岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド
とりあえず過去執筆した作品、未完成も含めてここへ残しておく

6 コードネーム殺し屋

2019年07月19日 13時18分00秒 | コードネーム殺し屋/初めて書かされたホラー小説

 

 

5 コードネーム殺し屋 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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 オリュンポス十二神の一柱でもあり、ゼウスとヘラの間に生まれた初めての子である鍛冶の神ヘパイストス。彼は生まれながらにして両足の曲がった醜い奇形児でした。自分で産んでおきながらヘラはこれに怒り、天から海に向かって生まれたばかりの我が子を投げ落とします。
 この時ヘパイストスの落ちた場所が、エーゲ海北部にあるリムノス島でした。
 それを気の毒に感じた海神テティスとエウリュノメに拾われます。
 ヘパイストスは大変手先が器用でした。成長するにつれ、工芸に素晴らしい才能を見せます。育ての親であるテティスを喜ばせようと、彼は宝石に命を与え、海を泳がせました。のちにこれが現在の熱帯魚となります。
 こうして彼は九年間育てられ、天に帰りました。
 オリュンポスの神々に加えられた彼ですが、母であるヘラの冷遇は続きます。当然の如く母への不信感を募らせるヘパイストス。

 ある日彼は、ヘラへ豪華な椅子をプレゼントしました。それは黄金で作られ、宝石を無数に散りばめた、大変美しく素晴らしい椅子だったようです。これに感激したヘラは、早速椅子へ座りました。その途端まったく身動きが取れなくなります。この椅子に座った者を縛り付ける拷問紛いのものだったのです。
 ヘパイストスはヘラに向かって言いました。
「私のあなたの実の子であると認め、神々の前で紹介して下さい」
 その醜さゆえに我が子を捨てたヘラ。認めたくない彼女であったが、このままでいるのは恥です。仕方なく認めました。
 まだ疑心暗鬼になっている彼に、「ならば結婚相手を紹介しましょう。アフロディデはどうです?」と薦めます。その美貌からたくさんの神から求愛されるアフロディデを自分で独り占めできるのならと、彼は了承しました。こうしてヘパイストスは愛と美と性を司るアフロディデと結婚をしました。
 彼の醜さを嫌う妻のアフロディデ。彼女はこの生活に我慢がなりません。この事は神々の間でも評判でした。そんな中、彼女はアレスと出会います。
 ゼウスとヘラの子である軍神アレス。彼は争いの神であり、非常に残忍、残酷、無慈悲な性格で、神々や人々からとても嫌われていました。しかしアレスはオリュンポスの男神の中でも一、二位を争う美男子でもありました。
 必然的にアフロディデは、アレスと浮気をし始めました。こうなる事を見越したヘラの謀略だったのです。
 もちろんアレスは浮気をする際、従者であるアレクトリュオンに見張りを置きました。自分たちの行為が、旦那であるヘパイストスにバレるのを警戒していたのです。従者アレクトリュオンは見張りの最中にも関わらず、居眠りをしてしまいました。その頃ヘパイストスの弟子にあたる太陽神アポロンが見回りをしている最中に、アフロディデとアレスの浮気現場を見つけてしまいます。
 この事実を知ったヘパイストスは愛妻に裏切られた事に落胆し、それと同時に激しい憎悪が芽生えました。
 彼は仕事場へ行きしばらく戻れないと、妻のアフロディデに伝え、家を出ます。これを幸いにアレスと会い、浮気を始める彼女ですが、二人で寝床へ入った途端、特製の見せない綱で捕らわれ身動きができなくなってしまいました。ヘパイストス以外解く事ができない、妻への復讐で作られたものだったのです。
 ヘパイストスは伝令の神であるヘルメスに「仲人をした母のヘラや他の十二神を呼んでほしい」と頼みました。
 集まった神々の前で、ヘパイストスはこう言いました。
「これから面白い見世物をご覧にいれましょう」
 身動きの取れない妻のアフロディデとアレスの姿を晒しました。この密会現場を見せられた神々は、みな困った顔をしました。何故なら二人の姿があまりにもおかしく、結婚を取り仕切ったヘラの手前、笑う訳にはいかなかったのです。
 アポロンが「ヘルメス殿、そなたはアフロディデと臥所を共にしたいと言っていたそうじゃないか。そこのアレス殿と変わってもらったらどうだ?」と言いました。
 ヘルメスは「入りたいのは山々ですが、私の一物はアレス殿と比べ、頑丈でも逞しくもありません」と返します。
 それまで我慢していた神たちは、思わず吹き出してしまいました。
 この中で唯一笑えなかったヘラに、ヘパイストスは「母上。あなたが紹介してくれた花嫁は、他の神々と臥所を共にするふしだらな女にございます。ここにのしを着け、お返し致しますので、どうぞお引き取り下さい」と積年の恨みを返しました。
 大勢の神の前で恥を掻かされたヘラは、アフロディデを連れ、失笑の中を退散しました。こうしてポセイドンが仲介する元で、ヘパイストスはアフロディデと離婚し、アレスから賠償を受け取りました。

