岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド
とりあえず過去執筆した作品、未完成も含めてここへ残しておく

14 打突

2019年07月18日 09時52分00秒 | 打突

 

 

13 打突 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

あっという間に九月がやってくる。最上さんの結婚式が近づいていた。披露宴の一週間前になると、最上さんから電話があった。友人代表のスピーチをしてくれないかと頼まれる...

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 俺は黒と青色が好きなので、コスチュームもその二色で形成してみようと思う。
青いマウスピースを買い、しばらく熱湯に浸し柔らかくした。柔らかくなったマウスピースを口に入れ、ギュッと噛み締める。取り出してしばらく放置しとけば、俺の歯に合ったマウスピースが完成する。
黒のロングスパッツをはき、その上から紺色のショートパンツを二重に着る。左肘の歪に突き出した骨を隠す為に黒いサポーターを装着した。バランスをとって右肘にもサポーターをする事にしとく。
テーピングで各手首の部分を巻いて、人指し指と中指の第二間接の所にも巻く。
最後に大地さんから頂いたリングシューズを履いて、鏡の前に立つ。
自分のコスチューム姿をチェックしてみる。我ながらなかなか様になっている。俺は、鏡に向かってニヤリとしてみた。
 あとは書類への書き込み済ませば、セコンドの問題だ。俺は一人で好きなように暴れたいから、本当はセコンドなんていらないのにな…。
「兄貴―、電話だよ。バイオ何とかって事務所から。」
 弟が廊下から大声で教えてくれる。俺は急いで電話に出る。
「はい、もしもし…、お待たせしました。」
「神威さんですか?」
「はい。」
「先ほど、大和プロレスとの事は極秘にとの事ですけど、格闘技ベースを出場者全員公表してるので何か言ってもらわないと、こちらとしても困るんです。」
「大和は、もう俺とは関係ないから駄目ですよ。」
「ええ、では他に何か…。」
「空手家や柔道家以外に、どんな格闘家が出場します?」
「えーとですね…。他にはボクサーやモンゴル相撲、マーシャルアーツ…、シュート…。それとうちのバイオレンスジム所属選手などですね。」
「合気道っています?」
「いえ、それはいません。」
「じゃー、格闘技ベースは、俺、合気道でいいっすよ。」
 あながち嘘でもなかった。俺は小学校一、二年生の頃、合気道に通っていた時期があったのだ。

「は、はぁ…。」
「それとセコンドは絶対につけないと、駄目なんですか?」
「はい。」
「分かりました。誰でもいいんですね?」
「はい、最低一人はつけて下さい。」
 電話を切ってから考えてみる。何か面白い方法はないだろうか…。セコンドについてもらう人間を誰にするかだ。
俺はヒールっぽく生きるって決めたんだから、出来る限り主催者側もおちょくってやりたかった。まだ、俺が試合に出る事は、誰にも知らせていない。一番初めにこの事を伝えたい人間…、一人しかいなかった。携帯を手に取り電話をする。
「もしもし。」
「どーも、お久しぶりです。」
「どーした?」
「エヘヘ…、今日はびっくりするニュースと、お願いしたい事があるんです。」
「何だよ、いやに勿体つける言い方だなー。」
「まず、報告なんですけど…。」
「何よ。」
「今度、何でも有りルールの、ワンナイトトーナメントの大会に出場が決定しました。」
「本当かよ?」
「こんなんで嘘ついたって、しょうがないじゃないですか。」
「じゃあ、また復帰するって事か?」
「はい、それで今度はお願いの方なんですけど…。」
「うん。」
「最上さんに、俺のセコンドついてもらいたいんです。」
「何だって?冗談はやめろよ。俺、何も分からないよ。」
「一番信頼出来る人についてもらいたいんです。」
「でも、それにしたって俺…、本当に何も出来ないぞ。」
「それでいいですよ。セコンドについてくれればいいです。大丈夫ですよ。俺、強いですから。いいですか?」
「あ、ああ…。分かったよ。…で、いつなんだ?」
「十一月二十三日です。後楽園ホールに当日昼の十二時までに入ってくれとの事です。」
「分かった。その日は仕事休みとるよ。」
「すいません。無茶な事、言って…。」
「しょうがねぇだろ。神威の性格ぐらい分かってるよ。言い出したら聞かないぐらい。」
「アハハ…。すいませんね、最上さんも昨日、麗一君が生まれたばっかりだって言うのに、本当申し訳ないです。」
 これで問題は解決だ。あとは残り二ヶ月…、自分自身の強さに磨きをかけるだけだ。

