岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド
とりあえず過去執筆した作品、未完成も含めてここへ残しておく

闇 09(己の生き様の矜持編)

2024年07月26日 13時05分28秒 | 特殊記事

2024/07/26 fry

 

 

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8 新宿プレリュード - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

 

「鳴戸さん……」
「岩上君、あなたは本当強いんですね~」
いい映画でも見終わったような表情で、鳴戸は満足そうに両腕を上げ、わざとらしく大きな伸びをした
「鳴戸さん……」
「う~ん。海野さんにも見せたかったなあ~」
自分のした事を誤魔化すように、俺の声など聞こえないふりしている
「鳴戸さん!」
帰りの通路を歩きながら俺は強めに言った

その声でようやく歩くのをやめる鳴戸
「何でしょう?」
「最初からこうなるの、分かっていたんですよね?」
「さあ…、そんな事まで知りませんでしたよ」
白々しい奴め……
あとは話さず、ビルの地下から出るまで黙っていた
 車の中では、海野が苛立ったような顔でこっちを見ていた。
「遅いよ~、鳴戸君」
「ははは、すみませんね~」
 上機嫌の鳴戸。横から見ていて苛立ちを覚えた

一歩間違えば、壊れるのは俺のほうだったかもしれないのだ

そんな刹那的な戦いを鳴戸は、俺にやらせた……

しばらく俺の頭の中は、壊したという罪悪感でいっぱいだった
一歩間違えば、自分自身が大怪我をする『螺旋』と言う技

うまく相手の攻撃をさばききれなければ、そのまま自分に攻撃が押し寄せるのだ
周りから見れば、あの勝負は俺の楽勝に見えただろう
しかしとんでもない

紙一重の勝負だったのである
昔、あれだけ血の小便を流したのは無駄ではなかった

今でもしっかり自分の体の中に沁み込んでいたのだ
感じている罪悪感とは別で、どこかでこのような刺激ある生活にワクワクしている自分がいた

海野の運転で再び、先ほどのビルへと向かう
まさかさっきのカジノへ、また俺を連れて行くつもりなのか……
一対一の勝負ならいくらだって自信はある

しかし闇討ち、不意打ち、大人数で一気に襲われたら俺には防ぐ術がない
鳴戸の目的は一体、何なのか
海野は大人しく車の中で待機している
相変わらず無言の鳴戸
ビルに入り、地下でなくエレベータへ乗り込んだので、少しだけホッとした
「今度はどこへ行くんですか、鳴戸さん」
「……」
通常のエレベータの二倍はありそうな大きく豪華な箱の中、俺の声だけが反響している

鳴戸は何も答えてくれない
「鳴戸さん……」
エレベータの動きがとまる

その時、蚊の鳴くような声で鳴戸は言った
「いいですか…。静かに黙っていなさい。それが身の為です」
それだけ言うと、先にさっさと出てしまう
「……!」
こんな造りの部屋があるのか……

目の前の光景が信じられないほど、立派で壮大な造り

エレベータを出た俺は、思わず辺りをキョロキョロ見回した
会社のオフィスならある程度分かる

しかし、どう見ても会社という感じではない

無知な俺は物の価値など知らぬが、通路に置かれた壷や絵画がかなり高価なものであるぐらいは肌で感じた

真紅色に染まった綺麗で分厚い絨毯

どこもかしくも金の掛かったものであるのは、間違いないだろう
大理石でできたような厚い扉の横にあるチャイムを慣れた手つきで押す鳴戸
静かに扉は開きだした

 

一般人では…、いや普通ではそこへ入れない空気がその奥にはいっぱい詰まっている
「いらっしゃいませ……」
部屋の入口には、二人の大男が直立不動のままビシッと立ち、左右綺麗に並んでいる

只者ではない雰囲気を二人とも醸し出していた
無造作に床には、本物であろう熊の毛皮がひかれている

この上を土足のまま、歩いていいのだろうか

俺がそんな心配をする中、鳴戸はお構いなしに歩き、嬉しそうな顔で先へ進む
「先輩、お久しぶりです!」
奥の部屋にはゆったり座れる大きな黒いソファがあり、そのソファには二人の男がでんと座っていた
一人は、狡猾そうな表情の初老

