安岡章太郎
この項目は亡くなったばかりの人物について扱っています。その人物の死の詳細や取り巻く環境また状況が知れ渡っていくに従い、この項目の内容もまた急速に大きく変化することがありますのでご注意ください。2013年1月29日 (火) 09:21 (UTC)貼付。(表示終了予定:2013年2月5日 (火) 09:21 (UTC))
安岡 章太郎
(やすおか しょうたろう)
誕生 1920年5月30日
日本・高知県高知市
死没 2013年1月26日(満92歳没)
日本・東京都(詳細は非公開)
職業 小説家
言語 日本語
国籍 日本
教育 学士(文学)
最終学歴 慶應義塾大学英文科
活動期間 1951年-
ジャンル 小説・随筆・文芸評論
文学活動 第三の新人
代表作 『悪い仲間』(1953年)
『海辺の光景』(1959年)
『幕が下りてから』(1967年)
『流離譚』(1981年)
『鏡川』(2000年)
主な受賞歴 芥川龍之介賞(1953年)
芸術選奨(1960年)
野間文芸賞(1960年・1988年)
毎日出版文化賞(1967年)
読売文学賞(1974年・1996年)
日本芸術院賞(1975年)
日本文学大賞(1982年)
川端康成文学賞(1991年)
朝日賞(1992年)
大佛次郎賞(2000年)
処女作 『ガラスの靴』(1951年)
ウィキポータル 文学
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安岡 章太郎(やすおか しょうたろう、1920年5月30日[1] - 2013年1月26日)は、日本の小説家。
目次 [非表示]
1 来歴・人物
2 略歴
3 家族・親族
4 著書
5 翻訳
6 参考文献
7 関連項目
8 脚注
来歴・人物 [編集]
高知県高知市帯屋町に父・安岡章、母・恒の子として生まれる。父方は、安岡正美(覚之助)や安岡正定(嘉助)などの土佐勤王党員を多くだした郷士の安岡家であり、幕末は板垣退助率いる土佐藩迅衝隊に加わり戊辰戦争を戦った勤皇家である。母方の入交家も江戸時代は郷士だったという。章太郎の父は陸軍獣医官であったため、生後2ヶ月で千葉県市川市に転居[2]。その後、香川県善通寺市、東京小岩、市川市で過ごした後、5歳の時、一家で京城(現・ソウル)に移った[2]。小学校3年の時、青森県弘前市に転居[2]。小学校5年から東京青山、目黒などで育った[2]。
青南小学校から第一東京市立中学校に入学するが、素行不良のため教師の実家の禅寺に寄宿生活を強いられる。この生活は3年に肋膜炎を患うまで続いた。
青南小学校に転入してから受けた陰湿で執拗な精神的虐めは数十年にわたって小説やエッセイで再三文章にしており病気、落第と共に彼の重要な文学的動機になっている。
1939年浪人生活を城北高等補習学校で送り、毎日古山高麗雄と遊び歩いた。松山高等学校(現在の愛媛大学)などの受験に失敗し、1941年慶應義塾大学文学部予科に入学するも、1944年陸軍に召集され東部第六部隊へ入営し満州に送られたが、翌年肺結核により除隊処分となり内地送還される。
復学するも父は敗戦により失職し、極端な飢餓と生活環境の悪化が原因と思われる脊椎カリエスを患い、大変な肉体的・精神的苦痛の中1948年英文学科を卒業する。その当時コルセットをつけながら、吉行淳之介や阿川弘之と遊び歩いたと言う。
1951年『ガラスの靴』が芥川賞の候補作に選ばれ、文壇に注目される。1953年、選考委員の評価が真っ二つに割れながらも『悪い仲間』・『陰気な愉しみ』により、芥川賞を受賞し、1954年には脊椎カリエスが快癒。以後創作活動に意欲的に取り組んでいる。『幕が下りてから』を発表した時、文芸評論家の川嶋至が、それが事実と違うことを指摘、安岡は怒り、パーティーで川嶋に殴りかかるつもりで、間違えて川村二郎を殴ったという(川嶋『文学の虚実』、井口時男『危機と闘争』)。アメリカに対する関心が深く、『ルーツ』の翻訳もしている。『流離譚』では土佐藩での祖先の事跡を調査、『果てもない道中記』では中里介山『大菩薩峠』を論じた。