 何だ、これは?
 ギリシア神話のヘパイストスの物語じゃないか……。
 私が本で見た話より詳しく書いてあるが、何故今こんなものをわざわざ見せる必要があるのだろう。
 この前に触れたスクラッチくじを手放すべきではなかった事と、どう関係ある?
 パソコンのモニターは、まだ一字ずつ文字が流れていた。
 ヘパイストスの次は、その妻であったアフロディデについての話。
 そして知恵や戦略の神であるアテナの話。
 太陽神アポロンの話。
 伝令の神ヘルメスの話と、しばらく続く。
 待てよ……。
 ギリシア神話に興味を持ち、たくさんの本を読んだ私だ。これまでに出てきた神の共通のキーワードが頭の中に浮かぶ。
「パンドラ……」
 口に出して呟く。私はギリシア神話の一部分を思い出していた。
 ゼウスは人類に災いをもたらす為、「女性」というものを神々に作れと命じた。ヘパイストスが泥からパンドラの形を作る。アフロディテは美を与え、アテナは知恵をアポロンからは音楽と治療の才能を最後にヘルメスが好奇心と嘘を教えた。
 こうしてパンドラという人類初の女性ができあがる。パンドラとは『すべてを与えられた』という意味。
 その時、モニターがバチバチ音を立て画面が真っ赤になった。
「うわっ!」
 驚き慌てて椅子から転げ落ちてしまう。強く腰を打ち、しばらくその体勢のままうずくまる。
「いてて……」
 再び起き上がり、椅子へ腰掛けた。ん、パソコンがまた元に戻っているぞ?いつの間にか、さっきまで私が開いていた『絶望』の画面になっていた。
「あっ!」
 例の奇妙な文章の続きが書き込まれていた。
《よくキーワードがパンドラだと分かりましたね。素晴らしい。正解です。あなたが出会った本庄千夏…。彼女はあなたにとってパンドラでした。パンドラの箱はご存知ですよね?そう禁断の箱です。あなたは禁断の箱をその手で開けてしまったんですよ。》
 何だ、この文章は?
 今までと明らかに違う……。
「……!」
 背後に人の気配を感じた。慌てて振り向く。
「う……」
 叫び掛けて、私の声はそこで止まる。目の前にはあの千夏が立っていた。
 喉が激しい熱を帯びている。いくら叫ぼうと声がまるで出ない。
 おびただしい血が吹き出す。
 私の喉からか?
 必死に両手で喉元を押さえる私。
 千夏は右手に持った刃物を顔まで持ってくると、舌を出した。
 刃物についた私の返り血をゆっくり舐め、ジッとこちらを見ている。
 何で彼女が私を……。
 徐々に視界がぼやけていき、私の体は前のめりに倒れた。


