岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド
とりあえず過去執筆した作品、未完成も含めてここへ残しておく

新説ブランコで首を吊った男 ⑨静香、隆志の章

2024年09月09日 14時30分58秒 | 新説ブランコで首を吊った男

 

 

新説ブランコで首を吊った男 ⑧ - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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~静香の章~

 

 

 

 スヤスヤと眠る隆志。

 寝顔を見ていると、昼間駄々をこねて困らせているのが、嘘のように感じる。

 

 この子は、私が生んだ子供。

 お腹を痛めて産んだ、ただ一人の息子。

 

 この子がいる限り、私は何があっても生きていかないといけなかった。

 だって、それが私の使命なんだから……。

 

 主人のところを家出して、十日間が過ぎようとしている。

 今は親元に身を寄せていた。

 

 あの場所に引っ越してきてから、嫌な印象しか残っていない。

 

 隣に住む住民の亀田。

 

 

「悪い人だ」

 隆志が亀田を指差し言った台詞。

 

 あの時は怒ったけど、この子は幼いながら直感で感じたんじゃないかなって思っている。

 本能的に、この子は守ろうとしたんじゃないかな、私を……。

 

 私は優しく微笑みながら、寝ている隆志の髪を撫でた。

 

 

 

「ママ……」

 

 ゆっくり隆志は目を開く。

 

 

「なあに?」

 

 

「パパは?」

 

 

 隆志の言葉が私の胸を打った。

 あの人と私は、夫婦でも他人同士。

 

 でも、この子は違う。

 私とあの人の遺伝子、両方が流れている。

 

 いくら母親寄りと言っても、やはり父親は必要だ。

 

 あの人の浮気疑惑……。

 私は確認もせずに、隣の住民の意見を聞いただけで飛び出してしまった。

 

 あの時は、確かに限界でおかしくなりそうだった。

 でも、よくよく考えてみると、しょせん私のエゴなんだって気付く。

 

 この子の為にも戻らないと……。

 

 

「今日、帰るわよ」

「ほんと?」

 

「うん、パパにすぐ会えるよ」

「わーい」

 

 隆志の喜ぶ顔を見て、今まで一人で悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。

 夫婦なんだから、もっと体当たりで話し合おう。

 

 もっと私は頑張らないといけない。

 

 

「ねえ、隆志。何であのおじちゃん、悪い人って言ったの?」

 

 私は以前、唐突に言った隆志の言動が気になっていた。

 

 実際に亀田はとんでもない男だった。

 思い出すと、全身鳥肌が立ってくる。

 

 

 

「だって、あのおじちゃんさー…、いつも後ろで、おじいさんが怖い顔で睨んでいるんだもん」

 

「おじいさん?」

「うん、灰色の服着たおじいさんだよ」

 

 

 私は言葉を失った。

 あのビデオに写った霊の事をこの子は言っているのかしら……?

 

 

 

 今、私はアパートの前にいる。

 

 隆志はアパートが見えるなり、一目散に階段を駆け足で上っていった。

 よほど父親が恋しかったのだろう。

 

 でも、主人は仕事で、まだいない。

 電話の一本でもしておけば良かったかな。

 

 あの人、ちゃんとご飯食べているのかしら?

 

 私が二階に上り終わると、隆志が駆け寄ってきた。

 

 

「あら、ママを待っててくれたの?」

 

「ママ、隣のおうち、くちゃい」

「え?」

 

 

 

「くちゃい?」

 

 

 隆志は臭いと言いたいのだろうか?

 我が家に近づくと、妙な臭いが鼻をついた。

 

 

 

 

「何、これ……」

 

 

 私がハンカチを取り出している間に、隆志は隣の亀田の部屋のドアの前まで歩いていた。

 

 

 

「隆志……」

 背伸びしてドアノブに触れる隆志。

 

「勝手に触っちゃ駄目よ」

 

 隆志はドアを開けようとしている。

 

「隆志……」

 言っている最中にドアが少し開き始めた。

 

 

 

 私はため息をついた。

 できる事なら、亀田とは顔を合わせたくなかったのに……。

 

 

 

 

 

「キャーーーー……」

 ドアが三分の一ほど開くと、私は大声で悲鳴を上げていた。

 

 亀田がドアノブに縄を括りつけ首を吊っている姿が、目に映る。

 

 

 最後に見てからまだ十日しか経ってないのに、亀田は腐り始めていた。

 

 私は気絶しそうになるのを懸命に堪えた。

 亀田から湧き出る異臭で、呼吸すらままならない状況だ。

 

 泣いている息子の隆志を抱きかかえると、一目散にその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

~隆志の章~

 

 

 

 何で最近、パパとママは笑わなくなったんだろ。

 

 僕と一緒にいる時、ママは笑ってくれる。

 パパは、いつも疲れてそうな顔ばかり。

 

 前の家の時は、もっと笑っていたのにな。

 あそこのデパートのオムライス大好きだったのに、最近どこにも連れてってくれない。

 