頬に大きな傷跡が残っている
もう片方は、よくこんな体で生きていられるものだというぐらい、醜く肥えていた

ソファに腰掛けているお尻は半分以上、中へ埋まっている

体重、150kgを越えているのではないだろうか
「おう、鳴戸やないけ」
「元気かいな?」
「もちろんです。お陰さまで」
そこには普段では考えられないような、おべっかを使う鳴戸がいた

入口の屈強そうなボディガードといい、座る二人といい、非現実な人間ばかりである

まるで映画のワンシーンの中へ放り込まれた

そんな気がした

鳴戸は手前のソファへ座る様子もなく、普通に立ったまま、前の二人を相手している
どう見てもヤクザ者の親分クラスだ

ただの親分ではない

かなりの大物なのだといった雰囲気が体全体から発している
「聞いてくれや、鳴戸」
「はい、何でしょう? 先輩」
太ったヤクザが、面倒くさそうに喉から声を絞り出す
「この間な、マカオ行ったんや。一億の銭、持ってのう」
「すごいじゃないですか! それでどうしました?」
いつもなら人の話など聞きもしない鳴戸

そんな人間が飼い猫のようにおとなしく従順でいる姿は、どこか滑稽に見えた
「ツキあったんやなぁ~。一気に十億やで、十億」
「すごいですね、先輩!」
「ただな、帰りの税関で引っ掛かってしもうてなぁ~」
「あらら、それはそれは」
「ワテ、言ったんや。行きに持ってきた銭は良くて、何で帰る時だけ因縁つけんねん、ワレッってな」
「ええ、おっしゃるとおりですよ」
「したらのう。向こうも『それはそうですね』って、おとなしゅうなりよったわ」
「はは、さすが先輩ですね~」
「税関もタジタジやで」
会話の内容が尋常じゃない

別次元の会話

聞いていて気が狂いそうだった

不思議とありえあいような話でも、ここにいるとすべて現実に起きている事なのだと実感した
派手な扇子を左手に持ち、パタパタと面倒そうに仰ぐデブ親分

まるで漫画に出てくるキャラクターを見ているようである
「横の若いのは何や?」
頬に傷のあるヤクザが、鳴戸へ訪ねる
「ああ、申し遅れました。こいつ、私のところに入ったばかりの従業員でしてね。まあ、ゲーム屋の従業員やらせるの勿体ないですから、とりあえず折を見て私の運転手から始めさせようかなと思いまして」
何を抜かしているんだ、この男は……
鳴戸が店に来た時、上機嫌だった理由

そして今まで俺に対してだけは甘かったという事実

それはこの為だったのか……

気付いた時にはすでに遅い
「なかなかええ面構えしとるのう」
「掘り出しもんやで」
室内の視線が俺に集まる

非常に嫌な視線であった
「しかも、先輩! こいつ、レスラー上がりなんですよ」
「おぅ、レスラー上がりかいな」
「外の二人に負けへん体つきしとるのう」
顔を高潮させ、楽しそうに話す鳴戸の顔を俺は黙って見ていた
「おい、兄ちゃん」
デブヤクザが初めて声を掛けてくる
「はい……」
飲まれるな……

必死に自分へ言い聞かせた
「レスラーちゅうんは八百長なんやろ? 前に…、前にと言うても昔やけどなぁ~。興行仕切っとったら、星決めあるのないのって聞いた事あるで」
一般社会では人気もなくなり、すっかり地に落ちたプロレス

それでもいまだに八百長かどうかと聞く人間は、どこに行っても多い。
誰の前でも同じ意見を言える人間になりたい

どんな状況でも、誰に対しても同じ事を言える人間でいたかった
正直、怖かった

端も外聞も捨て、この場から走って逃げ出したかった
優しかった鶴田師匠の顔が目に浮かぶ
そうだ……
俺は師匠の弟子なんだ……
誰の前でも違うって言ってきた
自分で飛び込み、あの世界で俺は地獄を見てきた
それを八百長と言われるのが、どれだけ傷つく事か……