―チーム・クレッシェンドの章―

「よっしゃ、こりゃあまた最高傑作のできあがりだ!」
 俺の目の前で『小説家』が大袈裟に両腕を天井へ向かって突き出している。自分の頭で考えたネタじゃあるまいし…。ここに来るまでは、面白い作品が書けていたのにな。
 まったく興味なさそうにシステム班の『プログラマー』と『ハッカー』は、パソコンの画面を見ながら黙々とキーボードを打っている。こいつら生身の女を愛する事なんて絶対にないんだろう。ある意味こいつらの班があるから、この『チーム・クレッシェンド』が成り立っているのだが……。
 部屋の片隅で『殺し屋』が両膝を抱えてボーっとしている。こんなボケッとしているくせに、いつだって殺しの腕だけは一流で鮮やかに人の命を奪う。本当は女優にでもなればいいんだ。その演技力と美貌だけで、幸せに暮らしていけるのものを……。
 無精髭を生やしたまま一心不乱に漫画を描く『漫画家』。風呂ぐらい入って、髭を剃れと言いたい。文字だけの『小説家』より、絵を描いている分だけ、まだこいつのほうがまだマシかもしれない。それでもネタをもらい続け、それを漫画にしているだけのクズ野郎だ。『金持ち』のご機嫌を取る為だけに描いている。
 ここにいる人間たち、まあ俺も含むが、信頼や絆といったものがまったくない。すべてはオーナー『金持ち』と契約して集まった異常集団だ。各方面のスペシャリストだけが入る事を許された『チーム・クレッシェンド』。
 天井に向かって右腕を上げながら、指先をずっと動かしている『泥棒』。
 常に誰かに話し掛けている『心理カウンセラー』。こいつと俺はスキル上、よくタッグを組まされた。仕事だから仕方なく話すが、人間的にどうしてもこいつだけは好きになれない。『心理カウンセラー』と目が合う。まずい、こっちに近づいてきやがった。
「おや『覗き見』さん。あなた、今無性にイライラしていませんか?健康に良くありませんよ?」
 ここではすべてお互いを呼び合う時、コードネームで呼び合っていた。覗きの得意な俺は、『覗き見』。目の前のうざいオヤジは『心理カウンセラー』と言った具合で。
「別にイライラしてませんって。至って普通ですよ」
「いえいえ、あなたの性格上色々気になるのは仕方ありませんが、イライラは駄目ですよ」
 こいつのすべてを見透かしたような言い方は、話しているだけで非常にストレスになった。内心、小馬鹿にしているんじゃないかとさえ感じる。
「今は仕事中じゃないでしょ?話し掛けないで下さい」
 俺はタバコに火をつけ、煙をゆっくり口から出した。
 早く『金持ち』の奴、次の仕事を言ってくれないかな。目の前の壁にはめ込まれた無数のモニター。仕事がない時はすべてのモニターが真っ暗のままである。仕事で観察する人間の私生活がこの無数のモニターに映され、それをずっと見ている時が一番幸せだった。
 ベッドに寝転がりながらエロ本を読む『脚本家』。よく『殺し屋』を眺めているが、シナリオを考える能力は絶品でも女を直に口説く勇気はないのだ。こいつの書くシナリオで作られた映画はいつだって大成功を収めた。いつも実際に関わるのは『殺し屋』。自分の思うように動いてくれるので、いつの間にか自分でも分からない内に惚れてしまったのだろうな。この間『殺し屋』を脱がせたのだって『心理カウンセラー』曰く、彼女の裸がきっと見たかったからだと言っていたぐらいだ。
「おそらく『脚本家』さんは、『殺し屋』さんの裸を想像しながらあの本を見ているのでしょうね」
 しつこい『心理カウンセラー』。顔を見るだけでイライラした。
「そんな人の心理状況なんて、どうだっていいじゃないですか。失礼ですよ」
「おやおや『覗き見』さんの口からそんな言葉が出るだなんて意外ですね」
「うるさいっ!」
 俺は怒鳴りつけ、システム室を出た。
 確かに『心理カウンセラー』の言う通り、俺はイライラしていた。一体何に苛立っているのだ、俺は……。
 開発室の前を通ると、『博士』が気難しい顔で得たいの知れない研究をしている。この間の一分間空気に触れると消えるインクを開発した時は、本当にビックリした。あんな悪趣味の『金持ち』を満足する為だけに研究を重ねるなんて、非常にもったいない。まともな研究をしていれば、ノーベル賞ぐらい簡単に獲れそうな気がするが……。
 図書室では『読書家』が、本を山積みにして黙々と読みふけっている。この間の仕事でようやくこの男の好きなギリシア神話を使えたのだ。さぞかし満足しているのだろう。
 ブザーが鳴る。『金持ち』からの合図だ。
 俺はミーティング室へ向かった。

