ファイティングスピリッツ

ファイティングスピリッツとトリッパーズの情報満載です。

さかあがり

2008年05月31日 | 毎日のこと
息子がまだ逆上がりが出来ない。
ひそかにコンプレックスを解消すべく
妻と公園に練習に行っているとのこと。

それも、ただ練習するだけではなくて
補助具があるらしい。それを使ってしているとのこと。

昔は、と言うより私の子供のころには、補助具なんてなかった。
手にまめを作ってはつぶれて、痛い。それを繰り返して
上手になっていった、はずだが、その補助具を使って
100回ほど練習すると自然に1週間でできるとのこと。
時代が時代なのかなあ。
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やっと14000円超え

2008年05月31日 | 株の話
やっと14000円を超えてきたが
まだまだ不安。どうも外国人投資家の資金は
株よりも原油に流れているようだ。

でなければあんなに連日連夜高騰するわけがない。

お金持ちは何でも投資のネタにしてしまう。

お金がすべてではないけれど、あれば便利。なければ不便。
便利な方がいいなあ。
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U-23惜敗

2008年05月30日 | サッカー日本代表・セレッソ・W杯
コートジボアールにPK戦で負けて
4位となった。

90分では2-2で引き分けだった。
もう少し頑張れば勝利が見えたのに、、、。
非常に残念だ。

それも、紙一重のところで、勝つか負けるかは
気持ちの問題。背負っているものの差が出た感じだ。

もっとハングリー精神を持って、がんばってほしい。
技術的なところは、そんなにひけをとっていないと思う。
もうひとふんばりを。
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キーパー

2008年05月28日 | トリッパーズ
日曜日に久しぶりに土のグランドで練習試合をした。



25分を3本した。
2セットまでは、1―1でよく戦っていた。
3セット目に私がキーパーをした。



それから3点取られた。
責任重大なところで、とてもはずかしかった。
でも1点取ってくれて、結局4-2で負けた。
次は頑張るぞー
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日本代表テスト終了

2008年05月27日 | サッカー日本代表・セレッソ・W杯
たしかにパラグアイは強くて、
それなのに、アウェーだから引いて守って
なかなか日本がゴールを割れないもどかしさがあった。

まあ、キリンカップであって、来週からのW杯予選が
本番でもあるのだから、今回のこの試合は仕方ないと思う。

まずは、6月2日の日本でのオマーン戦がポイントになると思う。
ぜひ、日本代表に頑張ってほしいと思う。
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写生大会

2008年05月26日 | 毎日のこと


先々週の日曜日に写生大会があった。
200円を払って画用紙をもらって、
1時から4時までどんな書き方でもよい。



300家族が来たらしいが、子供たちが
しっかり書いていた。それを親が横で見ている。
私は、去年はそうしたが、今年はそうせずに、
自ら描いた。



親も参加してよいとのこと。
入選目指して描いた。子どもたちも最初は
しっかり集中して描いた。これも子供たちの記憶に残れば
良いと思っていたが、自分の記憶に残っている。
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さくらんぼ

2008年05月25日 | 毎日のこと


今年は、ムクドリとの戦いにも勝利し、
これだけのさくらんぼを手にできた。

さて、これをどうするかですが、妻はそのまま
食べるより、焼酎につけて、さくらんぼ焼酎にするとのこと。
私はビールだけなのであまり興味はありませんでした。

気がかりなのは、少し木がかれてしまって
枝が半分くらいになってしまったことです。
病気なのか、狭いところに植えているので
となりのぶどうや、うめと根っこの争奪戦をしているからかもしれません。
大きい屋敷に引っ越しをしなくてはいけないじょうたいです。
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気持のよい挨拶

2008年05月25日 | 毎日のこと
太宰府からの帰りの新幹線でこんなことがあった。

昨晩は遅くまで飲んで、また、明け方まで飲んでいた人たちもいて
疲れて、みんな新幹線の中では、寝るのみと思っていた。
そこへ、ホームで出会わしたのは、中学生と思しき修学旅行生たち。

「ああ、これでは騒がしくて寝るどころではなくなった」と
くちぐちにこぼしていた。そこでいざ乗り込んでみると同じ車両。
これも運が悪かったとあきらめかけたその時。

「すみません。宜しくお願いします。」と中学生に新幹線の車内で
手渡されたのは、メッセージ入りの花の種。
メッセージには次の通り。

「私たちは神戸から来た●●中学校の生徒です。
新幹線の中では騒がしくなってしまうかもしれませんが
宜しくお願いします。」との文字。先制攻撃を受けたようで
なかなかのアイデアだと思った。確かに岡山あたりからは
騒がしくなったが、まあ仕方ないと思えた。先生たちの
作戦勝ちだと思った。
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太宰府