芥川賞をはじめ、大佛次郎賞や伊藤整文学賞選考委員も務めた。
2013年1月26日、老衰により永眠[3]。92歳没。
略歴 [編集]
1951年 『ガラスの靴』で作家デビュー。同作は第25回芥川賞の候補となる
1952年 『宿題』で第27回芥川賞候補、『愛玩』で第28回芥川賞候補となる
1953年 『悪い仲間』・『陰気な愉しみ』にて第29回芥川賞を受賞
1954年 結婚。
1960年 『海辺の光景』で芸術選奨・野間文芸賞を受賞。ロックフェラー財団に招かれアメリカ留学。
1967年 『幕が下りてから』で第21回毎日出版文化賞を受賞
1974年 『走れトマホーク』で第25回読売文学賞小説賞を受賞
1975年 第三十二回芸術院賞受賞
1981年 『流離譚』で日本文学大賞を受賞
1985年 三田文学会理事長となる。
1988年 遠藤周作に影響を受けた結果、カトリックの洗礼を受ける
1989年 『僕の昭和史』全3巻で野間文芸賞を受賞
1991年 「伯父の墓地」で川端康成文学賞を受賞
1992年 1950年代から現代文学にいたる業績で1991年度朝日賞を受賞
1996年 『果てもない道中記』で第47回読売文学賞随筆・紀行賞を受賞
2000年 『鏡川』で大佛次郎賞を受賞
2001年 長年の文学活動により、文化功労者となる。
家族・親族 [編集]
娘の安岡治子は、ロシア文学専攻で、現在は東京大学総合文化研究科教授。
寺田寅彦、別役実は遠戚。
血縁の中に安岡嘉助(吉田東洋暗殺犯の一人)がおり、自身の一族を題材とした『流離譚』を著した。
父の最終軍歴は、南方総軍獣医部長・陸軍獣医少将であった。
著書 [編集]
悪い仲間 文藝春秋新社 1953 のち講談社文芸文庫「ガラスの靴・悪い仲間」
青馬館 河出書房 1955
ガラスの靴・愛玩 角川文庫 1956
青い貝殻 大日本雄弁会講談社 1957(ロマン・ブックス)
肥った女 現代文芸社 1957(新鋭作家叢書 第2)
遁走 大日本雄弁会講談社 1957 のち角川文庫、旺文社文庫
結婚恐怖症 平凡出版 1958
舌出し天使 講談社 1958 のち中公文庫
二つの顔 講談社 1958
青葉しげれる 新潮社 1959 のち旺文社文庫
海辺の光景 講談社 1959 のち新潮文庫、講談社文庫、角川文庫
ああ女難 講談社 1960
やって来た連中 毎日新聞社 1961
安岡章太郎集 筑摩書房 1961(新鋭文学叢書 第4)
いざこざ手帳 雪華社 1961
アメリカ感情旅行 岩波新書 1962
花祭 新潮社 1962 のち文庫
奴隷の教訓 白凰社 1963
質屋の女房 新潮社 1963 のち文庫
ちえかします 筑摩書房 1963
ソビエト感情旅行 新潮社 1964 のち角川文庫
映画の感情教育 講談社 1964
利根川 朝日新聞社 1966 「利根川・隅田川」旺文社文庫
良友・悪友 新潮社 1966 のち文庫、角川文庫
思想音痴の発想 芳賀書店 1966 のち角川文庫
ああいえばこういう 感情的文明論 文藝春秋 1966
幕が下りてから 講談社 1967 のち文庫、角川文庫、文芸文庫
不精の悪魔 新潮社 1967 のち角川文庫
軟骨の精神 講談社 1968 のち文庫
志賀直哉私論 文藝春秋 1968 のち講談社文庫
犬をえらばば 新潮社 1969 のち文庫
もぐらの言葉 講談社 1969 のち文庫
アメリカ夏象冬記 中公新書 1969 のち「アメリカそれから」と改題し角川文庫