「よし、全員集まったな。ん、『博士』がまだか?」
「僕が呼んできますよ。研究に没頭するあまり、ブザーが聞こえなかったのでしょう」
「ああ、頼む」
『泥棒』がミーティング室から出て行く。
「今度のターゲットは男ですか?女ですか?」
「まあ待て『脚本家』。みんなが集まってから言うから。そんなせかすな」
 少しして『博士』が不機嫌そうに『泥棒』とやってくる。
「おいおい、『博士』の開発する物が一流なのは分かるが、私が招集を掛けた時ぐらいすぐに来てくれ」
「もうちょっとで開発していたものの成果が、出そうだったんですよ?」
「おい、『博士』。オーナーである『金持ち』の命令は絶対だぞ?気持ちは分かるがいちいち口答えするな」
 ご機嫌を取りたいのか『小説家』が口を挟んでくる。
「まあまあ『博士』さんの気持ちも察してあげましょうよ」
 ライバル関係にある『漫画家』が、『小説家』に食って掛かる。
「うるさい。おまえみたいに漫画しか描けない奴が、偉そうに口を挟むな」
「おや、負け惜しみですか?」
「何が負け惜しみなんだ?」
「だって小説より、漫画のほうがよっぽど売れる時代じゃないですか」
「そんなものはだな、今の時代が低俗なだけだ」
「そんなの食えなきゃ意味ないでしょう?売れるものを書く。これが重要なんです」
「いや、それは違う!書きたいから作品を書く。売れた売れないなどよりも、どれだけ作品に魂を詰め込んだかが大事なんだ」
 個性の強い集団だから、いつも収拾がつかない。
「はい、みなさまご静粛に。その辺にしといて下さい。『小説家』さんに『漫画家』さん」
 マイクを持った『司会者』が大きな声で言った。この馬鹿が役に立つ時はミーティングがある時ぐらいだから、必死なのだろう。
 さっきから『情報屋』だけが妙にそわそわしている。本業の警察の仕事でも重要な会議か何かに呼び出されているのか。
「これから恒例のミーティングを開始致します。では『金持ち』さんより話があります。みなさまお静かに耳をお澄ませ下さい。では『金持ち』さん、どうぞ」
「今度のターゲットは『新道貴子』。三十三歳。島根に住む人妻だ」
「どうされるのがお好みで?」
「うるさい!黙ってワシの話を最後まで聞け、『脚本家』」
「す、すみません……」
 最近俺は、どうもこの集団に馴染めない。覗き見とは本来ひっそりとやるものなのだ。いくら莫大な報酬をもらえ、贅沢な生活ができようが、自分自身の心が満たされなければ楽しくも何ともない。
 俺たちの仕事とは、自分のスキルを活かし一人の人間に携わる事だった。それぞれの持ち味を活かし、情報を集め、『脚本家』が一つの物語を作る。
 それを実現させる為、『プログラマー』や『ハッカー』がパソコンを巧みに操作し、『殺し屋』がその人間へ直に接した。『殺し屋』は常に物語のヒロイン役でもある。
 その物語が終わるのを見届け、『小説家』と『漫画家』が作品として作り上げる。
 その作品を見られる読者は『金持ち』のみ。俺たちで作り上げた漫画と小説を読むのが、彼の最大の楽しみらしい。それだけの為に『チーム・クレッシェンド』は作られた組織である。
 クレッシェンドとはピアノの語源で、だんだん大きくなるという意味合いを持つ。『金持ち』らしい陳腐な発想だ。おまえなんぞ、どんどん腹回りだけ大きくなっているだけじゃねえか。そんなオーナーが集めたくだらないクソみたいな連中の狂集団。
 しかし一度『チーム・クレッシェンド』に入った者は、抜け出る事を許されない。生涯を通じ、悪趣味な『金持ち』の為に働かなくてはならなかった。
 仕事の回数を重ねるごとに反吐が出る。俺の覗き見も悪趣味だが、『金持ち』のほうが、相当性質が悪い。金ですべてのものを買えると勘違いしているのだ。
 できれば抜け出したかった。いくら懇願しても、無理に決まっているが……。