 店で試合が決まった事を報告すると、店の従業員全員が手放しに喜んでくれる。
体中がウズウズしていた。合気道出身のプロレス崩れで歌舞伎町育ち…。
こんな俺がどのぐらい、あのようなルールで出来るのだろうか本当に楽しみだ。ヒールっぽく、悪党らしく俺の生き様を世間に見せつけてやりたかった。
 頭突き、肘打ち、膝蹴り…。接近戦で俺の打撃は生きる。そして打突。
でも、出来ればあのような試合でこそ、プロレス技で勝ちたい。コブラツイストで相手からギブアップを奪えたらどれだけ痛快だろう。俺の変形コブラならあばら骨をへし折る事も可能だ。相手がコブラの体勢を嫌がるなら顔面を殴りつけてやればいい。
 地元の駅に着き、家まで帰る途中。
向かい側からおばあさんがゆっくり歩いてくる。健康の為の散歩なのだろう。その背後から朝っぱらなのに、もの凄いスピードでクラクションをうるさく鳴らしながら白い車がこちらに向かってきた。
おばあさんはビクビクしながら道の端に寄る。
見ていてムカついたので俺はワザと道路の真ん中を歩くようにした。さすがに運転手も俺が道のど真ん中にいるので車を停止した。窓を開く。
運転手の面を見る。以前、俺のプロレス入りを邪魔したあの大沢だった。あいつは近眼なので、俺だと分からず偉そうに怒鳴りつけてくる。
「おいっ、どけよっ。馬鹿野郎が。」
 俺は大沢の車に近づき、左側のライトを思い切り蹴飛ばしてやった。ライトは派手に割れ、大沢は車から飛び出してくる。
「何しやがんだ、この野郎。オメー、ブッ殺してや…」
 大沢は近くまで来て、初めて相手が俺だと分かったみたいで口を閉ざした。俺は過去の憎悪を込め睨みつけた。大沢は震えだしている。
「随分としばらく見ねえ内、偉そうにふんぞり返ってるじゃねえか?」
「か、神威…。」
「あっ?気安く俺の名を呼びつけにしてんじゃねーぞ、おい。」
 大沢は完全にビビッて下を向いたまま黙っている。もはやこんなクズ、殴る価値すらなかった。横を通り過ぎる時にひと言だけ忠告する事にする。
「おい…、次バッタリ合った時、偉そうにふんぞり返ってたら、ぶち殺すからな。」
「は、はい…」
 それ以上何も言わず、その場をあとにした。朝から嫌な奴の面を見たもんだ。気分が悪くなってくる。

 仕事をする時間が十時間。
往復の通勤時間が二時間半。
整体での中周波トレーニングが三時間。
通常のトレーニングで四時間。
俺の睡眠を含めた自由な時間は、四時間半しかなかった。もちろん風呂や飯も喰うから、実質、睡眠に当てられるのは二時間半から三時間くらいである。
周りからそれじゃ、体を壊すと散々注意されたが、俺自身みんなが思ってるほどつらいという感覚はなかった。
むしろトレーニングをしだし、体もそうだが精神や神経がどんどん研ぎ澄まされていくのを感じている。コンディションも比例して上がっていく。
もちろん体の疲れは感じるが、自然に眠り、二、三時間経つと自然に目が覚めるといった毎日の繰り返しだった。
仕事が休みの日はいつも以上にトレーニングをしてから思いっ切り寝た。自分でも信じられないくらい体のキレがいい。
振り返ってみると、現役復帰しようと思ってから想像以上のコンディションを維持している。生活していて、一切、無駄な時間を過ごさず、それだけに集中してきた証だろう。
 弟が持ってきた大和プロレスのビデオを見ると、伊達さんや大河さんは相変わらず激しい試合をしていた。
今の俺は自分自身相当強くなったと思っていたが、はっきりいって大和のレスラーとはやりたくない。どう考えても勝てるシミュレーションが、伊達さんや大河さん相手に思いつかない。
自分の右腕で繰り出すエルボーには自信を持っていたが、伊達さんのと比較すると話しにならない。
弟のビデオの中にこの間のスピリッツでの羽田対カイン戦も入っていたので見てみる。数分で柔術家のカインが羽田の左腕を取って腕ひしぎでギブアップを奪っていた。世紀の一戦に観客は沸いていたが、そんなにこれが面白い試合なのだろうか疑問に思う。
レスラー相手に試合したとして、関節をとってギブアップを狙いにいってもいいが、そんな事で勝てたとしても、俺にはあまり価値がないように思える。どうせやるなら派手にブッ倒して勝ちたい。
スピリッツみたいな試合を世間は危険な試合だという認識が増えているが、実際にそれで死ぬまでやっているのか。関節を本気で取りにいっているというが、本当に骨を折った試合など見た事がない。
何故、こうまで格闘技とプロレスは分けて考えられるようになったのだろうか…。
俺は大和が大好きだからプロレスの味方でいたい。だから現状を思うと非常に歯痒いし、我慢ならない。