誰にも分からないだろう
目を静かに閉じた

そしてゆっくり呼吸をした


メジャー団体である全日本プロレス

当時20歳になった俺は、レスラーになるべくひたすら鍛えてきた
とんとん拍子にプロテストに受かり、合宿へ臨む

強くなる為に俺はここへ来た

しかし神の悪戯か合宿前日、俺は警察に捕まる

地元のヤクザ15人と揉めたところを運悪く警察に見つかったのである
当然プロ入りは駄目になった

期待していた人は冷たい目で俺を見ながら罵倒してくる

それでも諦めきれなかった俺は強引に合宿へ押し掛けた
「何だ、おまえは。馬場社長から来るなと言われたろうが」
入口で門前払いをされた俺

その時奥からジャンボ鶴田師匠の姿が見えた
「まあまあ、せっかく来たんだし今日ぐらい一緒に練習させてあげましょう」
そう言って俺に優しく微笑んでくれた鶴田師匠

これが俺と鶴田師匠との初遭遇だった
たった一日だけ限定の入門として全日本プロレスの合宿の参加を許可してもらう
最初は他のレスラーたちと同じトレーニングをしたが、やがて鶴田師匠は俺に付きっきりになる

足が痙攣して倒れてしまうまで、俺は必死に頑張った

先輩レスラーに担がれ、風呂場でマッサージを受ける

最後に全日本プロレス特製のちゃんこ鍋までご馳走になった夢のような一日だった
一日だけの合宿を済ませて帰ろうとする俺に、鶴田師匠は玄関先まで見送ってくれる
「今日は、本当にありがとうございました……」
これで全日本プロレスともお別れ

もちろん悔いはある

だがたった一日とはいえレスラーたちと同じ空間で一緒にトレーニングができたのだ

深々と頭を下げお礼を述べた
「またさ」
頭上から大地さんの声が聞こえる
「はい?」
「あと一年自分で頑張ってみてさ。まだまだ体も細いから体重を10kgから15kgぐらい増やして来年また来てみれば? 結構センスあるから何か勿体ないんだよね」
「……!」
こんな俺にセンスがある?

いや、それよりも来年また来いと言ってくれた言葉が、俺の心に深く刻み込まれた
プロレスにしがみついてきて良かった

自然に俺は跪き、両手をついてお礼を言っていた

世間一般で言う土下座

でもこれぐらいじゃ、喜びや感謝を表せられない
「鶴田さん…、本当にありがとうございます……」
額を地面に擦りつける
「おいおい、こんなとこでやめてくれよ」
「俺、頑張ります……」
こうして俺は不遇の一年を過ごす事を決意した
二年間で体重65kgから85kgへの増量

働いた給料の大半は食費で消えた

それでも俺は幸せだった

自分の体が日々、徐々に大きくなっていくのを感じる

それだけで充分だったのだ
そして二度目のプロテストを受かり、俺はレスラーとしての道を歩こうとしていた

左肘をあの一件で壊すまでは……

何故こんな時、全日本プロレス時代を思い出すのだろう

今俺がいるのはヤクザの事務所の中だ
体中ガタガタ震えていた

本当に怖かった
でも、俺は俺を信じる
自分が潜ってきた道を信じる
大きく息を吸い込み、口を開いた
「すみません…。プロレスは八百長じゃありません」
俺の言葉で目を丸くするデブヤクザ