 俺はミーティングが終わると、自分の家へ一度戻る事にした。
『金持ち』の屋敷を出ると、リムジンの中で待機していた『運転手』が「どこへ向かいますか?」と尋ねてくる。
「いや、今日は駅まで歩き、たまには電車に乗って帰るからいい」
「では駅まで送りましょうか?」
「大丈夫。今日は何だか自分の足で歩きたい気分なんだ」
「かしこまりました」
 そうこうやって自分の足で歩いていく。この行為だけは俺自身が一人でしている行為なのだ。本当は常にそうやって生きたかった。
 しばらく歩いていると、後ろから足音が近づいてくる。振り返ると『殺し屋』だった。
「どうしたんだ、『殺し屋』。『運転手』に送ってもらえば良かったのに」
「もう外なんだから『殺し屋』はやめてよ。私には本庄千夏って名前があるんだから」
「ふ、悪かったよ、千夏」
 あの建物の中にいる時は『殺し屋』として、いつも無口なキャラクターを貫いている千夏だが、プライベートでは結構お喋りなのだ。こうして見ると、ごく普通の女の子と変わりない。
「まったくこの間の『脚本家』のシナリオには本当参ったわよ」
「ああ、ありゃあ悪趣味過ぎるよな。主人公の母親まで首吊り自殺に見せ掛けて、殺してしまうなんて」
「私なんて素っ裸で淫乱女を命じられたのよ?ほんと信じられないわ」
「あいつはおまえに気があるから、そのエロい体を見たかったんだろう」
「冗談じゃないわ、まったく……」
 俺も本音を言えば、この女を抱いてみたかった。こんないい女は滅多にいない。ハリウッド映画に出たっておかしくないぐらいなのだから。何故あんな『金持ち』の下で働くのかが分からなかった。
 彼女も日頃の鬱憤が溜まっているのかもしれない。千夏を飲みに誘ってみるか。うまくいけば、酔わせて抱けるかも……。
「なあ、これから飲みにでも行くか?」
「う~ん、今日は帰ってすぐ寝たいわ」
 千夏の右の耳たぶが動く。
「ずいぶんおまえ、器用に耳たぶを動かせるもんだな」
「え、そう?自分じゃ何も意識してなかったけど」
「ただの癖か。ちょっとぐらい付き合えよ」
「駄目。また今度ね。ミーティングのあとって、いつもドッと疲れるんだ」
「疲れているんじゃ、俺がマッサージしてやろうか?」
「いえ、間に合ってます」
「そうか」
 さすがに下心見え見えだったかな?今日は無理か……。
「そんな悲しそうな顔しないで。駅までは一緒でしょ」
 微笑む千夏。本当にいい女だ。力づくで押し倒したい。しかしそんな事をしたら、その場で殺されるのがオチだ。何しろこの女、プロの『殺し屋』なのだから。また次の機会を待つしかないか。
 駅で切符を買っていると、千夏は封筒を手渡してきた。
「私は上りだからここで別れるけど、これ、あとで読んで。私の正直な気持ちが書いてあるから……。あ、恥ずかしいから、あとで読んでよね」
 千夏はそれだけ言うと、恥ずかしそうに小走りで改札口に向かった。
 案外可愛いところあるじゃないか。俺は微笑ましい表情で、千夏の後ろ姿を見送った。