 大会の日が刻々と迫っていたがプレッシャーは何も感じなかった。戦う事だけは誇りを持って頑張りたい。
トレーニングをしていてキツくなると、必ずといっていいほど、大地さんの顔を思い浮かべた。挫けるわけにはいかない。もうサイは投げられているのだ。
 自分の肉体に神経を行き届かせ、最終調整に入る。たった一人でのトレーニングは慣れている。汗がほとばしり、その汗が目に入り染みた。喉がカラッカラになっても我慢して体を動かし続ける。
童貞の孤独なヒール、神威龍一…。
俺にはそんな姿がお似合いだ。ただし、やるからには徹底して悪党になってやる。今度の大会にヒールっぽくいたら、きっと面白いだろう。
 試合前日になり体重計に乗ってみる。針は九十二キロを指していた。身長百八十センチでスピードを落とさないように、素早く動けるようにするには、この体重がベストなのかもしれない。
今日と明日は、休みをとってある。軽くトレーニングして明日に備えて休む事にしよう。夜の八時には部屋に戻り布団に入る。全然眠くなかったが、とりあえず体を休める事にした。最上さんとは水道橋の駅で十一時に待ち合わせを決めてある。
 どのぐらい経っただろう。
目を閉じている状態で横になっていると、廊下が騒がしくなっている。弟の怒鳴り声と、女の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
明日の事があるので、知らん振りを決め込み、寝る事に努める。しかし、あまりにも騒がしいので、飛び起きて廊下に出た。
弟と、見た事のない女が、廊下で口喧嘩をしていた。
「おまえよー、いい加減にしろよ。うるさくて寝むれねーじゃねーかよ。」
「兄貴、聞いてくれよ。こいつったら酷いんだぜ?」
「お兄さんですか?私の意見を聞いて下さいよ。」
 みんな、俺の明日の試合の事など頭に入っていないみたいだった。考えれば考えるほどムカついて頭に血が上ってくる。
「うるせー、バカ野郎っ!明日、俺が試合あるって知ってて、おまえらこんな嫌がらせしてんだな?ふざけやがって…。」
 俺の怒りに火がついた瞬間、蜘蛛の子を散らすように廊下には誰もいなくなった。今ので完全に興奮してしまった。これから寝られる状態じゃない。
時計を見ると、夜の一時になっていた。俺は着替えて外に出る。酒でも飲んで気を紛らわせたかった。
 夜のネオンを見ながら、ゆっくり宛てもなく彷徨う。
酔っ払いが道端に座ってゲロを吐いている。しばらくブラブラ歩いていると、コンビニエンスストアーの入り口で、若いガキが集団でたむろしていた。
こういうガキを見ていると、ムカついてくる。ワザと真っ直ぐ道を歩き、ガキの一人に肩をぶつけてやる。
「おいっ、待てや。」
予想通りの反応をガキどもはしてくれるので、思わず口元がニヤけてくる。ガキの数は全部で五人。体中の血が騒いでくる。
「何、ニヤけてんだ、オラッ。」
 一人のガキが突っかかってくるので、ひらりとかわして足払いを掛けてやる。
その様子を見て次々襲い掛かってくるが、胸板に逆水平チョップを叩き込む。チョップを食らったガキは地面に座り込んで咳き込んでいる。
必死に舐められないように来る努力は認めるが、こいつらじゃ、まったく話にならなかった。結局のところウォーミングアップにもなりゃーしない。道路にへたり込むガキどもを置いて、その場を去る事にした。