できれば大笑いしたかったが、さすがにそこまで肝は据わっていない
師匠がどこかで見つめてくれている

そんな感じがした……
「何やて、兄ちゃん?」
「八百長じゃありません」
もう一度ゆっくり言う

その瞬間、火花が散った
真横から鳴戸が、渾身の力で殴ってきたのだ
「何だ、テメーはっ! 何て口を先輩に向かって利いてんだ、オラッ!」
鳴戸のキンキン声

しかし不思議と怖くも何ともなかった
不意打ちで鼻先を打たれたので、ドワッと血が垂れてくる

俺は鳴戸のほうへ向き、しっかりと視線を見据えた
「八百長じゃありませんから……」
また火花が散る
完全に怒った鳴戸が、また顔面を殴ってきた
俺は避けようともせず、そのまま堂々と顔面でパンチを受ける
『レスラーって言うのはね。何をやられても壊れちゃいけないんだよ』
師匠の言葉を思い出す

そう、レスラーは壊れちゃいけない
また痛みが走る

鳴戸が何かヒステリックに叫びながら、俺の顔面を殴り続けていた
「鳴戸さん……、レスラーってね…。攻撃を避けちゃいけないんすよ!」
鳴戸の手がとまる

辺り一帯がシーンと静まり返った
「八百長じゃありませんから……」
鼻と口……

両方からかなりの血を流しても、俺は意見を曲げない

殴られる……

そりゃあ、痛いさ……

でも、曲げたくない

これだけは……
ひたすら目に力を込め、いくら殴られても鳴戸をジッと見た

何発殴られたか分からない

それでも俺の心は折られない

変わらない
彼の目に、少し怯えの色が見えたような気がした
「もうええわ、鳴戸」
「でも……」
「何や? ワテの言う事に口答えするんかい?」
「い、いえっ…。とんでもないです……」
鳴戸をとめたデブヤクザ

鳴戸より遥か大物の男が今、ジッと俺だけを見つめていた
「分かったわ、兄ちゃん。すまんかったのう」
「い、いえ…。こちらこそ、すみませんでした……」
全身の震えは、いつの間にか止まっていた

「兄ちゃん、麻雀できるかいな?」
「え……」
「麻雀は?」
「は、はい…、多少は……」
こんな時にこの人は何を言い出しているのだろうか

意図がまったく分からない
「今晩、卓を一緒に囲もうや、のう?」
「……」
「ワテ、麻雀弱いんやで、ほんまや」
「そうそう、先輩は麻雀弱いぞ、岩上!」
鳴戸まで一緒に言い出してくる

なるほど…、意図が読めた
「すみませんが、レートはどのくらいなのでしょう?」
「レート? 兄ちゃんらがやってる麻雀はリーチでいくらや?」
「ほとんどの人がテンピンと呼ばれるルールでやるので、それだと百円です……」
「リーチで百円かい…。しゃーないわ、じゃあ、ちょっとレートをワテらも落としたるわ。リーチ五千円でどや?」
冗談じゃない……

そんなレートにしたら、一晩でいくら金額が動くというのだ

「兄ちゃんなかなか根性あるやんけ。で、ちょっと小遣い稼がしたろ思うてな」
騙されるな

うまく断れ

うまい話などない

それに俺は金では転ばない
「お言葉ですが……。せっかくのお誘い非常に嬉しく思います。しかし私ではレベルが違い過ぎます。なので今回はご遠慮させていただきます……」
「おい、岩上! せっかく先輩がこうおっしゃってくれてんのに何を言ってるんですか」
肩を掴みながら、鳴戸は睨みつけてきた
「鳴戸さん…。俺ね、何の身よりもなければ喜んでこちらからお願いしてます。家に帰れば、おじいちゃんや、弟…。家族がいるんです。それに俺がなると、悲しむ人間が多いんです…。勘弁して下さい……」
肩を握っていた鳴戸の手の力が緩む

自分に集中していた視線が一気に引くのが分かった
全身疲労感でいっぱいだった
それからあとの鳴戸たちの会話は、まったく耳に届いていない

何を話しているのかさえよく覚えていない
気づいたら帰りの車の中にいて、新宿の店まで戻っていた

ゲーム屋、ベガの社長である高橋
彼は顔面血だらけの俺を見て、全身を小刻みに震える事しかできないでいた
無理もない

彼はそこまでの修羅場を潜った事などないのだから……
しばらくして鳴戸と海野の両オーナーは帰っていった
「岩上さん…。一体、何があったんですか……」
鳴戸がいなくなって初めて高橋は声を掛けてきた