大逃走論 政治的行動への自由 小田実共著 毎日新聞社 1969
小説家の小説論 河出書房新社 1970 「小説家の小説家論」福武文庫
感性の骨格 講談社 1970
安岡章太郎全集 全7巻 講談社 1971
サルが木から下りるとき 朝日新聞社 1971 のち角川文庫
現代の文学 17 安岡章太郎 講談社 1972
セメント時代の思想 講談社 1972
月は東に 新潮社 1972 のち講談社文芸文庫
安岡章太郎集 新潮社 1972(新潮日本文学)
日本の文学 74 安岡章太郎・吉行淳之介・曽野綾子 中央公論社 1973
自叙伝旅行 文藝春秋 1973 のち角川文庫
走れトマホーク 講談社 1973 のち文庫、文芸文庫
もぐらの手袋 番町書房 1973 のち角川文庫
やせがまんの思想 角川文庫 1973
へそまがりの思想 角川文庫 1973
なまけものの思想 角川文庫 1973
戦争と青春 対談集 潮出版社 1974
人生の隣 講談社 1975 のち福武文庫
安岡章太郎エッセイ全集 全8巻 読売新聞社 1975-76
ドン・キホーテと軍神 講談社 1975
私説聊斎志異 朝日新聞社 1975 のち講談社文庫、文芸文庫
われわれはなぜ書くか 対談集 毎日新聞社 1975
とちりの虫 ユーモアエッセイ集 番町書房 1975 のち旺文社文庫、光文社文庫
驢馬の学校 現代史出版会 1975
筑摩現代文学大系 80 安岡章太郎・吉行淳之介集 筑摩書房 1976
自選作家の旅 山と渓谷社 1976
快楽その日その日 新潮社 1976
ヨーロッパやきもの旅行 平凡社 1976
作家はどう発言するか 対談集 毎日新聞社 1977
アメリカ人の血と気質 集英社 1977
差別・その根源を問う 野間宏共編 朝日新聞社 1977
安岡章太郎・吉行淳之介集 筑摩書房 1977(現代日本文学)
絵のある日常 平凡社 1978
方言の感傷 現代の随想 日本書籍 1978
放屁抄 岩波書店 1979
ひとなぜ怒りを謳う ナショナリズム講義 平岡昇対談 朝日出版社 1979(Lecture books)
水の神様 講談社 1980
ウィタ・フンニョアリス 講談社 1980 「滑稽糞尿譚」文春文庫
犬と歩けば 読売新聞社 1981 のち文春文庫
流離譚 新潮社 1981 のち文庫、講談社文芸文庫
言葉のなかの旅 朝日新聞社 1984(現代のエッセイ)
街道の温もり 講談社 1984
僕の昭和史 1-3 講談社 1984-88 のち文庫、新潮文庫
大世紀末サーカス 朝日新聞社 1984 のち文庫
僕の東京地図 文化出版局 1985
安岡章太郎集 全10巻 岩波書店 1986-88
安岡章太郎対談集 1-3 読売新聞社 1988
対談・僕の昭和史 講談社 1989
歳々年々 年年歳歳花相似歳歳年年人不同 講談社 1989
酒屋へ三里、豆腐屋へ二里 福武書店 1990 のち文庫
活動小屋のある風景 岩波書店 1990
安岡章太郎随筆集 全8巻 岩波書店 1991-92
夕陽の河岸 新潮社 1991 のち文庫
父の酒 文藝春秋 1991 のち文庫
果てもない道中記 講談社 1995 のち文芸文庫
歴史への感情旅行 新潮社 1995 のち文庫
まぼろしの川 私の履歴書 講談社 1996
安岡章太郎15の対話 新潮社 1997
でこぼこの名月 世界文化社 1998
死との対面 瞬間を生きる 光文社 1998
愛犬物語 KSS出版 1998
私の〔ボク〕東綺譚 新潮社 1999 のち文庫
わたしの20世紀 朝日新聞社 1999
我等なぜキリスト教徒となりし乎 井上洋治共著 光文社 1999
忘れがたみ 世界文化社 1999
戦後文学放浪記 岩波新書 2000