 切符を買い、改札口を通る。下りのホームで電車を待つが、まだ来るまで十分もある。
 あの時の千夏の恥ずかしげな表情。妙にそそるものがあった。『チーム・クレッシェンド』の中で、二十台半ばは俺と千夏ぐらい。ひょっとしてあいつ、俺に気があるのかもしれないな。同世代同士、何か通じるものでも感じたのだろう。
 そうなると余計今の『覗き見』をやめたいと思う自分がいた。もちろんそうなれば『殺し屋』である千夏もやめさせたい。
 対面にある上がりのホームを見回した。千夏の姿は見えない。こんなたくさんの人混みの中で見つけるのは難しいか。
 ホームの端から端まで移動し、千夏を探していた。さっきの上がりの電車で、もう乗ってしまったのかな。彼女を見つけたら、俺は駆け寄ろうと思っていたのに……。
 男なら、あんないい女を一度は抱いてみたい。
 そういえば、さっきの封筒には何があるんだ?
 さっき受け取った封筒をポケットから取り出す。大方、千夏の気持ちが綴ってある手紙でも入っているのだろう。
 俺は中から手紙を取り出し、電車が来るまで読んでみる事にした。
《『心理カウンセラー』が言っていました。あなたは私たちの組織である『チーム・クレッシェンド』を裏切る可能性があると。一つの秀でた能力を持つ集団の中で、あなたのその感覚は、とても邪魔だという判断を当組織は下しました。言い方が悪いですが、『覗き見』程度のスキルは、いくらでも代わりなどいます。素直に飼い犬のように従っておけばいいものを……。》
 途中まで読み、自分の命が狙われていた事に気付く。しかし何故、千夏はわざわざこの手紙を俺に?一緒にあの組織から抜けるつもりで、俺にこれを渡してくれたのだろうか。それとも『殺し屋』としての職業をまっとうする為に……。
 それならわざわざこんな手紙など、渡す必要などあるか?
 しばらく考えてみたが、答えは出なかった。
 電車が来る。とりあえず帰ってから、ゆっくり読んで整理するか。
 ホームの先端で電車を待とうとした時、背後から誰かに背中を押された。
「うわっ!」
 パーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
 電車のクラクションが鳴る。私は空中を泳いでいた。
 千夏からの手紙がヒラヒラと宙に舞っている。
《尚、この手紙は『博士』の開発した一分間空気に触れると消えるインクを使用しています。筆跡も筆でそっと書かれていますので、証拠として残るような事はありません。『殺し屋』より》
 私はスローモーションのように、その手紙の内容が読めた。やはりあの女、『殺し屋』のコードネーム通り、私を殺しに来たのだ……。
 そう彼女は天才的な演技力を駆使して相手へ接近する。
 私もその術中にはまってしまった訳だ。
 ホームの対面に駅員の格好をした『処理班』の姿が見えた。物語が終了したあとにしか姿を表さない奴が、ここにいる現実。これは組織での決定事項だったのか……。
 気付いた時にはもう遅い。手紙を読んだ時点で、すぐに行動すべきだったのだ。
 いつもながら、その鮮やかな手口には感心させられる。千夏をこの手で抱けなかった事が、唯一心残りであった。『脚本家』の野郎。もうちょっとマシなシナリオを書きやがれ、チクショウ……。
 今頃『金持ち』の屋敷にある無数のモニターに、俺の姿が映されているのだろう。「今回は短編で仕上げました」と笑顔で抜かしてそうだな、『脚本家』め。『心理カウンセラー』のクソオヤジは、冷静な素振りで口元を少しだけ上げて喜んでいるんだろうな。
 目前に電車が迫っていた。
 その瞬間、視界が大きくずれる。
 全身に衝撃を受け、私は一瞬にして意識をなくした。

―了―

題名「(仮題)つぶし屋」 作者 岩上智一郎
執筆期間 2008年6月20日~2008年6月28日 9日間 原稿用紙189枚

 

 

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