ちゃんと俺の事を心配はしてくれていたのである
「誰にも言えない覚悟ありますか? かなりヤバいところへ行ってきました」
「ご、ごめん…。悪いけど聞きたくない。情けないけど俺じゃ何の力にもなれない……」
「いいんですよ、それで」
俺は優しく笑顔で言った
「鳴戸さんに話あるので、店の電話借りますね」
「は、はい……」
今日のカジノの件といい、ヤクザの事務所といい、鳴戸はやり過ぎた

ハッキリちゃんと言っておかねばならない事がある
「もしもし、何ですか~?」
鳴戸が携帯に出る

店の番号なので高橋からだと思っているのであろう
「岩上です……」
「あ、ああ…。どうしたんですか?」
「今日から最低でも一ヶ月…。俺、それで辞めさせて下さい。その間に人が新しく入れば、すぐにでも辞めますので……。いや、すみません。今すぐやっぱ辞めさせていただきます」
「……」
鳴戸は無言でいた
「嫌とは言わせません…。では、失礼します……」
電話を切ると、高橋が慌てて質問してくる

俺はあえて何も言わずただ微笑んだ


仕事を終え、地元川越に帰る
こんな事があった日など、とても家へ真っ直ぐ帰れやしない
できれば女を抱きたい……

しかしこんな精神状態で女を口説けるほど、女は甘くないのを知っていた

家の隣にある岡部さんのいるトンカツひろむへ行く
いつものようにジャックポットのマスター野原さんが、カウンターで梅サワーを飲んでいた

割り箸で親の敵でもあるかのように梅干を突く姿を見て、思わず吹き出してしまう
「な、何だよ~、智一郎」
どんなに殺気立っていても、人間、面白い事には無条件で笑えるのだ
さすがに今日の一件を、岡部さんや野原さんに話す気にはなれなかった
歌舞伎町はどうだという問いに対し、面白おかしい事だけを抜粋して俺は笑わせる

わざわざ気分が悪くなる話をする必要など、どこにもない
今はこうやって馬鹿話をして酒を飲み楽しく笑っていられれば、俺はそれで幸せだ
あれだけ恐怖感を覚えた鳴戸も、ひと皮剥けばあんなものである

俺はプロレス界に少しでもいられた事を誇りに思う
誰にも分かってもらわなくてもいい
あの時の体験は、こうして俺の身にしっかりと今でも宿っているのだから……
やはり地元はいいものである

俺が一時間掛けて、わざわざ新宿へ通勤するのも、この地元が大好きだからなんだろう
明日から無職

だけど今日ぐらい朝まで飲んで、グデングデンに酔っ払いたかった

そんな俺に、野原さんは笑顔で一緒に付き合ってくれた
「智一郎。その顔のアザが何故できたのか。ゆっくり聞かせてくれよ」
野原さんは梅サワーを置き、静かに言った

岡部さんの顔を見ると、ゆっくり俺の目を見て頷いてくれる
順を追って俺は今日の出来事を一つ一つ整理しながら話した

二人とも黙って聞いてくれる
岡部さんが朝の六時になると、「おい、いい加減閉めるぞ!」とシャッターを下ろし、その状態でさらに酒を浴びるほど飲んだ
店を出て野原さんを見送る

俺は出れば、すぐ隣が家なのだ

だからすぐ布団の上で眠る事ができる
「朝まで付き合わしちゃってすみません、野原さん」
「智一郎よ」
「はい?」
「嫌な事あったらさ、酒ぐらいいつだって付き合ってやるよ」
「ありがとうございます……」
いい感じで酔っていた

今日あった出来事は、夢の中で起こったように思える

しかしリアルに俺は体験したのだ

野原さんと岡部さんのおかげで、かなりささくれ立っていた精神は優しさを取り戻していた
俺は野原さんの後姿に向い、深くお辞儀をしてから家へ戻った。
ずっと自分の居場所を探していた

俺にはちゃんとあるじゃないか……

 

 


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