 ジャズバーへと向かうが、店の明かりは消え閉店していた。夜中の二時を過ぎていたので仕方ない。
近くにあるさざん子ラーメンも明かりが消えている。このまま帰るにはちょっと寂しく、どうしても飲みたい気分だった。通りがかりの看板の点いているスナックに入る。
ドアを開けるとカラオケの下手くそな歌が大音量で耳に響く。店内を見渡すとボックス席が三つばかりあるだけの狭いスナックだった。ボックス席は全部埋まっていて、一番手前の席には、バーコードみたいな頭をしたオヤジがマイクを握り締めて熱唱している。黒い服を着た三十歳ぐらいの小太りの女が近寄ってくる。
「いらっしゃーいー。お客さん、うち初めてでしょ?」
「え、ええ…。」
「ちょっと今、ボックス埋まってるけど、カウンターなら空いてるからそこに座って。」
 言われるままカウンター席に座る。こういう店は来るの初めてだから、何をしていいか俺には分からなかった。横にさっきの小太りな女が腰掛けてきて、おしぼりを渡してくる。
「お兄さん、まだ若いでしょ?」
「二十七です。」
「へー、もっと若いかと思った。二十二ぐらいに見えるよ。」
 そんな若僧に見られても、全然嬉しくなかった。しかし、女は俺の気持ちなんかお構いなしに色々聞いてくる。
「随分と体大きいけど、何かスポーツやってるの?」
「いえ、特には…。」
「ウソ…、やってないで、そんな体してる訳ないでしょ。ねぇ、ちょっと触っていい?」
「止めて下さい。ほんと何もしてないですから…。」
 本当の事を話すとしつこそうなので、プロレスの事はあえて伏せておいた。いくら酒が飲みたかったとはいえ、何でこんな所に入ってしまったのだろう。
「結構クールなんだ。なんかいいねー。女の子に結構もてるでしょ?彼女はいるの?」
「いないです。いたらこういう場所にワザワザ来ません。」
「硬派っていうか、真面目なんだね。」
「あのー、とりあえず何か飲ませてもらえますか?」
「あー、ごめんごめん。つい、話に夢中になっちゃって…。何、飲む?」
「何でもいいです。」
「焼酎?それともウイスキー?最初はビールがいい?」
「じゃあー、ウイスキーで…。」
「ねー、雪ちゃーん。棚にあるウイスキーのボトルとってもらえるー?」
「はーい。」
カウンターの横にある厨房から、髪の長い女がのれんをくぐりながら出てくる。どこかで見た事あるような気がしたが、後ろ向きのままウイスキーのボトルを取っているので、顔がハッキリ分からない。女がこっちに振り向いた時だった。
「あーっ…。」
「さっ、さおりちゃん…。」
 厨房から出てきた女は、幼馴染である清美の友達だったさおりだった。ここでは何故か雪という名前で呼ばれていた。横いる女は、俺とさおりを交互に見ている。
「ひ、久しぶりだね…。」
「う、うん…。」
「何だー、雪ちゃんと知り合いだったのー?」
 ジャズバーで大沢の件があった時以来だろうか。本当に何年ぶりかの偶然な再会だった。
 感動的なさおりとの再会なのに、横の女が邪魔でしょうがなかった。
「神威君…、今、どうしてるの?」
「ねー、あんたたち、何か過去に何かあったんでしょ?」
 俺は横を向いて静かに話す。
「悪いけど、横からいちいち口を挟まないでくれ。今、俺は彼女とゆっくり話がしたいんだ。少し黙っててくれ。」
 辺り一面嫌な空気が流れる。小太りの女はジロッと俺をひと睨みして、ぶつくさ言いながらボックス席の方へ去っていく。
「ごめんな、さおりちゃん。」
「ううん…。ごめん、神威君。あのね…、ここでは雪って名前にしてるから、雪って呼んでくれないかな。他のお客さんの手前もあるし…。今日はどうしたの?」
「うん、俺は明日、…といっても日付じゃ、もう今日か…。何でも有りの試合に出場するんだ。また格闘技の世界に戻るんだ…。あれからいっぱい鍛えて、体を以前に戻してね。俺、やっぱりリングの上で戦いたいんだ。ずっと彷徨っていたんだ。」
 カウンターについたさおりの左手に視線がいく。左手に指輪がついていた。
「さお…、いや雪ちゃん…、結婚したんだね…。」
「う、うん…。」
「とりあえず、ウイスキーくれないか?ストレートで…。今日は飲みたいんだ…。」
 さおりは無言でグラスに酒を注ぎだす。俺はグラスに入ったウイスキーを一気に飲み干す。目の前の景色が一瞬、歪んで見える。
「駄目よ、神威君。そんな無茶な飲み方は…。」
「大丈夫、もうちょっとちょうだいよ。」
 酒が一気に入ったせいか、少し酔いが回っている。何故か、あれだけ好だったさおりを目の前にしているのに、ちっとも緊張してない。酒の効果だ。調子に乗って、さらに酒を飲む。
「初めて見て一発で一目惚れしちゃって、モジモジしてふられて…。それでも合宿所行く前にジャズバーで偶然会い、そして、ここでも…。」
 俺は話しながら自分に都合いい事ばかり並べたてた。
「……。」
「まさかこんな所で逢えるなんて思ってもいなかったから本当に嬉しい。でも、指輪見て結婚しちゃったんだなって現実が、とても悲しく寂しい…。」
「……。」
「本当に君とは運命的なものを感じている。赤い糸は繋がってなかったけどね…。」
「神威君…。」
「俺さー…。言っちゃってもいいかなー。」
「どうしたの?」
 俺はグラスに入ったウイスキーを一気に飲み干す。さおりの顔がぼやけて見える。
「ずっと君が大好きだった。」
 初めてちゃんと告白出来た。景色が回転して見える。四方八方から笑い声と歓声が入り混じった声が聞こえた。次第に目の前が真っ暗になっていく。

 気付くとリングの上で寝ていた。照明は一つも点いていないので薄暗い。ここはどこなんだろう。
起き上がって周りを確認すると、コーナーに寄り掛かるようにして、人影が立っていた。俺は恐る恐る近づく。その人影はいきなりダッシュで突っ込んでくる。俺は避けようとしたが間に合わず、相手のジャンプしてからの膝攻撃をまともに食らい吹っ飛ばされる。
意識が朦朧とする中、何とか立ち上がると辺り一面、照明が点きだし、暗闇で誰だか分からなかった人影が次第にハッキリしてくる。
「だ…、大地さん…。」
 俺の目の前に立っているのは、紛れもなくヘラクレス大地さんだった。
いつもニコニコしているのに、何故か怒った顔をしている。それでも大地さんと相対している事には変わりない。目から涙が溢れ出てくる。今、こうして俺の目の前にいる事だけは確かだった。
フラフラ近づきながらも、俺の視界は涙でぼやけ見えなくなる。
大地さんの影が動いたと思ったら顔面に激しい痛みを感じる。いきなり殴られ、意識が次第に薄れていく。こんな終わり方でいいのか…。
体がいう事をきかず、そのままリングに突っ伏す。気合いを入れて仰向けに転がるが、起き上がる力が出てこない。何も出来ない自分がとても悔しかった。せめて目だけでもしっかり開けて、大地さんを見つめよう。
全神経を集中させて頑張ってまぶたをこじ開ける。