2008年05月24日 | 愛すべきおっさん達


聞いてはいたが、太宰府。
菅原道真が祭られている。

鳥居をくぐると3つの橋がかけられていて、
手前のひとつを「過去」そして、「現在」、「未来」と言う。

渡る時の心得は、過去は振り返らず、現在は軽やかに、
未来はつまづかないようにとのこと。

なるほどと面白がっていたが、いざ、自分がわたる段になると
実際に今は、振り返らないとか、出来るだけ軽やかにとか、
未来だから、絶対に躓いてはいけないと、必要以上に
足をあげて渡った。

人間は弱い生き物だなあとつくづく思った。
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太宰府天満宮

2008年05月23日 | 愛すべきおっさん達


旅の終わりに、九州、博多に寄り、博多唯一の酒蔵
「百年蔵」で昼食をして新幹線で帰阪した。
雨で博多周辺の散策はなくなったが、みな、了解した。

その前の夕方、どうしても許せないヒトこまがあった。

ホテルに着いて、同部屋の4名でテレビを見るともなく見ていた。
前年の組合会長と同室だった私と他2名はニュースのミャンマーの
サイクロン被害と、中国の四川省大地震を見ていた。

それが終って、野球の結果を伝えようとしたとき、
組合会長が、「これだけの人間が亡くなったら、ちょうど日本と比べて
釣り合いのとれる人口になるんとちゃうか?」とおどけながら言った。

他二人はどっと笑い、私は笑わなかった。空気を感じた
元組合会長は、「風呂でもいこか」と話題を変えた。
どんなに苦しくても、人の死を笑いに変えるのは、
人間としてあるまじき行為だ。それに乗っかって笑うのは、
同罪だ。私はそこだけははずさない、意識があった。
古臭いと言われようが、人間としてどうにも合流できなかった。
それで、得意先をなくそうが、会社から怒られようが
どうにも対応をするつもりでいた。仕事より人間を選ぶので
よく怒られる私の悪い癖なのかもしれない。
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海地獄

2008年05月22日 | 愛すべきおっさん達


きれいな青色だが、バスクリンでも入れているのかと
思うほどきれいだ。



でもこれは、れっきとした硫酸の影響で青くなったとのこと。
血の池地獄、坊主地獄、海地獄と楽しく見ることができた。
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地獄めぐり

2008年05月21日 | 愛すべきおっさん達
別府温泉で地獄めぐりをした。
時間がないので、8種類あるそうだが、
その中の特徴的な3種類を見た。
かなり面白かった。

地獄、地獄と何を言っているのかと思っていたら
温泉が湧いているところの成分により見える色が違っていた。



最初の「血の池地獄」は、名前だけ聞くと恐ろしいが、
見てみるときれいだった。もっとおどろおどろしい
赤色を想像したが、そうでもなく、どちらかと言えば
ピンク色だった。温泉の質や温度などによっても違うのだとか。



ネタばれすると、酸化鉄の影響で赤く見えるらしい。

次は「坊主地獄」。



どろどろの成分が温度によって泡が膨れてくる。
その泡がふくれてくる様子が坊主の頭に似ているところから
「坊主地獄」と名付けられたそうだ。その膨れたとろが
写真で撮るには難しく、撮れなかった。
明日は海地獄をお見せしよう。

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別府温泉

2008年05月20日 | 愛すべきおっさん達


仕事の会合で大分県、別府温泉へ行ってきた。
JR別府駅前で降りるとタイルの建物が目に入ってきた。
故岡本太郎氏が設計したデザインらしい。
どこかしら、太陽の塔に似たところがある。

19歳から47歳まで、年齢も様々な男ばっかり43名が
別府温泉、湯布院、福岡、博多と旅をしてきた。
かなり回ったので、覚えていることだけを書いておこうと思う。
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四川省地震

2008年05月16日 | ニュース


ミャンマーのサイクロンで被害を受けた人も
3万人を超すとのこと。
それでも軍事政権は諸外国からの援助を拒み、
強引に選挙も実施した。

中国も人的援助は見送ると言いながら、
昨日になって翻し、援助を受けると言い出した。
まだミャンマーよりはましだが、人命救助のポイントは
初期の対応だ。初期を逃して、あとから受け入れるとは、
人の命をなんと考えているのか、、、。あきれてしまう。

どちらも天災が起こったことは事実だが、
そのあとは人災となっている。被害を受けられた方に
心からのお悔やみと亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
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こいのぼり

2008年05月15日 | 毎日のこと
前回の連休に撮ってきた写真だ。

こいのぼりの大きさは6m。それが3匹と吹き流し。

その横に同じ高さの「のぼり」。

その横に名前を書いた「フラッグ」。



長い間義兄に出来なかった子供が出来、
男のだったため、義父義母が喜んで設置したものだ。
すごく立派で、村の端からもすぐに目につく。



毎日、朝早くから設置して、夕方にはしまいこんで
また翌朝にすべてを設置する。
義父はそれを7歳になるまで続けるという。
孫の誕生がよほどうれしいのだろう。そんな義父を見ていると
私までうれしくなる。人を思う気持ちが人をつないでいくんだと
改めて認識した。
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