鏡川 新潮社 2000 のち文庫
風のすがた 随筆集 世界文化社 2000
齢八十いまなお勉強 近藤啓太郎共著 光文社 2001
慈雨 世界文化社 2002
天上大風 世界文化社 2003
晴れた空曇った顔 私の文学散歩 幻戯書房 2003
雁行集 世界文化社 2004
観自在 世界文化社 2005
カーライルの家 講談社 2006
翻訳 [編集]
エンリコ マルセル・ムルージ 品田一良共訳 中央公論社 1975
ルーツ アレックス・ヘイリー 松田銑共訳 社会思想社 1977
参考文献 [編集]
群像日本の作家 28 安岡章太郎 小学館 1997
『私の履歴書 第三の新人』 日本経済新聞社 2007年 9-111頁
関連項目 [編集]
安岡正美(覚之助)(迅衝隊小軍監)
安岡正定(嘉助)(大和義挙に参戦)
寺田寅彦
日本の小説家一覧
第三の新人
脚注 [編集]
^ 『私の履歴書 第三の新人』 11頁には「じつは、5月30日生まれというのは戸籍上のことで、本当は4月17日とか18日にうまれたらしい」と記している
^ a b c d 斉藤明美『家の履歴書 文化人・芸術家篇』キネマ旬報社、2011年、p200-203
^ 「海辺の光景」…作家・安岡章太郎氏が死去 読売新聞 2013年1月29日閲覧
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表・話・編・歴
第29回芥川龍之介賞
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表・話・編・歴
日本芸術院賞受賞者
カテゴリ: 亡くなったばかりの人物日本の小説家芥川賞受賞者文化功労者日本藝術院会員日本のカトリック教会の信者高知県出身の人物1920年生2013年没
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安岡 章太郎
(やすおか しょうたろう)
誕生 1920年5月30日
日本・高知県高知市
死没 2013年1月26日(満92歳没)
日本・東京都(詳細は非公開)
職業 小説家
言語 日本語
国籍 日本
教育 学士(文学)
最終学歴 慶應義塾大学英文科
活動期間 1951年-
ジャンル 小説・随筆・文芸評論
文学活動 第三の新人
代表作 『悪い仲間』(1953年)
『海辺の光景』(1959年)
『幕が下りてから』(1967年)
『流離譚』(1981年)
『鏡川』(2000年)
主な受賞歴 芥川龍之介賞(1953年)
芸術選奨(1960年)
野間文芸賞(1960年・1988年)
毎日出版文化賞(1967年)
読売文学賞(1974年・1996年)
日本芸術院賞(1975年)
日本文学大賞(1982年)
川端康成文学賞(1991年)
朝日賞(1992年)
大佛次郎賞(2000年)
処女作 『ガラスの靴』(1951年)
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安岡 章太郎(やすおか しょうたろう、1920年5月30日[1] - 2013年1月26日)は、日本の小説家。
目次 [非表示]
1 来歴・人物
2 略歴
3 家族・親族
4 著書
5 翻訳
6 参考文献
7 関連項目
8 脚注
来歴・人物 [編集]
高知県高知市帯屋町に父・安岡章、母・恒の子として生まれる。父方は、安岡正美(覚之助)や安岡正定(嘉助)などの土佐勤王党員を多くだした郷士の安岡家であり、幕末は板垣退助率いる土佐藩迅衝隊に加わり戊辰戦争を戦った勤皇家である。母方の入交家も江戸時代は郷士だったという。章太郎の父は陸軍獣医官であったため、生後2ヶ月で千葉県市川市に転居[2]。その後、香川県善通寺市、東京小岩、市川市で過ごした後、5歳の時、一家で京城(現・ソウル)に移った[2]。小学校3年の時、青森県弘前市に転居[2]。小学校5年から東京青山、目黒などで育った[2]。
