声を掛けた。

席に座ると、即座に男の子が近づいて来た。わたしは、目を床にやると、ラムネや色鉛筆が散乱しているのが入り、何気なく、男の子に申し出た。

『床のラムネ、おにーちゃんが落としたんか?踏んだら粉々になるから、ここに見つけて集めようか?これ、ゲームやで。全部拾えたら勝ちや。さースタート!』と言うと、ニコニコしながら、ラムネを拾い始めた。

問題は、妹の小さな女の子だった。もう、随分退屈していて、気持ちが続かずにいる様子だった。男の子に、『この子、妹ですか?』と尋ねると、『うん、○○ちゃん』と言った。

子供達と言葉を交わすと、すぐに頭の中で5と2が浮かんだ。すかさず年を聞くと、やはり、ビンゴだった。妹のズボンから見え隠れする、紙オムツ。ネイルサロンに行くために、この5歳と2歳の子供を引き連れ、店で遊ばせながら、悪さをすると『ええ加減にしいよ』と呼びかける母親。

気遣う店員はわたしに謝っていたが、わたしはすかさず、『子供は、小さい酔っ払いと同じですからね。』と伝えた。

話しかけたわたしに延々に絡む男の子。逆にわたしが名前を聞かれ、氏を伝えたところ、呼び捨てにしたので、『○○とは、違う。○○さんです。』と訂正をさせた。

『おにーちゃんは、今保育園行っているん?幼稚園行ってるん?』と尋ねると、
『行ってない』と言う。
『来年は、小学生やろ?』と尋ねると、
『らいねんって、何?』と言う。
『来年っていうのは、これから寒くなって、お正月があるでしょ?お正月を越えて、桜が咲く頃には小学生になっているんよ。分かった?』と言うと、にやにやっと笑っていた。

お絵かき用にと店員が与えたコピー用紙の裏紙に、わたしの名前をひらがなで書いていた。文字も驚くほどしっかりと書いている。また、別の紙に書いていたピカチューも素晴らしく表現力があり、ダイナミックに、且つ、忠実に描いていた。わたしは、この少年が、母親にかなり虐げられている事を察知し、妹の面倒を見るようにさっと伝えた。

店内の21時の鳩時計がなる。母親のネイルはまだ終わりそうになさそうだ。

『今日の晩御飯、食べた?』と尋ねると、
『うん、食べた。』と男の子は答えた。
『何、食べたん?』と尋ねると、
『たまごかけごはん。』と答えた。
一瞬、わたしと店員が無言になった。

成長ざかりの子供に、たまご1個に栄養バランスを集約するには、無理がある。線の細いこの男の子を見ながら、波乱万丈の人相にほくろがあるのを見つけ、どちらかになるだろうと察知した。

母親のネイルが終わると、子供達は一斉に帰宅の準備をさっとして、ドアの前でそわそわしていた。帰る間際に、『今日は何で帰るん?自動車?歩いて?』と聞くと、『歩いてかえる』とそう答えた男の子。

精算を済ませた母親は、『遊んでもらった御礼を言いなさい』と言い放ち、男の子がわたしの傍に近づいてきた。じっとわたしの目を見つめながら、『ありがとう』とそう言った。

『気をつけて帰りね。』

この親子が出て行った後、わたしはおもむろに店員に尋ねた。

『こんな夜の時間に、子供を連れて来られるお客さんって、多いんですか?』

『いえ、通常お断りしているんですよ。夜は。せっかくのくつろいだ時間に、なんだか騒がしくなってしまってすみません。』

『そういうのは、別にいいんですよ。わたしは全然構わない。子供は騒ぐもんなんで。騒ぐなと子供を叱る親が、つれてくるのがそもそも悪いわけでね、本来、こんな時間は、子供は寝ている時間ですから。
でも、子供って正直ですよね。最初、わたしの事、怖いんだけど、見てみたいみたいなアクションしてて、話しかけると受け入れられたって思い、近づいてくる。大人の顔色をよく見てますよ。』


結局、子供が自ら散らかした色鉛筆やバインダーやおしぼりなども、全てきちんと片付け、さすがにソファーまでは拭かなかったが、ゴミも拾わせ、退散させた。それなりに、母親はしつけも家庭内では口うるさく虐げられている事は察知したが、今、この男の子は従順ではある。しかし、13,000円もの対価を支払い、ホットパンツにビトンバックにピンヒールの様相を見ていると、いつかこの男の子が母親が行う矛盾を指摘する日も来るのだろうと感じてしまった。男の子の目、ここに宿っている魂。目は口ほどに物を言うというが、子供も同じくだ。

雑感ながら、わたしの想像ではあるが、これから夜のご出勤というところだろうか。家が遠いといいながら、歩いて帰るという下りを話した男の子。託児所に預けられ、また深夜勤務が終わった頃に、帰宅するのだろう。幼稚園にも言っていないこの男の子の、大人の顔色を察知する洞察力は、わたしは見逃さなかった。

仲間の遺骨収容を行った話の後で、この小さな子供達に触れ、わたしはこころから、日本の将来を憂いてしまった。子供を蝕んでいるのは、子供自身ではない。必ず、そこに大人達がいる。

日本の将来を託す子供達は、まさに、分別のない大人によって侵食されている日常がある。他人の子供だからと、寛容になる必要性もない。大人が正しく接する事、ここが大切だろう。正しく接する大人が、大人に嫌われても、子供の方が信用を置く不可思議さ。

子供は、大人を見ている。

大人は、子供に見られている。

そう思って、小さな子供にも誠実に接する大人でいよう。

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