 ゆっくり目を開けると薄明るいスナックの天井が見える。
どうなってるんだ…。大地さんはどこへ行ったんだ…。
そうか…、夢だったんだ。さっき夢に出てきた大地さんの鉄拳制裁は、情けない俺への叱咤激励だったのかもしれない…。
酒で潰れてこのスナックのソファーで今まで寝ていたようだ。首を持ち上げると、さおりが心配そうな表情で近づいてくる。すでに客は帰ったみたいで、店には俺以外、誰もいなかった。
「大丈夫、神威君?」
「俺…、ひょっとして、今まで倒れてたの?」
「うん、完全に飲み過ぎよ。」
 明日、いや、今日か…。試合だってのに、俺は本当に大馬鹿野郎だ。
挙句の果てにさおりにまで迷惑を掛けている。すぐにでもこの場を逃げ出したかった。時計を見ると四時…。ここに来たのが確か二時過ぎだから、約二時間もここでダウンしていた事になる。
「明日、試合なんでしょ?」
「ああ…。」
「行くのやめたら?こんな状態だし、プロレスよりも怖い試合なんでしょ?」
 さおりの言葉が心に突き刺さる。心配してくれるのはありがたいが、明日の試合がプロレスより怖いとは聞き捨てならない。
さおりの目を見ながらはっきりと話した。
「さおりちゃん…。明日の試合は、プロレスより簡単だと思ってる。俺は大和プロレスを少ししか知らない人間だが、現役復帰するからといってもレスラー相手にやろうとは思わない。何でかっていうと、俺よりも強いのを分かってるからだ。それよりも総合格闘技だ何だっていってる連中をギャフンと言わせたい。もし、俺をレスラー側の人間として見てくれるなら、俺がプロレス界で一番弱い奴だ。そんな奴が何でも有りのルールで勝ったら、プロレスファンは爽快でしょ?」
「変な言い方しちゃって、ごめんね…。」
「ちょっと、雪ちゃん。いつまで油、売ってんの?とっくに店、終わってる時間なのよ。あんたが言うから、この時間まで寝かせてたけど。」
「すいません、ママ…。ごめんね、神威君…。」
「いや、こちらこそごめんよ。会計、まだだったよね、いくらかな。」
 ママが来てテーブルの上に小さい紙切れを叩きつけるように置いていく。その紙切れには二万三千円と書いてあった。
ウイスキーのボトルを一本入れただけで、かなり高いと思ったが、店に迷惑を掛けたのだから当然だし、文句は言えない。俺はキッチリ金を払ってから、ママに頭を下げて店をあとにする。

 もう十一月…、外に出ると寒さを感じる。
せっかくコンディションを整えてきたのに、一気に最悪になってしまった。こんな状況で試合に望まねばならない。
後ろからパタパタと足音がする。とっさに振り返ると、誰かが襲い掛かるように、抱きついてきた。さっきのガキどもか…。いや、違う、感触が柔らかいし、いい匂いがする。
「さ、さおりちゃん…。」
「今日はごめんね。」
「急にどうしたんだよ。」
「ありがとう…。」
「えっ?」
「さっきの言葉…。」
「何が…?」
 俺は恥ずかしいので知らん振りして誤魔化した。空いている両手で彼女を抱き締めたかったが、さおりは結婚している。必死に我慢した。
「さっき私の事、好きって言ったのは、お酒に酔ってたからなの?」
「いや、酒の力を借りなければ、好きだって君に言えなかっただけだ…。俺は昔から本当に情けない奴なんだ。」
「ううん…、情けなくなんかないよ。実際、戦いに生きる人って私の周りにはいないもん。私、一生懸命頑張ってる神威君の事、応援してる。」
「よしてくれ。慰めはやめて…」
 いきなりさおりが俺にキスをしてきた為、話しが途中で途切れる。
全身にビビビ…と、電撃が走り、気づけば沙織を両手でしっかりと抱き締めていた。
さおりのやわらかい唇が気持ちいい。長い…、長いキスだった。俺の頬にさおりの暖かい息がかかる。俺は自分の鼻息が、さおりにかからないように苦しくなっても呼吸を止めるように心掛けた。
出来れば明日の試合なんか投げ出して、ずっとこのままいたかった。俺にとって初めてのファーストキスだった。脳みそから足のつま先まで痺れている。どのくらいキスした状態で時間が経ったのだろう。
さおりは俺の肩に手を掛けて少し距離をあける。
「ちょっとは元気出た?」
「当たり前だろ。」
 さおりは可愛らしく微笑んで、俺の胸に顔を押し付けてくる。
「ごめんね…。」
「何が?」
「馬鹿…。」
「……。」
「結婚しちゃってて…。」
「何、言ってんだよ。今日はありがとう。久しぶりにさおりちゃんに逢えて本当に楽しかった。ちょっとしたら、俺は試合がある。君も旦那の所に帰らなくちゃいけない。はっきりいうようで、とても辛いけど、さおりちゃんとはもう逢えないよ。」
「じゃー、さっき何で私の事、好きって言ったの?」
「自分自身にけじめをつけたかったんだと思う。俺さー、勝手に自分で背負い込んじゃってるものが、たくさんあるんだ。」
「何を背負い込んでるの?」
「ヘラクレス大地さんに少しでもいいから恩返しがしたい。俺はあの人に、人間としての生き方を教わったんだ。今はどうしょもない奴かもしれないけどね。でも、俺なりに頑張りたいといつも思ってる。大地さんの事は俺だけが勝手に大事にしている絆なかも知れない…。でもね、プロレスを目指すようになってから自分をちょっとだけ、少し好きになれたんだ。だから自分の口で言った事ぐらいは、ちゃんと実現させたいんだ。どんなに時間がかかったってね。応援してくれる人たちの声援も背負ったし、明日は俺にとって、今までの生き様を見せる戦いなのかもしれない。」
 さおりは時おり、頷いて黙ったまま、俺の話を聞いていた。
「新宿へ行ったのも、多分、大和プロレスで左腕やって駄目になってから、半分ヤケクソで地元を飛び出したのもある。でも、結局行ったところで何も変わりはしなかった。時間だけがどんどん過ぎていき、気づけばプロレスは世間でどんどん馬鹿にされるようになっていた。格闘技のほうが凄いってね。俺は自分が一生懸命してきた事を馬鹿にされるのは我慢出来なかったんだ。だからこれから復帰する。行動で示すのが、一番手っ取り早いしね。」
「神威君ってすごいね…。」
「どこが?まだ俺は何も結果残してない。俺は無力だよ。だから懸命に足掻くんだ。こんな俺でも期待してくれる人はまだいるしね。もっと頑張らないと。」
「私、結婚するの早まっちゃったな…。ほんと、応援するからね。」
「ありがとう。」
 さおりと気持ち良く別れ、俺は家に帰り少しだけ眠りにつく事にした。時計を見ると、五時を回っていた。