青南小学校から第一東京市立中学校に入学するが、素行不良のため教師の実家の禅寺に寄宿生活を強いられる。この生活は3年に肋膜炎を患うまで続いた。
青南小学校に転入してから受けた陰湿で執拗な精神的虐めは数十年にわたって小説やエッセイで再三文章にしており病気、落第と共に彼の重要な文学的動機になっている。
1939年浪人生活を城北高等補習学校で送り、毎日古山高麗雄と遊び歩いた。松山高等学校(現在の愛媛大学)などの受験に失敗し、1941年慶應義塾大学文学部予科に入学するも、1944年陸軍に召集され東部第六部隊へ入営し満州に送られたが、翌年肺結核により除隊処分となり内地送還される。
復学するも父は敗戦により失職し、極端な飢餓と生活環境の悪化が原因と思われる脊椎カリエスを患い、大変な肉体的・精神的苦痛の中1948年英文学科を卒業する。その当時コルセットをつけながら、吉行淳之介や阿川弘之と遊び歩いたと言う。
1951年『ガラスの靴』が芥川賞の候補作に選ばれ、文壇に注目される。1953年、選考委員の評価が真っ二つに割れながらも『悪い仲間』・『陰気な愉しみ』により、芥川賞を受賞し、1954年には脊椎カリエスが快癒。以後創作活動に意欲的に取り組んでいる。『幕が下りてから』を発表した時、文芸評論家の川嶋至が、それが事実と違うことを指摘、安岡は怒り、パーティーで川嶋に殴りかかるつもりで、間違えて川村二郎を殴ったという(川嶋『文学の虚実』、井口時男『危機と闘争』)。アメリカに対する関心が深く、『ルーツ』の翻訳もしている。『流離譚』では土佐藩での祖先の事跡を調査、『果てもない道中記』では中里介山『大菩薩峠』を論じた。
芥川賞をはじめ、大佛次郎賞や伊藤整文学賞選考委員も務めた。
2013年1月26日、老衰により永眠[3]。92歳没。
略歴 [編集]
1951年 『ガラスの靴』で作家デビュー。同作は第25回芥川賞の候補となる
1952年 『宿題』で第27回芥川賞候補、『愛玩』で第28回芥川賞候補となる
1953年 『悪い仲間』・『陰気な愉しみ』にて第29回芥川賞を受賞
1954年 結婚。
1960年 『海辺の光景』で芸術選奨・野間文芸賞を受賞。ロックフェラー財団に招かれアメリカ留学。
1967年 『幕が下りてから』で第21回毎日出版文化賞を受賞
1974年 『走れトマホーク』で第25回読売文学賞小説賞を受賞
1975年 第三十二回芸術院賞受賞
1981年 『流離譚』で日本文学大賞を受賞
1985年 三田文学会理事長となる。
1988年 遠藤周作に影響を受けた結果、カトリックの洗礼を受ける
1989年 『僕の昭和史』全3巻で野間文芸賞を受賞
1991年 「伯父の墓地」で川端康成文学賞を受賞
1992年 1950年代から現代文学にいたる業績で1991年度朝日賞を受賞
1996年 『果てもない道中記』で第47回読売文学賞随筆・紀行賞を受賞
2000年 『鏡川』で大佛次郎賞を受賞
2001年 長年の文学活動により、文化功労者となる。
家族・親族 [編集]
娘の安岡治子は、ロシア文学専攻で、現在は東京大学総合文化研究科教授。
寺田寅彦、別役実は遠戚。
血縁の中に安岡嘉助(吉田東洋暗殺犯の一人)がおり、自身の一族を題材とした『流離譚』を著した。
父の最終軍歴は、南方総軍獣医部長・陸軍獣医少将であった。
著書 [編集]
悪い仲間 文藝春秋新社 1953 のち講談社文芸文庫「ガラスの靴・悪い仲間」
青馬館 河出書房 1955
ガラスの靴・愛玩 角川文庫 1956
青い貝殻 大日本雄弁会講談社 1957(ロマン・ブックス)