 こっちに来てから、近所のみよちゃんとも会えなくなっちゃった。

 隣の家の大ちゃんとも、遊べない。

 いつもお菓子をくれた髭のおじさんにも会えない。

 ジュースを買ってくれる太ったおばさんにも会えない。

 

 いつもママと一緒。

 それは嬉しいけど、他の子とも前みたいに遊びたい。

 

 

 

 夜になると、パパとママは喧嘩をしていた。

 前は二人ともニコニコしてたのにな。

 

 一回だけパパとママと一緒に、ハンバーグを食べに行った。

 シマシマの洋服を着た大きいお兄ちゃんが、ハンバーグの上に日の丸の旗を差してくれた。

 

 家でもママが、ハンバーグを作ってくれるといいな。

 アイスクリームの乗った緑色のジュースも、また食べたいな。

 

 こっちに来て良かったのが、公園ですぐ遊べるところ。

 公園に来ると、ママはニコニコ笑ってくれる。

 

 僕は、大好きな砂場で遊んで、ブランコも乗る。

 みよちゃんや、大ちゃんたちと、ここで一緒に遊びたいな。

 

 

 太ったメガネのおじちゃんが、ママに話し掛けてきた。

 何でこのおじさんの後ろに、怖い顔をしたおじいさんがいるんだろ。

 

 みんな、半袖なのにおじいさんだけ、いつも灰色の服を着ている。

 太ったおじちゃんの後ろで、いつもピッタリくっつくようにしているおじいさん。

 

 

 一回だけ僕と目が合った事がある。

 

 とっても怖かった。

 だって、僕、何もしてないのに、おじいさんが睨んでくるんだもん。

 

 でも、ちょっとだけ僕を見たあと、いつも太ったおじちゃんを睨んでいた。

 

 

 この間、隣に住んでいるメガネを掛けた太ったおじちゃんと、公園に行く時すれ違った。

 

 とっても臭かった。

 

 ママはいい匂い。

 パパもいい匂い。

 

 パパと同じ男なのに、このおじちゃんの匂いは臭い。

 

 ホッペが怪人のようにガザガザなホッペで、いつも指でポリポリ掻いている。

 

 このおじちゃん、いつもママの事をジーって見ている。

 この太ったおじちゃんの顔を見ていると、何かの虫に似ているなあと思う。

 

 まだ灰色の服を着たおじいさんが、後ろでピッタリとくっついていた。

 

 

「このおじちゃん、悪い人だ……」

 そう言うと、ママは怒る。

 

 だけど、パパがたまに怒った時の目と、灰色のおじいさんの目が同じなんだもん。

 だから太ったおじちゃんは、悪い人なんだ。

 僕の事をおっかない目で見てくる。

 

 でも太ったおじちゃんは、気付いていないみたいだけど、後ろで今だって灰色の服を着たおじいさんが睨んでいるよ。

 

 

 

 公園でママと遊んでいたら、格好いいお兄ちゃんと可愛いお姉ちゃんが腕を組んで入ってきた。

 

 とても仲が良さそうな二人。

 よく分からないけど、お姉ちゃんは僕に気がつくと、ジッと僕の顔をしばらく見ていた。

 

 僕もそのお姉ちゃんをジッと見ていたら、お兄ちゃんが「おい、美和。何してんだよ?そろそろ行くぞ」と声を掛けて公園から出て行っちゃった。

 

 

 公園を出てからもお姉ちゃんは、僕のほうを何度か振り返って見ていた。

 

 

 

 ママとパパがまた喧嘩をしている。

 朝起きると、僕はママに連れられてお外に行った。

 

「隆志、ママのお母さんに会いたいでしょ?」

「うん」

 

「ママのお父さんは?」

「会いたい」

 

 

「そう」

 ママはとても嬉しそうに笑った。

 

 

 

 パパに会ってない。

 どこに行っちゃったんだろ。

 

 朝起きると、ママが僕の髪の毛を撫でていた。

 

 

 

「ママ……」

「なあに?」

 

「パパは?」

 僕がそう言うと、ママは黙っちゃった。

 

 

 しばらくしてからママは優しそうな顔で言った。

 

「今日、帰るわよ」

「ほんと?」

 

「うん、パパにすぐ会えるよ」

「わーい」

 もうじきパパと会えるんだ。

 

 

 

 パパのところに行くと、臭かった。

 太ったおじちゃんの匂いより臭かった。

 

 この匂いは、なんだろ。

 隣の太ったおじちゃんの部屋のほうに行くと、ママが大声で僕を呼んだ。

 

「勝手に触っちゃ駄目よ」

 ドアを開けようとしたら、すごい臭い匂いがした。

 

「隆志……」

 

 何の匂いだろ?

 

 ママが僕を呼んでいる。

 でも僕は、気になってドアを開けた。

 

 

 

「キャーーーー……」

 

 ママの大声。

 

 

 

 ドアの向こうから太ったおじちゃんが、灰色の服を着たおじいさんに首を絞められていた。

 

 

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