 結局八時には目が覚めてしまい、昨日の飲み過ぎでまだ頭が痛い。
会場入りする前、早めに家を出て新宿に向かう。とりあえず店に顔を出すと、遅番は小島と角川の二人が仕事を早番と交代したところだった。笑顔で俺のほうに駆けてくる。
「あれ、顔色悪くないですか?」
「めちゃくちゃ最悪だな…。朝まで酒、飲んでたから…。」
「駄目っすよ、神威さん。すげー顔色悪いじゃないですか。」
「もう昨日の話だ。過ぎた事をいってもしょうがない。」
「す、すいませんでした…。」
 ちょっとした事で怒りっぽくなっている。せっかくみんなも心配して、言ってくれているのに俺は身勝手だ。角川の暗く沈んだ顔を見て悪い事をしたなと思う。
「悪かったな角川…。お願いがあるんだけど聞いてくれるか?」
「お願いですか?」
「ああ。」
「ええ、何でも言って下さい。」
「店に確か護身用で、鉄パイプあっただろ?それ持ってきてくれないか。」
「は、はぁ…。」
 角川は早番の人間に聞いて、鉄パイプを目の前に持ってきてくれた。
「それで俺の肩でも腕でもいい、思いっきり引っ叩いてくれ。」
「な、何、考えてんですか?神威さん…。」
「小島でもいい、やってくれ。」
「で、出来る訳ないですよ。」
「神威さん、いきなりどうしたんですか?」
「おまえ、やれっ!」
「ひっ…。」
 俺のでかい声に反応して、角川は軽く俺の右腕上腕部を軽く叩いてくる。
「何だ、そりゃー。もっと、全力でだよ。やれっ!」
「は、はいっ…。」
 角川が何度叩いても、まだまだ威力が弱過ぎる。俺は何度も脅しをかけるように言った。
「知りませんよ、ほんとにっ。」
 なかなかいい衝撃が神経を伝わってくる。しかし、まだ足りない。
「もっとだっ!」
「はいっ!」
 ビシッ…、俺は全身の筋肉に力を込めて気合いを入れる。角川もだんだん遠慮がなくなってきたみたいだ。ビシッ!
「も、もういい…。いたたた…。」
「大丈夫ですか、神威さん?」
 腕がジンジンしてきたので、そろそろ止める事にした。店の人間も驚いてこっちを見ていた。
「これでちょっとは気合い入ったぜ。ありがとな、角川。」