肥った女 現代文芸社 1957(新鋭作家叢書 第2)
遁走 大日本雄弁会講談社 1957 のち角川文庫、旺文社文庫
結婚恐怖症 平凡出版 1958
舌出し天使 講談社 1958 のち中公文庫
二つの顔 講談社 1958
青葉しげれる 新潮社 1959 のち旺文社文庫
海辺の光景 講談社 1959 のち新潮文庫、講談社文庫、角川文庫
ああ女難 講談社 1960
やって来た連中 毎日新聞社 1961
安岡章太郎集 筑摩書房 1961(新鋭文学叢書 第4)
いざこざ手帳 雪華社 1961
アメリカ感情旅行 岩波新書 1962
花祭 新潮社 1962 のち文庫
奴隷の教訓 白凰社 1963
質屋の女房 新潮社 1963 のち文庫
ちえかします 筑摩書房 1963
ソビエト感情旅行 新潮社 1964 のち角川文庫
映画の感情教育 講談社 1964
利根川 朝日新聞社 1966 「利根川・隅田川」旺文社文庫
良友・悪友 新潮社 1966 のち文庫、角川文庫
思想音痴の発想 芳賀書店 1966 のち角川文庫
ああいえばこういう 感情的文明論 文藝春秋 1966
幕が下りてから 講談社 1967 のち文庫、角川文庫、文芸文庫
不精の悪魔 新潮社 1967 のち角川文庫
軟骨の精神 講談社 1968 のち文庫
志賀直哉私論 文藝春秋 1968 のち講談社文庫
犬をえらばば 新潮社 1969 のち文庫
もぐらの言葉 講談社 1969 のち文庫
アメリカ夏象冬記 中公新書 1969 のち「アメリカそれから」と改題し角川文庫
大逃走論 政治的行動への自由 小田実共著 毎日新聞社 1969
小説家の小説論 河出書房新社 1970 「小説家の小説家論」福武文庫
感性の骨格 講談社 1970
安岡章太郎全集 全7巻 講談社 1971
サルが木から下りるとき 朝日新聞社 1971 のち角川文庫
現代の文学 17 安岡章太郎 講談社 1972
セメント時代の思想 講談社 1972
月は東に 新潮社 1972 のち講談社文芸文庫
安岡章太郎集 新潮社 1972(新潮日本文学)
日本の文学 74 安岡章太郎・吉行淳之介・曽野綾子 中央公論社 1973
自叙伝旅行 文藝春秋 1973 のち角川文庫
走れトマホーク 講談社 1973 のち文庫、文芸文庫
もぐらの手袋 番町書房 1973 のち角川文庫
やせがまんの思想 角川文庫 1973
へそまがりの思想 角川文庫 1973
なまけものの思想 角川文庫 1973
戦争と青春 対談集 潮出版社 1974
人生の隣 講談社 1975 のち福武文庫
安岡章太郎エッセイ全集 全8巻 読売新聞社 1975-76
ドン・キホーテと軍神 講談社 1975
私説聊斎志異 朝日新聞社 1975 のち講談社文庫、文芸文庫
われわれはなぜ書くか 対談集 毎日新聞社 1975
とちりの虫 ユーモアエッセイ集 番町書房 1975 のち旺文社文庫、光文社文庫
驢馬の学校 現代史出版会 1975
筑摩現代文学大系 80 安岡章太郎・吉行淳之介集 筑摩書房 1976
自選作家の旅 山と渓谷社 1976
快楽その日その日 新潮社 1976
ヨーロッパやきもの旅行 平凡社 1976
作家はどう発言するか 対談集 毎日新聞社 1977
アメリカ人の血と気質 集英社 1977
差別・その根源を問う 野間宏共編 朝日新聞社 1977
安岡章太郎・吉行淳之介集 筑摩書房 1977(現代日本文学)
絵のある日常 平凡社 1978
方言の感傷 現代の随想 日本書籍 1978
放屁抄 岩波書店 1979
ひとなぜ怒りを謳う ナショナリズム講義 平岡昇対談 朝日出版社 1979(Lecture books)
水の神様 講談社 1980
ウィタ・フンニョアリス 講談社 1980 「滑稽糞尿譚」文春文庫