店を出て電車に乗り後楽園の駅に着く。
かなり寝不足で酒がまだ体内に残っている感じがしたが、自業自得なので仕方ない。その割にはさっきの鉄パイプの刺激で、妙にリラックスしていた。
駅構内には人がたくさんいた。これから俺の出る大会を見に来るか、遊園地にでも行くかのどっちかなのだろう。
「おーい、神威―。」
 改札を出ると、最上さんが手を振っている。その横には奥さんの有子さんも子供を抱きかかえながら立っている。俺はダッシュで近づき、挨拶する。
「今日はすいません。有子さん、麗一君も連れてきたんですね。」
 俺は子供が大好きだったから、麗一君の無邪気な顔を見ていると、とても嬉しくなる。頬っぺたを指で軽く突っついてみる。
「頑張ってね、龍君。」
「はい。」
「コンディションはどうだ?」
「実は昨日、五時頃まで酒、飲んでました。」
「おいおい…、大丈夫なのかよ。」
「レスラーっぽくていいじゃないですか。大丈夫っすよ。俺、強いですから。」
「ほんとに俺、セコンドなんかついた事ないんだからな。」
「見てるだけでいいですよ。」
後楽園ホールに入ると係員らしい人が俺を見ている。写真と見比べて本人かどうか確認している様子だ。周りを見ると結構出場選手っぽい連中も、チラホラ入り口に集まっている。受付で誓約書をもう一度、確認させられサインをした。
自分の入場テーマ曲はこれをかけろと係員に言い、あらかじめ用意していたミュージックCDを手渡す。
大和プロレス時代の時から、ずっとこの曲で入場しようと思っていた曲だ。プロレスのリングと広さは同じなのか気になり、受付けの奴に尋ねてみる。
「リング見せてもらっていいですかね?」
「すいませんが、今、リング屋が組み立てている最中なので立入禁止なんですよ。」
「見るぐらい、いいだろう。」
「申し訳ないですが無理なんです。受付が済みましたら、控え室の方へ行って下さい。」
 釈然としないまま、地下に降り控え室へと向かう。
ドアを開けると沢山の人がいた。どうやら出場選手やそのセコンド陣のようだが、まさか全員同じ控え室って訳じゃないんだろうな…。
色々な体格の選手がいるって事は、それだけ様々な種類の格闘家が集まっているという事だろう。
「あそこにいるの、みんな選手なのかなー。」
「そんなのどうだっていいですよ。気にする必要ないですって。」
 俺の台詞に反応し、睨みつけてくる奴がいるので、そいつに近付く事にする。
「随分とでけぇ態度だなー。」
 俺より二十センチぐらい低いボクサー体系の奴が、俺に向かって何かほざいている。
「おい、日本語の使い方、間違ってるぞ。」
「あっ?」
「随分と大きい態度でいらっしゃいますねって感じで話せよ。ただでさえ、下品な顔してんだから口の聞き方ぐらい、ちゃんと話せないと、誰も相手してくれないぞ。体も貧弱で背も小さいんだから、苛めないでやるけどさ。弱い者苛めになっちゃうしな。」
「んだっ、コラッ。」
 慌てて周りにいるセコンド陣が止めに入る。俺は指を指して大笑いしてやる。ボクサーみたいな奴は、顔を真っ赤にして怒っていた。
「おー、お猿さんみたいだねー。あんまり興奮すると体に良くないぞ。」
「テ、テメー、ぶっ殺してやるっ。」
「あらー、おまえ、人を殺した事あんだ?みなさーん、ここに前科者がいますよー。」
 腕に大会名の腕章をつけた係員が、控え室に十人程入ってくる。
俺とお猿さんは大人数によって二手に分けられた。お猿さんはまだ顔を真っ赤にして、俺を睨んでいる。鼻息が荒くこっちまで呼吸する音が聞こえてきた。近寄ったら臭そうなので離れる事にする。
「神威―、頼むからいきなり挑発すんの止めてくれよ。」
「いやー、アハハ。俺ってヒールじゃないですか。あのぐらい有りですって。」
「ほんと頼むよー。生きた心地がしないよ。」
 最上さんが必死になって頼み込んでくるので、しばらくは大人しくする事にしとこう。それにしても控え室に出場選手のほとんどを一室に詰め込むなんて、主催者側の嫌がらせにしか思えない。何人ぐらいの選手が出るのか分からないが、ワンナイトトーナメントだからこれから抽選でもするだろう。
ジッとしているのは苦手なので係員に尋ねる事にする。
「すいませーん。トーナメントの枠は、クジか何かするんですか?」
「トーナメント表でしたら、入り口の受付けのところに貼ってありますよ。」
 係員の言っている意味が把握出来なかった。
俺は抽選も何もしてないのに、何故、枠順が決まっているのだろう。控え室の事といい、違和感を覚える。とりあえず最上さんと入り口に貼ってあるというトーナメント表を見に行く事にした。
「お、貼ってある。最上さん、俺って何試合目ですかね?」
 自分の試合枠の所を探すと、第三試合に俺の名前が書いてあった。各選手の名前の下にベースとなっている格闘技の名前が明記してあるが、俺のところは合気道になっている。電話で言った通り、大和プロレスの事はちゃんと隠してくれたみたいだ。
相手は空手家ベースの新堂修という奴か…。総勢二十人の選手が出場するみたいだな。二十人なのでシード枠が四人出る事になる。最初を勝てば、次はバイオレンスジムの鳥海って奴か…。
「神威…、この大会の主催者ってかなり汚いな…。」
「何がですか?」
「シードの所、よく見てみろよ。」
 八つあるシード枠のすべてがバイオレンスジム所属の選手となっている。なるほど…。
「自分とこの選手が、可愛くてしょうがないんでしょ。しょうがないっすよ。俺だけじゃなくて、あとの十五人の選手はみんな一回戦からやらないといけないみたいですしね。」
「でも、クジも何もしてないじゃん。」
「してたらこんな組み合わせにならないじゃないですか。主催者側の役得って事ですね。まー、俺が勝っていけば、問題ない事です。」