犬と歩けば 読売新聞社 1981 のち文春文庫
流離譚 新潮社 1981 のち文庫、講談社文芸文庫
言葉のなかの旅 朝日新聞社 1984(現代のエッセイ)
街道の温もり 講談社 1984
僕の昭和史 1-3 講談社 1984-88 のち文庫、新潮文庫
大世紀末サーカス 朝日新聞社 1984 のち文庫
僕の東京地図 文化出版局 1985
安岡章太郎集 全10巻 岩波書店 1986-88
安岡章太郎対談集 1-3 読売新聞社 1988
対談・僕の昭和史 講談社 1989
歳々年々 年年歳歳花相似歳歳年年人不同 講談社 1989
酒屋へ三里、豆腐屋へ二里 福武書店 1990 のち文庫
活動小屋のある風景 岩波書店 1990
安岡章太郎随筆集 全8巻 岩波書店 1991-92
夕陽の河岸 新潮社 1991 のち文庫
父の酒 文藝春秋 1991 のち文庫
果てもない道中記 講談社 1995 のち文芸文庫
歴史への感情旅行 新潮社 1995 のち文庫
まぼろしの川 私の履歴書 講談社 1996
安岡章太郎15の対話 新潮社 1997
でこぼこの名月 世界文化社 1998
死との対面 瞬間を生きる 光文社 1998
愛犬物語 KSS出版 1998
私の〔ボク〕東綺譚 新潮社 1999 のち文庫
わたしの20世紀 朝日新聞社 1999
我等なぜキリスト教徒となりし乎 井上洋治共著 光文社 1999
忘れがたみ 世界文化社 1999
戦後文学放浪記 岩波新書 2000
鏡川 新潮社 2000 のち文庫
風のすがた 随筆集 世界文化社 2000
齢八十いまなお勉強 近藤啓太郎共著 光文社 2001
慈雨 世界文化社 2002
天上大風 世界文化社 2003
晴れた空曇った顔 私の文学散歩 幻戯書房 2003
雁行集 世界文化社 2004
観自在 世界文化社 2005
カーライルの家 講談社 2006
翻訳 [編集]
エンリコ マルセル・ムルージ 品田一良共訳 中央公論社 1975
ルーツ アレックス・ヘイリー 松田銑共訳 社会思想社 1977
参考文献 [編集]
群像日本の作家 28 安岡章太郎 小学館 1997
『私の履歴書 第三の新人』 日本経済新聞社 2007年 9-111頁
関連項目 [編集]
安岡正美(覚之助)(迅衝隊小軍監)
安岡正定(嘉助)(大和義挙に参戦)
寺田寅彦
日本の小説家一覧
第三の新人
脚注 [編集]
^ 『私の履歴書 第三の新人』 11頁には「じつは、5月30日生まれというのは戸籍上のことで、本当は4月17日とか18日にうまれたらしい」と記している
^ a b c d 斉藤明美『家の履歴書 文化人・芸術家篇』キネマ旬報社、2011年、p200-203
^ 「海辺の光景」…作家・安岡章太郎氏が死去 読売新聞 2013年1月29日閲覧
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表・話・編・歴
第29回芥川龍之介賞
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表・話・編・歴
日本芸術院賞受賞者
カテゴリ: 亡くなったばかりの人物日本の小説家芥川賞受賞者文化功労者日本藝術院会員日本のカトリック教会の信者高知県出身の人物1920年生2013年没
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最終更新 2013年1月29日 (火) 09:58 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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