 控え室に戻ると、さっきの猿野郎が俺に近づいてくる。怒りは治まったみたいで、ニヤニヤしている。相変わらず汚い顔をしてやがる。見ているだけで視力が落ちそうな感じがした。そのぐらい醜い顔をしている。
「おい、俺と当たるには全部で三回、勝たないと当たらねーな。大丈夫か?」
「おまえ、ボクサーか?」
「ああ、これでも八回戦で、今まで負けなしなんだよ。俺と当たるまで負けんなよ。」
「いや、苛めになるからおまえが、あと身長が最低でも十センチ伸びるまで待ってやるよ。いくら生意気な口の聞き方をしたからと言っても、俺にお子様を苛める趣味はないから。大人ってこういう時、大変だ、ヤレヤレ…。」
「んだ、コラッ。」
 セコンドが慌てて真っ赤になった猿を抑えつけている。相手にするのも飽きたので最上さんと控え室を出て行く。通路で係員を一人捕まえる。色々聞きたい事があった。
「おい。」
「何ですか?」
「控え室はこれから戦う奴も一緒、トーナメントもクジも引かずに勝手に決めている。やってる事が汚ねえ大会だなー。まだ十二時半だけど五時まで何してろって言うんだよ。」
「そ、それは各選手の判断に任せます。五時に全選手入場がありますので、四時半までに会場に入って頂ければ、あとは体をアップしてようが何しようが自由です。」
「どこでアップしろって言うんだよ?」
「ですから、外でもなんでもお好きなところでどうぞ。」
「ふざけやがって。」
「いいよ、神威…。外へ行こうよ。」
 最上さんが興奮気味の俺を後楽園ホールの外へ連れ出す。それにしても主催者側のエゴが酷過ぎる。そうまでして自分のとこの選手を勝たせたいのだろうか。
「ムカつきますね。プロレスの方が、全然、堂々としてますよ。まー、試合で相手の選手ぶっ壊してやりますよ。俺、頭突きやエルボー、膝って、接近戦に強い打撃持ってますからね。クリンチ状態になったら、打突だってあります。」
「あんまりエグイ事すんなよ。」
「向こうの出方次第ですね。時間あるから、飯でも喰いに行きましょうよ。」
「そうだな。あっ、有子があそこで手を振ってる。じゃあ行くか。」
 試合開始まで、まだ四時間半ほどあるので、みんなで食事しに行くことにする。
歩いているすぐ先には東京ドームがそびえ建っていた。俺もいつか、あのような大舞台で試合をしてみたいものである。今日がある意味で俺の出発点だ。こんな小さい大会で細かい事やられたぐらいで目くじら立ててもしょうがないか。
 近くのアメリカンスタイルな店に入る。俺は肉食だから試合前にステーキが食べたいとわがままを通したら、最上さん夫婦は、そんな俺に嫌な顔せずに付き合ってくれた。麗一君は、俺の顔を見てキャッキャと笑っていた。バカでかいステーキを注文する。それにシーザーサラダと、オニオンフライも頼む。
「それで神威、足りるのか?」
「一応、試合前ですから…。少量にしておきますよ。有子さんと麗一君は観客席にいるんですか?」
「うん、頑張ってね龍君。応援してるからね。他の人には声掛けてないの?」
「ええ、仕事とトレーニングで忙しくて、声を掛けてなかったんです。知り合いに言ったのも最近になってからだから、いきなりじゃ、予定とれなかったみたいです。それにあんまり俺のエグイとこ見せてもしょうがないですしね。これは俺の戦いって意識が強いですし、これから頑張って行きますよ。」
「そっかー、ちょっと寂しいけど仕方ないね。」
「有子さんや最上さんがいるから、全然、問題ないですよ。今日はとことんヒールで行きますから。何でも有りの試合で、面白い事しますよ。」
 話している内にステーキが運ばれてくる。ジュージュー音を立てていて、とても食欲をそそる。大きさはまるで草履みたいなでかさだった。ナイフで切って口に入れる。
「何だ、こりゃー。マジー…。」
「え?そんなまずいの?」
「うーん…。酷いですね。ソースが酷い。」
 最上…、いや大和田夫婦も一口食べて顔をしかめる。
「本当だー。確かに酷いね…。」
「よくこれで金をとろうとするよな。」
 ブツブツ言いながらも綺麗に何とか平らげた。これでコンディションが悪くなったら訴えてやる…。でもステーキ以外は結構おいしかったから、そう文句ばっかりも言えないが…。
有子さんは半分以上残していた。ここの払いを最上さんが出してくれる。俺が払うと言ったが、ガンとして譲ってくれない。セコンドにまでついてもらっているのに、申し訳なかった。
 試合まで暇な時間が、まだたくさん空いてるので、最上さんと近くのゲームセンターへ遊びに行く。時間は刻々と過ぎているのに緊張をまったく感じないでいた。ゲームに熱中していると、最上さんが声を掛けてくる。
「神威、そろそろ時間だぞ。」

 

 

15 打突 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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